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―― 本編 ――
【四十】色づき始めた自然
しおりを挟むフキの手術が無事に成功し、退院したその日は、青辻が次の仕事へと発つ日だった。
引き取りに行ったのは田辺夫妻で、快癒するまで暫くの間は、猫の駅長としての仕事はお休みするという事に決まった。
当日泊まり勤務だった槙永は、車で町を出ていった青辻を見送る事も出来なかった。
朝焼けの見える時間が、以前よりずっと遅くなっている事に気づきながら、券売機の電源を入れる。
そしてまだ一人きりの駅員室へと戻り、私物のスマートフォンを鞄から取り出した。
実を言えば、青辻とは連絡先の交換さえしていない。
フキの怪我の件で、バタバタしていた為、寝台では口走ったが、好きだと明確に伝える機会すら無かった。
青辻に会う事の無い朝も、そして終電の時刻も、とても寂しい。
(まるで、夢を見ていた気分だな……良い夢だったな)
槙永がそんな風に感じるようになった頃、深水の自然は色づき始めた。
山の木々は紅や黄色に輝いていて、紅葉まっさかりの季節となった。深水の秋は一瞬であるから、十月の風景は貴重だ。十一月の半ばには、雪が降る事も多い。
寒さが増してきたある日の朝、本日の日勤である田辺がフキを久しぶりに連れてきた。フキが正式に猫の駅長として復職する事に決まったからだ。
柔らかな猫の頭を撫でながら、槙永は優しい目をする。泊まり勤務だったので、この日は入れ違いに退勤して、一度家へと戻った。
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