神様の花嫁

猫宮乾

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【一】前日

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 秋晴れのある日。
 修道院の自室で椅子に座り、窓から外を眺めていると、ノックの音が響いた。
 アリアが視線を上げると、シスター・ロザンヌが顔を出した所だった。

「良いですか、アリア。決して失礼が無いように」

 ……?
 笑顔を浮かべてはみたものの、アリアには一体何の話なのか分からなかった。

「お返事は?」

 非常に厳しいシスター・ロザンヌは、いつもにも増して険しい表情をしている。鷲鼻の上にかけている金縁の丸眼鏡を持ち上げた彼女は、アリアが小さな頃から、この修道院で一番偉い人物だった。何度も怒られた。

「シスター・アリア?」
「あ、は、はい……え、えっと? 何かございましたっけ……?」

 怒られるのを覚悟した。ひきつった笑顔で、それでも聞かないわけにはいかないからと、アリアは小さく首を傾げた。するともうすぐ齢七十歳を超えるシスター・ロザンヌが、盛大に咽せた。

「先週あれほど言って聞かせたではありませんか! 明日が、どんなに重要な日であるかという事を!」
「……あ」

 怒声を聞き、アリアは漠然と思い出した。
 確かあれは先週、スコーンを作ろうとしていたら、何故なのか粉塵爆発とは何かについて、滔々とシスター・ロザンヌに語られた日の事だ。

「クッキーを作れば良いという事になったのでしたね!」
「それは正解ですが、わたくし私が申したいのは、その部分ではありません。良いですか、アリア。何故、そもそもお菓子作りをすると決まったのでしたっけ?」
「え? ええと、これまでは、シスター・メルザが担当していた孤児院の視察に来る人への応対を、今後は私が担当する事になったからです」
「その通り!」

 シスター・メルザは、アリアの次に若い修道女だった。四十七歳だった。しかし還俗して結婚する事に決まり、この修道院を離れる事になったのである。アリアは現在、二十一歳だ。このイステリア修道院も、丁度二十一年前に出来たらしい。歴史があるようで、そこまでない修道院だ。メルザの次に若いのが、五十代の三人のシスター達で、彼女達は優しい。そして一番年上のシスター・ロザンヌであるが、とても怖い。

 しかしアリアは知っている。自分がミスをするから、怒ってくれるのだろうと……多分、そうなのだろうと。アリアは我ながら、『ちょっと抜けている部分があるようだ』と考えている。

「視察はお茶の時間頃なのですよね?」
「そうです。時間を覚えておいた事は褒めても良いでしょうが、基本的に、当然の事です」
「は、はい! でしたら、クッキーを作って、その時間にお出しすれば良いですよね?」
「――最初ですので、クッキーはこちらで用意しておきます。それに貴女は誤解しています。クッキーは孤児に振舞うのです。視察に来られる人々への茶菓子ではないのです」

 シスター・ロザンヌが深々と溜息をついた。アリアは何度か小さく頷いた。

 このイステリア修道院が位置しているのは、孤児院が立ち並んでいる区画のはずれだ。他にも大きな教会が沢山あって、その中のいくつかが孤児院を運営している。イステリア修道院は、男子禁制で女児のみ孤児の受け入れもしているそうなのだが、アリアは自分以外の孤児が来た所を見た事がない。アリアはイステリア修道院で孤児として育ち、修道女となったが、他の孤児院の男女は、ある程度の年頃になると皆、仕事を見つけて出て行くらしい。なんでもアリアに関しては、『修道女にして下さい』という親の手紙が、カゴに入っていたらしい――少なくとも、アリアはそう聞いていたし、現状に満足している。

 さて、そんな孤児院等が建ち並ぶこの区画に、月に一度、慈善事業で王宮から人が訪れる。孤児への施しのためにやってくるそうで、アリアも小さい頃には、シスター達に連れられて、お菓子を貰いに外へと出た事がある。

 ……そうか、なるほど、あの時食べたクッキーなどを作るのか。
 アリアはやっと理解した。

 なお、こんなきっかけでも無ければ、貴族を主とした王宮関係者が、孤児院街に立ち寄る事など、ほとんどない。

「それではアリア。とにかく失礼がないように」

 シスター・ロザンヌは、アリアに再度そう言い聞かせると、部屋を出ていった。

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