堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

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  朝、学校に迎えに来た楼依から診断書なる物を貰った。
  千皇が気を利かせて、総合病院の医師である千皇の兄に書いてもらったらしい。
  ルシカが車の免許を取りに行く、と話すと案の定良い顔はしなかった。 
  真幸も連れて、楼依が学校へ送って行く。
  車から降りたヨゾラは、真幸のカバンを持つと言い張り、楼依の手前仕方なく持たせた。
  松葉杖を付きながら歩く真幸に、御手洗が驚く。

「神崎、どーしたん?」

  校門を抜けて直ぐに声を掛けられた。

「……ちょっとヘマしただけやねん」

  そう答えたが、ヨゾラは納得していないようだ。

「あー、あの美人なお兄さんに看護されるのかァ。男って分かってても羨ましーよなー。浅霧の兄さんて甲斐甲斐しくしてくれそうだし」

  富岡の言葉に、ヨゾラは何故かムッとする。

「そないさせたら俺が殺されてまう。看護される程、大事やないねん」
「あ、風呂とかどーしてんの?」
「手やないで足や。一人で入れる」
「お兄さんと一緒じゃないんだ」

  真幸はうんざりと溜息を吐いた。
  ヨゾラは少し後ろから、若干口を尖らかせて歩いている。
  真幸はそれに気付いた。

「……もし不便や思うたら、ヨゾラがやってくれるねん」

  言い方は仕方なさげだが、そう真幸に言われてヨゾラは少しだけ嬉しげな表情を浮かべた。

「浅霧、勉強やら運動はすげぇと思うけど、なんかな」
「それはそれでちょっと心配なんよな」

  御手洗と富岡がヨゾラの方を見た。

「何だよ、それ」

  再びヨゾラがむくれる。

「器用な分、不器用な部分とか大きそうでさ」
「そうそう。なんかドジっ子がありそうで心配なんだよ。神崎は何でも一人でこなせそうだし」
「……そんな事」

  確かに、真幸の方が何かと器用だ。
  無理矢理ヨゾラが首を突っ込んで居るだけなのも分かっている。
  ルシカみたいに、見てくれで癒せる訳でもない。
  何だか、とても悔しい。

「そないないで。ヨゾラのがしてくれとる」

  そう真幸が言うと、ヨゾラは顔を上げた。

「さすがに一緒に風呂は入らへんが、ベッドは交換してくれたで」
「ほーん、他は?」

  御手洗に聞かれ、真幸はヨゾラを見た。
  ヨゾラは何かを期待している様に、ワクワクとした表情を見せている。
  真幸はいろいろと振り絞っている。

「……ベッドの交換」
「それ、さっき聞いたって。あれよな、お前らってさ、……色気がねぇのな」
「そーそー。ダチよりも、兄弟?神崎が兄貴で浅霧が弟、だな」

  御手洗と富岡が頷き合った。
  ヨゾラは頬を膨らました。

「あまり言うなや。いじけてまうで」

  チラッとヨゾラを見ると、真幸はそう言った。

「兄さんが引きこもりやった分、世話を焼けるのは当たり前や。ヨゾラはヨゾラ並に気を遣うてくれとる」

  付き合っている訳では無い。
  ただ居候させて貰っているだけだ。

「……どーせ、ルシ兄と違って可愛げもねぇし、気も利かねぇよ」

  ムッとしたヨゾラは、鞄を真幸に押し付けた。
  そして、そのまま校舎玄関へと早歩きで行った。

「……お前ら、後でちゃんと謝っとき。調子に乗り過ぎや」

  真幸は鞄を肩に掛けると、ヨゾラが向かった方に歩き出した。
  その時だった。
  突然、真幸の身体が宙に浮いた。

「な、何やっ!?」

  驚いて声を上げる。

「あ、常磐先輩!おはようございます!」

  御手洗のその声に、真幸は常磐に担がれたのが分かった。

「おはよー」

  陽気な声で常磐は返した。

「先輩、どーしたんですか?その顔」

  富岡の声に、真幸は常磐の顔を見た。
  口許や頬、額に痣が見える。

「あー、ちょっとねー」

  富岡の質問にそう答えた。

「つーか、下ろしてくれへんか?」
「歩けないんだろ?」
「歩けるわ」
「ちょっと我慢しなよ。……後ろ、見てるよ。唐島迅人」

  ボソッと真幸の耳元で、常磐が囁いた。
  
「そんじゃ俺は真幸連れてくな。浅霧にちゃんと謝るんだよー」

  真幸を肩に担いだまま、常磐はその場を走り去った。
  ヨゾラはムスッとしたまま教室に入った。
  挨拶をするクラスメート達に、低い声でボソッと返し、不機嫌に座る。

「浅霧~、ゴメンて~」

  後から入って来た御手洗が両手を合わせながらヨゾラに近付いた。

「ジュース奢るからさぁ~」

  富岡も両手を合わせた。
  ヨゾラはチラッと二人を見ると、溜息を吐いた。

「……真幸が一人で何でも出来んのは、分かってるし。……力不足も考え不足も、分かってんだ」

  鞄から教科書を取り出すと、机に置いた。

「荷物持つくらいしか出来ねぇ……」
「でも、神崎は居候なんだろ?だったら神崎は余計に世話掛けたくねぇんじゃねぇの?」

  前の席に座りながら富岡が言った。

「……そうだけどさ」
「お兄さん達みたいに恋人同士、ならまだやりようがあるかも知れないけどさ。まぁ、神崎が先にいろいろやりそうだよな」
 
  強がりなのか、それともヨゾラ達に気を使っているのか。
  ヨゾラにも、巻き込んでしまった責任は感じている。
  だから、甘えてくれても良いのに、とは思う。

「なぁ、例えば御手洗君が怪我をしたら、富岡君は何をする?」

  そうヨゾラに聞かれ、富岡は御手洗を見るも、眉間に皺を寄せた。

「出来る事は何もないっ!」

  言い切った。

「お前、もうちょい考えろよ」
「んじゃ逆だったら御手洗は俺に何してくれるんだよ?」
「……、確かに、何も出来ねぇな」

  だろ?と富岡は言った。

「ベッド交換したり、荷物持つくらいでいーんじゃないの?変に気を遣われたって、嫌なだけだし」
「そーそー、神崎がそれでいーなら仕方ねぇよ。浅霧の気持ちが分からない訳じゃねぇけどさ。神崎だって余計に心配掛けさせたくないだろうし」
「浅霧が怪我したら、神崎に心配させたくないだろ?っても、逆だったらオカン崎になりそうだ」

  オカン化した真幸が目に浮かぶ。
  それこそ、あーだこーだとルシカ以上にテキパキ動いては小言も増えそうだ。
  楼依が怪我などしたら、ルシカは付きっきりで看病するだろう。
  大丈夫、と言われても押し掛けて、それはそれで楼依は嬉しいんだろうけど。
  そう言う関係が羨ましい。
  カグヤはどうだろうか。
  カグヤはセックス以外は無能だし、千皇は真幸以上に自分でなんとかするだろう。
  カグヤが下手に動こうとするなら、うぜぇ、の一言で牽制しそうだ。

「……難しい」

  ポツリとヨゾラは溜息と共に呟いた。
  
「ダチの距離感なんてさ、難しく考える必要なくね?逆に浅霧がする事に口出しするとか、神崎はしねぇと思うけど」
「そーかもなー。深く考えるだけ損かもな」
「口に出さないだけで、迷惑って思ってるかもよ」

  突然、唐島がそう言った。
  ヨゾラの横の自分の席に着くと、鞄を机の横に引っ掛けた。

「でもさ、目の前でそう言うの見たら、やっぱり手は出したくなるよなー」

  御手洗がそう言った。

「真幸の性格なら、迷惑でしょ」
「そーかなー。意外と神崎は満更じゃない気もするし」
「それな。浅霧のやりたい様にやらせてる気もするんだよなー」
「真幸は優しいから、言わないだけだろ」

  真幸が絡んだ時の唐島は、いつも不機嫌だ。
  最近、特に。

「それじゃ、唐島はどーしてやれるんだよ」

  富岡の質問に、そうだね、と唐島は呟いた。

「最初は何もしないで、さりげなく観察かな。……それで不便そうなら手を伸ばす。パターンが分かれば、自然と動けるし」

  唐島はヨゾラの方を向いた。
  何故か腹が少し立つ。

「浅霧はガン見しながら観察しそうだね」

  唐島は頬杖を着くと、クスッと笑う。
  挑発しているのか、馬鹿にしているのか、ヨゾラはグッと堪えた。

「唐島ってさ、本当に神崎が好きだよなー」

  御手洗がその一言が、ヨゾラの胸をチクッとさせた。
  気分が悪い。
  ヨゾラは机に出した教科書を再び鞄に入れると、立ち上がった。

「浅霧、どーしたん?」

  富岡が見上げる。

「気分悪くなったから帰る。……俺、なーんも分かってねぇから、分かる奴が傍に居てやれば良い」

  そう言いうと、ヨゾラは席を離れ教室を出た。
  無愛想に廊下を歩き、階段を降り始めた。
  3階から下る踊り場。

「ヨゾラ、何処行くん?」

  下から声が聞こえた。
   2階から真幸が見上げていた。

「……、気分悪いから帰る」

  そう答えると、ヨゾラは足早に階段を降りた。

「アイツら、また調子こいたんか……」

  2階に降り立つと、真幸が溜息混じりに呟いた。

「お前もいちいちいじけるなや。アイツらかて悪気はないんやし」
「……分かってるけど、俺はお前に何もしてやれないの分かってるから。……分かってる奴に傍に居てもらえば良い」
「はぁ?何言うて……」

 ヨゾラは階段を走り降りた。

「ちょお待て……、っ」

  予鈴が鳴り響く。
  ヨゾラは一気に玄関まで走った。
  玄関から門まで走った。
  門からしばらく走り、ゆっくりと失速する。

(初めてサボっちまったな……)

  ゆっくりと歩き、少し上がった息を整える。
  サボったは良いものの、何をして良いか分からない。
  お金もそんなに持っていない。
  いざと言う時の飲み物代と電車賃のみ。
  必要最低限しかいつも持ち合わせていない。
  何をしていいか分からない。

(……帰って、寝るか……)

  家に帰れば、ルシカも仕事で居ない。
  グラディエットだけだ。 
  さっきから、頭が痛いし、気分が悪い。
  悔しさも、腹立たしさも、どうでも良さも入り交じってイライラする。
  
(あ……、姫神さんに連絡入れとかねぇと)

  鞄のポケットからスマホを取った。
  画面を点けると、沢山の通知が入っていた。
  
(……後にしよ)

  うんざりとしながら、ヨゾラはスマホを鞄に仕舞った。
  何も出来ないのは分かっている。
  出しゃばったら、嫌がるのも。
  片脚が不便だと言っても、真幸はヨゾラよりも器用だ。
  
(……どうせ俺なんかニンゲンじゃねぇし)

  ニンゲンでは無い。
  でも、彼等はニンゲンとして一緒にいる。
  ニンゲンはニンゲン同士、仲良くするのが当たり前で、ルシカと楼依が特別なだけだ。
  ヨゾラと真幸とでは、ちょっと変わったお友達なだけだ。
  学校の中で、ヨゾラの正体を知っているのは真幸だけと言うのが唯一の二人の秘密だと、それだけはちょっとだけ優越感に浸れる。
  だからと言って、何も変わらない。

(……どうせ俺は甘えてるだけ)

  歩いて帰ろう、ヨゾラは駅まで行かずに別のルートを歩き始めた。
  

  
  
  
    
  
  
  
  
  
    
  
  
  
  
  
    



  
  
 


  


  

  
  
    
    
    
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