黒薔薇の刻印

猫宮乾

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【十九】人形と生贄Ⅱ

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 ――次第に、俺は何も考えられなくなっていった。
 それは、過去のような快楽由来の意識の不明瞭さとは、明確に異なっていた。
 いつしか俺は、エガルの言葉に全て頷くようになり、気づけば人形のように変わっていたのだ。そう自覚したのは、ぼんやりとスープの皿を見据えていた時だ。エガルが笑った気配を感じた時だ。

「落ちたか。そろそろ贄にする頃合いだな」
「……」
「連れて行くぞ、神殿に」

 俺はぼんやりとその言葉を聞いていたのだが、エガルと離れる事になると直感して、僅かに理性を取り戻したのだ。嫌だ、ここにいたい。この穏やかで――何も考えなくて良い場所に留まりたい。

「いや……嫌だ……俺は……」
「言っただろう? すぐに気が変わると」
「……あ」
「もう性奴と成り下がっている。俺の言いなりだ。お前は、もう人格など無いに等しい」

 その後俺は、魔法陣の上に連れて行かれ、手を握られた。
 瞬間、まばゆい光に飲まれ、気づくと見知らぬ場所にいた。
 豪奢な宮殿のような場所なのだが、室内であるというのに樹と噴水があった。

「では、な。もう二度と会う事は無いだろう」

 エガルはそう言うと姿を消した。

 俺は朦朧とした意識のままで、そこに立っていた。
 すると、不意に扉が開いた。やはりここは、室内なのだろうとは思う。
 入ってきたのは、黒い片マントを羽織った青年だった。

「新しい贄か。名前は?」
「……あ……」
「言葉まで失うほど人格を抜かれたのか?」
「名前……俺は……」

 必死で俺は思い出した。

「ネルス」

 思いのほか小さな声になってしまった。だが、名前を名乗った瞬間、手の甲の青い魔法陣が光を放った。それを見た青年が腕を組む。

「さすがはエガルだな。ほとんどの魔力も抜いてあるようだ。これは神として喰らう時、具合が良さそうだ」
「……」
「私は神の代理である、この国の第一王子だ。どこの国も、王族は神の血を宿している。私はそれゆえに、風の国の神と名乗る事を許されている」

 歩み寄ってきた人物を見て、俺は漠然と思いだした。嘗て、幼少時、風の国は敵国では無かったから、王族同士の交流が持たれた事があるのだ。その折、第一王子殿下はいたはずだ。確か名前は――フェルだったと思う。

「ん? 何を考えている? 思考が残っているのか? エガルの人形にしては珍しいな。そこまで強い魔力があるのか――ああ、いや、黒薔薇の刻印が最低限の思考を維持させているのか。刻印を受けた者を贄とするのは初めてであるから、こちらも興味深い」

 俺が顔を上げると、優しい笑みを浮かべたフェル殿下が、正面から俺の肩に手を置いた。そして顔を近づけると、唇が触れ合いそうな距離で俺を見た。

「人はモノを考える時、気配の色が変わるんだ。その癒やしのような緑の色は、樹の国の縁者か? 滅んで久しいが」
「滅んだ……っ」
「――その顔、既視感があるぞ。どこかで……ああ、そうか。樹の国の第二王妃殿下に似ているな。まさか、瓜二つと言われていた……そういえば、かの国の第二王子殿下の名前もネルスだったと記憶しているが……ネルス? お前は……っ、本人か?」

 その時、フェル殿下の顔色が変わった。俺の肩を強く掴むと、眉間に皺を寄せる。

「生きていたのか? 樹の国の神の血統が」
「……」

 答えて良い問いだとは思わなかった。だから俺はゆっくりと瞬きをするだけにした。

「まさか、神の血を貪れる日が来るとは」

 フェル殿下の笑みが酷薄なものに変化した。その瞳がギラついている。
 直後、フェル殿下の瞳が、まるで炎のように変化した。それを目にしたのとほぼ同時に、俺は首に噛みつかれた。鈍い痛みが走る。服の上から、俺の乳首を摘まんだ殿下が、残忍な瞳をした。まるでベリアス将軍に初めて暴かれた時のような恐怖が、瞬間的に俺の体を駆け抜けたが、俺の思考がついていかない。逃げなければと思ったのに、理性が『その必要は無い』と、まるで俺に言い聞かせるように囁いてきたのだ。

 そのまま俺は、噴水の前で押し倒された。



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