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―― 本編 ――

4:一目惚れ

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 最近慣れてきた寝室へと向かったキースは、背後で扉が閉まる音を聞いて、緊張が最高潮に達した。施錠音にびくりとする。恐る恐る振り返り、扉の取っ手を見ているグレイルの様子を伺った。

「あ、あ、あの……」
「はい」

 何か言おうと頑張ったキースに対し、グレイルが抑揚のない声で答えた。キースは本気で泣きたくなった。

 ――魔術師団の司令官だった頃と、グレイルは変わらない。

 確かグレイルは、キースの五歳年上の二十九歳なのだが、キースが魔術師団に入った時には既に偉い人だった。キースはそう記憶していた。そして過去に二度ほど、キースはグレイル指揮下の部隊に所属していた事があり、グレイルは覚えていないだろうが三回ほどお茶を持っていった記憶があった。その時も、今と同じで、目は合わず冷たい声をかけられたものである。いいや、冷たいわけではない。温度がない、が、適切だろう。

「……」
「……」
「……グレイル元帥……俺、どうすれば良いですか?」
「まずは敬語を止めて下さい、キース陛下」
「は、はい! あ……」
「鬼の宰相閣下に気兼ねなくお話になるんですから、俺相手にも敬語は不要です」
「け、けど……あのだな、グレイル元帥は俺の、も、元上司で……」
「……」
「……わ、分かった! 分かったから……つ、次は? 俺はどうすれば良い?」
「服を脱いでベッドに上がって下さい」
「えっ」
「何か?」

 グレイルが目を細めた。ギン、っと、冷ややかな眼光が飛んできた気がしてキースは萎縮した。慌てて首元に手をかける。だが、震えて上手くいかない。グレイルと首元を交互に見ながら、キースは涙ぐんだ。今度こそ涙がこぼれ落ちそうになった。

 するとそれを見たグレイルが小さく息を飲んだ。

 実を言えば――グレイルは、キースの事を覚えていた。というより、キース自身がグレイルを認識するずっと以前から、グレイルはキースの事を知っていたのである。

 キースの取り柄である美貌――それは、キースが魔術師団に入ったその日から、ほぼ全員に知れ渡った。当時偉い人……こと、幕僚の位にあったグレイルの耳にも当然入った。だが、それだけではない。入団試験自体においては、キースの魔力量と技術はトップだった。有能な部下の候補として、グレイルはそれとなく見に出かけたのである。

 結果、一目ぼれした。人生で、そんな経験は、初めてだった。

 以後、キースが頭角を表す事は無かったが、過去に自分の指揮下に入った時は、それとなく近くに出かけてみたものである。お茶を持ってこられた時など、緊張しすぎて返事をするので精一杯だった。

 そして今回の事態である。キースの名前を聞いて、まっさきに護衛に志願して、ルイド閣下と共に迎えに出かけた。下心しか無かったが、いざ顔を見ると、緊張が先行して、目も合わせられないし、言葉も出てこない。同じ部屋で執務をする事になったが、手につかないことは明白だったため、一度もその席には出かけなかった。そこへ浮上した婚姻騒動――まっさきに立候補し、理由は元々は口が回る方なので、でっち上げた。

 そうして今に至る。

 何がいいのかと言われたら、外見が好みだとしか言えない。内面のことなど、今のところ何一つ知らない。先ほどは、自分を選ばせるために、必死で頭を回転させた。それが大成功を収めたため、現在は同じ室内に居る。けれど――今もなお緊張して、上手く言葉が出てこない。だが、二度とこんなチャンスは無いかもしれない。グレイルはそう考えて、一人静かに瞬きをした。


 無論キースは、グレイルのそんな内心など、全く知らない。
 グレイルは政府の武官として、政府の地位を固めるため、自分と政略的に結婚し、子供を作って、後ろ盾等を求めていると確信している。ぎこちない手つきで必死に服のボタンと格闘しながら、溜息を押し殺す。

「……大丈夫ですか?」

 グレイルがそう声をかけて、一歩前に出た。ビクリとキースは震えたが、グレイルは淡々とキースのボタンを外した。見た目はさして女性的でも中性的でも少年らしさも何もないキースであるが、何故なのかグレイルには、その時小動物に見えた。あんまりにも震えていて可哀想だったのである。だから善意で服を脱がせた。

 しかしキースからすれば、グレイルはさながら肉食獣だった。鷹のイメージがつきまとう。いいや、ハイエナか。プルプルと震えながら、露出していく肌を見た。

「本当にヤるのか……?」
「ええ、そうですね」

 グレイルは頷いてから、軽くキースを寝台の方へと押した。促されたキースは、後退する形で、寝台の上に座る。そのままグレイルが詰め寄ったため、キースはベッドにあがると、壁際まで下がろうとした。だが――途中でグレイルがキースの手首を取り、正面から押し倒した。

「っ、あ、の……」
「少し、黙っててもらえる?」

 こんな時に拒否されたらさすがに傷つく――止めないけれど、と、そんな事を考えながら、グレイルは目を細めた。そしてキースの右の首筋に、唇を落とした。硬直したキースが、ギュッと瞼を閉じる。ツキンと軽い痛みが走り、キスマークを付けられたのが分かった。
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