藍円寺昼威のカルテ

猫宮乾

文字の大きさ
18 / 21
御遼神社の狐と神様

【16】光熱水の停止

しおりを挟む
 滅多に人の来ないクリニックで、時折やってくるお祓い希望者の相手をし、普段は救命救急でバイトをする。そして仮眠室で眠り、クリニックで体を休め、週に一度、火曜日には藍円寺に顔を出す。どんどん周囲の紅葉の色が強くなっていく。

 昼威は異変に気づいたのは、次第に寒さを感じるようになった、ある火曜日の事だった。藍円寺に戻り、水道の前に立つ。バイトなのか、享夜は不在だった。ここの所、タイミングが合わず、弟とは顔を合わせていない。


「ん?」

 水を出そうとして、昼威は首を捻った。何度動かしても、水が出ない。

「なんだ?」

 断水かと考えながら、夕方だったので、電気をつける事にする。

「あれ?」

 しかしスイッチを押しても、灯りがつかない。まさか、停電もしているのか?
 混乱しながらブレイカーを見に行くと、落ちているわけではなかった。
 首を捻りつつ歩き、そしてたまたまポストを見た。

「え」

 自分用の手紙類はクリニックに届くようにしてあるから、普段は見ないポストには、新聞が溜まっていた。驚いて中を見ると――光熱水費の請求書が届いていた。


「どういう事だ?」

 あの生真面目な享夜が、払い忘れたとは思えない。唖然としながら、昼威はそれらを持ってリビングへと戻り、スマホを見た。トークアプリで連絡をしてみるが、既読にならない。おかしい。沸を切らして通話をしてみたが、出ない。埒が明かないと感じて電話をしてみるが、それにも応答は無い。

 ……。

 これでは、今夜はシャワーも浴びる事が出来ないし、暗闇で過ごす事になってしまう。しかし、そういう問題ではない。一体、享夜は、どこに行ったのだろうか?

 弟がいないのだ。これは緊急事態である。
 慌てて昼威は、長兄の朝儀に連絡をし、兄と甥が暮らす公営住宅へと向かった。

 レトロな呼び鈴を連打すると、すぐに朝儀が扉を開けた。このボロい公営住宅には、カメラ内蔵のインターフォンなどは無い。


「昼威? どうかしたの?」
「大変なんだ。ちょっと入れてくれ。重要な話がある」
「え、あ……今? ちょっとお客様が……」
「享夜がいなくなったんだ。しかも、光熱水が止まっている」

 焦るように昼威が言うと、朝儀の奥から一人の青年が顔を出した。

「俺なら構わないよ」
「彼方さん……」

 振り返って朝儀が青年を見る。その姿に、昼威は目を見開いた。
 そこには、例の別れさせ屋こと――六条彼方の姿があったからだ。
 以前、街コンで名刺をもらった。間違いない。

「あ、入って。享夜が、なに?」

 六条彼方の同意があるからなのか、朝儀が中へと促した。
 立ち話もなんなので、素直に中に入ってから、思わず昼威は聞いた。


「どうしてここにいるんだ?」
「――お兄様とは、非常に親しくさせてもらっているんです」

 そういえば知り合いらしかったなと、昼威は思い出した。
 そのまま狭いリビングへと移動し、朝儀がお茶を淹れてくれるのを見守る。

「それで、昼威。詳しく話して? 俺もね、享夜から連絡が返ってこないから、最近忙しいのかなって思ってはいたんだけど」
「寺に帰っている気配が無かったというか――あの享夜が、光熱水費を払い忘れたとは思えないのに、止まっていて、請求書が来ていたんだ」

 彼方のことは取り置き、昼威は肝心なことを伝えた。すると朝儀が息を飲んだ。

「何かあったのかな? 行方不明? 失踪!? どうしよう!」
「ああ……警察に連絡するべきだろうか?」

 朝儀と昼威が深刻な顔でそれぞれ言った時、彼方が腕を組んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...