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あれから俺たちは密かな時間を重ねるようになった。主にヴェクスの旗艦の艦長室か、ステーションの彼の将校宿舎で。
何も話さないこともあった。展望窓から星々を眺めながらただ黙って互いの存在を静かに楽しみ、人類以外の存在とこんな風に共有できるとは思ってもみなかった安らぎを感じていた。
もっとも、こういった穏やかな時間も、互いが近づきすぎるとすぐに別の行為に変わってしまうのだが……。
甲虫族の評判に違わず、ヴェクスの欲求は強く……行為は激しく、頻繁だった。彼ほどの際立った自制心を以ってしても、交尾相手を確保した甲虫族のオスの本能は抑えられないようだった。
表向きは慎重を期していても、周囲の目を欺くことはできなかった。特に毎日を共にする部下たちからは。
彼らは驚くほど察しが良かった。あるいは俺が思っていた以上に、この関係は明白だったのかもしれない。
変化は静かにやってきた。
ステーションの廊下で、チームメンバーがヴェクスと出くわすたびに交わされる敬礼が、少しずつ温かみを帯びていった。
技術班のメンバーは、ヴェクスが地球軍の格納庫を視察に来る度に、さりげなく退散してくれた。彼らなりの気遣いだったのだろう。
誰も直接的には言及しなかったが、全員が感じ取っていた。自分たちの指揮官と甲虫族の大佐との間に芽生えた何かを。
しかし、彼らの目に非難めいたものはなく、むしろ支持とも取れる静かな態度を示してくれていた。
「あの……隊長。聞いてもいいですか?」
演習後のクールダウン中、マルティネスが遠回しに切り出してきたのは、チーム全体の空気を代弁するかのようだった。他のクルーも、さりげなく会話に耳を傾けているのが分かった。
俺は手元のデータパッドから目を上げた。
「何かあったのか?」
「……ヴェクスロル大佐のことなんですけど」
彼は周りを見回してから、声を落として続けた。
「大佐は、その……隊長のことを大切に思ってくれてます、よね?」
率直な質問に、一瞬言葉に詰まった。
「マルティネス……」
「すみません、余計なことを。ただ、そのことに俺たち感謝してるんです。大佐が俺たちの士気に良い影響を与えてくれてるって話で」
その時、向こうでライフルの保守点検をしていたウォンが咳払いをした。
「……実はチームで話してたんです。ゼクスカ共の騒ぎ以来、考えさせられました。連中すべてが敵というわけじゃない。向こう側に俺たちの味方が一人でもいてくれるというのは、大きな違いです。それも大佐クラスの影響力を持つ方であれば、尚更」
確かに、ヴェクスの影響は至る所に及んでいた。
彼は約束通りゼクスカたちに厳正な処分を求めた。それだけでなく、人類部隊への対応を根本から見直すようステーション管理部門に進言し、人類や他の若年種族への嫌がらせに具体的な懲戒規定を設け、それを実際に機能させるところまで面倒を見た。
ヴェクスは連邦の文化を少しずつ変えようとしている。ゼクスカの即応部隊への処罰は、その象徴的な最初の一歩となった。軍法会議史上初めて、種族間ハラスメントに関する明確な判例を作ったのだ。
それは銀河中に明確なメッセージを送った。人類やその他の「劣等」種族を二級市民として扱う古い習慣は、もはや許容されないと。
最初は政治的な打算なのかと疑ってしまった自分が恥ずかしい。彼は単に俺との関係のために取り繕っているわけではない。彼の行動は純粋な信念から来ているのだと、今の俺には分かっている。
ヴェクスは本気で、我々の間に横たわる深い溝を埋めようとしているのだ。
そして、その変革の中心にいる自分の立場に、俺は少しずつだが誇りのようなものを感じ始めていた。
マルティネスが照れくさそうに付け加えた。
「……それに失礼を承知で、隊長にとっても良いことだと思って。この1ヶ月、表情が違います。なんていうか、晴れやかっていうか」
思わず苦笑いが漏れた。若くてもこいつの観察眼は侮れない。
「ああ……そうかもしれないな」
認めることにした。
チームの表情が少しだけ緩んだ。彼らは安堵しているように見えた。
俺は自分のチームを見つめた——既知宇宙の果てまで俺について来て、文句一つ言わずにあらゆる困難に立ち向かってきた彼らを。
彼らの受容は、彼らが想像する以上に俺にとって重要な意味を持っている。
何かが変わりつつあることを、そしてその変化が良い方向に向かっていることを、皆が確かに感じ取っていた。
◇
宇宙空間は、生命を拒絶するほどには冷たく、しかし不思議と心を癒してくれる場所だ。
エグゾスーツを装備し、ステーション外環の定期巡回に就いている。
足下では赤い輝きを放つタウロニスAの恒星が脈動し、頭上では果てしない小惑星帯が広がっていた。シールドバリアが青白い光の膜となって、絶え間なく飛来するデブリから基地を守っている。
巨大な岩の破片がシールドに衝突する度に、青白い光が波紋のように広がり、恒星の赤い光と混ざり合って紫がかった輝きを放つ。
エネルギー力場が脈動する様子を見ているのは、瞑想に近い心地よさがあった。エグゾスーツの中で、ゆっくりと呼吸を整える。
その静寂を破ったのは、通信チャネルに流れ込んでくるマルティネスの囁き声だった。
『でも、どうやるんすかね……? 物理的に……』
メンテナンス用の共有周波数に流れ込んでいる。
隣にいるオニールとのプライベート周波数だと思っているのだろうが、切り替え忘れているのは明らかだった。
『だって大佐、特にデカいじゃないですか。 あの体格差でどうやって、その……』
『聞こえてるぞ』
背後から静かに声を掛けると、マルティネスのスーツが飛び上がった。
『セクション4でシールド発生装置の点検をしているはずじゃなかったか? 一等兵』
慌ただしくスラスターを噴射して逃げ去る彼の背中を見送る。オニールだけが残った。
パトリック・オニール中尉――副官であり、8年来の戦友。そして、おそらく俺にとってこの広い宇宙で最も信頼できる存在。
妻のエリカが去った時も、プロキシマ・ケンタウリでの重傷後のリハビリも、俺が全てを投げ出しそうになった最も暗い時期にそばにいて、最悪の決断から引き戻してくれた男だ。
特にあの時は……プロキシマでの作戦失敗。3人の部下を失い、自分も左脚を失った。
義肢で何とか復帰できたものの、自責の念に押しつぶされそうになった時、オニールは俺の辞表を消去して、「逃げるな」と叱りつけた。
彼のヘルメットが俺の方を向く。
『言いたいことがあるならはっきり言え、中尉』
スーツの診断ディスプレイで電力消費ログをチェックするふりをしながら言う。
『率直に話してもいいか、ジョン?』
ファーストネームで呼ばれて顔を上げる。
長年の付き合いで、二人きりの時は階級なんて関係ないのだが、彼が勤務時間中にそんな特権を行使することは稀だ。
『構わない』と言ってディスプレイをオフにした。
オニールは通信アレイの筐体に寄り掛かった。
また一波のデブリがシールドに当たって砕け散り、青い火花が無音の宇宙空間で舞う。
『お前も知っているはずだ。俺が異種族を信用できない理由を』
オニールが異種族人を警戒する理由。それは決して偏見からではない。
『だがヴェクスロル大佐は別だ。彼は他の連中とは違う。我々人類を、本当の意味で対等に扱ってくれる。ゼクスカの件での対応を見ても分かる。周囲の反発を承知で立ち上がってくれた』
周囲の反発。俺も気付いていた。ヴェクスが会議室に入る度に漂う甲虫族兵士たちの緊張感、旧来のやり方を好む保守的な将校たちの間で交わされる不満の囁き。何世紀も続いた因習に挑戦する彼の姿勢は、必ずしも歓迎されているわけではない。
それでも彼は、むしろその逆風を、より大きな変革の機会として捉えているようだった。
その影響は確実に現れていた。
合同訓練は単なる力量の誇示から実際の戦術交換の場となった。かつては日常だった通路での下品な冗談や色目すら、徐々に消えていった。
少しずつではあるが、俺たちは、ついに軍人としての敬意を受け始めていた。
『……大佐とは、ただの公務上の関係じゃないんだろう?』
オニールの静かな問い。
俺は言葉に詰まった。
『お前は……気にならないのか? 俺と大佐が……その、俺たちの関係が』
『火星のニューヴィーナスでの夜を覚えてるか?』
突然の質問に、記憶が蘇る。
忘れられるはずがない。8年前、まだ赴任して間もないオニールを、寄港先の植民地の安酒場で見つけた夜。
連邦軍クロノス級巡洋艦の将校3人が、「可愛がっている」人間の補佐官について下品な自慢話をしているのを耳にしたオニールが、酒の勢いもあって突っかかっていった。
彼の長年の怒りが一気に噴き出した夜だった。
『酔って荒れてたな。お前らしくもない姿だった』
『お前は俺を止めて、階級を持ち出さず、説教もせず。ただ隣に座って、新しいボトルを注文して、俺が気絶するまでそばにいてくれた』
その夜、彼が吐き出した言葉を今でも覚えている。弟が異種族将校との「関係」を強要されて自ら命を絶った話、それでも自分は軍を辞めなかった理由。
全てを受け止めながら、俺たちは夜明けまで酒を重ねた。
巨大な破片の群れがシールドに衝突し、青い火花が花火のように広がった。その光の中で、オニールは俺の方を向いた。
バイザーに果てしないデブリの群れが映っている。
『それがお前という男だ、ジョン。いつも部下の面倒を見る。自分の弱みは誰にも見せず、ただ黙って誰かを支え続ける。そして今は……』
彼は上方を指し示した。
視線を上げると、遠方にステーションのドッキングベイが見える。
無数の艦船が停泊する中で、女王直属血族の紋章を誇らしげに掲げたヴェクスの旗艦が見える。
『今は、お前を支えてくれる誰かがいる』
いつも平静なオニールの声に珍しく感情が滲んでいた。
『エリカと別れた後、お前が完全に心を閉ざすんじゃないかとずっと心配してた。年々、壁を高くしていくのを見てきた。……巨大な甲虫がその壁を越えてくるとは思わなかったがな』
彼は笑いを含んだ声で付け加えた。
『お前が幸せならそれでいい。……ただし、人間と甲虫族がどうやって……その詳細は聞きたくないが』
『もういい、黙れ』
顔が熱くなるのを感じながら制した。オニールの笑い声が通信チャネルに響く。
『友として言っておきたかった。お前がこんなに穏やかな顔をしているのを見るのは、本当に久しぶりだってことを』
デブリの流れが一瞬途切れ、周囲の宇宙が突如として静まり返った。
スーツシステムの微かなうなりだけがこの瞬間を満たしていた。
『すまない、パトリック。全てに感謝してる』
『……次の上陸休暇で一杯おごってくれれば帳消しにしますよ、隊長』
新たな破片の群れがシールドを照らす中、パトリックは滑らかにオニール中尉に戻り、巡回ルートへと戻っていった。
その背中を見送りながら、俺は改めて彼との長い付き合いに感謝していた。
何も話さないこともあった。展望窓から星々を眺めながらただ黙って互いの存在を静かに楽しみ、人類以外の存在とこんな風に共有できるとは思ってもみなかった安らぎを感じていた。
もっとも、こういった穏やかな時間も、互いが近づきすぎるとすぐに別の行為に変わってしまうのだが……。
甲虫族の評判に違わず、ヴェクスの欲求は強く……行為は激しく、頻繁だった。彼ほどの際立った自制心を以ってしても、交尾相手を確保した甲虫族のオスの本能は抑えられないようだった。
表向きは慎重を期していても、周囲の目を欺くことはできなかった。特に毎日を共にする部下たちからは。
彼らは驚くほど察しが良かった。あるいは俺が思っていた以上に、この関係は明白だったのかもしれない。
変化は静かにやってきた。
ステーションの廊下で、チームメンバーがヴェクスと出くわすたびに交わされる敬礼が、少しずつ温かみを帯びていった。
技術班のメンバーは、ヴェクスが地球軍の格納庫を視察に来る度に、さりげなく退散してくれた。彼らなりの気遣いだったのだろう。
誰も直接的には言及しなかったが、全員が感じ取っていた。自分たちの指揮官と甲虫族の大佐との間に芽生えた何かを。
しかし、彼らの目に非難めいたものはなく、むしろ支持とも取れる静かな態度を示してくれていた。
「あの……隊長。聞いてもいいですか?」
演習後のクールダウン中、マルティネスが遠回しに切り出してきたのは、チーム全体の空気を代弁するかのようだった。他のクルーも、さりげなく会話に耳を傾けているのが分かった。
俺は手元のデータパッドから目を上げた。
「何かあったのか?」
「……ヴェクスロル大佐のことなんですけど」
彼は周りを見回してから、声を落として続けた。
「大佐は、その……隊長のことを大切に思ってくれてます、よね?」
率直な質問に、一瞬言葉に詰まった。
「マルティネス……」
「すみません、余計なことを。ただ、そのことに俺たち感謝してるんです。大佐が俺たちの士気に良い影響を与えてくれてるって話で」
その時、向こうでライフルの保守点検をしていたウォンが咳払いをした。
「……実はチームで話してたんです。ゼクスカ共の騒ぎ以来、考えさせられました。連中すべてが敵というわけじゃない。向こう側に俺たちの味方が一人でもいてくれるというのは、大きな違いです。それも大佐クラスの影響力を持つ方であれば、尚更」
確かに、ヴェクスの影響は至る所に及んでいた。
彼は約束通りゼクスカたちに厳正な処分を求めた。それだけでなく、人類部隊への対応を根本から見直すようステーション管理部門に進言し、人類や他の若年種族への嫌がらせに具体的な懲戒規定を設け、それを実際に機能させるところまで面倒を見た。
ヴェクスは連邦の文化を少しずつ変えようとしている。ゼクスカの即応部隊への処罰は、その象徴的な最初の一歩となった。軍法会議史上初めて、種族間ハラスメントに関する明確な判例を作ったのだ。
それは銀河中に明確なメッセージを送った。人類やその他の「劣等」種族を二級市民として扱う古い習慣は、もはや許容されないと。
最初は政治的な打算なのかと疑ってしまった自分が恥ずかしい。彼は単に俺との関係のために取り繕っているわけではない。彼の行動は純粋な信念から来ているのだと、今の俺には分かっている。
ヴェクスは本気で、我々の間に横たわる深い溝を埋めようとしているのだ。
そして、その変革の中心にいる自分の立場に、俺は少しずつだが誇りのようなものを感じ始めていた。
マルティネスが照れくさそうに付け加えた。
「……それに失礼を承知で、隊長にとっても良いことだと思って。この1ヶ月、表情が違います。なんていうか、晴れやかっていうか」
思わず苦笑いが漏れた。若くてもこいつの観察眼は侮れない。
「ああ……そうかもしれないな」
認めることにした。
チームの表情が少しだけ緩んだ。彼らは安堵しているように見えた。
俺は自分のチームを見つめた——既知宇宙の果てまで俺について来て、文句一つ言わずにあらゆる困難に立ち向かってきた彼らを。
彼らの受容は、彼らが想像する以上に俺にとって重要な意味を持っている。
何かが変わりつつあることを、そしてその変化が良い方向に向かっていることを、皆が確かに感じ取っていた。
◇
宇宙空間は、生命を拒絶するほどには冷たく、しかし不思議と心を癒してくれる場所だ。
エグゾスーツを装備し、ステーション外環の定期巡回に就いている。
足下では赤い輝きを放つタウロニスAの恒星が脈動し、頭上では果てしない小惑星帯が広がっていた。シールドバリアが青白い光の膜となって、絶え間なく飛来するデブリから基地を守っている。
巨大な岩の破片がシールドに衝突する度に、青白い光が波紋のように広がり、恒星の赤い光と混ざり合って紫がかった輝きを放つ。
エネルギー力場が脈動する様子を見ているのは、瞑想に近い心地よさがあった。エグゾスーツの中で、ゆっくりと呼吸を整える。
その静寂を破ったのは、通信チャネルに流れ込んでくるマルティネスの囁き声だった。
『でも、どうやるんすかね……? 物理的に……』
メンテナンス用の共有周波数に流れ込んでいる。
隣にいるオニールとのプライベート周波数だと思っているのだろうが、切り替え忘れているのは明らかだった。
『だって大佐、特にデカいじゃないですか。 あの体格差でどうやって、その……』
『聞こえてるぞ』
背後から静かに声を掛けると、マルティネスのスーツが飛び上がった。
『セクション4でシールド発生装置の点検をしているはずじゃなかったか? 一等兵』
慌ただしくスラスターを噴射して逃げ去る彼の背中を見送る。オニールだけが残った。
パトリック・オニール中尉――副官であり、8年来の戦友。そして、おそらく俺にとってこの広い宇宙で最も信頼できる存在。
妻のエリカが去った時も、プロキシマ・ケンタウリでの重傷後のリハビリも、俺が全てを投げ出しそうになった最も暗い時期にそばにいて、最悪の決断から引き戻してくれた男だ。
特にあの時は……プロキシマでの作戦失敗。3人の部下を失い、自分も左脚を失った。
義肢で何とか復帰できたものの、自責の念に押しつぶされそうになった時、オニールは俺の辞表を消去して、「逃げるな」と叱りつけた。
彼のヘルメットが俺の方を向く。
『言いたいことがあるならはっきり言え、中尉』
スーツの診断ディスプレイで電力消費ログをチェックするふりをしながら言う。
『率直に話してもいいか、ジョン?』
ファーストネームで呼ばれて顔を上げる。
長年の付き合いで、二人きりの時は階級なんて関係ないのだが、彼が勤務時間中にそんな特権を行使することは稀だ。
『構わない』と言ってディスプレイをオフにした。
オニールは通信アレイの筐体に寄り掛かった。
また一波のデブリがシールドに当たって砕け散り、青い火花が無音の宇宙空間で舞う。
『お前も知っているはずだ。俺が異種族を信用できない理由を』
オニールが異種族人を警戒する理由。それは決して偏見からではない。
『だがヴェクスロル大佐は別だ。彼は他の連中とは違う。我々人類を、本当の意味で対等に扱ってくれる。ゼクスカの件での対応を見ても分かる。周囲の反発を承知で立ち上がってくれた』
周囲の反発。俺も気付いていた。ヴェクスが会議室に入る度に漂う甲虫族兵士たちの緊張感、旧来のやり方を好む保守的な将校たちの間で交わされる不満の囁き。何世紀も続いた因習に挑戦する彼の姿勢は、必ずしも歓迎されているわけではない。
それでも彼は、むしろその逆風を、より大きな変革の機会として捉えているようだった。
その影響は確実に現れていた。
合同訓練は単なる力量の誇示から実際の戦術交換の場となった。かつては日常だった通路での下品な冗談や色目すら、徐々に消えていった。
少しずつではあるが、俺たちは、ついに軍人としての敬意を受け始めていた。
『……大佐とは、ただの公務上の関係じゃないんだろう?』
オニールの静かな問い。
俺は言葉に詰まった。
『お前は……気にならないのか? 俺と大佐が……その、俺たちの関係が』
『火星のニューヴィーナスでの夜を覚えてるか?』
突然の質問に、記憶が蘇る。
忘れられるはずがない。8年前、まだ赴任して間もないオニールを、寄港先の植民地の安酒場で見つけた夜。
連邦軍クロノス級巡洋艦の将校3人が、「可愛がっている」人間の補佐官について下品な自慢話をしているのを耳にしたオニールが、酒の勢いもあって突っかかっていった。
彼の長年の怒りが一気に噴き出した夜だった。
『酔って荒れてたな。お前らしくもない姿だった』
『お前は俺を止めて、階級を持ち出さず、説教もせず。ただ隣に座って、新しいボトルを注文して、俺が気絶するまでそばにいてくれた』
その夜、彼が吐き出した言葉を今でも覚えている。弟が異種族将校との「関係」を強要されて自ら命を絶った話、それでも自分は軍を辞めなかった理由。
全てを受け止めながら、俺たちは夜明けまで酒を重ねた。
巨大な破片の群れがシールドに衝突し、青い火花が花火のように広がった。その光の中で、オニールは俺の方を向いた。
バイザーに果てしないデブリの群れが映っている。
『それがお前という男だ、ジョン。いつも部下の面倒を見る。自分の弱みは誰にも見せず、ただ黙って誰かを支え続ける。そして今は……』
彼は上方を指し示した。
視線を上げると、遠方にステーションのドッキングベイが見える。
無数の艦船が停泊する中で、女王直属血族の紋章を誇らしげに掲げたヴェクスの旗艦が見える。
『今は、お前を支えてくれる誰かがいる』
いつも平静なオニールの声に珍しく感情が滲んでいた。
『エリカと別れた後、お前が完全に心を閉ざすんじゃないかとずっと心配してた。年々、壁を高くしていくのを見てきた。……巨大な甲虫がその壁を越えてくるとは思わなかったがな』
彼は笑いを含んだ声で付け加えた。
『お前が幸せならそれでいい。……ただし、人間と甲虫族がどうやって……その詳細は聞きたくないが』
『もういい、黙れ』
顔が熱くなるのを感じながら制した。オニールの笑い声が通信チャネルに響く。
『友として言っておきたかった。お前がこんなに穏やかな顔をしているのを見るのは、本当に久しぶりだってことを』
デブリの流れが一瞬途切れ、周囲の宇宙が突如として静まり返った。
スーツシステムの微かなうなりだけがこの瞬間を満たしていた。
『すまない、パトリック。全てに感謝してる』
『……次の上陸休暇で一杯おごってくれれば帳消しにしますよ、隊長』
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