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―― 本編 ――

【二十三】雨

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 ――天気予報に雨のマークが並んだ次の週。本日、泊まり勤務である槙永は、始発出発後に駅へと到着し、黒い傘を閉じた。一昨日から雨が降り続いている。

 深水町は近くに峠があり、その向こうに海がある。結果として、冬の雪と、時に襲い来る豪雨が多い。古来よりそうだったらしく、氾濫する深水川を象徴的に水神や龍として表現した昔話も多い。

「はぁ……っ、歳には勝てないなぁ」

 気候も秋に近づき寒くなったこの日、日勤である田辺が腰をさすった。槙永が視線を向けると、駅長の田辺が苦しそうに呻く。

「腰が……ぎっくり腰の気配がするんだよねぇ。痛くて痛くて……」
「もう四時ですし、早めに上がられては?」
「良いかい?」
「ええ。後は俺が」

 まだ最寄りの整形外科の個人クリニックが開いている時間帯だった。今から急げば、診てもらう事が叶うだろう。そう判断して槙永が告げると、申し訳なさそうに田辺が手を合わせた。

「有難う、悪いねぇ。残りの終電、それと駅の閉めの作業、お願いするよ」
「はい。お大事になさって下さい」

 槙永が頷くと、心なしか安堵した顔をしてから、田辺が退勤した。
 そうして五時が過ぎ、終電の発着が行われる頃、この日も青辻が最後に降りてきた。

 改札後、槙永は、青辻と雑談したいと思ったが、一人きりなので、その間も無いと判断し、ホームに直行して電車内の清掃を手伝ったり、終電が戻っていくのを見送ったりしていた。その間にも雨脚は強くなっていく。

 だがその後、ホームでの最終作業を終えて、続くドアの鍵を閉めてから待合室に戻り驚いた。ベンチに青辻が一人、座っていたからだ。

「今日、駅員室は誰もいないみたいだけど、日勤は田辺さんじゃなかったか?」
「……腰痛だそうで」
「個人情報に答えてくれるようになったな」
「っ、その……田辺さんは、青辻さんを息子のように思っていると仰っていたので」
「はは、そうか。でも、一人じゃ大変だろう?」
「スマホに電話を転送するようにしてあるので、なんとか。何かご用事でしたか?」
「いいや。槙永くんを待っていただけだ――った、んだけどなぁ。これだ」

 青辻はそう述べると、チラリと出入口に振り返った。見れば、激しい雨が吹き付けている。

「傘を持ってこなかったが、そういう状況でも無かった」

 苦笑した青辻が嘆息した時、槙永のスマートフォンが音を立てた。これは、駅員に支給されている品だ。

「すみません、失礼します」
「ああ、出てくれ。仕事の邪魔をしているのは、俺の方だ」

 答えた青辻に一礼してから、槙永は電話に出る。

「はい、眞山鉄道深水線深水駅、槙永です」
『こちらは眞山営業所の――』

 かかって来た電話の内容は、豪雨についての注意喚起と、先程発った電車が今宵は深水駅と眞山駅の間の唯一の有人駅で停車するので、始発が遅れるという連絡だった。

 電話をしたまま駅員室へと戻り、情報をメモし、起動中だったパソコンではメール連絡を確認したり、眞山鉄道が入れているシステムで明日の時刻表の確認をしたりした。


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