堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

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ニンゲン×魔族

02

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「オーナー、指名が入ったんですけど」

   佐藤はオズオズとミーティングルームの扉の隙間から、千皇を覗いた。
   少し距離があっても、千皇の眉間に皺が寄ったのが分かる。

「姫神に対応させろ。俺はキャストじゃない」

「それがですね、後輩君だと手に余ると言いますか。まぁ、飲んでくれては居るので売り上げは良いでしょうけど...…」

  佐藤は言いにくそうだ。

「あの、オーナーのとこの居候君なんです。何故か、キャストみんなそっちに寄っちゃうし、オーナー出せーって……」

   千皇の眉間の皺が更に深くなった。
   あのバカが、と言いたげに額に手を当てる。

「……姫神は何してる?」

「一緒に煽ってます」

   佐藤の返答に、千皇は舌打ちした。
   そして、仕方なさげに椅子に掛けてあったジャケットを羽織ると立ち上がった。
   その不機嫌オーラを見た佐藤は、咄嗟に扉を閉めた。
  閉まった扉を再び開けると、賑やかな声が聞こえ、再び溜息が出た。
  苛立ちを抑えながら、賑やかな卓へと向かうと、酒の瓶を片手に陽気なカグヤとその横には無表情でひたすら煽る楼依、そして他のキャストの面々……。
  ついでに何故か姫達までも。
   楽しそうだが。

「おー、千皇ー。やーっと来たー!」

   千皇に気付いたカグヤがヘラっと笑った。

「……何しに来た?」

   千皇は腕を組んでカグヤを見下した。

「何しにって、会いに来たんだけど?」

   千皇の態度はいつもと変わらないが、何故か腹が立ったカグヤはムッとして答えた。

「帰って大人しくしとけ。ここはお前が来るところじゃない」

「帰るっつったってお前んとこじゃねぇじゃん」

  カグヤの言葉に周囲はざわめいた。
  千皇は額に手を当てた。

「ちゃんとした家だろ」

「楼依君みたいに頻繁に会いに来る気もねぇじゃん」

  更にザワザワする。

「連絡はしてる」

「既読だけじゃん」

「電話でもすりゃいいだろ」

「お前からして欲しいっつってんの」

  めんどくさい、と言いたげな表情を千皇は浮かべた。

「んじゃ何か?またどっかでフラフラしてもい……か「ストップ!」」

  いきなり楼依がカグヤの口を手で塞いだ。

「ほらほら、先輩。こうして自分から逢いに来てくれたんです。照れ隠しにツンツンしても仕方ねぇーっしょ?」

  まさかのツンデレ?と、ヒソヒソ声まで聞こえた。
    
「……俺は素直に口にしてんじゃん。お前、直ぐにどーしたいか、って聞くくせに、逆の事すんし。俺はお前の言う通りにしてんのにさ……」

  カグヤはソファーに踵を乗せると、両膝を抱えた。
  ここまでしてるのに付き合ってないとか、周囲は哀れみの目でカグヤを見た。

「だからと言って、ここまで来る事はねぇだろ。俺は仕事中だ」

「……ちゃんと金は払うし」

「そんな問題じゃねぇ」

  カグヤは膝を抱えたまま、ふいっとそっぽを向いた。

「カグヤちゃん!お姉さんと一緒に飲もっ!!」

  一人の姫がカグヤに抱き着いた。

「そうっス!!冷たいオーナーはほっておいて楽しみましょうっ!!」

   ホストの一人もそう声を上げた。

「ここの一番高いお酒出してっ!!」

「フルーツもお願い!!」

「みんなで楽しもう!!」

  などとキャストも客も一丸になって、声を上げ始めた。
   楼依は下を向いて笑いを堪えた。

「どーすんですか?オーナー。売り上げ自体はありがたいっすけど……」

   コソッと佐藤は千皇に耳打ちをした。

「ここまで思い詰めているんです。オーナーだって彼をどうしたいか、はっきりさせといた方がいいんじゃないっすか?」 

   カグヤの魅力は女には通用しないだろうが、この状況は些か良くはない。
   ワガママは聞いているつもりなのだが。
   楼依はチラッと千皇を見た。
   千皇は無表情だ。
   今度はカグヤを見た。
   カグヤはムッとした寂しげな表情だ。
   楼依は溜息を吐くと立ち上がって、千皇に歩み寄った。

「問題だらけだけど、うかうかしてたらそれこそ奪われますよ。分かんねぇなら分かるようにしねぇと。ルシカだってまだまだ分かってねぇんだし」

   楼依はポンと千皇の肩を叩いた。

「ほら、お前らは向こうで飲め。ここはオーナーが接客するから」

   そして楼依は両手を叩いた。
   周囲いは納得出来ないのか不服の表情を浮かべたが、楼依はホスト達を睨んだ。
   ホスト達は渋々立ち上がって、姫達を説得させ始めた。

「オーナー、ちゃんとケジメは付けないと」

「そうそう、あたし達だってオーナーと飲みたいの我慢して譲るんだし」

「察せとか今時ちょっと可哀想よ」

「オーナーの鉄仮面にここまで耐える人も初めてだし、この前来ていた子とは違うんだから」

「我慢だけさせといて、そりゃないっすよ」

   等と言いたい放題すれ違いざまに言われ、後で覚えとけよ、と言わんばかりの舌打ちをした。
   楼依も佐藤も行ってしまった。

「……悪かったな、……帰るし」

   カグヤはそう呟くと、踵を床に下ろした。
   千皇は溜息を吐くと、カグヤに近寄りその横に座った。

「仕方ねぇ、今日は特別だ……」

  片付けに戻って来た佐藤に、新しいグラスやセットを用意する様に伝えると、ソファーに背をもたれ足を組んだ。

「……俺がもし悩まずにいられたら、お前を部屋から一歩も出せねぇようにする。人目には付かせたくねぇし」

   静かに千皇は話し始めた。
   別に苦ではなかったのに、カグヤはそうそう思った。
   確かに外へは出たいし、いろいろ体験もしたい。
   でも、なんだかんだと監禁されていた時は、寂しくてもそれ自体は苦ではなかった。

「人目に付きゃこうして迷惑かけるし」

  その一言はムッとした。

「どーせ迷惑にしかならねぇですよ」

   ふん、とカグヤはそっぽを向いた。

「待てがちゃんと出来ると思ってたんだけどな」

  佐藤が新たにセットを持って来た。
  佐藤は心配そうだが、千皇は無言で睨んだ為に引っ込んだ。

「……もし、いきなり存在を消されたら、なんか嫌じゃん?」

   ふと、カグヤは呟いた。
   そして、自分の右手の平を見詰めた。
   見た目は変わらないのに、ダレルから握られてから変な気分だ。
   
「俺達はニンゲンと違うし、この店一歩出たら、何も無くなるって事とか、出来るかも知れねぇし。……怖くなった。楽しかった事も、お前の事も消えたりするの」

  カグヤは手を握ったり開いたりした。

「お前からなんもしてくんないから、……余計に俺を忘れちまったかとか、考えちまうし」

「……」

「せっかくさ、分かりかけて来てる気がするのに……、これが夢だったら、……嫌だし」

  千皇は勝手に自分の酒を作った。
  
「自分から動いて確かめるしかないだろ……」

   千皇には千皇のやり方があるし、今はとにかく楼依の部屋に居候の身だ。
   早く部屋を出て行ってやらないとならない。
   
「交尾はしてくんねぇし……」

   この悩みを撤回してやろうか、千皇は一瞬そう思った。

「……他の奴とはしたく無くなった。お前とだけ、なんてなんでだろぉな……。淫魔だとか、思い込みとか……、それじゃもう、ダメなんだ」

   なんだかとてもしおらしい。
   千皇じゃないとダメ、そう色んな女には言われて来た。
   しかし、それが何故か女達の時とは違う気分だった。

「お前はお前だ、楼依君みたいに優しくないし、真幸君みたいに心配性じゃねえ。……けど、やっぱり羨ましいし、だからと言ってお前を恨めねぇし……」

「……」

「俺はルシカと違って嬉しいって思っても、どう表現して良いか分かんねぇし、ヨゾラと違って素直に口に出せねぇし……。今までの俺が、よく分かんねぇ……」

   千皇は黙って話を聞きながら、自分で作った酒を一口口に入れた。
   
「……弟達とちょっと長く離れてても、仕事だって思ってたからかもだけど寂しくなかった。帰ったら笑顔で出迎えてくれるって、分かってたから。でも、お前と過ごしてて、……待つ楽しみもあって。だから、……何も無くなるのは、寂しい……」

   ボソボソと、カグヤは思いを話した。
  千皇はもう一口酒を飲んだ。

「……何も無くなる訳じゃねぇ」

  ボソッと千皇が言った。

「お前に同情してる訳でもねぇし、仕方なく抱いた訳でもねぇ。俺は俺の親にお前を紹介したんだ。それなりの覚悟はあるんだが」

「……アレに意味とか。ご両親は、笑ってたけどさ……」

「付き合った女はいた。だが、親に会わせたりはしなかった。する意味もなかった。この年で親に紹介するっつーのは、一生を共にする相手だからだな。姫神はまだしてねぇ事だが……」

   一生を共にする、それは自分達の両親がしていた事だ。
   それに、まだルシカは楼依の親には紹介されていないのは、先を越した様でちょっと嬉しくもある。
 
「俺の親はお前を受け入れた。後は、魔王とやらだな。挨拶はちゃんとしねぇと」

   魔王に挨拶?カグヤは眉間に皺を寄せた。
   父は何度も魔王にルシフェルの仲を話に行った。
   だが、最後までは認めてくれなかった。

「俺は俺のやり方しか知らない。姫神や関西がどうであれ、アイツらはアイツら。……側に居てぇなら、それを受け止めろ」

「……自分勝手じゃねぇか、そんなの……」

「自分勝手はお互い様だ。俺にだって無知なお前を受け止め様とは、これでも考えてる。相手を喜ばせる事は出来るが、……自分が自己満足になるかならねぇかで変わるもんなんだよ」

   難しい話に、カグヤは口を尖らかせた。

「セックス一つにしてもだ。多分、お前が思うのと俺の本気は違うんじゃねぇ?」

   あの時は本気ではなかったのか?カグヤの背筋がゾッとする。
   普段は適当に弄って突っ込むだけだと、以前言っていた。
   それでも、千皇を求める奴らは少なくないわけで。
   彼らは今までのカグヤと変わらなかった、と思った。
   でも、千皇からすればカグヤは他とは違って、カグヤもそうなった。
   お互いが自己満足するだけの道具ではない。

「お前は、俺と一緒に居てくれるのか?」

   床を見つめながら、カグヤは聞いた。

「そのつもりではいる」

   相変わらず曖昧な言い方は気に入らないけど、信用しても大丈夫かも分からないけど、カグヤ自身の『今』はそれでも側には居られと、少しだけ安心は出来る気がした。
   自分だけの事を考えても良い、弟達は気の置けるパートナーが出来た。
   少しくらい、自分が誰かに甘えたって……。
   しかし、右手の平の違和感がそれを遮ってしまう。
   千皇の左目とカグヤの右手は、重要な繋がりだ。
   それを理由にはしたくないけど。

「……出来るだけ、返信はしてやる。内容に寄るが……」

「……おぅ」

「部屋も早めには見つける……」

「……おぅ」

  暫くは監禁だが、とは喉まで出かかったが、何とか飲み込んだ。
   千皇はカグヤの頭に手を伸ばすと、少しだけ抱き寄せてやった。
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