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―― 本編 ――
003
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チュッと、春木が俺の耳の下に口づけた。唖然として俺が目を見開くと、すぐに唇は離れた。幸い、通信中ではなかったから、耳のインカムから今のやりとりが他のボディーガードに聞かれたとは思わないが、それどころではない。みんなが、見ていたのだから。
「今日はこのセレモニーが終わったら、君は上がりだったね?」
「は、はい……」
「では、俺の損ねた機嫌を直すように、十九時にこの部屋に」
そう言うと春木が、ポケットからホテルの鍵を取り出し、俺のポケットにいれた。驚いて目を丸くしている俺の前で、春木は歩きはじめる。そして次の参列客と話し始めた。硬直していた俺は、我ながら頬が熱かったと思う。
――……俺が部屋に行くと、機嫌が直るのだろうか?
そんな言葉尻を気にして、少し嬉しくなってさえいた。
十五時に仕事を終えてから、俺は緊張を鎮めるため、ホテルの喫煙ラウンジに向かい、 煙草を銜えて火を点ける。バニラの香りがする紫煙が上っていく。それを見ながら、俺も天井を仰ぐ。春木は、なにかと心臓に悪い人物だ。俺がアルファでさえなければ、それこそまるで恋人に対するように、愛の言葉じみた、睦言じみた、甘い囁きを繰り返す。俺が女性かオメガ、そうでなくともセフレでなく恋人だったのならば、それこそ溺愛されていると考えるだろう。だが、現実は残酷で、俺達はただの雇用主とボディーガードであるし、恋人になるといった口約束をしたようなこともない。
緊張から数本連続で吸ったのち、俺は一度部屋に戻ってシャワーを浴びてから、結局いつもと同じシャツとスーツ姿で、指定された部屋へと向かった。まだ十八時であるが、先に鍵を開ける。綺麗に清掃され、ベッドメイキングされた豪奢な客室で、窓際にたつ。質のよいカーテンに触れながら、次第に日が落ち夜景が見え始めた街並みを見る。ここは港町であるから、ところどころに飛行機よけの赤い光が見える。
どれくらいそうしていたのか分からなかったが、少ししたらドアが開いた。ハッとして振り返ると、そこには悠然と笑う春木の姿があった。彼の背後でドアが閉まる。
「待たせたかな?」
「い、いえ……」
「ふぅん。私服を期待してたんだけど。俺達がこうして勤務外に会うのは初めてだからね」
「……っ、その……」
「ああ、それとも君は、職務の一環としてここへ来た?」
「……そ、の……私服は持参しておりませんでした」
「下手くそな嘘だな。俺は知っている。君は、このホテルの自分の部屋に来た時は、私服だったはずだ。窓から見えたから」
「……、……」
俺が言葉に詰まっていると、喉で笑ってから春木が歩み寄ってきた。
そして俺の正面に立つと、屈んで俺のネクタイを手に取り引いた。思わず上を向くと、掠め取るように唇を奪われる。
「なんだか、甘い匂いがするね。シャンプーの香りとも違うな」
「あっ……その……煙草を吸ってきたせいかと……」
「――ほう。煙草ねぇ。なら、 まだ足りないってことかな」
「足りない?」
「俺はこんなにも七瀬のことを想ってるのに、七瀬は俺のことを想ってくれていないのかなって意味さ」
くすりと春木が笑った。意図が掴めず……そしてまた心臓に悪い冗談を言われ、俺は戸惑う。想っているのは俺の方なのだから、やっぱり俺の気持ちはバレバレなのかもしれない。
「さて。俺の機嫌を直してもらおうか」
「今日はこのセレモニーが終わったら、君は上がりだったね?」
「は、はい……」
「では、俺の損ねた機嫌を直すように、十九時にこの部屋に」
そう言うと春木が、ポケットからホテルの鍵を取り出し、俺のポケットにいれた。驚いて目を丸くしている俺の前で、春木は歩きはじめる。そして次の参列客と話し始めた。硬直していた俺は、我ながら頬が熱かったと思う。
――……俺が部屋に行くと、機嫌が直るのだろうか?
そんな言葉尻を気にして、少し嬉しくなってさえいた。
十五時に仕事を終えてから、俺は緊張を鎮めるため、ホテルの喫煙ラウンジに向かい、 煙草を銜えて火を点ける。バニラの香りがする紫煙が上っていく。それを見ながら、俺も天井を仰ぐ。春木は、なにかと心臓に悪い人物だ。俺がアルファでさえなければ、それこそまるで恋人に対するように、愛の言葉じみた、睦言じみた、甘い囁きを繰り返す。俺が女性かオメガ、そうでなくともセフレでなく恋人だったのならば、それこそ溺愛されていると考えるだろう。だが、現実は残酷で、俺達はただの雇用主とボディーガードであるし、恋人になるといった口約束をしたようなこともない。
緊張から数本連続で吸ったのち、俺は一度部屋に戻ってシャワーを浴びてから、結局いつもと同じシャツとスーツ姿で、指定された部屋へと向かった。まだ十八時であるが、先に鍵を開ける。綺麗に清掃され、ベッドメイキングされた豪奢な客室で、窓際にたつ。質のよいカーテンに触れながら、次第に日が落ち夜景が見え始めた街並みを見る。ここは港町であるから、ところどころに飛行機よけの赤い光が見える。
どれくらいそうしていたのか分からなかったが、少ししたらドアが開いた。ハッとして振り返ると、そこには悠然と笑う春木の姿があった。彼の背後でドアが閉まる。
「待たせたかな?」
「い、いえ……」
「ふぅん。私服を期待してたんだけど。俺達がこうして勤務外に会うのは初めてだからね」
「……っ、その……」
「ああ、それとも君は、職務の一環としてここへ来た?」
「……そ、の……私服は持参しておりませんでした」
「下手くそな嘘だな。俺は知っている。君は、このホテルの自分の部屋に来た時は、私服だったはずだ。窓から見えたから」
「……、……」
俺が言葉に詰まっていると、喉で笑ってから春木が歩み寄ってきた。
そして俺の正面に立つと、屈んで俺のネクタイを手に取り引いた。思わず上を向くと、掠め取るように唇を奪われる。
「なんだか、甘い匂いがするね。シャンプーの香りとも違うな」
「あっ……その……煙草を吸ってきたせいかと……」
「――ほう。煙草ねぇ。なら、 まだ足りないってことかな」
「足りない?」
「俺はこんなにも七瀬のことを想ってるのに、七瀬は俺のことを想ってくれていないのかなって意味さ」
くすりと春木が笑った。意図が掴めず……そしてまた心臓に悪い冗談を言われ、俺は戸惑う。想っているのは俺の方なのだから、やっぱり俺の気持ちはバレバレなのかもしれない。
「さて。俺の機嫌を直してもらおうか」
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