ブラックベリーの霊能学

猫宮乾

文字の大きさ
53 / 73
ブラックベリーの霊能学

【五十三】夏祭り①(SIDE:火朽)

しおりを挟む


 ――夏祭りの当日が訪れたのは、八月の最後の週の事だった。

  もう一ヶ月以上前の事ではあるが、バスの中で約束した午後五時に祭りに行くという話を思い出しながら、火朽は朝から上機嫌でいた。キッチンの椅子に座り、長い足を組んで時計を眺める。正面にはアイスコーヒーがある。紬に美味しいと教えてもらった店で購入してきた、最近お気に入りの飲み物だ。

  そして時計が午後二時を回った時、火朽は紺色の浴衣に着替えた。
  これもまた、紬に推してもらった店で買った浴衣だ。

  その後、絢樫cafeを出て、火朽はピッタリ午後三時に、御遼神社へと到着した。
  果たして紬は来るのだろうか?
  来ると半ば確信しながら待ち合わせをしている鳥居を見た時、既にそこには紬がいた。

  鳥居の左側に立ち、まだ出店などが準備中の敷地を不安げに見ている。
  それから幾度も、石段の下へと視線を向けている。

  ――一体いつから待っていたのだろうか?

  火朽は興味があった。二時間前には来ている気がしていたが、紬はそれよりも早くからそこにいたらしい。しかし、それよりも興味があるのは、いつまで己を待つかという事だった。 

  火朽は鳥居の右側に陣取り、堂々と左手に視線を向ける。
  紬には火朽が見えていない。
  通行人達は、紬の姿を見ると会釈をして通り過ぎる事が多い。

  それもまた、紬には距離を感じさせているようだと、火朽は判断した。

  本日は、紬もまた浴衣姿だ。

  火朽と同じ店で買ったのだと分かる。どちらの色にするか、火朽が迷った――もう一方の色を着ている。黄緑色のその浴衣は、紬によく似合っていた。

  人が横を通るたびに、紬は表情を引き締めている。
  不安など微塵も感じさせないように――取り繕っているのが、火朽には分かった。

  だが、ずっと見ていると、押し殺せない寂しそうな瞳をするから、本当は心細いのだろうと、手に取るように分かる。それを眺めていると、火朽の気分がさらに良くなった。

  時計の文字盤が四時を指し、四時半を指し、ついに五時を指す。
  紬が辛そうな顔で周囲を一瞥している。
  ただそれを、火朽は楽しそうに笑いながら見ていた。

  ――祭りが始まったのは、午後六時の事である。

  笛や太鼓の音が谺する中、ぞくぞくと見物客が集まり始める。
  石段を登り、敷地へと入っていく人の波が、紬と火朽の間を流れていく。
  どこか焦燥感に駆られているような表情で、紬が通行人を見ていた。

  六時半、七時、七時半――花火が始まったのは、その時だった。

  二人の背後、夜空には、満開の炎で出来た花が咲いている。
  しかし、紬がそれを見上げる事は無い。
  ただひたすら、紬は大勢の人の中に、火朽がいないか探しているようだった。

  その白い横顔を見て、苦しそうな眼差しを見て、火朽は考える。
  花火よりもよほど情緒的で風流だ。
  人間が生み出すある種の芸術よりも、人間そのものの方が見ていて刺激的だ。

  長い刻を生きてきた火朽だが、今までその事に気付かなかった。

  そのまま眺めていると、八時となり、花火が終了した。
  祭り自体は八時半までを予定しているようだったが、帰り始めた客が多い。
  二人の間には、再び人の波が出来る。

  九時になる頃には、帰る人の波が最高潮に達した。
  渋滞しだしたせいで、列が進むのは非常に遅い。
  そうして九時半、十時。

  既に敷地の出店は撤収準備を始め、幾ばくか人の波が緩まった。

 「五時間、ですか」

  火朽がそう呟いたのは、諦観するように紬が腕時計を見た時の事だ。
  暗い表情で俯きながら嘆息した紬が、何度か瞬きをしてから歩き出そうとした。

  それを見て、火朽は吐息に笑みをのせてから、紬に歩み寄った。
  そして――穏やかに声をかける。

 「紬くん」
 「!」

  紬の足が止まった。息を飲んでいるのがよく分かる。
  火朽はそれに気を良くしてから、帰る人の波に紛れ、逆方向――神社の中へと歩き始めた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

下宿屋 東風荘 7

浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆ 四つの巻物と本の解読で段々と力を身につけだした雪翔。 狐の国で保護されながら、五つ目の巻物を持つ九堂の居所をつかみ、自身を鍵とする場所に辿り着けるのか! 四社の狐に天狐が大集結。 第七弾始動! ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆ 表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長(吉本) 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 雄一郎 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師(川木えみ) 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

後宮薬師は名を持たない

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

処理中です...