10 / 10
【十】
しおりを挟む農協主催の集まりがあったのは、次の金曜日の事だった。明日はまた眞郷に会えると思いながら、朝希は車で旅館へと向かった。そして宴会場に入ると、気づいた山岡に手招きをされた。
「よぉ、朝希。元気か?」
「まぁまぁだな。先輩は?」
「いやぁ、嫁さんに二人目がデキたんだ」
実に嬉しそうに山岡が語る。以前だったら少しは胸が痛んだかもしれないと、漠然と朝希は思った。だがそこで、ここ最近、一度も山岡の事を思い出さなかったと気が付いた。諦めたという思いすら忘れていた。
「おめでとうございます」
「ありがとうな。朝希は嫁さんはもらわねぇのか?」
「俺は……結婚はする予定がねぇな」
だが、恋人はいるのだと、内心で付け足した。自分から進んでゲイである事を公言しようとは思わないが、今では後ろめたさも薄れていた。
「そうか。しっかしそれより、お前が漸く規格外トマトの廃棄をやめて、供給する事に同意したって聞いた時には、俺は本当によかったと思ったよ。眞郷さんと話したんだろ? あの人の熱意、やっぱ凄いよな?」
「え、あ……ああ。そうだな」
「だろう、だろう! 俺が言った通りだろ? あの人は信頼できるし、やっぱ凄いだろ?」
「そうだな」
眞郷の事が褒められると、自分の事のように嬉しい。思わず朝希は僅かに両頬を持ち上げた。すると山岡が虚を突かれたような顔をした。そして吐息に笑みをのせる。
「なんか朝希、少し見ない間に変わったな」
「え?」
「柔らかくなったな。お前が笑ってるところなんて見たの、いつぶりだろうな。記憶にないぞ、俺は」
「そ、そうか?」
「ああ。高校時代から見ている俺が言うんだから間違いない。どんな心境の変化だ? やっぱり、新事業は期待出来るって気づいたからか?」
その言葉に、座って空のグラスを見ながら、朝希は言葉を探す。
「まぁ、そんなところだな」
実際、規格外野菜への期待が持てるようになったのは事実だ。可能性を見い出す事が出来て嬉しいというのも本音だ。だが一番は、山岡に伝えるつもりはないが、己自身にも希望が見えたからではないかと、朝希は考えた。
「前にも言ったが、柔軟な考えは大切だからな。俺も忘れないようにするわ。そういう意味でも、眞郷さんみたいな外部の人の話を聞くっていうのは、勉強になるよなぁ」
「そうかもな」
その内に宴会が始まった。今回も、フードロス関連の話題が主体となって、時間は流れていった。
そして宣言通り、翌日には眞郷が訪れた。
前回帰る前に眞郷には合鍵を渡していたため、仕事から帰宅した朝希は、家で合流した。そこで先に仕事の話として、朝希側で確認している規格外トマトの収穫量などを伝えた。居間でノートパソコンを起動して、頷きながら眞郷が聞く。仕事をしつつ二人は時折、互いの目を見た。見つめ合っていると、自然と言葉が止まるのだが、それぞれ我に返る度に、慌てて仕事の話を再開する。今はお互い仕事をする時間ではないのだが――始まったばかりのこのプランの進展が気になって仕方がないのは、二人とも同じだった。
それから夕食を二人でとる事にした。野菜のサラダを並べながら、眞郷が笑う。
「しかし見事にこの家の冷蔵庫には、規格外野菜ばかりが入っているな。本当は、規格外でも十分美味いって、朝希も気づいていたんだろ?」
「……俺が食べられる程度には、美味い」
「そうか。じゃ、そういう事にしておくか」
眞郷はそう言うと、隣に立っていた朝希の唇を掠めとるように奪った。咄嗟の事に真っ赤になって、朝希が片手で唇を覆う。するとクスクスと眞郷が笑った。
「真っ赤だぞ。トマトみたいだな」
「な」
「そういういちいち照れるところも、可愛くて俺は好きだ」
「い、言ってろ!」
こうしてトマトが実る季節に、朝希の恋もまた実り、熟しはじめた。食後、入浴するために脱衣所を兼ねた洗面所へと向かい、何気なく朝希は鏡を見た。そこに映る己の眉間には、今はもう皴が無い。確かに山岡に言われた通りで、表情も以前より柔和だと、自分でも思った。勿論、その変化をもたらしてくれたのが、眞郷だという事も、理解している。来週には、実際に朝希のビニールハウスから出荷された規格外トマトが、仙鳥市のレストランで提供される事になっている。それを教えてくれた眞郷と共に、食べに行く事も決まっている。それ以後も、今回の出張としての滞在が終わってからも、眞郷は会いに来てくれるという。恋人になったのだから、当然その権利があるはずだと言って笑っていた。それを思い出すと、自然と朝希にもまた、より深い笑みが込み上げてくる。
規格外野菜が結んでくれた、不思議な縁について、改めて考える。
(確かに――規格外でも有効活用できるけど、もう俺は自分を規格外だとは思わない)
朝希はそう考えた。それはある種おそろいのカタチといえる眞郷が、隣にいてくれるというのも理由の一つだ。だが、それだけではない。前に進む決断をする勇気を、朝希は眞郷から教えてもらったのだと考えている。それは眞郷の魅力の一つであり、今では頑固と言われた自分にも得る事が出来た、柔軟性という一つの個性だ。自分自身にも個性や魅力を見い出す事が出来たから、これからは、その個性を『新しい規格』と考えて、前に進んでいけそうだ。あるいはそれには、外殻のような枠組みは無いかもしれない。それもまた一つの魅力となるのだろうと、朝希は思う。
鏡に映る自分の表情は、やはり明るい。廃棄するはずだったトマト達に対する感情も、今では希望に満ち溢れている。トマトは、まるで自分を映す鏡のようだたなと感じながら、笑みを浮かべたままで、朝希は双眸を閉じた。眞郷が教えてくれた喜びで、胸が満ち溢れていた。今度は自室で、夜を共に過ごしてみようかと考える。
――その後、規格外トマトはレストランで提供された。ほかにも全国展開を開始していたジュースやレトルトソースの販売がさらに軌道に乗り大成功を収めた。メディアに着目される事も増え、各地でのモデルケースにもなる。それらのいつの時も、眞郷と朝希は共にいた。緋茅山に咲く藤の色を、何度も目にした眞郷は、いつしか四季折々の風景を覚えるようになっていく。逆に時折、眞郷に連れられて朝希が都心へと行く事もあった。そのようにして二人はいつまでも、幸せに過ごしたのだった。
―― 了 ――
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
そのモブは、私の愛しい唯一無二
ミクリ21
BL
アズエル・ミスティアはある日、前世の記憶を思い出した。
所謂、BLゲームのモブに転生していたのだ。
しかし、アズエルにはおかしなことに思い出した記憶が一つだけではなかった。
最初はモブだと信じきっていたのに、副会長セス・フェリクスに迫られ続けるアズエルの話。
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
姉の男友達に恋をした僕(番外編更新)
turarin
BL
侯爵家嫡男のポールは姉のユリアが大好き。身体が弱くて小さかったポールは、文武両道で、美しくて優しい一つ年上の姉に、ずっと憧れている。
徐々に体も丈夫になり、少しずつ自分に自信を持てるようになった頃、姉が同級生を家に連れて来た。公爵家の次男マークである。
彼も姉同様、何でも出来て、その上性格までいい、美しい男だ。
一目彼を見た時からポールは彼に惹かれた。初恋だった。
ただマークの傍にいたくて、勉強も頑張り、生徒会に入った。一緒にいる時間が増える。マークもまんざらでもない様子で、ポールを構い倒す。ポールは嬉しくてしかたない。
その様子を苛立たし気に見ているのがポールと同級の親友アンドルー。学力でも剣でも実力が拮抗する2人は一緒に行動することが多い。
そんなある日、転入して来た男爵令嬢にアンドルーがしつこくつきまとわれる。その姿がポールの心に激しい怒りを巻き起こす。自分の心に沸き上がる激しい気持に驚くポール。
時が経ち、マークは遂にユリアにプロポーズをする。ユリアの答えは?
ポールが気になって仕方ないアンドルー。実は、ユリアにもポールにも両方に気持が向いているマーク。初恋のマークと、いつも傍にいてくれるアンドルー。ポールが本当に幸せになるにはどちらを選ぶ?
読んでくださった方ありがとうございます😊
♥もすごく嬉しいです。
不定期ですが番外編更新していきます!
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
花が促すプログレス
猫宮乾
BL
聖ダフネ学園の風紀委員長をしている俺(水理砂緒)は、生徒会長の高萩七彩とは険悪な仲だ。けれど俺達は幼なじみで、離れる前に俺は高萩に初恋をし、今もその想いを引きずっている。そんなある日、学園に三年に一度だけ咲くという想現草と遭遇する。この花は、恋が叶う花と言われているのだが、まさか実在するとは――※王道学園(非王道)の会長×風紀委員長のお話です。夏芽玉様主催の「#恋が叶う花BL」Twitter企画参加作品です。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる