僕は王室初のクズかもしれない。

猫宮乾

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【五】

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 その日――春香たちが帰る少し前だった。

「今日は、先に出ます。お疲れ様です!」

 礼がそんなことを言ったのだ。僕たち三人は驚愕した。
 彼女がどこかへ行くのを、見たことがなかったからだ。
 資料類をそれとなく確認したが、持ち出している様子もない。
 そもそも持ち出し禁止だけど。
 とりあえず、何が言いたいかというと、研究でどこかに行く気ではないらしい。

「礼、何処へ行くの?」
「ちょっとね! また明日!」

 春香の問にそう答え、礼は笑顔で出て行った。
 残された僕たちは、首をかしげた。
 翌日、研究室の鍵を開けた僕は、無人の室内を見て、なんだかすがすがしい気分になってしまった。これまでと同じ時間に来る必要はなかったのだが、何時に礼が来るかわからなかったから、つい来てしまったのだ。さて、何時に来るのか。時計を見ていると、いつも春香たちが来る、ぴったり十分前に訪れた。

「おはようございます!」
「うん。おはよう」

 心からの健やかな笑顔を浮かべてしまった。毎日こうだったらいいのに。
 その日は、清々しい気分で一日を終えた。
 しかし、この日も、誰よりも早く、礼は帰った。
 ちらりと時計を見ると、春香たちがいつも帰宅する十分前だ。
 昨日と同じだけど、なにか予定でもあるのだろうか?
 三日目も全く同じだった。

 さすがに四日目、帰ろうとした礼に、春香が代表して聞いた。

「ねぇ、どこへ行っているの?」
「ん? ああ、紺くんのおうちのほうだよ!」

 それを聞いて僕らは心底安堵した。なるほど、そういうことか。
 なので五日目も普通に見送った。
 六日目からは、春香達より少し遅く帰るようになった。
 ただし僕が強制的に鍵をかけていた十時までには帰る。
 朝はいつも、春香たちが来る十分前だ。
 そんなある日、僕は気がついた。日に日に、礼の指に絆創膏が増えていく。
 しかも……本日は、あきらかに血が滲んでいる。
 春香たちが帰った後、僕は思わず聞いてしまった。

「礼、その指、痛そうだけど、どうしたの?」

 すると礼が不思議そうな顔で、僕をしばしの間じっと見た。
 そしていつも通りの笑顔を浮かべた。

「柾仁さんには、もう迷惑をかけないから大丈夫!」
「え?」
「今日はもう帰ります! また明日! 心配してくれてありがとうございます!」

 僕は、ズキリと胸が覚えた痛みに唾を飲み込みながら、彼女を呆然と見送った。
 引き止める暇もなかった。
 ――迷惑?

 いいや、『もう』……?
 つまりそれは、以前は迷惑をかけていたという意味だろうか?
 別に僕は、そうは思っていなかった……のだと、個人的には思う。



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