江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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北近江出陣

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 ・大永四年(1524年) 十二月  近江国蒲生郡 観音寺城  六角定頼


 四歳になる息子の亀寿丸が熱を出した。
 この子は体が弱く、度々熱を出す。幼児ならよくある話ではあるんだが、熱を出したからと病院に連れて行ける時代じゃない。漢方薬の投薬と看護で凌ぐしかないが、どうにも心が痛む。頓服薬で熱を下げてあげられればどれほど心が休まるか……
 志野も何度も熱を出す我が子に心を痛めているが、こればっかりは亀寿丸自身が体に抵抗力を付けるしかないかな。


「御屋形様。よろしいですか?」

 亀の間で文を眺めていると、進藤貞治が声を掛けて入って来る。

「どうした?何かあったか?」
「はっ。京極中務少輔(高清)が尾張から……」
「戻ったか。浅井備前守(亮政)の手引きだな?」
「はい」

 とうとう浅井が浅見から実権を奪い取るか。こちらも半年後には出陣だな。
 準備は万端だ。朽木とも朝倉とも充分に文通を繰り返した。細川高国からも口添えをしてもらっている。
 蒲生高郷は息子の定秀と共に日野中野城に帰らせて万一の場合に備えるようにさせた。
 九里が反乱を起こしたとしても、日野中野城と観音寺城の留守居が連動すればほどなく鎮圧できるだろう。
 亮政オマエの軍略は全て失敗する。

「北近江は騒がしくなりそうだな。に来年の春の田起こしが終わったら出陣できるよう、用意を整えておいてくれ」
「はあ……それが……」

 ん?何かあったのか?

「浅見対馬守殿より、御屋形様の来援を請う使者が某の元に……」

 来援を請う……?
 なんで?俺が行くのは浅見が追い払われてからだろう?

「その使者は今どこに?」
「屋敷に留め置いております。まずは御屋形様に言上してからと思いまして」

 訳が分からんな。ひょっとして来援の要請があったが、定頼が出陣を渋ったために浅見が没落したのかな?

「わかった。会おう」



 ・大永五年(1525年) 五月  近江国坂田郡 磯山城  六角定頼


 満を持して北近江の磯山城に出陣した。磯山城は現代の彦根城の近くだが、この時代には彦根城はまだ無い。山側の佐和山城と琵琶湖川のこの磯山城が北近江への関門になっている。
 そして、六角家の旗がたなびく磯山城には、何故か浅見貞則と京極高延が居る。

「弾正殿、此度の来援かたじけない。父上は弟の五郎に家督を継がせようとし、それがために京極家は割れている。
 ここな浅見対馬守がわしを守ってくれなんだら、今頃わしは父上の意を受けた浅井備前守に命を奪われておったかもしれん」
「御屋形様、もったいないお言葉でございます」

 なんか今にも泣きだしそうな程当人たちは悦に入っているが……
 どーなってんだ?コレ

 待て待て待て待て
 定頼は確か浅見が没落し、高延がどっかに行っちゃって、俺が見ちゃおれんってなって出陣したんだよな?
 浅見ががんばって浅井と対抗し、京極高延を支援するために出陣したんじゃないよな?
 しかも、俺が支援するのは高延アンタが憎み続けた京極高吉のはずだよな?

 アカン……もう無茶苦茶だ……

「という訳で、弾正殿には浅井を討ち、北近江の安定を取り戻して頂きたい。もちろん、相応の礼はする」
「……まあ、北近江が安定を欠くのは某にとっても黙っていられることではない。しかし、礼と言っても何を?」
「兵糧、軍馬、銭。出せる範囲で提供しよう。無論、今後六角家が騒がしくなった折りには、某が必ずや恩を返させてもらう。
 おっと、これは縁起でもなかったな。はっはっは」

 まあ、ありがたいっちゃありがたいけど……

「それよりも、礼と言われるなら北近江の諸関の通行手形を発行していただきたい。我が配下の商人達は北近江の関銭で難儀しておる故」
「関銭か……しかし、国人衆には関銭を収入源にしている者も多いし……」
「関を無くせとは言いません。山越衆に通行特権を与えてもらいたい。無論、特権に見合うだけの年貢銭は山越衆から年ごとに京極殿に納めさせましょう。
 収入の減った国人衆にはそれを配分していただければ、不満はかなり抑えられるはず」

 浅見貞則が京極高延にヒソヒソと耳打ちしている。
 おそらく関銭の一部をネコババすれば京極家の収入がアップするとか入れ知恵してるんだろう。
 いいんだけどさ、収入が減った国人衆はうるさくなるぞ?そんなに反乱を起こさせたいのか?

 内緒話を終えて満面の笑顔になった高延が大きく頷く。

「相分かった。浅井めを討ち果たした暁には、必ずや弾正殿の意向に沿うようにしよう」

 ……不安しかない。

 一つため息を吐くと、俺の後ろから進藤貞治が小声で話しかけてくる。
 どうやら朽木稙綱が高島郡から到着したらしい。弟の梅戸うめど高実たかざねもだ。

 ここまで来て戦をしないわけにもいかないか。どのみち結果はそう大して変わらないはずだ。
 反省は後にして、とりあえず小谷城を攻めよう。軍議だ軍議だ。



 ・大永五年(1525年) 五月  近江国坂田郡 磯山城  朽木稙綱


「御免!」

 陣幕を上げて広間に入ると、台の上に絵図面が置かれてその周りに床机が並んでいる。
 当たり前だが、皆具足姿だ。

「おお!弥五郎殿!よくぞ来てくれた!」

 霜台そうたい(六角定頼)が立ち上がって大げさに両手を広げて歓迎の意を表す。自分で呼んでおいてよく来たも無いものだ。

「遅くなり申した」

 一礼して開いている席に座る。すぐ後に梅戸治部大輔殿が入って来て床机が埋まった。
 梅戸殿は霜台の弟だ。今は伊勢の梅戸氏に養子に入り、梅戸家を継いでいる。霜台の城下は伊勢からの品物で溢れているが、その半分ほどはこの治部大輔殿のおかげでもある。
 商人衆を味方に付けるとは、なんとも奇想天外なものよ。

「では、軍議を始めよう。新助」
「ハッ!」

 進藤山城守が絵図面に碁石を置きながら状況説明を始めた。
 ふむ。坂田郡はほぼこちらの味方か……
 敵は早々に小谷城に引き上げ、浅井に味方するのは浅井郡と伊香郡の国人衆くらいか。

「越前からは朝倉家の援軍が向かっているとの報せを受けております。我々は明日磯山城を出立し、途中の国人衆を降しながら本陣を浅井郡の尊勝寺に移します」

「陣立ては京極六郎殿と浅見対馬守を先陣として尾上城を奪回してもらう。尾上城の後詰としては梅戸・進藤・後藤・永原それとこちらに味方する北近江国人衆を配する」

 ん?朽木の陣はどうなっている?

「霜台殿。我ら朽木勢はどこへ布陣すれば?」
「弥五郎殿には大野木に陣を構えてもらいたい」

 大野木だと!?まるで戦とは関係ない後方ではないか!
 我らの力が必要ないのなら、何故わざわざ呼び出したりしたのだ!

「我らの役目はさほどに軽うござるか。わざわざ船でこちらまで参ったというのに」
「軽くはないぞ。弥五郎殿には美濃の斎藤勢の動きを警戒してもらいたい」

 美濃?斎藤勢が攻めて来るのか?

「美濃からの軍勢は今の所動くかどうか確証はない。だが、仮に動いて我らの後ろを扼されると我が軍は北近江で孤立しかねん。
 我らの背中を任せるには、なまなかの者では心許ない。弥五郎殿ならば後ろを任せるに安心と思ってのことだ」

 ……ふ、ふん!最初からそう言えばいいものを。
 俺を信頼している……か。やれやれ、世話の焼ける男だ。



 ・大永五年(1525年) 七月  近江国浅井郡 尊勝寺本陣  六角定頼


 やっぱ俺朽木稙綱好きだな。
 アゴで使われるのは気に食わないが、役目が軽いとそれはそれで舐められていると感じるようだ。
 信頼していると伝えると満更でもない顔していたし、ツンデレな感じか。立てて頼るとけっこう何でもしてくれそうだ。

「御免!」

 おお!来たーー!
 朝倉宗滴だ。イメージ通り厳つい顔してるな。

「宗滴殿、此度は援軍かたじけない」
「いや、北近江が不安定になるのは朝倉家としても放置しておけることではないのでな」

 にこやかに挨拶を交わす。
 イメージでは総白髪だが、白絹の頭巾から覗く髪は実際には白い物が目立つ程度でまだまだ黒髪が多い。
 まあ、まだ五十手前なんだから当たり前っちゃ当たり前か。
 顔つきは鼻筋が通って端正なカンジだが、何せ目が鋭い。思わずたじろいでしまいそうになる。

 飲まれてはいかんな。俺は六角定頼だ。名将朝倉宗滴とも互せる実力の持ち主だ。
 史実でも実際に戦ったことはないから、本当の所はわかんないけど……

「で、弾正殿。いつ総攻めに移る?」
「い、いや、今はまだじっくりと包囲を続けようかと」
「手緩いぞ!今や浅井は味方少なく、敵に囲まれ、青息吐息ではないか!この機を逃さずに一息に攻めるのが戦の常道と申すもの!」

 ひいっ!怒らないで。
 というかどんだけ好戦的なんだよ。朝倉宗滴ってこんなに武闘派だったっけ?

「小谷城は堅固な城です。無理攻めは禁物。平井・永原の矢戦を中心に据えて敵方の戦意を削っていきたいと思っています」
「戦意を削ると?しかし、兵糧攻めなどは有効とも思わぬが……」
「何か策があるはずと見ています。今のままでは浅井に援軍は無い。朝倉殿と朽木殿は我が方として出陣している。援軍があるとすれば美濃からですが、今の所それらしい動きはない。
 何を企んでいるのかはわからぬが、その策が潰えたとなれば浅井の心も折れるでしょう。
 例えじっくりと腰を据えて攻めても、あと三カ月もあれば城は落とせるかと思います」
「ふむ……」

 アゴを触りながらじっとこっちを見て来る。
 怖いなぁ……目が人を殺している目だ。まあ、殺してるんだけども。

「わかった。では、儂は小谷城に付城を築く。攻めるにも包囲するにも使いやすかろう」
「よろしくお願い申す」
「ただし、十月になれば我らは引き上げさせてもらう。それは承知置き願いたい」
「わかり申した」

 言いたいだけ言ってズンズンと行ってしまった。
 なんだか猛将って感じの男だが、こちらの言い分に理を認める冷静さもある。やはりただ突進するだけの猪武者ってわけじゃないな。
 十月か……十月までかからないさ。……多分な。

 恐らく九里の反乱が浅井にとって最後の希望だ。
 その九里の反乱があっけなく鎮圧されたと知れば、浅井の心は折れるはずだ。
 いつでも来い。こちらの準備は万端だ。

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