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【六十】夢の恐怖と導き手Ⅲ
しおりを挟む墓石の前で、俺は冬の風に吹かれている。
これは、誰の墓なのだろう。俺はそれを知らない。
人は、最後には、結局の所一人なのだ。だから、俺は不幸などではない。
「今度は俺を夢で殺したのか……まったく、よくやるよ、ネルスも」
背後から苦笑交じりに言われ、俺は振り返る。夢は、夢なのだ。もう俺は、現実と区別できる。
「どうやら俺は、不幸を求めているみたいだ」
「ああ、そうらしい――一つ提案がある。その力、もう潔く封じてしまったらどうだ?」
「そんな事が可能なのか?」
俺が目を丸くすると、エガルが腕輪を一つ取り出した。そして、結婚指輪がはまったままの、俺の左手を取った。
「樹の国の遺跡を探してきたんだ。ただし、これを身につければ、二度と外れない。願ってももう夢は視られなくなる」
「構わない。幸せな夢も、辛い夢もいらない。誰かの精神を操るような事もしたくない」
腕輪を奪うように受け取って、即座に俺は手首にはめた。
変化は、特に感じない。
「どうだ?」
「とりあえずエガルが生きているのが夢では無いと分かって心底安堵した」
「それは何よりだが、これで俺は、心置きなくお前を黄泉の国へと送る事が出来るようになったという事態でもあると理解しているか?」
溜息をついたエガルは、呆れたようにそう言ってから、クスクスと笑った。
それを見て、俺は笑った。
「試してみると良い。きっと俺は返り討つ」
「強気だな」
「俺は臆病だから、自ら死を選んだりはしないんだ」
「それは臆病とは似て異なる。生への執着は、命ある者の本能のようなものだ」
エガルの声に頷いてから、一緒に帰る事にした。歩きながら、ふとエガルを見た。
「エガルは不思議だな。何でも知っていて、何でも出来る。不死者だとは分かったが……元々は何者なんだ?」
するとエガルが、小さく吹き出した。
「ただのネルスの友人だ。それで良いだろう?」
深く追求する事はせず、俺の速度に合わせてくれるエガルと共に、帰路につく。その後、何気ない話をしながら、俺達は帰宅した。
そのようにして、その後の毎日も続いていった。俺達は、死が無いから終わらない。だが、俺の中の記憶の一頁は、既に閉じられ、別の頁が始まっている。そこには、もうエガル以外の懐かしい名前は一つも無いが、それは別離の結果ではなく、時の経過のせいだ。
腕輪と指輪を時折眺め、俺は日々を過ごしている。
「そういえば、あの墓標は、誰の墓だったんだろうな?」
ある日何気なく思い立ち、一人で墓地へと向かった。そして俺は、名前を確認した。そこにはラッセルと記載されていたが、俺は聞き覚えがある気がしたものの、誰の事なのか思い出せなかった。
「……もう、魔王の事以外は、あまり思い出せないな」
悠久の時が、廻っていく。次々と、歴史が紡がれていく。もう、俺は夢を見ない、それだけが、明確で――他の物事は、風化していく。
「会いたいな……」
俺の声が、空に溶けていった。
その後俺は、数年を経て、黄泉の国へと向かう決意をした。終始エガルは呆れていたが、俺を止める事は無かった。
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