堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

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  千皇のマンションに戻った。
  のは良いが、リビングのソファーに真幸と見慣れない白い大きな羽の少女が座っている。

「……おい、いくらなんでも他人の家で浮気なんざいい度胸だな」

  呆れながら楼依は言った。

「浮気やないし。そもそも俺はフリーやねん。そんでこの女の子は兄貴達の曾婆ちゃんやて」

  真幸に紹介され、エルドラは顔を上げた。

「その半魔の曾祖母のエルドラじゃ。話はヨゾラやコヤツから聞いとる」
「おい、曾婆さんだって」

  千皇にしがみついたまま、カグヤはビクビクしながらエルドラの方に振り向いた。
  しかし、顔を背けると泣き出した。

「ゔわぎじでるぅ~~~」
「浮気じゃねぇし、そもそもお前とは付き合ってもねぇだろ」
「お"れ"どは、ごゔびじね"ぇ"の"に"ぃ~~~」

  車の中でもずっと泣きっぱなしだ。
  ずっと千皇にしがみついて、交尾したい~~~と泣いている。

「しかしや、何やこの甘クソい匂いは。えらい気分悪なるで、色んな意味で」
「俺も結構……。まさか野郎のこう言う匂いまで嗅がされるとは」

  楼依はそう言うと窓際へ行き窓を開けた。

「女のは嗅いだんかい」
「好きで嗅いだんじゃねぇよ。……それよりも、怪我でもしたのか?」

  楼依はソファーに立て掛けてある松葉杖を指さした。

「ちょっとヘマしただけや」

  真幸の返事に、楼依はへーとだけ答えた。
  千皇はカグヤを抱えたまま、エルドラの正面に腰を下ろす。

「ほら、顔見せろってよ」
「い"や"だ……」
「曾婆さんだろ?身内じゃねぇか」
「ごんな"少女が曾婆ぢゃんな"わげねぇ」
「お前らの曾爺ちゃんの趣味じゃ。仕方あるまい」

  悪趣味だ、と千皇は思ったが口には出さなかった。

「見るからに親父方の婆さんって事か?」

  出来るだけ窓際に座り、楼依は聞いた。

「そうじゃ。……孫が魔界の者と番になってから、助けたくとも魔界に行けなくての……。ある程度は、お互い知る術はあったのじゃが……」

  エルドラは肩を落とし、すまぬと呟いた。

「……ほら、ちゃんと見せてやれよ」

  千皇はカグヤの頭に手を乗せると、無理矢理エルドラに向かせた。
  泣いてばかりの目が腫れたぐちゃぐちゃな顔だ。
  エルドラは、小さく笑みを浮かべた。

「父と母の良き所を取っておるな」

  カグヤは鼻をすすりながら目を丸くした。
  そう言われたのは初めてだ。
  カグヤは顔を逸らすと、千皇の肩に顔を埋めた。

「……ハジメテ、言われたぁー……」

  再び泣き出す。
  今まで、ルシカは母親似、ヨゾラが父親似とはっきり言われて来た。
  父親譲りの金色の髪の毛と白い肌、母親譲りの黒い角と黒い羽、黒いしっぽ、それだけだった。

「鼻水付けるな」
「仕方ねぇだろぉ……」

  情緒が不安定過ぎる。
  
「で、どうにか出来ねぇの?この発情。アイツらが飲ませたモンは水分補給させまくりゃ薄まるが」
「……残念じゃが、今の私には浄化する力がない。何せ幽閉中で力半分は封じられておるからの」

  そう言ってエルドラは両手首の枷を見せた。

「……」

  千皇の眉間に皺が寄る。

「そんな顔をするでない。仕方なかろう、孫の窮地じゃ、居ても立っても居られず、鎖を引きちぎって来たのじゃ」
「……」
「攻撃する力は残っておる。少しは守れるぞ」

  千皇は頭を抱えた。
  天界の奴らは血の気が多い奴しか居ないのか、と思える程に。

「そんなら、兄貴ら兄弟の力言うんも使えばえぇんやない?天界の血が流れとるんやろ?この結界かて力合わせて作ったんやし」

  ふと真幸が口を開いた。

「それはいささか難しいの……。魔族の血が邪魔してしまう。純粋な天界の者であれば……」

  エルドラはそう答えた。

「逆に緩和させる薬みてぇのはねぇのか?」
「私は薬学には知識がない。曾爺ちゃんなら、緩和させる事が出来るのじゃろうが」
「だったら曾爺さん呼べば良いんじゃね?」
「あの頑固ジジイが簡単に下界に来るとは思えん。曾孫のヨゾラに手を差し伸べただけでこの有様じゃ」

  楼依の質問に答えると、エルドラは両方の手首を見詰めた。
  千皇は溜息を吐くと、カグヤを抱えて立ち上がった。

「どの道今は何も出来ねぇって事だろ」
「どこ行くねん」
「風呂。抜くだけ抜いて、水分取らせる」
「ぜっぐずずる”ぅ~~~」
「するか、バカ。抜いてやるだけありがてぇと思え」

  千皇はそう冷たく言うと、そのままリビングを出て行った。

「もう、抱き潰してやればえぇんに。見てて可哀想やわ」
「あの二人はそう言ういちゃらぶと言う関係では無いのか?」
「性に関しては兄貴が一方的やな」
「ふむ、カグヤには魅力がない、と言いたいのか?」

  エルドラは不満気な表情を浮かべた。

「そー言うのじゃねぇよ」

  楼依が答えた。

「あの顔やと男も食ってそうやけど」
「無くはない。ただ、厄介な相手が一人な……」
「浅霧の若頭やないでか?」
「あー、あの人より厄介だな」
「ならば、私が消し炭に……。ニンゲン一人くらいは軽く消せるぞ」

  エルドラは手の平で小さい雷を作って見せた。
  
「せやかて、そんな繊細な人かいな」
「AVに出るあたりそーでもねぇ気はするけど。兄貴の魅力は置いといて、顔やるくらいだから簡単には考えてねぇとは思う」
「顔……、そう言えば顔に傷があったの、アヤツの顔。流れる気に若干の違和感があったのは感じ取ったが、カグヤの顔を見たくての」

  そう言った後、エルドラははっと楼依の方を見た。

「お主も、ニンゲンでは無いのか?」
「どーなんだろ。死にかけて、ルシカに助けられたんだ。契約って言うなら、……奴隷」
「あのルシカが奴隷をとなっ!?」

  何故かエルドラの表情が明るく輝く。

「奴隷と言う名の恋人や」
「何とっ!らぶいちゃかっ!!」

  真幸の言葉に、さらにエルドラの目が輝いた。

「お主、名は何と申す?」
「……姫神、楼依……」
「……ヒメガミ、ふむ……」

  楼依の名を聞き、エルドラは顎に手を添える。
  そして、真幸の方を向いた。

「ヒメガミ……、カンザキ……。アヤツの名は……」
「神代」
「カミシロ……」

  それぞれの名前を呟くと、先程まで輝いていたエルドラの表情が深刻になった。

「……お主らの名前には『神』と言う字がある。……だから、か」
「そう言えばジジィも何か神妙な雰囲気だったな。……兄貴が魔族を弾き飛ばすっつーのも」
「ふむ……。名前が意味をもたらすのであれば関係がなくもない」

  話を聞いていた真幸が、あ、と小さく声を上げた。

「神代兄さん、『神』に成り『代』わる。……最強やんけ」
「『千』の『皇』で『ちおう』だ。神より質が悪いが」
「顔も名前も最強やんけ。そら、魔族っちゅうのも弾いてまうやろ。兄さんが姫っちゅうのも何となく分かるが、俺には関係あらへんな」
「は?誰が無関係だって?」
「俺がや」
「そう言いきれねぇだろ。一緒に寝てるくせに」
「ヨゾラはベッド、俺は寝袋や」
「何だかんだ一緒に居るだろ?」
「こんな状況、危なっかしくてしゃーないやろ」

  可愛げがない、と楼依は呟いた。
  エルドラは眉間に皺を寄せた。

「つまりは、ヨゾラには魅力がない、と?」

  エルドラは真幸を睨んだ。
 
「……その手には乗らへん」

  真幸はそう答えると、エルドラが舌打ちをする。

「天使言うんもニンゲンと同じやな。そー言うとこは」
「身内の幸せを願い、何が悪いと言うのじゃ」
「そもそも、男同士やで」
「何の問題がある?愛を説くのであれば、性別など関係ないじゃろ。何じゃ、お前は同性に偏見しかないのか?心狭き男よの」

  エルドラの言い方に、真幸はムッとした。
  
「別に本人同士がえぇんならえぇんちゃう?俺かてこの先男好きになるかもしれへんし、否定する気はないで」
「あ、お前。言い寄られて振ったんだっけ?そりゃ直ぐにとは行けねぇだろうけど」

  楼依は思い出した様にそう言った。
  エルドラの表情が興味に変わった。

「先程も、ジジィに抱かれるのが嫌でカチコミに戻ったしの」

  カチコミ、天界の女性が使う言葉では無い。

「ヨゾラを庇って右脚を持って行かれたのは、相当男前じゃった。私がもう少し若ければ抱かれたいと思うたかもな」
「そんな事だろうと思ったが。……ふーん」

  楼依が小さく笑った様に見えた。

「出た、大人の嫌な笑顔や」

  真幸は溜息を吐いた。
  その時、カグヤを抱えた千皇が戻って来た。
  タオルに巻かれたカグヤは、千皇の腕の中で目を閉じている。
  千皇の髪の毛は濡れていて、パンイチだ。

「気ぃ失わせたんすか?」
「イき疲れて寝ただけ」

  そう言うと、そのままベッドルームに行った。
  しばらくすると、ちょっと良い感じのスエットを履いて出て来た。
  
「……で、何か良い方法でも見つかったか?」

  千皇は手に持っていたシャツを着ると、さっき座って居た場所に腰を下ろす。

「ないっすね。曾爺さんなら解けるかも、って事らしいですが」
「なら呼べよ。毎晩こんなんじゃさすがの俺も疲れる」
「無理じゃ。あの頑固ジジイ、聞き分けがないからの。曾孫のピンチに私を閉じ込める奴じゃ」

  エルドラはいじけた様に答えた。

「なら、……来る様に仕向けりゃ良い」
「言うたじゃろう。頑固ジジイじゃと」
「あんたがこっちの人質になりゃいい。俺の要求はアイツを戻す事だけだし、難しい要求じゃねぇ」
「……お主、魔族どころか天界にも喧嘩を売るつもりか」
「少なくともあんたは、曾孫達の状況をどうにかしてぇから来たんだろう?だったら人質くらい引き受けろよ」

  千皇はテレビ台の引き出しから、タバコを取り出した。

「……曾孫達は、状況を変えてぇから頑張って身体張ってんだ。ちったぁ協力してやれ。俺達は人間だ。特別な力は持っていねぇ……」
「……確かに、傍観を決め込んだのは我ら天界の者じゃ。状況は分かっておったのにのう……」

  エルドラは少し俯いた。

「……仕方ない。私とて曾孫達は大事じゃ。じゃが、曾爺ちゃんは天使長……。手強い相手と思え」
「……上等」

  千皇はタバコを咥えると、鼻先で笑った。

  

   
  



 





  


  
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