江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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干鰯

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 ・永正十六年(1519年) 五月  近江国蒲生郡 観音寺城  六角定頼


『一日も早くお会い致したく候。会いたくて、会いたくて、震え候』

 こんなもんかなぁ。
 顔も見たことない相手にラブレターなんて何書けばいいかわからん。まあ、女子には刺さるだろ。知らんけど。

 九里との戦の後、予想通り将軍義稙から婚姻の世話をすると言って来た。
 お相手は義稙の異母弟である水野義純の娘。義稙からは姪っ子にあたる。十八歳だそうだが、庶民ならいざ知らず武家や公家の娘は十五~十六くらいで嫁に行くのが普通だ。早い娘なら生まれた瞬間に嫁入り先が決まってるなんてこともある。
 よく年増の娘が残っていたもんだな。

 まあ、将軍家と言っても今は収入がちとアレだから、そのまま仏門に入れる予定だったのかもしれん。もしそうなら親にとっても娘にとっても渡りに船だったわけか。

 ”失礼します”と声が掛かって池田高雄が室内に入って来る。
「御屋形様。文は書けましたか?」
「おう、書けたぞ」
 目の前でヒラヒラさせると、高雄がおもむろに文を奪い取って中身を改め始める。確かにこの時代の恋文なんて何書けばいいかわからんから、内容見てくれとは言ったが……
 ヒゲオヤジにラブレターを目の前で読まれるとかどんな罰ゲームだよ。

「ちと……もう少し」
「何かマズいか?」
「その……真面目に書かれた方が良いのでは?」

 ふざけているように見えるんだろうか……割と真面目に書いたんだけど。

「じゃあ、お前書いてみてくれ。俺は坊主だったんだから色恋のことなんてわからん」
「……まあ、多少砕けていた方が御屋形様の良さが伝わるかもしれません」

 逃げやがった。
 まあいいか。どのみち顔を合せて話してみないと人柄なんてわからんだろうし。

 今年が永正十六年だから、来年には俺は死ぬほど忙しくなるはずだ。細川高国とのなが~いお付き合いの始まりだな。結婚するなら今年中にしないと。

 内政もやらなきゃなぁ。
 綿花の種はこの前撒いたところだから、まだどうなるかはわからん。いきなり上手くいくものかどうかも知らないから、こればっかりは色々試しながらやっていくしかない。

 保内衆に頼んで伊勢のイワシも定期的に買付けるようにしてもらったから、これを肥料にする。いわゆる干鰯ほしかだな。米作りには使えないが、綿花や麻苧の生育は良くなるはずだ。
 江戸時代には干鰯問屋ができるほどメジャーな肥料になったが、この時代にはまだ漁村の農民が余った魚を自家用に使ってるだけだ。ほとんどタダみたいな値段で買い付けられるから、費用対効果がバツグンに良い。戦国時代の二倍以上の人口がある江戸時代の農業を支えた肥料だから、この時代ならチート肥料と言っていい効果が出るだろう。

 干鰯を使ってサトイモの栽培も促進しよう。サトイモとレンコンは湿地帯向きの作物だから、米が作り辛い場所ではちょうどいい食料になる。
 近江盆地は肥沃な穀倉地帯だが、あちこちに湿地帯が目立つ。江戸時代に新田開発されるまではおそらくこんな感じだったんだろう。

 干鰯を使う理由はもう一つ。
 近江で主に使われている肥料は草木灰そうぼくばいだ。要するに刈り取った枯草を燃やして肥料にする。各村落に入会地いりあいちと呼ばれる共同所有の山林が多くあるのは、この草木灰を作るために必要だからだ。
 だから、肥料を干鰯にシフトすることで入会地を牧草地帯にする。

 やっぱ内陸国で物流を充実させるには牛馬を増やすのが手っ取り早い。軍事用にも使えるしな。
 各郷の商人は当然ながら牛馬を自前で肥育しているが、これを拡大させる。干鰯を肥料として使えば、牛や馬に食わせる草を増やすことが出来る。
 経営資源は大事に使わないと。
 それにぶっちゃけ、肉が食いたい。今の肥育状況じゃ荷駄用と農作業用で手一杯だろうが、いずれは肉牛に回せるくらいには畜産もできるだろう。何と言っても原種の近江牛だ。現代で食ったら一体いくらするかわからん。今からヨダレが出てくるよ。

 干鰯の肥料効果は高いから、草木灰からシフトしても問題はないはずだ。まあ、完全に草木灰を無くすわけにはいかないが、少なくとも肥料で大量に草木を消費しないようにする。
 干鰯を買付ける物流費は、麻織物や綿織物の増産で充分ペイできるだろう。

 ま、やってみなけりゃわからんがな……


 あとは、軍事調練だな。この前のことを反省して色々と軍勢の動かし方の基本を教わっている。
 もちろん必ず臨機応変に対応しなきゃならん場面は出て来るが、それにしたってある程度基本の対処法を知っとかないとどうしようもない。
 それに配下に弓術を習わせろと言っている手前、自分でも弓の訓練をしなきゃならんし。

 やる事は多いな。もうちょっと楽に生きていけると思ったんだが……
 ゲームの攻略法は知っているが、その攻略法を成立させるための前準備が果てしない感じだ。下手すれば前職よりブラックだぞこれ。

 この上さらに他国に侵攻して奪い取った領地の経営までしないとイカンのか。六角定頼が近江からあまり外征しなかったのって、忙しくて動く気力が無かっただけなのかもしれない……


「では、こちらに封をして頂いて、贈り物と一緒に届けるように致しまする」
「……待ってくれ。やっぱりもう一度書く」

 祐筆が欲しいなぁ……



 ・永正十六年(1519年) 六月  近江国蒲生郡 今堀日吉神社  伴庄衛門


「お頭!準備できました!」
「おう!今行く!」

 さて、では伊勢へ向かうとするか。
 しかし、六角様は妙なことをおっしゃる。干したイワシを買付けて来いなどと……
 確かにタダみたいな値で買えるが、イワシは干しても持ち帰るうちに痛んでしまう。食料としては何の役にも立たんのだがな。

 まあいいか。持ち帰ったイワシは痛んでいようが六角様が買い取って下さる。わしらに損はない。

 しかし、荷駄の回数が増えたのはいいが、小幡や沓掛の商人は毎回は来れないと言って来た。
 わしらも足子を増やしていかぬと荷駄の数が不足してしまうな。今回はとうとう馬だけでは足りずに牛も連れて行くことになった。足が遅いと護衛の雇い賃もその分かかるし、早くなんとかせねばいかん。

「お頭ぁ!準備できてますよ!」
「わかってる!もう少し待ってくれ!」

 昨年の綿入りの着込みは評判が良かったな。絹綿よりも安いうえに絹綿よりも暖かい。言う事なしだ。
 今年は近郷にも綿花の種を撒いたが、今はすくすくと育っている。
 どのくらい収穫できるかはまだわからんが、近江で綿織物が作れればよい商売になる。今までのように桑名で買って来るよりも安く作れる。
 麻呉服と違って綿呉服は高いからなぁ。これが安く提供できれば、八日市や日野市の人らも喜んでくれるだろう。同じ汗なら、喜んでもらえる汗をかきたいものだ。

「お頭ぁ!日が暮れちまいますよ!」
「待ってくれ!草鞋わらじが千切れて今直してる所だから!」

 ええい。この草鞋ももう二年は使ってるからか、引っ張ってもすぐにちぎれてしまう。
 お社の中に草鞋はあったかな?

「お頭ぁ!」
「甚太郎!すまんが草鞋を一つ取ってくれ!」



 ・永正十六年(1519年) 八月  近江国高島郡 朽木谷館  朽木稙綱


「むぅ……」
 比叡山から文句が付いたか。河上庄かわかみのしょうを取り返すことは容易ではないな。

「若殿、幕府からは何と?」
「読んでみよ」

 幕府からの書状を渡すと、家臣の野尻六郎が食い入るように読み始めた。

「むぅ……」

 俺と同じ反応か。まあ無理もない。

「比叡山から針畑庄の年貢未進分を納めるのが先だと文句が付きましたか」
「ああ、まったくごうつく坊主どもめ」

 針畑は山間でただでさえ米がろくに獲れん。しかも今年は物成が悪く、年貢など納める余裕はない。
 比叡山もそのことは知っているだろうに……
 だからこそ、河上庄を取り返せれば朽木家も大いに蓄えを回復できるのだ。蓄えを回復できれば、望み通り針畑の分の年貢ぐらい出してやれるのだがな。

「父上が奉公衆としてお側にお仕えしていても、比叡山の文句は跳ね返せぬようだ」
「今や幕府も摂津の戦でそれどころではありませんから」

 嘆かわしい事だ。
 もう少し幕府がしっかりしておれば、そもそも河上庄を取り返すだのなんだのということにもならなかったのに……

「そもそも、河上庄はもともと俺のじい様の知行していた土地だ。それを六角大膳大夫(高頼)が幕府と戦う為に城を築きおった。
 俺はもともと朽木家の知行地なのだから返してくれと言っているだけだ。違うか?」
「いえ……ごもっともです。が、一旦こうなってしまうと取り返すのも容易ではありません」

 そんなことは分かっている。
 くそっ。忌々しい。六角大膳が素直に幕府に従っておれば、俺がこのような苦労をする破目にもならなかったのだ。

「……この際、六角に言ってみてはどうでしょうか?」
「六角に?六角はそもそも朽木が河上庄を失う原因を作ったやつらではないか!あの盗人共に頭を下げよと申すか」
「そうは申されましても、六角家は先の公方様に許されて近江守護に復帰しております。守護であれば、近江国内の争論(裁判)を扱う事もできましょう。
 摂津の戦にばかり目が向いている幕府を頼るよりも、守護としての六角に期待してはいかがかと」

「……まあ、このまま手をこまねいているよりはマシか」
「左様です。美濃からの軍勢を迎え撃たれた時は、お父上も合力なさいました。こちらも手伝いをした以上、無碍にはされぬかと」

「六角か……確か昨年当主が変わったのだったな」
「はい。近江守様が亡くなられて、今は弟君の承亀様が還俗されて四郎様となっておられます」
「年は確か……」
「二十五歳と聞き及びます」
「俺の四歳上か。まだ若造ではないか」

 くそっ。忌々しい。

 しかし、確かに六角の裁定ならば比叡山もとやかくは言わぬだろう。
 腹は立つが、ともあれ河上庄を取り返さぬことにはまともに戦もできんようになる。田中や高島がまたぞろうるさくなってきている事でもあるし……
 やむを得ぬか。

「わかった。文を書こう。誰に届ける?」
「後藤但馬守殿が良いかと。後藤殿ならば、先年の戦の手伝いのこともしかとわかっておりましょう」

 やれやれ、これで仮に上手くいっても、六角に借りを一つ作ることになるか。
 まったく、忌々しい話だ。



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