堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

文字の大きさ
25 / 189
夢と現実と

02

しおりを挟む
「今日退院したばっかで大丈夫なんすか?」

  ミーティングルームの黒革のソファーに凭れ、長い脚を組みながら座る楼依が聞いた。

「部屋に戻る方がめんどくせぇ。退院初日くれぇゆっくりしてぇだろ」

  大きな高級感溢れる木のデスクのパソコンに目を向けながら、千皇は答えた。
  左目は大きなガーゼが当てられている。

「左目、無事なんですか?」

  楼依の問い掛けに、千皇はパソコンのマウスの手を止めた。

「眼球はあるが見えねぇよ。左目周辺は感覚もねぇ」
「どんだけ恨み買えばそうなるんですかね」
「……恨みじゃねぇよ」

  千皇は再び手を動かし始めた。

「金髪野郎とは上手くやってんですか?」
「実家に帰ったし、そう言う関係じゃない」
「先輩にしては世話焼いていたじゃないですか。他人なんて興味もなかったのに」
「そう言うお前だって長ぇだろ。今の女」
「好きで一緒にいる訳じゃない」

  楼依は一息着いた。
  
「何か最近良くわかんねぇっつーか。ヤってもスッキリしねぇどころかだりぃし」
「ヤる事はヤってんだ」
「気付いたらそう言う流れになってんです。マリナさんに視て貰ったけど、真っ黒で何も見えねぇって」

  楼依はペットボトルの水を一口飲んだ。
  そして、溜息を吐く。

「淫魔でも取り憑いてるんじゃねぇの?」

  鼻先で笑いながら、千皇は冗談紛いに言った。
  楼依のペットボトルを掴む手が、ピシッと音を立てた。
  淫魔に心当たりは合っても、男の淫魔だ。
  女じゃない。
  夢を見るのはアイリとセフレ関係になってからだし、夢の黒羽の男が淫魔になったのは最近だ。
  そう言えば、あの『ごめん』から夢で逢えていない。 
  
「もし俺が淫魔に取り憑かれてんなら、今頃ここには居ねぇでしょ。四六時中盛って、死んでるかも」

  楼依がアイリと肉体関係になったのは、1月ちょっと前だ。
  窶れて疲労感はあるものの、意識もしっかりしている。
  ヒカルはカグヤと3回くらいセックスをしてあのザマだ。
  楼依の性欲がそこまで強くないのか、ヒカルの意思が弱いのか。
  そう考えると、楼依が淫魔に取り憑かれてるのは考えにくいかもしれない。

「まぁ、まさか先輩の口から淫魔とかファンタジーなワードが出るとは思いませんでしたが」

  淫魔と過ごしていた、なんて楼依に話したら生暖かい目で睨まれそうだ。
  この左目もその淫魔にくれてやったと知れば、冷たくあしらうだろう。
  
「つーか、俺はいつまで代役してりゃ良いんですか。来月には撮影も入るんですけど」
「スタントよりは稼げるだろ」
「そう言う問題ではないです。スタントは親のご機嫌取りなんで」

  楼依の親は元俳優で、芸能人事務所の社長だ。
  芸能界に興味のない楼依だが、クールなルックスと性格で親は小さい頃からいろいろさせてはいた。
  しかし、芸能界になびく事はなくそれでもしつこい親をそこそこ満足させる為に、アクションスタントをたまにしていた。
  
「金にも女にも芸能界にも興味は無い」
「お前、贅沢だよな」
「先輩も他人の事言えねぇでしょ」
  
 ミーティングルームの扉が開いた。

「あ、やっぱりサボってる」

  佐藤君だ。
  
「サボってない。休憩中」
「いやいや、指名入ってるんですよ」
「どうせ、アイリだろ。つーか、そろそろヒカル君復帰させるなり、新しい奴スカウトするなりあるだろ」
「座ってるだけで稼げるなら良いじゃないですか」
「俺は帰りたい……」

  楼依は欠伸混じりの溜息を吐いた。

「お前も本命作りゃあの女から離れられるんじゃねぇの?」
「そこまで夢中になれる相手が居ねぇんです。別にアイリだって俺に本気じゃねぇみたいだし」
「そうなんですか?こんなに足繁く通ってるのに?」

  佐藤君は驚いた。
  
「アイリに取っての俺は単なる性欲処理器なんじゃねぇの」
「そんなの、お互い様じゃないですか」
「お前が処理器扱いなんざ珍しい」

  千皇が鼻先で笑った。
  楼依はムッとする。

「あー、そう言えば、なんですけど」

  佐藤君はいきなり手を叩いた。

「夢の中の相手とはどうなったんですか?顔の分からない男の子、でしたっけ?」

  なんでコイツは今思い出す、と言わんばかりに楼依は佐藤君を睨んだ。
 
「入院で退屈してたんだ。教えろ」

  千皇はパソコンから目を離すと、タバコを咥えた。
  楼依はあからさまに嫌な表情を見せる。

「真っ白で黒い羽でしたっけ?体温はあるけど顔は分からないとか何とか」
「……真っ白で黒い羽、ね。お前こそファンタジーじゃねぇの?」

  楼依は額に手を当てた。
  千皇には、何となく心当たりがある。
  が、敢えて口にはしなかった。

「約束したって」
「……佐藤、お前。これ以上、喋ると帰るぞ」

  額に手を当てたまま、楼依は佐藤君を睨み上げた。
  佐藤君はぞっとして、両腕をさする。

「夢の話だろ?」
「夢だから話したくねぇんです」
「バカにはしねぇよ。ほら、話してみ?」

  そう言う千皇の表情は無表情だが、興味津々なのは分かる。
  楼依はソファーに凭れると、頭を搔いた。

「……金髪で白い肌の割には黒い羽が生えた男が夢に出るんです。会話もあるし、体温も感じるんだけど、顔が分からねぇ。モヤがかかってる、っつーか」
「……で?」
「一月くらいソイツが出て来て。金髪野郎を見た時は少しだけ疑ったけど、……違う」
「何処が?」
「雰囲気的には近いんだろうけど、夢の中の奴は自信がねぇっつーか、臆病っつーか……」

  どう言葉にしていいか分からない。
  
「……まぁ、ここ二三日は逢えてねぇですが」

  最後の泣き顔は気になっていた。 
  顔が分からない分、泣いていたかは定かでは無いのだが。

「羽はソイツのイメージ的なものじゃねぇか、って瑠依が言ってました。マリナさんが言うには、ソイツの夢とたまたまリンクしたのかもって」
「それじゃ、実在する奴かも知れねぇわけか。……探すのか?」
「探すにしても手がかりがねぇんじゃどうする事も出来ない」

  楼依はポケットからスマホを取り出すと、画面を見るとうんざりした顔をした。
  そして、何かを操作すると画面を千皇に向けた。

「瑠依に描かせた似顔絵くらい」
「俺、片目しか見えねぇからよく見えねぇ」
「……ぜってぇ見えてるだろ」
「怪我人をいたわれよ。言っても俺は先輩だ」
「後輩にはもっと優しくしてくださいよ。こうやって先輩のワガママ聞いてんだから」
「あー、でも金髪君とはちょっと雰囲気が違いますね」

  画面を覗き込んだ佐藤君が言った。

「髪型が違うだけだろ」
「ほら、やっぱり見えてんじゃねぇか」

  楼依はスマホをポケットに仕舞った。

「弾さんに聞いてみたら良いんじゃないですか?ヤクザだし情報網が沢山あるし」
「あの人に借りを作ったら俺が危ねぇだろ……。見境ねぇんだし」

  佐藤君の提案に、楼依は首を左右に振った。
  弾は千皇同様楼依もストレートに狙っている。
  
「あー、でも弾さんは忙しいかな?オーナーの顔傷付けた奴探すって、浅霧組総出でピリピリしてるし」
「……まだ勝手な事をしてんのか」
「俺も最初殺されかけました。本当は知ってんだろぉー、って」

  あの日を思い出した佐藤君は、余程怖かったのかふるっと身震いをした。

「……探しても無駄なんだけど」

  千皇はポツリと呟いた。
  咥えたままだったタバコに火を点けると、煙を吐き出す。
  その千皇の行動に楼依は違和感を感じた。
  千皇の顔の傷は、もしかして千皇も望んだ行為じゃないのか、と。
  怪我をさせられ、左目の視力を失わされても、嫌悪どころか満更でもない感じがする。
  探しても無駄と言う意味は分からないが、まさかもうこの世に居ない等と言う事はないだろう。
  人を殺してしまったら、弾に頼まない限りもみ消す後ろ盾は無いし、弾が動く事もないだろうから。

「もしかして先輩さ、庇ってんすか?その犯人」

  楼依の質問に、千皇は何を言ってんだ?的な視線を向けた。

「犯人なんて居ねぇよ。俺の不注意」

  千皇はそう答えたが、楼依は腑に落ちない様だ。

「まぁ、面白ぇから弾はそのまま放っておく」
「弾さんも必死なのに」
「勝手に必死になってるだけだろ」

  千皇は灰を灰皿に落とした。
  
「でも、オーナー目当ての姫様達も居るんだし、……ショックでしょうね」
「俺じゃなくてもコイツが居るだろ。俺やヒカルが居ない間も売り上げ落ちてねぇし、救世主」
「ほとんどアイリさんと瑠依ちゃんのバトルですけどね。アイリさん太客だから、他の姫様には付けないのが痛いです」
「彼氏に貢いでるだけだろ」
「付き合ってねぇし。いっそ、出禁にしてくれ。仕事してる気もしねぇし。大学から店から朝まで一緒とか、ぶっちゃけ気が狂う……」

  楼依は頭を抱えた。
 
「断りゃ良いだろうが」
「……断ってる筈なんです。なのに、断った事もなかった事にされてるっつーか、気が付くと事後だし、気力も体力も持たねぇ」
「アイリさんが淫魔だったりして」

  佐藤君が笑いながら言った。
  再び楼依が佐藤君を睨んだ。

「淫魔だったらアイリじゃねぇよ」
「だったら、って淫魔に心当たりでもあるんすか?」

  佐藤君の質問に、楼依は口を噤んだ。
  千皇の視線も痛いくらい刺さる。
  あーっ!と言いながら、楼依は頭をガシガシと搔いた。

「やめてやれ、何か……、可哀想だ」

  千皇はタバコを消しながら佐藤君にそう言った。

「……言い方がすんげぇ腹立ちます」
「それよりも、早く行ってくださいよ。アイリさん待たせてるんで」

  楼依は無表情だが、あからさまに嫌なオーラを醸し出した。

「……仕方ねぇ。俺が断って来てやる。テキトーに早退したと言っといてやんよ」

  千皇は重い腰をわざとらしく上げた。
  嫌な予感しかしない。

「……いや、頑張って行ってきます」
「遠慮すんなよ。俺が居ねぇ間も売り上げに貢献してくれたんだ。ちゃんと礼をしねぇと」

  佐藤君に何か合図をすると、佐藤君は楼依の肩を抑えた。

「おい、テメェ……」
「すみません、オーナーの方が怖いので。まぁ、任せてみていいんじゃないですか」

  入口を開けミーティングルームを出る瞬間、千皇が笑った気がした。

「……ぜってぇ楽しんでる」
「これでオーナーに乗り換えてくれたら良いじゃないですか」
「そりゃそうだが……。簡単に済むとは思えねぇ」

  楼依は諦めて溜息を吐いた。
  ミーティングルームまで姫達の歓声が聞こえる。
  顔に傷があろうが、関係ないのだろうか。
  千皇はそのまま真っ直ぐアイリの座る卓へと行った。
  少し背の低めで、大きめのバスト、細い腰。
  長いストレートの髪の毛、化粧は濃いめであるが赤い口紅が似合う。

「オーナーの神代です。せっかく来て貰って申し訳ないですが、楼依は先程体調不良で帰りました。No.2ですが、ナツキを寄越しますので、楽しんで帰って頂けたらありがたい」

  無表情ではあるが、出来るだけ丁寧に断りを入れた。
 アイリは千皇の頭のてっぺんから爪先まで見詰める。

「大学では普通だったのだけど」

  静かにゆっくりとした口調で、アイリは言った。

「ついさっき、腹下してトイレに篭っていたので帰らせました。最近、うちだけではなく別のホストクラブでもNo.1が体調不良で欠勤する事が多いので、楼依も大事を取らせましたが」

  ふーん、とアイリは言うと席を立った。
  千皇に近付くと、千皇の顔をじっと見た。

「貴方……、誰かに手を付けられて居るのかしら?」

  千皇のガーゼで覆われた左目を見詰めている。

「嫌な臭い……。あたしが大嫌いな……」

  そう小声でアイリは言った。
  そして、小さく笑う。

「……楼依が居ないなら帰るわ。どうであれ、彼はあたしから逃げられないし」
「アイツに何をした?」

  千皇も見下すようにアイリを見た。

「……さぁ?単にセックスするだけよ」
「ふーん……。身体だけじゃ、アレは落とせねぇぞ」
「忠告、ありがと。また明日、大学って楼依に伝えておいて」

  アイリはそう言うと店を出て行った。
  アイリの含みのある言い方が気になる。
  厄介な女に絡まれたな……、と思いながら、千皇はとりあえず他の卓の姫達にも挨拶に回った。 
  
  
 
  
  
  

  
  
  


 

  

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

処理中です...