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―― 本編 ――
【三十三】幸せ(☆)
しおりを挟むその後、流れるようにして、槙永は青辻の車で帰路へとつかされた。帰り際、常盤には、『嫌なら断るように』と笑われて、言葉を失ったものである。
到着した一軒家の正面に停車し、槙永が降りてから、青辻が車に鍵をかけた。
「念の為改めて聞くが、入っても良いか?」
「は、はい……」
規則には、部外者の立ち入り禁止等は無い。鍵を開けた槙永は、家の中へと青辻を促した。
二人で中に入ると、扉が閉まってすぐに、槙永は横から抱きしめられた。
「意味は、分かってるんだよな? もう逃さないからな」
軽く手首を握られて、じっと覗き込まれ、槙永は目を見開いた。どんどん近づいてくる青辻の真面目な顔に緊張して、目を閉じる。すると柔らかな感触がして、唇を奪われた。
「その……シャワーを……」
「ダメだ。すぐにでもベッドに行きたい」
「でも」
「なぁ、槙永くん――……和泉」
その時、掠れた声で、耳元で名前を囁かれ、槙永の理性が陥落した。自分の名前を知られていた事も、呼んでくれた事も、どちらも尋常ではなく嬉しい。
青辻の事を欲しいのは、槙永も同じだった。
――寝台へと移動し、一糸まとわぬ姿になった槙永は、恐る恐る青辻を見上げていた。
鞄からローションのボトルを取り出した青辻の姿に、慣れていると直感して、槙永は唇を震わせる。
「どうしてそんなの、持ってるんですか?」
「好きな相手を襲おうと思っていて、準備を怠ると思うのか?」
「っ、でも、こんな田舎じゃ売ってない」
「まぁ俺は常備しているが、それも嫉妬か?」
「……」
「安心しろ。一昨日ネットで買ったんだ。常備なんて嘘だよ」
クスクスと笑った青辻が、ぬめる指を槙永の窄まりへと進める。きつく締まった菊門の襞をなぞるようにしてから、ゆっくりと内部へ、人差し指の第一関節まで進めた。
慣れない異物感に、槙永がきつく目を閉じる。震えるその睫毛を一瞥してから、青辻は更に第二関節まで指を突き立てた。そして軽く抜き差しを始める。
「っ……ぁ……」
「きついな。辛いか?」
「へ、平気です」
「いつも槙永くんは、『平気』だと言うな。我慢はしなくて良いんだぞ?」
「我慢なんかしてな……っ……」
「じゃあ二本目の指も、大丈夫だな?」
ローションでドロドロにぬめってはいたが、容赦なく青辻に二本目の指を挿入され、槙永が息を詰める。実際には、緊張で体がガチガチに硬くなっていた。青辻の骨ばった指が、槙永の内壁を押し広げるように動く。そしてかき混ぜるようにしたかと思えば、揃えた指先で、見つけ出した前立腺を的確に嬲る。
「あぁ……」
「その声、やばいな」
「ぁ、あ……ああ……アっ!」
「ここが好きなのか?」
「や、ぁ……ァ……そ、そこは……」
「うん。覚えた」
激しく前立腺を刺激し、かと思えば解すように指を大きく動かす青辻に、槙永は翻弄された。
他者と体を重ねるのは、久方ぶりだ。しかも、想い人と寝るのは、人生で初体験である。
こんな幸せがあって良いのかと、理性は恐怖を訴える。裏切られる恐怖についても、囁いてくる。
けれど本能は告げる。一度限りでも良いからと、いなくなってしまう遊びの相手とされているのだとしても、良いではないかと。それだけ、既に槙永は青辻に恋をしていた。
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