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【第九話】『今宵、共に月が見たい』らしい。

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 やったー! やっと学園祭が終わったー!! と、俺は後夜祭の巨大なキャンプファイヤーを眺めながら、内心で何度もガッツポーズをしていた。本当に長かった。これで、これでやっと、グレイグ達とはお別れだ。本当に派閥が違うと何かと胃が痛くてならなかったが、そんな日々ともおさらばだ。

 最近は魔物討伐部隊の方も落ち着いているし、暫くは心穏やかに過ごせるように思う。そう考えていると、不意に誰かが俺の隣に立った。何気なくそちらを見て、俺は全力で逆側を剥いてしまった。見なかった事にした。そこには、グレイグが立っていたからだ。

「ライナ先輩」
「ひゃ、い!」

 俺はまた嚙んだ。なお、グレイグに名前を呼ばれると三割の確率で、俺は言葉を噛む。実を言えば、まだ食堂でのグレアの事が忘れられず、正直恐ろしい。

「訊きたい事がある」
「なんでしょうか!?」
「その――好きな相手はいるか?」

 凄く唐突に問いかけられて、俺は目を閉じた。最近そこそこ兄弟仲は良好だし、その許婚のスコット先輩とも親しいつもりだ。

「兄上とスコット先輩が好きです」
「そういう事ではなく」
「?」
「……恋愛感情を抱いている相手はいるか?」
「へ?」

 レン、アイ……? 恋愛……? 俺はぎこちなく首を動かして、グレイグの横顔を見る。後夜祭で恋バナとは、何とも青春であるが、そういうのは自分の陣営の先達に訊いた方が良いのではないかと俺は言いたい。恋愛経験皆無の俺では、絶対に参考になる事は言えない。

「いるのか?」
「……」
「答えてくれ」
「……いえ、その……いませんが」
「そうか」
「……」
「……」

 そのままグレイグが黙ってしまった。これは、気を利かせて俺から質問しろという圧か? 無理だ、俺にはそんな気遣いは出来ない。気遣いまでは可能かもしれないが、その先の相談に乗れないからな! ロイ殿下への熱愛の相談をされても困るからな!

「その……俺をどう思う?」
「たぐいまれなる美少年だと思います」
「そ、そうか」

 だから自信を持てという心境で、俺は断言した。即答した俺をチラリとグレイグが見た。目が合ったので、俺はヘラリと笑っておいた。

「……今はそれで良い」
「?」
「難しいな、気持ちを伝える台詞というのは」

 恋愛相談が難しいというのは俺も同じ意見なので、やはり他の誰かに聞けば良いと思った。その後グレイグが立ち去ってから、俺は兄上達と合流した。

 そんなこんなで夏と秋を乗り切り、冬が訪れた。
 すると雪竜ドラゴンが出現したので、俺は護衛の任務からははずれ、最前線に招集された。久しぶりに見たアドバズル卿は、相変わらず鷹のように険しい目をしていて、グレアを垂れ流しにしている。どう見ても恐ろしい。だが、食堂でグレイグが放っていたものとは、質が違って思える。あちらは怖かったが、どこか優しくも思えた。一方のアドバズル卿のグレアは、恐怖一色である。

「≪跪けニール≫」

 指示されたので、久しぶりに魔術師式の最敬礼をする。その後、今回は相手の威力が非常に強いという話がなされた。既に魔物討伐部隊側の死傷者数も多い。

「貴様らの任務は生還する事ではない。敵を排除する事だ。良いな?」

 冷徹な声で告げられ、その場の緊張感が高まる。
 こうして、その後、【命令】を受けて、俺達は魔物討伐へと向かった。

 結果、俺はとどめをさした――の、だったと思う。しかしほぼ同時に、雪竜が放った氷魔法により、左肩と右わき腹を貫かれ、その場で倒れた。巨大な氷柱つららに貫かれた箇所からは、血がダラダラ流れた。あ、これ、死ぬわ。そう思いながら、貧血で明滅する視界に眩暈を感じつつ、俺は涙ぐんだ。痛い……というよりは、熱い。氷柱は冷たいのに、不思議と傷口は熱い。そのまま俺は、意識を落とした。

 そして気づくと、俺は簡素な寝台に寝ていた。魔法陣がシーツに刻まれているから、医療用のベッドだと分かる。上半身を起こして窓の外を見ると、梅の花が咲いていた。西洋風異世界であるが、この国には、日本風の花が多い。四季もそっくりだしな。続いて肩と腹部を確認すると、傷口は塞がっていた。だが、動かすと痛む。まぁ、生きていただけ儲けものだろうか。

 その後、俺は一度実家へと戻った。
 俺が魔物討伐部隊に所属している事は内密なので、学園には、家の都合でしばらく休むと伝えてあったそうだ。留年などは特にないため、問題もなさそうだった。

「新学期から復帰するように」

 自室にいると、父が訪れ、俺に言った。正直まだ、体がズキズキするのだが、俺は逆らえないので、静かに頷いた。まぁ動かない事も無いしな。何とかなるだろう。

 こうして俺は、義務過程の四年生――十六歳となる年を迎えた。
 桜が舞い散る中、始業式に臨み、その後は久しぶりの学園の学び舎を眺めた。懐かしく感じる。平和は最高だ。派閥争いはあるけどな……。

 噂が届いてきたのは、そんな時だった。なんと、三年後から、学園に平民が入学するらしい。ゲームの通りだなぁと漠然と思った。とすると、主人公のクリフも入学してくるのだろうか? 少ししかかかわりは無いし、今後できれば関わりたくないが、ロイ殿下が恋に落ちたり、グレイグが断罪されたりするのだろうか。

 そう考えて、俺は久しぶりにグレイグの事を思い出した。ああ……グレイグに褒められたいなぁ。一度だけそれっぽい事を言われてから、俺は時々そう考えている。

 しかし関わりたくないと思う以前に、派閥も爵位も立場も何もかもが違うので、俺達に接点は無い。あっさりと一学期は、廊下ですれ違う以外一度も見かけないままで過ぎ去った。一度だけすれ違ったが、同じ校内にいるのだから、それくらいはある。

 二学期になる頃には、俺の体の痛みはだいぶ無くなった。
 そろそろ魔物討伐部隊にも戻るようにと言われている為、俺は夏季休暇中には、訛ってしまった体を鍛え、魔術の訓練をして過ごした。

 こうして始まった二学期のその日、俺はいつもと同じように食堂へと向かった。
 そして夏の風が吹いているのを窓から感じつつ、何を食べようか思案していた。
 今日の気分は……オムライスかな。俺は、卵料理がそこそこ好きだ。

「いただきます」

 一人掛けの席につき、スプーンを手に取る。
 その時、近くの席の声が聞こえてきた。チラリと見れば、派閥境界線付近だというのに、四人掛けの席にグレイグとその取り巻きの生徒が座っていた。

「グレイグ様、お誕生日おめでとうございます」
「ああ」
「月の徒弟の選定は、もう終わられたのですか?」

 それを聞いて、俺は視線をオムライスへと戻した。何せゲーム設定的に、グレイグの恋のお相手は、ロイ殿下である。ロイ殿下のために、徒弟を持たない一途な人物という設定だった。

「終わっている」

 ……――!?
 しかしうっかり耳に入った言葉に、俺はスプーンを取り落とすかと思った。幸い体を制したためそうはならなかったが、ビックリした。コペルニクス的転回とでもいうのか、ゲームの設定と違うではないかと、俺は驚愕した。主要人物でも、ゲームと違う場合があるのか? それとも、ここはゲームの世界によく似ているだけで、別の異世界なのか?

「何名お選びになるのですか?」
「一名だ」
「そうですか。では、後々他の者も?」
「その予定は無い」
「ロマンティックですね」

 俺が一人混乱している中で、近くでの会話が続いていった。まぁ、ロイ殿下と熱愛して断罪される未来よりは、あるいはグレイグにとっては良いのかもしれないな? そう考えながらオムライスに思考を戻す事にした。それから暫しの間食べていると、コツンと音がした。顔をあげると、俺の前に水の入ったコップを置いたグレイグがいた。思わず見上げる。どうやら十五歳となり二次性徴を迎えたようで、今では俺と同じか俺よりも背が高く見える。

「ライナ先輩、久しいな」
「っ、あ、はい」

 ボケっと見上げていた俺は、慌てて姿勢を正した。グレイグは微笑している。ちょっと目を惹く笑顔だ。

「少し話があるんだ。空いている日はあるか?」
「へ? 話、ですか? 俺に?」
「ああ」
「え、えっと……いつでも空けますが……?」

 何せ公爵令息の頼み事である。派閥が違うと言えど、俺に断る権利は無い。

「では、今夜。放課後、ついてきて欲しい」
「何処へ? それと、どんなお話ですか?」
「――今宵、共に月が見たい。公爵家の俺の部屋で」
「? 月?」

 大きく俺が首を傾げた瞬間、何故なのか食堂に黄色い悲鳴が広がった。その為、俺の声はかき消された。皆、派閥を超えて、「きゃー」だの「素敵ー」だのと叫んでいる。皆というのは主にSubである。DomやSwitchもキラキラした瞳をこちらに向けている者が多い。しかし俺にはその理由が不明だ。

「あの? 月?」
「ああ」

 今日は月蝕か何かがあるのだろうか?

「――ライナ先輩は、ご存じないようだな」
「何をですか?」
「それもまた今夜話す。では、放課後、校門の前で」

 実際、俺は知らなかった。
 この『今宵、共に月が見たい』というのは、『月の徒弟』となりたいというDom側からの誘い文句である事を。何せ、そんな設定ゲームには無かったからな!



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