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――第二章:花が咲く庭――
【八】
しおりを挟む片手で僕の頭を、ゼルスが優しく撫でる。
「怖がらせてしまったようだな」
「……うん。怖かった」
「ごめんな。ただ、俺は、俺だから。怖い俺もいる。それは覚えておいてくれ。それとも怖い俺を見たら、嫌いになってしまうか? それならば、俺は全力で――」
「嫌いにはならないよ。ゼルスはゼルスだから。でも……僕は優しい顔のゼルスを見ていると幸せになるけど、他はまだよく分からないんだ。ゼルスの……色々な顔を知りたいけど、それは、幸せかな?」
「そうか。俺も、俺の全てを君に知って欲しいから、ならば偽る事はしない。キルトに誠実でいると誓う。まぁ俺も、キルトの泣き顔を見たら、幸せだとは言い切れない。が、全部を知りたいから同じだな」
ゼルスはそれから、僕の頭をポンポンと二度叩いた。その感触が擽ったい。そうして立ち止まると、ゼルスが緑の茂みを見た。
「朝薔薇アサバラの茂みだ」
そこには、真っ青な小さい薔薇が無数に咲き誇っていた。僕は空と薔薇を交互に見る。
「同じ色だ」
「そうだよ。この薔薇は、空に合わせて色を変えるんだ。特に朝の青の時が美しいとされている。今度はもっと早い時刻に、見に来よう」
「うん」
小さな青い蝶と黒い蝶が、ひらひらと飛んでいた。僕が茂みに手を伸ばそうとすると、その指先を握って、ゼルスが首を振る。
「棘があるんだ。温室の魔法植物とは異なり、この薔薇は自然界の薔薇に近い。手を伸ばせば、怪我をしてしまう」
「そうなんだ」
「次はあちらの白百合を見よう。棘も無い」
僕の腰に触れて、ゼルスが先へと促した。その後、ゼルスの案内で、僕は庭園の各地を回った。
「この庭園には、植物を維持する魔術がかかっている。そして王家の者しか入れない。聖域なんだ」
「聖域……」
「ずっとこの風景を、キルトに見せられたら良いと願っていた。二人で見られるというのは、今日のように、俺の伴侶となる事をキルトが受け入れてくれた日という事だったからな」
「僕も見られて嬉しいよ。ゼルスの家族になったから、見られたという意味でしょう?」
「そうだ。その通りだ。もう君は俺の家族だし、じきに公的にも結婚式をする事になる」
最後に門の前に戻ってきた所で、ゼルスがそう口にした。僕には、結婚式がどんなものなのかはまだ分からなかったが、頷いてみる事にする。ただ一つ、不安な事がある。
「本当に、僕は欠陥品じゃないのかな?」
「何故?」
「今まで発情期が来なかったのに、僕はきちんとゼルスの子供を産めるのかな?」
「前にも告げたが、仮に子が産まれなくとも、俺は君を離すつもりはない。しかしそうだな――王宮からは、発情期を促す科学薬の摂取を求められる可能性は高い」
「それを飲めば、僕にも発情期が来る?」
「ああ。王家に伝わる秘薬でもあるからな。王家の他にもごく一部に類似の科学薬が出回っているだけの貴重な品だ」
「僕はそれを飲んで良いの?」
貴重なものをお願いするのは、悪い事かもしれない。そう考えていると、不意にゼルスが僕の顎を持ち上げた。
「無理に飲む必要は無い。俺が欲しいのは、子供ではなく、君の気持ちだからな」
「僕の気持ち?」
「ああ。もっともっと、俺を好きになってくれ。キルト、愛している」
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