堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

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ニンゲンの雄と淫魔の雄

08

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  空が明るくなり始める頃。
  ホスト達は仕事を終え、帰路に着く者、客とアフターする者、食事がてら飲みに行く者とそれぞれが街に消えて行った。

「いや~、後輩君凄かったっすね。イケメンだし、酒は強いし。ただただ座ってただけなのに」

  結局楼依は店に駆り出された。
  会話なんて適当な相槌のみなのに、売上は今日一良かったと言う奇跡を起こしていた。
  佐藤君は店の清掃を終え、ミーティングルームに居る千皇にコーヒーを差し出していた。

「でも大丈夫っすかね?アフターで行ったけど、フラフラじゃなかったですか?」
「あの女は姫神の女らしい。だから問題はないだろ」

  楼依本人は否定をしていたが、年上っぽくてスタイル抜群の懇親的なイメージがした。
  楼依は着いて行ったが、彼女と居る時はペースに飲まれている感じもした。
  楼依が連れて歩くには派手っぽくも見える。

「あ、そう言えば、まだ一緒に居るんすか?あのビッチ君」
「我が物顔で居座ってる」
「まだ食ってないんですか?」
「毎日誘われてはいる」
「へぇー、何だかんだと珍しい」

  佐藤君はソファーに座ると、疲れたのか首を回した。
  
「離れるのが嫌なんですか?」

  肩をトントンと叩きながら、佐藤君は聞いた。

「誰が?」
「オーナーが、ですよ。他に誰が居るんですか」
「……確かに、一緒に居て飽きねぇかもな、今んとこ」
「明日は地球が滅亡するかな?」

  予想外の返答に、佐藤君は思わず呟いた。
  
「反応が新鮮なんだ。ちょっとした事で喜んだり驚いたりな……。この生活に慣れたら、飽きるかも」
「不思議な感じでしたもんね。セックスしか頭にないし」
「……ヒカルは?」

  突然、千皇は話題を変えた。

「何とか体力は回復したと思います。ただ、まだ外には出たくないって」
「……そうか」

  そう言うと、千皇はパソコンに何かを打ち始めた。
  カタカタと音が響く。

「もう、帰っていい」
「たまには一緒に飯食いに行きましょうよ」
「断る」
「あー、待たせてますもんね」

  千皇は手を止めると、ニヤッと笑う佐藤君を睨んだ。
  はいはい、と佐藤君は立ち上がった。

「それじゃぁお疲れ様でしたー」

  そう言うと佐藤君はミーティングルームを出て行った。
  しばらくパソコンで作業していた千皇も、背を伸ばすとパソコンの電源を切った。
  上着を持って、ミーティングルームの灯りを消すと部屋を出る。
  ミーティングルームに鍵をかけ、戸締りチェックを済ませると、店を出た。
  裏口の鍵を掛ける。

「……もし、お聞きしたい事が」

  そう嗄れた声で話しかけられた。
  千皇は振り向くと、腰の曲がった杖を着いた老人が立っていた。

「駅までの道なら……」
「カグヤ、と言う御仁を飼ってらっしゃいますでしょう?」
「飼ってない。居座られてるだけだ」

  店の鍵を胸ポケットに入れると、大通りへと歩き出そうとした。

「カグヤ様と何故まぐわらないのですか?」

  老人の問に千皇は足を止めた。
  
「んなもん、俺の都合だろ」
「ふむ、あの見た目にも惑わされぬとは……」
「確かに顔は可愛いんじゃね?だけど、キスは下手、誘い方に色気がねぇ。誰が仕込んだか知らんが」
「口付けはされたのに、……何故」

  老人は目を丸くした。

「カグヤ様の唾液には媚薬効果がある筈……。それ故に、交尾に狂うと言うのに」
「んな事知るか。アイツのが腰を抜かしたんだ」

  そう言えば、弾はキスは避けていた。
  口で奉仕された時は萎えなかった、と言っていたのを思い出した。

「……そう言う事か」

  千皇はポツリと呟いた。

「しかし、カグヤ様を一度抱いたら病みつきになり、カグヤ様しか頭に無くなる事は間違いない」
「クセにはなるかもな……。だが……、逆に俺じゃねぇと気持ち良くなくなっちまうかも」

  千皇は小さく笑った。

「大層な自信家ですな。ですが、それもまた崩しがいがあると言うもの。しかし、困りましたな」

  老人はわざとらしく自分の顎を撫でる。
  そして、チラッと千皇を見た。

「カグヤ様は我が国の人気者の上、我が主のお気に入り。さっさと貴方を虜にし戻って貰わねば」
「勝手に帰りゃ良いだろ……。俺は関係ねぇし、虜になんねぇ」
「ならば、貴方を諦めさせ、別の誰かを……。でなければ、大事な大事な弟君がカグヤ様の身代わりに」

  わざとらしくそう言ってはみたが、千皇の表情は変わらず崩れる事はなかった。
  淫魔とかにも家族や兄弟がいるんだな、程度にしか思えなかった。

「だったら連れて帰れよ」
「私は見ての通りのジジィ故、カグヤ様を抱えるなぞ腰をやられてしまいます。ここのところ、カグヤ様は大好きな交尾をされていないようで……。帰る力も残ってはおりませぬでしょう」
「テメェが相手すりゃ良いだろ」
「カグヤ様は我が主のお気に入り、私が手を出したなら何をされるか……。それに、末の弟君がヤキモチを妬きます故……」

  何を言って居るんだ、このジジィは、と言いたげな表情を千皇は浮かべると、溜息を吐いて歩き出した。

「もし仮に、貴方が魂を差し出すのならば、カグヤ様もルシカ様も罪も軽減で済みましょう」
「俺がそんなに優しいニンゲンに見えるか?」
「貴方優しい方ですよ。……少なくとも、私よりは、ね……」

  老人はじっと千皇を見詰めた。
  千皇は鼻先で笑うとその場を去った。
  背後から老人の笑う声が聞こえた。
  要は、カグヤが帰らないせいで弟が人質になった。
  助けるにはせめてカグヤが誰かとセックスして、精を魔力にするか、千皇の魂を持って行くか。
  
(俺は巻き込まれただけじゃねぇか)

  歩きながら千皇はふと思った。
  そう思うと些か腹が立つが、淫魔の事情など知らない。
  こちらも聞かなかった。
  淫魔と言う魔族であるが、色白の肌に透き通る金髪、黒い羽や角や尻尾に違和感があるのも気になった。
  想像と現実は違うが、何故かアンバランスに思えた。
  禍々しいオーラとは逆でキラキラしているし、表情も豊かだ。
  さて、どうするか。
  あの怪しい老人も魔族と言う奴だろう。
  弟を人質にするくらいだ、カグヤにとって大事な弟で、カグヤは向こうの世界で大事にされてる。
  淫魔が大事だとか理解がし難いが、性欲処理として扱われているのは何となく分かる。
  弾の精子でも吸わせりゃ魔力は戻るだろうが、何となく嫌だと思うと、その方法以外は分からない。
  千皇は溜息を吐き、頭を搔く。
  考えた時点で、もう負けている。
 
(めんどくせぇ……) 

  どの道このままだと行けない訳だ。
  何処までが本当の話か分からない。
  悪魔やらの事情なんて知った事では無い。
  彼等だって人間の事情なんて知った事では無いのだから。
  もし、カグヤが事情を知れば他の奴から精を摂って魔界に帰るだろう。
  ヒカルに接触すれば、魂だって持って行ける。
  そう言えば、さっきの老人は千皇を虜にして……、等と言っていた。
  それは何を意味するのだろうか。
  カグヤが千皇を望む限りは、彼等に取って千皇は非常に邪魔な存在であるのは分かる。
  カグヤが下界に居座って居るのは単に千皇とセックスをしたいだけだ。
  ただ、それだけの理由で弟を拉致る意味は、あるのだろうか。
  性欲処理としてお気に入りなら、わざわざ淫魔などにせず、傍に置いておけば良いのに。
  
(……仕方ねぇな)

  いくら考えても答えは一つしか出ない。
  千皇は溜息を吐きながら重い足取りで歩いた。
  千皇が老人と接触する少し前だ。
  カグヤはベランダから月を眺めていた。
  どう誘えばベッドに連れて行けるのだろうかと、日々考えている。
  誘い方に色気がない、と言われた。
  淫魔の唾液で発情しない相手に、どう連れ込めば良いか分からない。
  インターネットで調べようにも、言葉は分かるが字が読めない。
  字まで理解する事は今まで必要なかった。
  言葉が分かれば、交尾が出来ていたからだ。
 
「カグ兄っ!!見つけたっ!!」

  いきなり夜空からヨゾラの声が聞こえると、勢い良くヨゾラが降って来た。

「うわっ!?」

  カグヤはヨゾラを全身で受け止める。
  
「えっ?ちょっ、な、何でヨゾラが……」

  しがみつくヨゾラにカグヤは混乱した。
  下界に来る方法を知らないヨゾラが、どうやって来たのか、頭がぐるぐるする。

「ごめん、カグ兄……、ルシ兄が……」

  ヨゾラの口からルシカの名前が出ると、カグヤは我に返った。
  安心したのか緊張しているのか、普段強気なヨゾラの声が震えていた。
  そっと優しく背中を撫でる。

「ルシカに何があった?」
「……連れて行かれたんだ、……魔王様に」
「何でだよっ!?」

  カグヤはヨゾラの肩を掴んだ。 
  ヨゾラは俯いた。

「カグ兄が……、帰って来ないから……。俺、抵抗したんだけどさ……」
「……」

  ヨゾラの肩を掴むカグヤの手から力が抜けた。

「……俺のせいだ」
「何があったのに?もしかして、ニンゲンに拘束されてるの?」

  今度はヨゾラが心配げにカグヤの顔を覗き込んだ。
  カグヤは首を横に振った。

「……俺が、ここに居たかったんだ。精を摂って堕落させて、帰らねぇとならねぇのに」
「……」
「初めてだったんだ、口付けしても淫魔の唾液が効かないの。逆に、口付けだけで気持ち良くて、……でもそれ以上させてくんねぇの。だけど、……色んな事教えてくれてさ……、優しいんだ、多分」
「でも、他の誰でも交尾は出来るんだろう?」

  カグヤは困った様に笑った。

「他のニンゲンと、する気が起きなくてさ。アイツとはしたくて仕方がねぇのに、……でも、しなくても楽しいって思えちまってた。淫魔も兄貴も失格だな……」

  ヨゾラはカグヤの話に下を向いた。

「……お前はどうやってここに来たんだ?」
「ジルバのジジィ脅した……」
「ジルバって、魔王様の側近じゃねぇか?脅したって、何もされてねぇか?」

  カラダの契約を結んで居る事も、ここまで来るのに性的な事をして来た事も言えない。

「俺が弱くねぇの知ってるだろ?何もされてない……。でも、一緒に連れて帰れない……」
「分かってんよ。誰かテキトーに引っ掛けて精採ってから戻る」
「それはダメだ」

  ヨゾラは顔を上げた。

「早く帰らねぇと、ルシカが……」
「それでも、……魔王様はカグ兄が今どんな状況か知ってるんだ。……だから、相手は今カグ兄と一緒に居る人の魂持って行かねぇと……」
「……んな事言っても、アイツしてくれねぇし……、魂を持ってなんて、……行けない。そもそも、アイツは関係ねぇし。それに、弟が危険です、魂下さい、なんて言っても、だから?で終わる」
「……」
「簡単に許して貰える訳じゃねぇのも分かるし、俺が帰って良い様に相手すりゃ、ルシカも解放されるさ。母さん似のルシカだ、そう簡単に手は出さねぇだろうし」

  カグヤは安心させる様に、ヨゾラの頭を撫でた。
  カグヤが思っている程、事が単純ではない。
  
「……その人の魂持って行かないと、許して貰えないよ」
「んな事ねぇよ」
「ルシ兄を連れて行ったって事は、カグ兄が魔王様を裏切る可能性があるから……」
「裏切るって何だよ。少し帰らなかっただけじゃん」
「……一人のニンゲンに執着してるからだよ。精も取らず堕落させるつもりだって。それでも、他のニンゲンからも取れたはずだし。それをしなかったのは……」

  もし、誰かとしたら追い出す、と言っていた。
  でも、結局は誰とするつもりはなかった訳で、気が付けば千皇しか追いかけて居なかった。

「だから、魔王様はカグ兄が逃げない様にルシ兄を連れて行ったんだ……」
「……俺の失態だな。……仕方ねぇ」

  カグヤは俯くと下を向いた。
  
「カグ兄は……、悩んでる?」
「……何をだよ」
「……ルシ兄とそのニンゲン」
「んな訳ねぇだろ……」
「俺は……、どっちでも良いと思ってる。カグ兄が留まるならそれで良いし、ルシ兄も恨まない」
「……バカだな。アイツ帰ったら搾り取って帰るから、心配すんな」

  カグヤはにっと笑うと、ヨゾラの頭を撫でた。



  


   
  

 


  
  
  

  

 


  


 

    
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