メニューのないレストラン

猫宮乾

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【六】

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 その翌週、眞郷と契約書を交わした朝希は、朝のビニールハウスの中で、トマトをじっと見ていた。現在緑色のこのトマトが、規格内に育つのか規格外に育つのかは、まだ分からない。これまでは規格内であれと祈ってきたし、今後も規格にそった野菜を作るという決意は変わらないが――規格外トマトにも将来が生まれた事は、いざ道が見えてくると、とても喜ばしい。

「緋茅トマトの良さを、もっと知ってもらえる事にも繋がるのか」

 ポツリと呟いてから、朝希はこの日の仕事を開始した。そうしながら、ずっと考えていた。自分も素直になれたらいいのに、と。そうすれば自分にも有効活用の機会――新しい道の可能性が広がっているかもしれない。そう思う時、自然と脳裏には眞郷の姿が過ぎる。

 以前は誰かを思い出す時というのは、それこそ先輩の山岡の事を思い出す程度だった。

 諦めたと思った後も、何度か貫かれる夢を見て、夢精をした事がある。だが先日見た夢で、自分は眞郷に抱かれていた。それだけではない。昨日など、眞郷を思い浮かべて自慰をしてしまった。誰とも過去に体を繋いだ事は無いから、貫かれる夢を見ても、あくまでただの夢であり、空想なのだが。

(眞郷さんは、押し倒すと話していたし、タチっぽいよな)

 ぼんやりとそんな事を考えてから、ハッとして我に返り、朝希は赤面した。朝希は男性に抱かれたいという欲望を持っている。だが一生それは叶わないだろうと考えている。

 明日はまた眞郷と二人で、仙鳥市にあるメニューの無いレストランへと出かける約束をしている。実際にまた、規格外トマトを使った料理を主体に、提供可能な品を食べさせてもらう約束をしていた。丁度他の契約農家からトマトが大量に届くタイミングであるとの事で、それに合わせてレストランに行く事になっている。

(早く明日にならねぇかなぁ)

 気づくとそう考えていた。
 朝希は眞郷に、会いたかった。

 こうしてあくる日、朝希は待ち合わせの十分前に家を出た。この日も前回と同じ車が停まっていて、そのそばに眞郷が立っていた。坂道を下りていくと、朝希に気づいた眞郷が唇の両端を持ち上げる。

「おはよう。行くか」
「おう」

 二人は車に乗り込み、仙鳥市を目指した。車内では、眞郷があれやこれやと朝希に聞いてくる。好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな本、苦手なジャンル、最近見た映画、いずれも仕事に関係があるとは思えない事柄ばかりだ。朝希は少し思案してから、信号で停車した時、ポツリと言った。

「気を遣って話しかけてこなくてもいいんだぞ」
「うん? 俺はただ、朝希くんの事が知りたいだけだけど? 好きな相手の事は、知りたくならないか?」

 すると不思議そうに朝希を見て、眞郷が首を傾げた。こういうのを天然のタラシというのだろうかと、内心で朝希は考える。まったく、たちが悪いと、そう思った。結局その後も雑談をしながら、レストランへと到着した。車から降りて、朝希は扉を目指す。すぐに眞郷が追いついてきた。二人で中に入ると、本日もシェフの夏目が出迎えてくれた。

「高原さんも、もういらしてますよ」

 夏目の言葉に、眞郷が頷いた。そして軽く朝希の背に触れて、促すようにしながら、テーブル席の一つを見た。

「あそこに座ってるのが、俺の営業事務の高原だ。今後は彼女とも、やりとりをしてもらう機会が増えるから、紹介させてくれ」
「はぁ。分かりました」

 気のない声で返事をしつつ、それよりも背中に触れられている事に朝希は気が取られていた。その後四人掛けのテーブル席に促され、朝希は高原から名刺を受け取った。挨拶を交わし、席につく。高原は柔らかそうな線をした女性で、背が低かった。柔和に見える。そこへ夏目が数々のトマト料理を運んできた。

 トマト料理と一言で述べても、こんなにも種類が豊富なのかと、改めて朝希は驚いた。イタリアやスペインの料理を日本風にアレンジしたものをはじめ、様々な形態の品が運ばれてくる。少しずつ皿に取り試食をすれば、いずれも美味だった。そうして夏目も加わり、説明を始める。この日は四人で歓談しながら、トマト料理を味わった。そうしているとあっという間に日が暮れて、帰る時間になった。高原と夏目に別れを告げ、眞郷の車に朝希は乗り込む。そして走り出してから、静かに朝希は口を開いた。

「俺のところのトマトも、あんな風に美味しくなるのか」
「勿論だ」
「そっか」

 とても嬉しい事だ。そう認識していたが、少しだけ寂しくもある。規格外として取り残されるのが、自分だけになってしまう感覚だ。ただ妬ましいわけではない。逆に自分も、一歩前へと踏み出すべきだと感じさせられる。

「あのな、眞郷さん」
「ん?」
「――俺も、規格外なんだよ」

 小さな声で、朝希は告げた。すると眞郷が、一瞬だけチラリと朝希を見てから、すぐに前方に視線を戻した。俯いていた朝希は、その視線には気づかなかった。それよりも、伝える事を頭の中でまとめるのに必死だった。

「規格外というのは?」
「俺も、言ってなかったけど……ゲイなんだよ」

 すると眞郷が小さく頷いた。今度はその気配に気づいて、朝希が眞郷の横顔を窺う。片手でハンドルを握っている眞郷は、前を見たままで続けた。

「気づいてた」
「え……」
「朝希くんは寛容すぎたからな。そうじゃないかと思ってた」
「っ、みんなにもバレてんのかな……」
「そんな事はないと思う。寧ろ俺は、そういうのに鋭い方なんだ」
「な、ならいいんだけどな。そ、その、俺は隠してるから……」
「うん。クローズにするのもオープンにするのも、俺は自由だと思うし、吹聴したりはしない」

 眞郷はそう言いながら、その時近くにあった道の駅に入った。そして駐車すると、改めて朝希を見た。立ち寄る予定は無かったから、眞郷が真剣に話を聞いてくれるつもりらしいと、朝希はすぐに悟った。だが、言いたい事が中々頭の中でまとまらない。

「ずっと朝希くんには、心を閉ざされているような気がしていたんだ。だからもっと信頼されたいと思っていた」
「それは、だから……俺の問題だ。俺、誰にも自分がゲイだって話した事が無くて……線を引いてたっていうか」
「そうか。そうだったのか。話してくれて嬉しい」

 朝希をまじまじと見据え、柔らかく眞郷が笑う。薄い唇が綺麗に弧を描いたのを見て、朝希は小さく頷いた。

「規格外のトマトと俺はおんなじだって思ってた。でも、トマトには使い道が出来たから……枠から外れてても、俺にも、なにか道があるかもって、そう思ったんだ。でもな、自分ではなにも見つけられない。だから、眞郷さんに話してみて、考えようかと思ったんだ」

 小声ながらも、しっかりと朝希は気持ちを伝えた。真摯にそれを受け止めるように耳を傾けていた眞郷は、朝希の右手を取る。それから両手で握った。

「勿論、朝希くんにも道はある。規格外だからって、関係ない」
「俺にも可能性があるかな?」
「ああ。ゲイだからといって、閉ざされる可能性の方が少ない。今では子供だって、卵子提供を受けたり、代理母をお願いする事で得る事も出来る。養子縁組だって可能だ。なにか、したい事はあるか?」

 眞郷の言葉に、一度ギュッと目を閉じてから、朝希は目を開けた。

「俺は……恋がしたい。恋人が欲しい」
「朝希くんの恋人に、候補者はいるのか? 俺に立候補する権利はある?」
「え?」
「俺なりには口説いてきたつもりだから、もう気づいてるかもしれないけどな、俺は君が好きだ」
「な……天然タラシなんじゃなかったのか?」
「天然? 言われた事が無いな。俺は明確に自分の意思で口説いていたつもりだけど?」
「ほ、本当か?」
「本当だよ。迷惑だったか?」
「違っ、迷惑じゃない。お、俺も……眞郷さんが気になってて……えっと……」

 反射的に想いを伝えた朝希は、赤面して俯こうとした。だがその寸前で、左手では朝希の右手を握ったまま、眞郷がもう一方の手で朝希の顎を持ち上げる。上を向かせられて朝希は目を丸くした。眞郷の端正な顔が近づいてくる。そのまま惹きつけられるように見ていると、唇が触れ合う直前で動きが止まった。正面から目が合う。

「キスがしたい。いいか?」
「っ、う、うん」

 焦りつつも、必死に朝希は声を絞り出した。すると直後、眞郷が触れるだけの優しいキスをした。その感触を知ると同時に朝希が瞼を伏せると、閉じている唇の上を舌でなぞられた。だから朝希は無意識に少しだけ唇を開く。すると口腔へと眞郷の舌が忍び込んできた。歯列をなぞられ、舌を追いつめられ、絡めとられる。濃厚な口づけに、初めて他者とキスをする朝希は、息継ぎの方法が分からなくて混乱した。それを見越していたかのように、時に角度を変えながら、眞郷が呼吸を促してくれる。必死でその都度息をした朝希だが、長いキスが終わる頃には、すっかり体から力が抜けてしまっていた。

「可愛い」
「……っ、大の男を捕まえて、可愛いは、ないだろ」
「でも俺には、朝希くんが可愛く見えるんだから、しょうがないだろ? 俺は正直者だからな」

 余裕ある笑みを浮かべた眞郷を見て、朝希は真っ赤なまま、片手で唇を覆う。

「本当に俺の事が好きなのか?」
「ああ」
「俺のどこが?」

 信じられない思いで朝希が聞くと、柔らかく笑いながら眞郷が言う。

「最初はトマトに対して真面目な姿に惹かれたんだったかな。そして話せば話すほど、生真面目だなと思って、好みだと思った。そうしていたら、直感的に朝希くんが欲しくなってしまった」
「欲しいって……」
「好きになったって事だ。恋に理屈は無い。俺は自分の気持ちにも敏感だ。気づいたら、好きになっていた。朝希くんは? 俺にも聞いたんだから、きちんと教えてくれ」

 朝希は赤面したままで、おろおろと瞳を揺らす。羞恥に駆られていると、瞳が自然と潤んでくる。嬉しいというよりは、まだ混乱が強い。

「俺は眞郷さんが、なんだか眩しくて。そういうとこだよ。そういうとこ、好きになった」

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