堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

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ニンゲンの雄と淫魔の雄

05

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  『……』
 
  誰かに名前を呼ばれた。
  低くて、優しい声。
  誰かに頭を撫でられた。
  優しくて暖かい手。
  誰かの膝の上に頭を乗せているようで、撫でらているその感触が心地好い。
  頬を撫でてられると、小さく笑う。

「擽ってぇよ……」

  恥ずかしそうに、照れ臭そうに呟く。
  
『……』

  誰かが何かを言った。

「……うん」

  頬を撫でる手を取ると、見上げた。
  薄らと見えた黒髪の男。

「ねぇ、……?俺を奪ってくれる?」

  その男に向かって、そう聞いた。

『……』

  ふっと笑みを浮かべながら、男は何かを答えた。

「約束だぞ」

  頷く男に手を伸ばすと、すっとその男は消えた。
  
(……夢)

  見渡すと、見慣れた荒屋の部屋の中だった。
  ルシカは身体を起こすと目を擦る。
  グラデュエットを枕に寝ていたみたいだ。
  グラデュエットが大きな欠伸をすると、ふかふかの大きな尻尾を一振し再び身体を丸めた。
  
(……アレは、誰だろう)

  カグヤとの事があってから、必ず見る夢。
  顔も会話も分からない。
  ただ、声と温もりは覚えている。
  そして、お互い裸だった。
  それを思い出すと、頬が熱くなる。
  黒い髪だったが、羽や角はなかったと思う。 
  重ねた手は大きくて雄らしかった。
  胸が熱く、キュンと痛くなる。
  同時に、淫紋の辺りが切なくなった。

(優しそうだったな……)

  そっと臍の下辺りを撫でる。
  下半身がズクンと疼く。
  頭の中に、あの夢の中の低い声が響いた。
  自分の名前を呼ぶ声。
  ルシカは思わずペニスに手を伸ばし掛けた。
  いきなりグラデュエットが大きな身体を起こし、扉に向かって唸り出した。
  ルシカは我に返った。
  クラデュエットは扉を睨んだまま、全身の毛を逆立て低く唸っている。
  ルシカはグラデュエットの頭を優しく撫でると、立ち上がって扉の方へと歩いた。
  今カグヤとヨゾラは居ないが、グラデュエットがいる。
  ルシカに危険が及べば、グラデュエットが飛びかかるだろう。
  ルシカはゆっくり扉を開けた。

「……あっ」

  扉を開けたルシカは、驚きで目を丸くしビクッと肩が揺れた。
  見上げる程の大きな存在に、身体が震える。

「……ま、魔王様……」

  声が震える。
  目の前に居るのは魔王だった。

『ふむ、戯れに顔を出しに来たのじゃが……』

  魔王はルシカの肩を掴み、低い扉を身体を折り曲げて部屋に入った。
  唸るグラデュエットを睨んだ。

『主人を威嚇するなど、駄犬風情が』  
   
  グラデュエットを睨む赤い目、地を這うような太く低く声にグラデュエットは大人しく部屋の隅っこに身体を丸めた。
  
『相変わらず狭い部屋じゃ』

  魔王は部屋の中央のテーブルの横に腰を下ろした。

「すみません……、な、何も用意してなくて……。お茶も……、ちゃんとしたのがありませんが……」

  ルシカは慌ててお茶の用意をしようとした。

『良い。お前の様子を見に来ただけじゃ』

  魔王はルシカを見ると、傍に来いと手招きする。 
  ルシカは戸惑いながら、恐る恐る魔王に近付いた。

『ふむ、顔色が優れぬようじゃな』
 
  魔王の手がルシカの頬に伸びた。
  ルシカは恐怖でビクビクと身体を震わせる。

「だ、大丈夫です……」
『怖がらずとも良い。取って食おうなぞ思うとらん』

  今は、……そう言ったように思った。

『最近、良く体調を崩すと聞く。カグヤも淫紋が出た時は良く体調を崩しておった』

  身体が変化する為か、身体が重い日が続いている。           
  カグヤもそうだった。
  持ち前の明るさと気力で誤魔化しては居たが、交尾の後は良く発熱していた。
  ルシカの頬を撫でていた手が、首筋、胸元を滑り、臍の下を撫でた。
  背中に冷たい汗が流れる。

『もう直ぐじゃ。馴染んでしまえば楽になる』

  たかだか会話をしているだけなのに、身体を触られるのが怖い。
  禍々しいオーラのせいか、母の兄のせいか、はたまた魔族の王だから、恐怖と不安と緊張が入り交じった。

『カグヤは下界じゃったか』

  魔王の手がルシカから離れる。
  ルシカは少しほっとした。

「……あの」

  ルシカは胸を撫で下ろすも、俯きながら小さいく声を出した。
  しかし、口を噤んだ。
  魔王はルシカの腕を掴むと、身体を引き寄せて腕の中に抱き寄せる。
  ルシカは驚きと恐怖の感情に小刻みに身体が震えた。
  魔王も逞しい腕をしている。
  だが、夢の中の男の様な暖かさがない。

『遠慮せずとも申して良い』

  魔王の声が直接耳に響く。

「……兄さんを、もう少し優しく扱って下さい……。この間も……、気を失って……」
『それが仕事じゃ。彼奴は好きで尻を振る』
「そうですが……。でも、俺達弟の為に頑張ってるから……」

  魔王の長い爪が、ルシカの背中をなぞった。
  背筋のゾワゾワが止まらない。

『そうじゃのう。下界から戻ればしばしの休息をやろう。……たまには水入らず過ごすが良い』

  思いがけない魔王の言葉に、ルシカは安心した。

「ありがとう、ございます」
『可愛いお前の願いじゃ。聞かぬ訳にはいかん』

  ルシカの背中を撫でる魔王の手は冷たい。
  薄い布越しから、ダイレクトに伝わる。
  
「ルシ兄、裏庭の花が……」

  そう言いながら部屋に入って来たヨゾラは、魔王の腕の中にいるルシカに驚いた。
  ルシカも驚いてヨゾラを見るも、その大きな赤い目は潤んでいた。
  ヨゾラには、ルシカが怯えて居る様に見える。

「何で魔王……、様が」
『ルシカの体調が良くないと聞いてな、様子を見に来ただけじゃ』
「カグ兄が居ないから……」
「ヨゾラ」

  ルシカは慌てて魔王から離れた。

「……本当に俺を心配してくれたんだ」

  そう取り繕うも、ヨゾラは信じていないようだ。

「あのな、兄さんが帰って来たら暫くは兄さんと過ごして良いって」

  嬉しそうにルシカはヨゾラに話す。
  ヨゾラはチラッと魔王に視線を向けた。
  魔王は不敵な笑みを浮かべている。

『そろそろ帰るか。ルシカも思うたよりは悪いわけではなさそうじゃ』

  魔王は立ち上がった。
  ルシカは慌てて魔王の傍に寄る。

『見送らずとも良い。ゆっくり休め』

  魔王はルシカの頭を撫でた。
  そして、不信な眼差しで見上げるヨゾラの横切りながら

『……もう直ぐじゃ』

  そう笑いながら言った様な気がした。
  扉が閉まると、魔王が飛び去ったのだろう、バサバサと大きな音がした。

「ルシ兄、本当に大丈夫か?何もされてねぇ?カグ兄が居ない間に何かあったら……」

  ヨゾラはルシカの身体をあちこち見回すと、最後に顔を覗き込んだ。

「大丈夫だって。本当に体調を心配してくれただけ……。追い返す訳にもいかねぇだろ」
「そうだけど……」
「ヨゾラは魔王様を嫌いなのは分かるんだ。でも、叔父でもある訳だし……、最低限でも、生活させてくれているんだ」

  ルシカは俯きながら、ヨゾラの服の裾を掴んだ。
  ルシカの複雑な立場をヨゾラは理解していない訳では無い。
  でも、心配は拭えない。
  
「それよりも、兄さん帰って来たら何しようか?あ、身体休ませないとな。東の森の香草で入浴剤でも作ろうかな」
「東の森なんて危険だろ。ルシ兄が行ったら襲われる」
「グラデュエットと一緒に行けば大丈夫だろ?」

  笑顔を見せながら、ルシカはヨゾラから離れると食事の用意に簡素な台所へと行った。
  ヨゾラは納得行かないまま、椅子に座る。
  魔王は本当にルシカの体調を心配しているのか。
  そもそも、淫魔にした張本人が心配するのがおかしい。
  溺愛していた妹と瓜二つとは言え、性格は真逆だ。
  性格から考えれば、ヨゾラの方が似ているだろう。
  それに、カグヤが下界から帰れば休息をくれると言うのも、にわかに信じられない。
  確かにヨゾラは魔王が好きではない。
  魔王もヨゾラにはカグヤやルシカ程の情がないのは解っている。
  何より、顔が母親似ではないのだから。
  そして、気に入られようとも思って居ない。
  
「ルシ兄は……」

  狭い台所の様な場所で作業するルシカに、ヨゾラが話しかけて来た。

「……んー?」
「母さんに似てるって……、嬉しい?」

  周りは口を揃えてルシカは母に似ていると言う。
  ヨゾラには、薄らとしか記憶がない。

「母さん程、綺麗じゃないのにな」

  ルシカは困った様に苦笑いを浮かべた。
  
「そもそも俺は雄だ。みんな勘違いしているんだよ」
「……そうかな」

  ルシカの横顔を眺める。
  雌と見間違うくらい綺麗な横顔だ。

「……なぁ、ヨゾラ」

  今度はルシカがヨゾラを呼んだ。

「……何?」
「俺が淫魔になったら、……一人にさせちゃうね」
「もう、ガキじゃねぇし。死ぬ訳じゃねぇじゃん。カグ兄だって帰って来たりしてるんだ」
「……そうだね」

  小さくルシカは呟いた。
  
「淫紋が完全になったら、……いきなり誰かとするのかな?……それはちょっと怖いな」

  小さなお盆にお茶とスープを乗せて、台所からルシカが戻った。
  それは心配だ。
  ルシカみたいに引っ込み思案で優しいタイプは、心を先に折りそうだ。
  カグヤの最初は分からないが、カグヤももしかすれば無理矢理だったかも知れない。
  淫紋の儀式をする前には、そちらの味を覚えさせられたのだから。
  また、ヨゾラの様に誰とも決まって居ないだろう。
  もしかしたら、魔王が相手かも知れない。
  どうせ腹を括るなら、最初くらいは優しくして欲しい。
  ただでさえ、雄を相手にするんだ。
  それくらいのワガママが当たってもいい気がする。

「ルシ兄ってさ、理想が高そう」 

  ポツリとヨゾラは呟いた。
  理想?と首を傾げながらヨゾラの前に座るルシカは、思わず想像した。
  そして、ルシカの頭を占領したのは、夢の中の黒髪の人型の雄だった。
  ルシカを撫でる手は暖かくて優しくて大きくて、低い声も安心する。  
  熱を帯びる顔を下に向け、ルシカは誤魔化した。

「ルシ兄?」

  ヨゾラが心配げにルシカを見詰めた。

「り、理想は理想だし、現実は厳しいからな。あったとしても、期待なんて無意味だ」

  ルシカは早口でそう言った。
  あの雄の事は夢でしかない。
  気にしたって仕方がない。

「ヨゾラは、このままで大丈夫なのか?」

  再び台所に戻りながら、ルシカは聞いた。

「何が?」

  ヨゾラは聞き返すと、浅いお皿を持ったルシカはグラデュエットの前に屈むとそのお皿を置いた。
  グラデュエットは顔を上げると、ルシカに擦り寄りお皿の餌を食べ始める。

「このままだったら、淫魔になる。……今ならまだ何か方法があるんじゃないか?」

  グラデュエットの頭を撫でながら、ルシカは言った。
  ヨゾラも淫魔の儀式はしてある。
  まだ淫紋が出ていないだけで、近い将来は確実に淫魔になるだろう。

「もし俺が淫魔にならなかったら、兄さん達の立場が今以上に悪くなる。……それに、逃げ出したくないんだ」
「俺達は大丈夫だよ」
「もし、淫魔の呪縛から解く方法があるなら、俺は兄さん達も解放する。まぁ、俺は無になれるから何とかなるよ」

  ヨゾラは安心させるように笑みを見せると、スープを口に運んだ。

  
  
  
  
  
   

 
  
    
  

  
  
  
  
 
  
  


     
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