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―― 第五章:番外 ――
【069】お花見
しおりを挟む新しい春が来訪し、深珠区でも桜が咲き誇っている。薄紅色の花弁が、青空の下で舞い散るその日、礼瀬家の面々は、みんなでお花見にやってきた。深珠区中央公園の桜を見に、沢山の花見客が訪れていたが、朝から渉が場所取りをしてくれたため、一同は無事に席を確保している。
静子の前には、甘い酒が入る細長い壺が置いてある。
偲は和服姿で、朱い酒盃を手にし、膝に澪をのせている。
時生は小春と真奈美が重箱を広げるのを手伝い、皿と箸を配った。その間も、ひらひらと花弁が舞い落ちてくる。
母との思い出があるから、時生は桜を見ると、胸が切なくも優しい心地になる。
「綺麗だよなぁ。朝からずっと寝転がって見上げてたけど、ずっと見てられる」
渉の声に、時生が視線を向ける。するとその隣から、偲が言った。
「同じ気持ちだ。家で夜桜を見ているのもいいが、こうして満開の桜に囲まれていると、時間を忘れるようになり、ずっと見てしまう」
偲はそう告げ穏やかに笑うと、澪を片腕で抱きしめる。
「ささ、食べましょう!」
真奈美の声に、静子が壺から嘴を離す。
「それがいいですよ。私も今日はたっぷりご馳走になるつもりです」
こうして本格的にお花見が始まった。
「ほれ、時生さんも」
小春が時生に酒を勧めたので、礼を述べて時生も酒盃を受け取る。そして酒を注いでもらい一口飲めば、優しく甘い味がした。
「おれも飲みたい」
「澪、前にも教えただろう? お酒は成人してからだ」
「つまりお父様と同じように、年寄りになってからだな!」
現在までに、時生は澪の辞書から、『年寄り』という言葉を削除出来ていない。
「澪……お父様を年寄りと呼ばないように」
「だって年寄りだ!」
すると静子が、嘴を壺に入れ、ぐいぐいと飲んでいるのが分かった。
飲む音が響き終わり、静子は嘴を離す。そしてかろやか……なのだが、些か不機嫌そうに言った。
「お父様がお年寄りならば、お母様はどうなるのでしょうか?」
「お母様は鶴の中では若いんだって、鶴見のお祖父様が言ってたぞ!」
それを聞くと、静子の雰囲気が和らいだ。
見守っていた時生に、真奈美が囁く。
「奥様は、ご年齢を気になさっておいでなのよ。だから、偲様も注意をするのだけれど……うーん。鶴は千年、亀は万年。奥が深いわね」
なるほど、と、納得した時生だった。確かに鶴は、長生きだ。
この日はそのようにして、皆で楽しく桜を眺め、みんなで仲良く家に帰った。
帰り道で、時生の手を握った澪が、笑顔浮かべた。
「また来年も、再来年も、みんなで一緒にお花見をしような!」
「そうですね」
柔らかく笑って返した時生は、そうなればいいなと心から思ったのだった。
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