ブラックベリーの霊能学

猫宮乾

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ブラックベリーの霊能学

【二十九】学外②(SIDE:紬)

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 僕は、全力疾走に近い速度で錫杖を握り締めながら走っている享夜さんを見て、思わず眉を顰めた。僕の親戚である享夜さんは、除霊のバイトに励んでいるのだが、僕は知っている。この人は、死ぬほど怖がりだ。

  今日は、なんでも近所の、お化け屋敷(民家)に何かあったらしくて、祖父から享夜さんの手伝いをしてくるようにとだけ告げられた僕は、藍円寺の最寄りのバス停で待ち合わせをしていた。

  僕の顔を見た瞬間、世界を滅ぼしそうなくらい鋭い眼差しだった享夜さんが、脱力したように情けない顔になったのを、僕は見逃さなかった。いつもそうだからだ。

 「紬、来てくれて有難う。とりあえず、俺の家――寺へ行こう」

  まだ手伝いの内容は聞いていないのだが、僕は頷いた。

  こうして二人で歩き出して、しばらくしてからの事だった。
  藍円寺に続く一本道の真ん中よりはバス停よりの、道中での事である。

  急に、享夜さんは立ち止まった。なんだろうかと僕も止まる。
  すると彼は、僕と、前方の何もない空間を交互に見た。
  そして――僕に言った。

 「知り合いか?」

  何の話か、さっぱり分からない。
  なので首を傾げようとした時、享夜さんが、驚くべき事を口にした。

 「火朽くん、か」

  僕の中に衝撃が走った。な、なぜ、大学で噂される架空の人物の名前を、享夜さんが知っているというのか。驚きのあまり、僕は全力で否定した。

  結果――享夜さんは、真っ青になり、半泣きで進み始めたのである。

 「一体どうしたの?」

  享夜さんが立ち止まったのは、藍円寺の敷地に入ってからの事だった。

  錫杖を地につき、両手で握り締めながら、土の上に和服の膝をついて、享夜さんは肩で息をしている。僕は、早足ではあったが、比較的ゆっくりと後を追いかけてきたので、それほど疲労はない。

 「紬と一緒に歩くと、自動的に肩こりも治るし、嫌な気配も、いつもする場所であっても何も感じなくなるから――油断していた」
 「え?」
 「あんな……すごいな、あんな……どこからどう見ても人間で、怖い気配も一切ない……紬に言われなかったら、存在しないと聞かなかったら、俺は普通の人間が横を通過していたと信じていたと思う。うわぁ……久しぶりに、視えちゃったよぉ……うわぁ……い、い、いや、幽霊なんか、この世には、い、いない!」

  僕が首を傾げる前で、震えながら享夜さんが、ブツブツと何かを口走っている。

 何やら享夜さんは非常に怯えているが、彼が見た目に反して怖がりなのはよく知っているので、僕はそれよりも気になる事を尋ねた。

 「あのさ、享夜さん。さっき、『火朽くん』って言わなかった?」
 「……」
 「そんな人、いた?」
 「いいや! い、いいや! いなかった。そんな人間はいなかった。み、み、みなかった! 見えなかった! 視てない! 断じて見ていない。俺は幽霊なんか信じない!」

  叫ぶように、享夜さんが言った。全力で否定している。う、うん。

 「ええと、いなかったんだよね?」
 「ああ、そんな『人間』は、いなかった」

  僕はとりあえず、頷いた。
  享夜さんは、僕と同じで、この土地では珍しい、オカルト否定派の人間だ。
  そのくせに彼は、除霊のバイトをしているのだから、僕は詐欺師に近いと思う。

  しかし、享夜さんのバイトは大繁盛だし、この界隈では、非常に人気のお祓い屋さんの一人である。需要があるのだから、まぁ、良いのかもしれない。

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