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御遼神社の狐と神様
【2】救命救急のバイト
しおりを挟むそのまま、救命救急がある総合病院へと向かう。
「昼威先生! すぐに入って下さい!」
昼威の姿を見ると、看護師が救世主を見たような顔をした。
この新南津市には、腕の立つ外科医が、非常に少ない。
昼威はフェローシップ中から、外科あるいは救命救急を専門にしないかと何度も誘われ、何度も声をかけられ、最終的に懇願されたが――断った。
集中力がずば抜けていて、この方面では記憶力も幸い働いている昼威は、切り刻む事に長けている敏腕外科医として評判だ。バイトばかりの救命救急において、ある程度の経験がある昼威が来ると、同じくバイトに来ている新人医師達も目に見えて安堵する。
昼威とてまだ若いのだが、外科の腕だけは、認められている。
しかし昼威は、二つの理由で外科を断った。
一つは、現代医療が進んでいったら、その内ドローンか何かが切り刻むようになる気がしたからだ。
二つ目は――死に関わる事が多いので、術後にその場で亡くなった方が霊になった直後、呆然としているのを見ると心が痛むからである。
もっともそれは、昼威の都会での経験であり、新南津市ではバイトで楽々こなせる程度の救急患者しか来ない。
死亡に繋がるような、手術が必要なような、そう言った事件事故病気は、あまりない。人自体が少ないのと、皆がゆったりしているのと、本当にまずい場合は、大きい都市の病院に最初から搬送するからである。
とはいえ、たまにある。中でも多いのは、交通事故と怪我だ。
他への搬送では、間に合わなそうな場合も運ばれてくる。
今回もそんな急患がいた。
てきぱきとメスを動かし縫合し、急患三名を、入った直後に昼威は治療した。
神の如き腕前だ――昼威が入っている日であれば、他に運ぶまでもない事が多い。
周囲は、外科医として、昼威を尊敬している。
術後、一段落した救急には、昼威に対する尊敬の眼差しが溢れた。
この時ばかりは眼鏡が邪魔なので、昼威はそれを外す。
紺色の手術衣の帽子を取ると、艶やかな黒髪が前に落ちた。
この状態だと――若返るというか、昼威は非常に整った容姿だとよく分かる。空調が効きすぎていたので、その上に白衣を羽織った昼威を見て、格好良いと感じた者は多い。これを僧服にして、さらに若い顔にすると、弟そっくりになるそうだ。
よって、よく昼威が言われるのは、「もうちょっと髪型を、享夜さんに寄せてみては?」である。だが、髪の毛が鬱陶しいので、家ではゴムで前髪のみ縛る時さえあるので、それは嫌だった。
時折坊主にしようか悩むのだが、過去にそうしたら「寺の息子だしな」とからかわれて、二度としないと誓った事がある。
それからコーヒーを飲み、昼威は残り時間は幸い誰も来なかったので、周囲と雑談をしながら過ごした。そして、バイト時間が終了したので、御遼神社へとバイクで向かう事にした。
「待っていたよ」
鳥居をくぐると、侑眞が立っていた。
燃やす用意は万全であるようで、独自の進化を遂げている御遼神社流の手法――昼威にはただ燃やすだけに見える神道の流れを汲む何らかの儀式の準備がしてある。藁の上に和風の人形がポツンと置いてあった。
歩み寄り、昼威はその人形の帯をバシンと叩いた。
「おう。じゃあな、俺は帰る」
その後、挨拶をした。昼威は、視界に入った瞬間に、基本的に霊や妖を振り払う癖がある。視える前に、消すのである。そうして、無かった事にして、昼威は進んでいる。
「その人形、何がついていた?」
「――ホコリがちょっとな」
振り払う言い訳として、若干苦しいが、昼威はそう答えている。
クリニックの患者に対しては、迂闊に体に触れるわけにはいかないので、いつも念のための診察として、適当に聴診器を当てたりしながら、さらっと除霊する場合もあるが、基本的には、右手で叩きさって、強引に除霊している。浄霊などは、一度もした事はない。供養も、実家の法事など以外の、行事という意味合いを除いてはした事がない。
「あ、これ、お礼です」
侑眞はそう言うと、昼威に分厚い封筒を渡した。
無表情で受け取り、昼威は顎で頷いて、そのまま歩き出す。
そして階段下に止めてあったバイクに乗り、自宅である藍円寺へと帰った。
すると、深夜帯に除霊のバイトをしている事が多い、弟の享夜が丁度帰宅した所だった。見ると享夜の肩に、大量の浮遊霊がついていたので、昼威は歩み寄って、バシンと叩いた。
「ホコリがついていたぞ。それにしても、また除霊のバイトか」
「ああ。悪いな」
「しかし馬鹿馬鹿しいバイトをよく続けられるな。幽霊なんて存在しない」
そう昼威が断言すると、享夜が目を細めた。
「お前だって、救急のバイトの帰りだろう? そちらを専門にしてはどうだ?」
享夜は、切れ長の瞳を険しくし、靴を脱ぐと中に入って腕を組む。
「昼威。今月のバイト代を、さっさと家に入れろ」
「その……」
「誰のバイト代で、お前は食べてるんだ?」
「――これで良いか?」
舌打ちしながら、昼威は、先程侑眞から受け取った封筒を、弟に渡した。
実際、光熱水費、その他すべてを払っているのは、享夜である。
それも檀家がほぼいない廃寺に等しいこの寺の収入ではなく、除霊のバイトの稼ぎである。受け取った享夜が、首を捻る。
「昼威、この封筒――御遼神社の透かしが入ってるぞ?」
「……たまたまそばにあった封筒がそれだけでな」
「そうか」
それから享夜は、中を見て、世界を滅ぼしそうなくらい怖い顔をした。
「昼威、なんだこれは?」
「何がだ?」
「確かに、スーパー魚河岸の商品券は有難い。ただ俺が言っているのは、現金だ」
「商品券……? ッ、あいつ……!」
封筒を奪い返し、中にあった商品券を見て、昼威は舌打ちした。
中には、一枚で二百円計算のオリジナル商品券が、百枚ほど入っているようだった。
当然、そのスーパーでしか使用不可だ。
「これじゃウィニコットの原稿が買えないじゃないか。悪い、享夜! 三万円ほど貸してくれ!」
「貸さない! お前は一度も俺に返済していないだろう!」
「今月の救急のバイト代と三万あれば、落札できるんだ。頼む!」
反射的に昼威が現状を訴えると、享夜が目を見開いた。
「ちょっと待て、お前、バイト代も……家に入れないつもりなのか!?」
「あ、い、いや――クリニックの収入がある」
「それはクリニックの家賃を払うので消えるだろう!? 寧ろそちらも赤字なんじゃないのか!?」
享夜が叫んだので、昼威は微笑した。
滅多に笑顔を浮かべない享夜と昼威の、服装以外の一番の違いは、表情だ。
昼威は、一応、作り笑いが可能だ。しかし、引きつったのは否めない。
「頼む、頼むから! お願いだ! 享夜! 俺達は、兄弟だろう?」
「兄弟だからこそ、兄の愚行――浪費は止めないとならない」
「浪費じゃない。今後の俺の学識を高めるためには、絶対に必要なんだ」
「……本当か? この前も、同じ事を……」
「ああ、本当だ」
真剣な顔を取り繕って、昼威はきっぱりと言った。
沈黙した弟を見て、実は怖いように見えて、案外押しに弱いと気づいている昼威は、もう少しだと思った。住職である享夜は、昼威に専門的すぎる話(言い訳)をされると、自分が知らない医師の世界であるものだから、悩んだ末にいつも押し切られるのである。
根がおひとよしなのだろう。昼威は時々、弟が心配になる。
「……分かった」
こうして、その日、昼威は三歳年下の弟から三万円を借りた。
昼威は早生まれなので、学年では四つ違う。
「それはそうと、術着で家の中を歩くのをやめろ。お前、その格好でバイクに乗ってきたのか?」
「うるさい」
お金を受け取ってからは、昼威の態度は元に戻り、態度が大きくなった。
しかし享夜も一見すれば、態度は大きい。
睨み合っているようにも見えるが、二人はそういう顔立ちなだけで、そこそこ親しい兄弟である。なお長男の朝儀は、公営住宅で子供の斗望と共に暮らしている。
その後昼威はシャワーを浴び、あとで御遼侑眞に抗議をしようと決意しながら、就寝した。なお、その後無事に落札した直筆原稿は、見事に贋作であった。
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