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【九】
しおりを挟む「おかえり」
朝希が帰宅すると居間にいた眞郷が柔和な笑みを浮かべた。その正面に座った朝希に、眞郷がお茶を淹れてくれた。湯呑みを受け取り、静かに朝希が吐息する。確かに同じ空間に眞郷がいると考えながら、朝希は何か言おうと思って口を開いたが、やっぱり言葉が見つからない。
「お疲れ様」
「……おう」
「これ、お土産だ」
紙袋から取り出した二つの箱を、眞郷がローテーブルの上に置いた。片方はワインで、もう片方は見た事のない木彫りのオブジェだった。
「サル?」
「そうみたいだな。他には、空港でハムと肉も買ってきて、そちらは冷蔵庫と冷凍庫に入れておいた。肉が好きなんだろ? あとは、カニ缶も買ってきた。いつでもカニクリームコロッケを作る用意がある」
「カニ缶以外の材料ってなんだ? この家にはなんもねぇからな、変わったもの」
「たとえばパン粉だろう? つなぎに使うものは――まぁ、そういう品は、こちらのスーパーでも買える」
「そっか」
意外にも自然と雑談が口から出てきた事に、朝希は安堵した。そうしながら緑茶を飲んでいると、立ち上がった眞郷が、朝希の隣に座りなおした。そして肩を抱き寄せる。慌てて朝希は湯呑みを置く。
「ごめんな、心配させて」
「……っ、本当だよ。心配した」
つい本音で返した朝希を、隣から強く眞郷が抱きしめた。すると抑えていた感情が再び膨れ上がり、思わず朝希は涙を浮かべていた。そして今度はもう、堪えられなかった。眞郷の体温が愛おしすぎて、その胸板に額を押しつけた瞬間、ぽたりと涙が落ちていった。
「元気でよかった。でも、でも、俺……不安だった」
「悪かった。反省してる」
朝希の後頭部を撫でながら、眞郷が優しい声を放つ。眞郷の背中におずおずと腕をまわしかえして、朝希は瞬きをした。大粒の涙が、下へと落ちていく。
「もう会えないのかと思ってた」
「ごめんな」
あやすように朝希の背中を撫でた眞郷は、それから左手で朝希の顎を持ち上げる。そしてもう一方の手の親指で、朝希の涙を拭った。
「泣くな。そばにいるから」
「うん……ン」
眞郷が僅かに首を傾けて、朝希にキスをする。忍び込んできた舌に舌を絡めとられ、引き摺りだされて、甘く噛まれる。するとピクンと朝希の肩が跳ねた。怯えて逃れようとする朝希の舌を絡めとり、眞郷が深々と口腔を貪る。気づくと朝希の涙が乾くまでの間、二人は唇を重ねていた。
朝希が入浴したのはそれからすぐの事で、昼間の内に風呂を借りたと言って眞郷が見送った。そのおかげで浴槽にはお湯が張られていた。農作業の疲労もあるが、それよりも精神的な緊張がほどけた事もあり、全ての辛さが溶けだしていくようなお湯の温度に、朝希は癒された気がした。体や髪を洗ってから、入浴を終えて着替える。髪を乾かしてから戻ると、居間のテーブルには、ハムや漬物、野菜炒めなどが並んでいた。
「眞郷さん、作ってくれたのか」
「ああ。勝手に悪いな」
「いや、助かる。ありがとう。いただきます」
眞郷がワインのコルクを抜く。そしてワインには不似合いなコップに、赤い酒を注いだ。礼を受け取って飲み込めば、甘い味が広がる。
「どうだ? 少し甘すぎるか?」
「いや、俺は、このくらい甘い方が好きかもしれない」
「そうか。朝希の口に合うならよかった」
嬉しそうに眞郷が目を細める。やっと現実感が戻ってきて、朝希もまた微笑する事が出来た。すると眞郷が小さく息を呑んだ。そして満面の笑みに変わる。
「よかった」
「何がだよ?」
「今日の朝希は、最初に会った頃みたいに、ずっと眉間に皴を寄せていたからな。あとは悲しい顔だ。漸く笑ってくれたな」
「そ、それは……」
「俺のせいで、けど笑顔も俺のおかげだ。そうだろ?」
「……そうだよ」
照れを隠すように、グイと朝希がワインを呷る。それを見て、楽しそうに眞郷が頷いた。
食後二人は、二階に向かった。本日も座敷の扉を開ける。
「この部屋に泊ってくれ」
「ありがとう、朝希」
「いや。俺の我が儘だからな」
「嬉しくて可愛い我が儘だな。もっと言ってくれ」
眞郷が喉で笑ったので、気恥ずかしくなって朝希は視線を逸らした。
「明日も早いんだろう?」
「まぁな」
「おやすみ、朝希」
その言葉に視線を戻し、思わず朝希は眞郷の腕の袖を軽く掴んだ。もう時刻は十時に近い。本来ならば寝る時間だ。けれど、どうしても眠りたくない。眞郷がいると、もっと確かめたい。そんな想いが、強く朝希の中で浮かび上がる。
「眞郷さん……」
「朝希。俺は自制してる。煽らないでくれ」
「自制なんかしなくていい。お願いだ、本当に俺を好きなら――っ、ん」
眞郷が朝希の腕を引いて、その場に押し倒した。布団の上に、軽く後頭部がぶつかる。そしてすぐに鎖骨の少し上に口づけられ、ツキンと疼いたそこにキスマークをつけられたのだと朝希は理解した。眞郷は朝希の服を乱しにかかる。そうしながらキスを繰り返している。すぐに一糸まとわぬ姿になった朝希もまた、眞郷の頭を抱きしめるようにして、自分からも口づけをした。
こうして二人の二回目の夜が始まった。一度目のあの日とは異なり、本日の眞郷はどこか性急だ。だが決してそれが嫌ではなく、寧ろ求められる事が嬉しくて、朝希は熱い吐息を零す。ローションをつけた指をバラバラに動かして内部を十分に解してから、眞郷がコンドームをつけて、朝希の中に肉茎を進めた。
「あぁ……っッ……んァ」
「きついな。少し力を抜けるか」
「ん、ぅ……は、ァ……っ、ぁ……んン!」
朝希の感じる場所を擦り上げるように眞郷が動く。両膝を折って眞郷の体に絡めた朝希は、ビクンと体を跳ねさせる。そんな朝希の腰を強く掴み、より深く眞郷が腰を動かす。次第に抽挿が激しく変わっていく。
「あ、ああ……っ!」
一際強く感じる場所を刺激された時、朝希は放った。それを確認すると、一度眞郷が陰茎を引き抜いた。それから朝希の体を反転させる。そして今度は後ろから、グッとより奥深くまで、楔で朝希を貫いた。
「ひ、ぁ、ァ……深っ、ッ」
「悪い、止まらない」
肌と肌がぶつかる乾いた音が響き渡る。朝希の腰を掴み、激しく眞郷が打ち付ける。
「あ、ァ……んぁァ――! っ、あ……!」
その時片手で、眞郷が朝希の陰茎を握り、打ち付けながら扱いた。するとすぐに再び朝希は快楽に飲み込まれた。ギュッと目を閉じ、体を震わせる。
「ンあ、あ――!」
そのまま陰茎を擦られ、内部の最奥を同時に貫かれ、朝希は放った。布団にぐったりと朝希が上半身を預けると、ほぼ同時に放ったらしい眞郷が、陰茎を引き抜き、隣に寝転んだ。横からじっと朝希を見ると、眞郷がその額に口づけをする。
「少し無理をさせてしまったな」
「ううん。平気だから……」
「ゆっくり休むといい」
「そばにいてくれ」
「ああ。ずっと隣にいる」
眞郷の優しい声を聞いた瞬間、睡魔に飲まれ、朝希は寝入ってしまったのだった。
――翌朝も、早くから仕事へと出かけた。その時眞郷も一度起きたが、寝ていていいからと朝希は告げて、急いで朝食を口に運び、簡単なおにぎりを用意してビニールハウスへと向かった。そして昼休憩をはさんでこの日も予定分の収穫を終えた。今日も泊っていくと聞いていたから、本当に家にいるかなとドキドキしながら帰宅した。そして玄関で、きちんと眞郷の靴があるのを見て、心底安心した。
「おかえり」
いい匂いがするなと考えながら居間に行くと、揚げたてらしいコロッケがあった。他にはサラダや味噌汁がある。
「帰宅時間を聞いていたけど、ぴったりだったな」
「これ……」
「前に話したカニクリームコロッケだ。自信作だぞ。昼間にスーパーで他の材料を買ってきたんだ」
「そ、そっか。いただきます」
手を合わせてから、早速朝希は食べる事にした。そして一口食べて、目を丸くする。
「これ、本当に手作りなのか?」
「手作りだ。どうして?」
「美味い。お店で買ったみてぇに思える。でもこの辺の店に、揚げたてのコロッケなんて売ってねぇしな。え、凄いな。本当に料理が出来るんだな」
「その部分も信用してくれ」
微苦笑してから眞郷が優しい声で言ったので、思わず朝希は小さく笑みを零した。同じ空間に眞郷がいてくれる事が、嬉しくてたまらない。
「朝希。明日には一度帰る。ただ、来週の週末、また来ても良いか? 次の土曜日に」
「ああ。待ってる」
「その後はまた一度会社に戻るけどな、次に来てからは暫くまた、この土地に滞在する。収穫量の確認や、レストランへの流通関連の再確認をしたいから、また暫く緋茅の里の部屋をおさえてあるんだ。その間も会おうと思えば会える。会おうな?」
「分かった」
この夜は、そんな約束をして、体を重ねたわけではないが、一緒に眠った。そして翌朝帰路につく眞郷を見送ってから、朝希もトマトハウスに向かった。仕事に再びハリが出て、身が入るようになった。
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