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ブラックベリーの霊能学
【三十】学外③(SIDE:紬)
しおりを挟むいないという事もはっきりしたので、僕は気を取り直して享夜さんに尋ねた。
「それで、僕は何を手伝ったら良いの?」
「――ああ。実は、大規模なお祓い案件があるんだ。その時に着ていく服の前で、経文を読んで欲しくてな」
息が落ち着いたようで、姿勢を正してから、享夜さんが言った。
正直、正式な住職は、享夜さんなのだから、自分でお経くらい読めば良いと思う。
ビシッと袈裟をつけてお教を読む享夜さんは、オカルトなど一切信じない僕から見ても、堂に入っているし、なんだか効果がありそうに見える。
しかし定期的に僕はこの頼みを引き受けているし、今回は祖父にも直接手伝いを命じられているから、静かに頷いた。
社務所の前を通り過ぎて、僕は享夜さんと共に、本尊へと向かう。
こうしてその日、僕は玲瓏院に伝わる古いお経を唱えた。
門前の小僧習わぬ経を読む――と言う通りで、僕は一応暗記をしている。
だが、実を言えば、意味などはさっぱり理解していない……。
そのまま夕方までお経を唱えてから、僕は本日は夕食をごちそうになる事にした。
ごちそう……と言っても、確実に料理であれば、玲瓏院の家の夕食の方が豪華だ。
祖父がシェフを雇っているからだ。
縲は影で『無駄遣い』だと言っているが、本人も美味しい食事には抗えないようで、祖父の行為を止めない。絆も、それが当然だという顔をしている。僕は、小さい頃は母が亡くなったため、シェフを雇っているのだと勘違いしていたが、そうではなかったらしい。
そう気がついたのは、享夜さんのご両親が亡くなった時だ。
ご冥福を今も祈っている。あの夜は、僕も嫌な胸騒ぎがしたように思う。
まぁ……以後、藍円寺にも料理を作る人はいなくなったわけだが、こちらにシェフが雇われた形跡はない。以来、享夜さんは自炊している。そうは言っても、スーパーから出来合いのものを買ってきたり、外食がメインらしい。
そんな事を考えながら、僕達は住居側へと移動した。
すると灯りがついていた。
「ああ、来ていたのか」
そこには、享夜さんの兄である、昼威さんがいて、お惣菜のパックを並べている所だった。
「だから! 着替えてから家に入れといつも言っているだろう」
すると、昼威さんに対して、享夜さんが声を上げた。
「バイトが終わったばかりなんだ、口うるさいな」
不機嫌そうな顔で、メガネの位置を直しながら、昼威さんが言う。
普段は心療内科・精神科のクリニックをしているそうだが、救命救急を手伝ってもいるそうで、昼威さんはそれを『バイト』と口にする。除霊よりはまっとうだろうが、お医者さんの世界にもアルバイトがあると知った時、僕は驚いたものである。
昼威さんと享夜さんは、よく似た顔立ちだが、雰囲気がだいぶ違う。
髪を撫でつけ、銀縁眼鏡で、いかにも頭が良さそうな昼威さんと、私服はシャツにジャケットが多いとは言え、僕が見慣れているのは僧服姿の享夜さんだ。
しかし二人共、第一印象は、偉そうというか、俺様というか、近寄りがたいイメージだ。
だけど僕から見ると、享夜さんはお化けを怖がっているし、昼威さんは常に金欠だ。
僕は昼威さんが医師になるまでは、漠然とお医者さんとはお金持ちだと思っていた。
「元気だったか? 紬」
「はい」
「お前がいると、何も祓わなくていいから、本当に気が楽だ」
「え? 何をですか?」
「あ、いや、その、ホコリの話だ。享夜は、掃除が下手でな」
昼威さんがそう言うと、皿を僕達の前に配りながら、享夜さんが眉を顰めた。
「そういう事は、一度でも掃除をしてから言え」
もっぱら家事をしているのは、享夜さんだ。昼威さんは何も答えなかった。
その後、二十時過ぎまで食事をし、僕は家の車で迎えに来てもらった。
車に乗り込む僕を、享夜さん達が見送ってくれる。
なお彼らの一番上のお兄さんである朝儀さんには、僕はほとんど会った事がない。
その後、玲瓏院家の車が走り出した。専門のドライバーさんの手で、僕が無事帰宅したのは、九時手前の事だった。
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