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――第一章:籠の中の鳥――
【八】
しおりを挟むしかし朝になり、鐘が十回鳴り響いた時も、案内人が来る事は無かった。いよいよおかしい。
「何かあったのかな?」
僕は案内人について考えた。塔の管理者でもある案内人は、三年前に今の人物に代わった。片眼鏡をかけている、焦げ茶色の髪と瞳をした青年だ。その色彩は、この王国で一番多いのだと、本で読んだ事がある。名前も年齢も知らない。ゼルスより少し年上に思える。
「ゼルスは何歳なのかな?」
もし本当に次があったら、僕は年齢を尋ねる事に決め、自身が二十一歳だと話そうと考えた。それから案内人に思考を戻した。怜悧な顔立ちの案内人は、いつも冷たい無表情をしている。僕に声をかける事は、ほとんどない。見学会へ促し、部屋に戻す時に、その指示を出すばかりだった。
なお塔で働く他の人々には、僕は会った事が一度も無い。僕は基本的に、案内人としか直接的な接触は許されていない。見学者達であっても、温室の中へと入る事は出来ない決まりだ。
その内に、魔導灯の光が変わっていき、時計の鐘が十二回鳴ったので、もう:昼食時(ランチタイム)だと気がついた。視線を向ければ扉が開き、トレーが運ばれてきた。
「午前中も見学会が無いまま終わっちゃった……もしかして、もう見学会は行われないのかな?」
僕は、欠陥品である。もう誰にも見せる価値が無いと、判断されたのかもしれない。鬱屈とした心地になりながら、僕はパンにブルーベリーのジャムを塗った。
食べ終えてから、僕はソファに座り、螺旋階段へと続く扉を見ていた。すると、鍵が開く音がした。いつもの通りの時間だ。十四時の鐘が響く直前に、鍵は開くのだ。見守っていると、案内人が入ってきた。その姿に、僕は自身が安堵している事に気づいてしまった。
「来い。見学会の時間だ」
「は、はい!」
慌てて立ち上がった僕は、扉に向かって歩く。案内人は、小箱を手にしていた。いつもは白い手袋をしている以外、何も持っていないので、不思議に思って僕はそれを何度か見た。すると、温室に降りた所で、案内人が立ち止まり、僕へと振り返ると、その小箱を差し出した。
「ゼルス様からだ」
「え?」
「本来、見学対象のΩに対する物品の贈与は、規則で制限されている。だが、ゼルス様は特別なお立場のお方だ。許可を下ろした。お目通りしたら、必ず御礼を申し上げるように」
何度かゆっくりと瞬きをした僕は、おずおずと小箱を受け取った。白い紙で包装されていて、黄緑色のリボンが付いている。掌と同じくらいの大きさの小箱を、僕がじっと見ていると、正面で嘆息する気配がした。
「ゼルス様がお待ちだ。早く定位置へつけ」
「!」
案内人はそう言うと、温室をいつもの通りに出て行った。僕は驚きながらガラスの壁の前へと行く。するとその向こうには、微笑しているゼルスがいた。『次』は、本当にあったのだ。それが嬉しくて、両頬を持ち上げ笑ってから、僕は椅子に座った。
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