堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

文字の大きさ
113 / 189
淫魔と感情

16

しおりを挟む
「うわっ!?萎れすぎにも程があるだろっ?」

  千皇のマンションに、瑠依が召喚された。
  玄関を開けた瞬間、よどめく空気に違和感を持ちながら、千皇に言われた部屋を開けると真っ暗で、さらによどめいている。
  
「ほらほら、さっさと出て来いよ。せっかくアイス買って来てやったんだ。溶けちまう」

  瑠依は部屋の外、とは言ってもドアを開けた廊下から声を掛けた。
  暗い部屋の中では、丸まったカグヤが鼻をすすっているシルエットだけが見えた。

「話聞いてやんから、出て来いって。いつまでもメソメソすんなよ。楼依君襲った勢いはどうした?」

  少し苛立った声で、瑠依は言った。

「期間限定のチョコパフェアイス、あたしが食っちまお」

  溜息混じりにそうわざと言いながら、瑠依は扉を締めようとした。

「……、……アイス」

  チラッと小さな声が聞こえた。

「食いたかったら出て来い来いっつってんの。ウジウジしてたって何もならねぇぞ」

  瑠依がそう言うと、モゾモゾとシルエットが動いた。
  しばらくして、フラフラと立ち上がりフラフラと歩いてカグヤは瑠依に近づいた。あ
  目許と鼻が赤く、まだズビズビと鼻をすすって下を向いている。

「リビングで待ってんから、顔洗っておいで」

  瑠依はそう告げると、リビングへ行き明かりを点けた。
  カグヤはトボトボとバスルームの洗面台に行った。
  洗面台の灯りを点け、鏡を覗くと確かに顔が酷い。
  目許は赤く、瞼は腫れぼったい。
  目の周辺と頬や鼻の下は、涙やらで皮膚が突っ張る。
  カグヤは溜息を吐くと、蛇口を捻って冷たい水を出した。
  顔にかけるとヒンヤリ冷たくて気持ちが良い。
  蛇口を捻って水を止めて、掛かっていたタオルで顔を拭く。
  ほんの少しだけ、スッキリした気がする。
  カグヤは静かにリビングへ歩いた。

「ティラミスチョコパフェ風味と、チョコプリンパフェ風味、どっちが良い?」

  コンビニの袋から少し大きめなアイスを取り出した。

「……チョコプリン」
「そ。ほら、座る」

  瑠依はテーブルにチョコプリンパフェ風味のアイスを置いた。
  半ばグズグズしながら、カグヤは瑠依の横に座った。

「あの何事も興味無い先輩が、甘いアイスかなんか食わせてやれって。なーんだかんだで、ちゃーんと考えてんだな、アンタの事」
「……」

  カグヤは無言でアイスを開け始めた。

「さっさと好きだと言えば良いのに」 

  アイスを食べ始めながら呟いた瑠依に、カグヤの肩がピクっと揺れた。

「……、言葉も身体も嘘は吐けるから難しいんだけど。じゃぁ、どうしろって話。せめて、最初は口にしねぇとさ」

  瑠依はアイスを一口口に入れた。
  カグヤももそっと口に入れた。
  甘くて美味しい。
  千皇が言って買ってくれたならそれはそれで嬉しい。
  嬉しいのか、何となく悔しいのか、スプーンを咥えたまま、また涙が零れる。

「……す、好きとか、分かんねぇ、んだよぉ……」

  声が震える。

「で、でも……、ル、ルシカが、……羨ましい」

  ふーん、と瑠依は呟いた。
  
「じゃあさ、あの先輩がアンタに『好きだ』って言われたら、どう思う?」

  テーブルに頬杖を付き、カグヤの横顔を見ながら瑠依は聞いた。
  好き、と言う感情は何度も考えた。
  未だに、何を基準かが分からない。
  でも、もし、あの感情があまり見えない目で見詰められ、愛の言葉を囁かれたら……。

「……多分、……ドキドキする」
「それだけか?」
「……嬉しいのかも知れない。だけどさ、……今言われても、モヤモヤする……」

  カグヤは俯いたまま、そう小声で言った。

「まぁ、あの先輩からは言わないだろうな」

  瑠依は再びアイスを口に入れた。

「分かってても、口には出さない。察せよ、ってタイプだろうからタチが悪い」
「……お、お前は、……好きじゃないのかよ。女って……、顔がイイ奴が好きだろ?」
「ないな。めんどくさい、あんなタイプ。回りくどいし、絶対謝らないだろーし。女の子達はそれがいー、って言うけど、あっちが本気にならない限りは自分の時間を無駄にするだけだな。あたしはそこまでしてまで人を好きになろうとは思わないよ」

  次々にアイスを頬張る瑠依は、つらつらと語った。
  
「モヤモヤって何?」

  少し間を置いて、瑠依が聞いた。
  カグヤはアイスから視線を外した。
 
「……アイツは、何で俺にここまでするんだろう、……とか。俺がセックスしようって言ってもしてくれないのに、他の奴抱くとか……。いろんな奴とヤりすぎた俺なんか……、汚いから……、抱いてくれないんだろうとか……。行かないで、って言っても、……行っちゃうし……」
「アンタがいろんな奴とセックスしたから汚いって、馬鹿じゃないの?」
「……弾が、そう言ってた。……誰からも、好かれない、って……」

  あのヤクザ……、と瑠依は呟いた。

「先輩だって楼依君だって、いろんな女抱いて来たんだ。気持ちなんて、全くねぇ状態でな。つーか、下半身だけで生きてる弾兄さんが一番汚いっつーの」
「……だけどさ、間違ってねぇだろ?そう言われて、ショックでしたくなくても、……カラダは反応しちまう」 
「売られる為にそうされたなら、仕方なく無いか?……先輩だって、擦りゃ出るんだろうし。弾兄さんは先輩を困らせたいから言ってるだけだよ」
「……弾は、好きなのか?アイツの事……」
「友達としては嫌いじゃないと思う。ただ、組み敷きたいだけ。弾兄さんも愛情を知らないんだよ、多分」

  愛情、その言葉にカグヤの胸がズキっと傷んだ。
  思わず胸に手を当てる。

「弾兄さんを好きになる奴は居ても、弾兄さんが好きになる奴は居ない。セックスの相性が良ければ傍に置くだけ」
「……すい、って奴は……」
「アレは自分が一番になりたいだけ。甘やかされて育ってんからさ、チヤホヤして欲しいだけ」
「……」
「仕方なくそうなった奴か、自らそうなった奴か……、違いはそこだろ?少なくとも、アンタは前者じゃねぇの?」

  瑠依の指摘は、間違って居ないと思う。
  でも、だからと言って、行為中の気持ち良さは否定出来ない。
  気持ちイイだけで稼げれば、こんなに楽な事も無い。
  千皇が翠を抱いていなかったと言っていたが、一方的なセックスでも今までの楽しいセックスとは違う気がした。
  毎晩抜くだけだった行為とも違ったし、背後に落とされた口付けも、背後から響く声も甘くて優しかった。
  後半はイきっぱなしで頭が追いつかなかったが、それでも今までで一番大事にされていた気がする。
  セックスなんて、お互い気持ちイイだけで済む行為だと思っていたのに、何だか違う。
  繋がって、溶かされて行く様な気持ちは、今まで無かった。
  ただでさえ、千皇以外は勃たなくなったのに、一方的とは言えあんな風に抱かれてしまったら、これから先も千皇以外に抱かれたくなくなってしまう。
  そしてもし、今のまま魔界にでも連れて帰らせたら、魔王を弾くだけで済むとも思えない。
  
「……面だけでいろんな奴が寄って来るなんてさ、信じられねぇでも仕方ねぇよな……」

  ポツリと瑠依は呟いた。

「楼依君もさ、彼女が居た時はあったよ。相手の女を本気で好きかは知らねぇけど」

  少し溶けたアイスを掻き混ぜながら、瑠依は続ける。

「付き合ったは良いけど、女は不安になるから束縛が強くなったり、他の女共の妬みや嫉みで病んだりさ、終いにゃ楼依君を信じなくなってくんだ。付き合ってる間は別に浮気とかしねぇんだけど。楼依君なりに大事にしてんのに、信じて貰えなくなんの」
「……」
「好きだって言って来たのは向こうなのにな」

  カグヤにも知らない事では無い。
  魔王の周りには何匹もの雌がいて、雄で身体の関係があったのはカグヤだけだった。
  魔界の雌より身体も小さく、肌や髪の色も違うし、性別ですら雄なのに魔王のお気に入りで、気に入らないのは目線や態度で分かっていた。
  気にしていた訳でもないが、こっちは弟達を生かす事に必死だった。
  魔王に信頼はあっても、好意はなかったと思うし、魔王だってそうだと思う。
  疑いなんて、なかった。

「他人の気持ちなんか考えねぇでみーんな、勝手……」

  そう言うと、瑠依なアイスを一口口に入れた。
  楼依はルシカを大事にしてくれているのは分かる。
  ルシカ以外とセックスもしないだろうし。
  でも、千皇は違う。

「でも、先輩は少なくともアンタを大事には……、……したい、……はず?」

  瑠依は目線を宙に浮かせながら、最後は自信なさげの疑問符を付けた。

「……大事にしてぇなら、……何で俺の嫌がる事すんだよ。……ちゃんと嫌だって、言ったのにさ」
「アンタは何で嫌だったんだ?」
「何でって……」

  何でだろう、説明が出来ない。
  
「んー、何が嫌なんだ?」

  何が……、それは……。

「他の誰かを……、抱く、……とか。俺が言えた事じゃねぇけど……」
「……ふーん」
「俺が言っても……、抱いてくれないのに……。俺は、……誰ともしてねぇし、……したくないのに」

  カグヤのアイスはてっぺんが溶けてドロドロだ。
  考えるとモヤモヤする。

「今まで、平気だった事が……、平気じゃない……。全部が……、怖いんだ。何も出来ないんだ」
「……無理してしようと思わなくても良いんじゃないの?ちゃーんと話せば、ちゃーんと守ってくれるんじゃない?」
「……お前は今どうしたい?って、聞かれるだけだし……。言ったら、ちゃんとしてくれるのかよ……」 
「言ったらいーじゃん」
「セックスしてぇ、っつってもしてくれねぇのに」
「最初にそんな事言うからだよ。もっとあるんじゃねぇの?」

  他の奴を相手にするな、と言えば理由をきっと求められるだろう。
  理由なんて嫌だからしか思い浮かばないし、もっと他と言われても、衣食住は無償で見てもらっている訳だから、ワガママなんて言えなくて。
  行くなって言っても、嫌だと言っても聞かない奴だ。
  セックスに置いては言っても仕方がない。
  
「……言ったって、アイツ次第だ」
「だからさ、理由を考えよう、つってんの。どう考えてもアンタはルシカちゃんにはなれねぇし、あの先輩は楼依君にはなれねぇんだからさ。先輩が他の奴を抱くのが嫌って、具体的になんなのかとか。素直に話せっての。セックスに関したって恥ずかしいとか今更だろ?」

  そう言えば、何で言えないんだろう。
  今までなら、平気で言えたのに。
  言ってしまったら、呆れられてしまうのか。
  嫌われてしまうのか。
  別に千皇に話す訳では無い。
  瑠依なら、モヤモヤも少しは晴らしてくれるのだろうか。 
  でも、きっと今でも楼依を押し倒しかけた事は許せない筈で、話したら笑われるかも知れない。

「……別に、悪い様には考えねぇよ。今と楼依君との事は別だし」

  悟ったのか、瑠依がそう呟いた。
  カグヤは下を向いたまま、一息着いた。

「……弾に、汚い俺を誰も好きにならない、って言われた。……それから、グルグルしてる、ずっと……」
「……グルグル?」
「俺だって……、ルシカみたいに誰か一人に……」
「あー、先輩に愛されたいんだ」

  愛との言葉に、カグヤは首を傾げた。
  
「だから、誰ともしたくないし、先輩が誰かを抱くのも嫌なんだよ」
「……愛とか、良くわかんねぇよ」
「アタシだって分かんない。何が正解とか、どうすれば良いかとか」
「……何も出来ねぇじゃん。俺にばっか聞かれたってさ、悩んでんの……、知っているのに」

  どうしたいと聞かれても、それに応えてくれる訳では無い。
  監禁生活の中で、至れり尽くせりなのも、一言がわがままになるのも理解はしている。
  ただ、千皇が誰かと触れ合うのならこんな生活は要らない。

「こう言う時くらい、黙って傍に居てくれたって……」

  それだけでも、少しは心が楽になれそうな気がする。
  頭を撫でたり、ちょっと抱き寄せてくれたり。
  雰囲気が出たらセックスはしたくなるかもしれないが、流されたとしてもそれはあくまでも雰囲気だ。
  甘やかされるのではなく、少しで良いから甘えてみたい。
  ルシカやヨゾラじゃなくて、楼依や弾でもなくて、あの無表情な奴に……。

「……ふーん」

  瑠依はにやっと笑うと、小さいバッグからスマホを取り出した。
  

  


 





  
 
  


  

 


  

  

  

  
  

  


    
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

処理中です...