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ヴェクスの旗艦「オーバーシアー」は今、タウロニスAステーションのメインドックに停泊している。女王第一血族司令官のために用意される特別な艦級、ソヴリン級に属する指揮艦だ。外縁防衛部隊の12隻からなる重武装艦隊の中でも特に巨大で、艦首から艦尾まで漆黒の装甲に覆われ、ひときわ存在感を放っている。
その指揮を執るヴェクスの艦長室は、艦橋デッキの真上に位置していた。
巨大なベッドが180度のパノラマビューに向かって、その宇宙の全景を最大限に活かす位置に設えられている。目の前でゆっくりと星々が移ろい、時折、補給のため出入りする甲虫族巣艦のシルエットが、その光を遮っていく。
だが、そんな息を吞むような眺めも、ほとんど目に入ってこない。
――今の体勢と状態では。
「くっ、ん……っ、はぁっ、ヴェクス……っ」
『話を聞いていないな、ジョン。重要な話をしているのだが』
「こんな状態じゃ――、おっ、ん♡ ……集中できない、っだろ……」
喘ぎの合間に何とか言葉を絞り出す。
彼はいやらしいことに意図的にゆっくりと腰の律動を緩め、俺を責め立てる。
初めての行為の時の痴態は、今でも思い出すと顔から火が出そうになる。ありがたいことに甲虫族の分泌液への耐性が少しずつついて、完全に我を忘れることはなくなった。
『――近々私は出立する』
「はっ……? 何だと……ぉおっ♡」
その言葉に意識を向けようとした瞬間、ヴェクスは角度を変え、俺から情けない悲鳴のような声を引き出した。
「っ、クソ、ヴェクス!」
『実に愛らしい声を出すものだ』
彼は面白がってキシキシと顎を鳴らした。
「クソ野郎……わざとやってるだろ」
『では、もっと会話に集中して……』
声に滲む得意げな調子は明白だった。リズムを崩さずに続ける。泣き所を的確に狙ってきて、俺の体を反らせる。
『……他の活動は、控えめにするべきかな』
「お前っ、このっ、……野郎っ、♡」
揺さぶられながら罵声を上げた。
「くそッ♡ 話をっ、……させろ!」
『フーー……』
「っ……」
しばらくの間、心地よい倦怠感を共有していた。
彼は興奮剤チューブ――人間で言うセックス後の一服に相当するものを深く吸い込み、甘い匂いのする煙が大顎の間から渦を巻いて立ち昇った。
ついに彼は口を開き、大顎がゆっくりと動く。
『連邦評議会が正式に認めたのだ。既知宇宙の向こう、暗黒に何かがいる。何か……古いものがな』
暗黒域――宇宙を航行する者なら誰でも知っている。
長距離センサーが不可解な読み取り値を返し、光さえも奇妙な振る舞いを見せる、連邦宇宙外の彼方に広がる広大な未知領域。時として艦船が痕跡もなく姿を消す。救難信号も残骸もなく。
連邦への加盟を拒否し続ける謎めいた文明種族がそこに潜伏し、宙賊たちの隠れ処となっているのも確かだ。しかし、それは表層の問題に過ぎない。その下には、もっと深い、もっと古い何かが蠢いているというのか。
「古いって、どういう意味だ?」
『連邦よりも古い。おそらく我々のどの文明よりも』
ヴェクスは続けた。
『艦船の消失事例が年々増えている。民間船だけではない、連邦軍の哨戒艦までもが、過去3サイクルで17隻だ。評議会も、もはやこれを偶発的な事故として片付けることはできなくなった』
彼の主眼は俺を凝視し、副眼は窓の外の星々を追っていた。その視線の先には、何か具体的な脅威が見えているのだろうか。
『消失は奇妙な重力異常と一致している。私がこのステーションに着任してから長年追跡してきたそれは、おそらく自然なものではない。艦船は単に消失しているのではなく、何者かに連れ去られている。評議会の科学顧問団は、そこに古代の超知性が働いていると考えている。眠りについていた何かが、今、目覚めつつあるのかもしれない』
観測窓の外では、補給を終えた大型商船団が、暗黒域に向かうワープ航路の入り口へと針路を取っていた。その艦影が次々と安定航路に吸い込まれていく様を見つめながら、ヴェクスは言葉を継いだ。
『評議会が長期探査を承認し、我が軍に委託した。私がその指揮を執る。女王陛下自ら私を指名された――これ以上の栄誉はない。私は既知宇宙の境界を越え、これまでどの連邦艦隊も踏み込んだことのない深度まで、長期間潜航することになる』
ヴェクスがより真剣な口調で言う。
『――地球圏標準サイクルで50年。この遠征には、少なくともそれだけの歳月を要する』
その言葉は、まだ肌に残る快感の余韻を一気に凍らせた。
「は……50……何だって?」
肘をついて上半身を起こす。
窓の外を通過する艦船の光が、俺たちが絡み合う体の上のシーツに揺らめく模様を作り出していた。
「それは……人間の一生の半分だぞ」
自分の声が虚ろに響くのが聞こえた。
『ああ、時として忘れてしまう。君たちの命の火が、いかに短く燃えるかを。我々にとって50年など取るに足らない。私は君たちの尺度でまだ300歳程度だ――我々の基準ではほとんど若輩と言っていい』
「っ、……ヴェ、ヴェクス……」
その「若輩」ぶりを証明するかのように、彼の産卵管が再び硬さを取り戻し、俺の太腿に押しつけられる。
知識としては知っていた。我々の種の寿命の大きな差。甲虫族は何世紀という時の流れを生きるが、対して人間は100年見られれば御の字だ。だが、それを頭で理解しているのと、現実として直面するのとは違った。
「……仮定の話だが、もし俺が連邦艦隊への転属を願い出たら――」
『残念ながら無理だ』
ヴェクスは穏やかだが断固とした声で遮った。その声には、既にこの可能性を検討した痕跡が感じられた。
『連邦の基本法では、要観察新興種族の暗黒域への越境は厳しく禁止されている。人類がそのステータスを再評価されるのは、まだ数世紀先のことだ』
その通りだ。銀河社会における人類は、まだ連邦の保護と監視を要する未熟な種族でしかない。我々人間は自由な航行を許されていない。特に暗黒域への進出は。
また一つ、宇宙の序列における我々の劣位を思い知らされる現実。
ヴェクスは言葉に苦心しているようだった。
『私は......君に今生の別れを告げることに、気が進まない』
「……ああ」
『君をこの冷たい連邦に置いていきたくないのだ、ジョン』
その声に含まれる生々しい感情に、俺は不意を突かれた。これまでの付き合いで、こんなにも全てをさらけ出すような口調を聞いたことはなかった。
俺たちの間には、種の壁を越えた絆が確かに存在していた。だが今や残酷な形でその限界を突きつけられようとしていた。
『方法は、ないわけではない』
彼は声を落として続けた。
『君を甲虫族の管轄下に……こんな言い方は不本意だが、私のものとして留めておく方法が。軽々しく提案できることではない。実際、通常の状況下なら、私たち双方の尊厳を損なうと考えるようなことだ』
「何だ? 言ってくれ、ヴェクス」
一瞬の躊躇い。そして、その言葉が放たれた。
『宿主法だ』
一瞬、俺の心臓が跳ねた。その意味を直感的に理解して。
『甲虫族の卵を宿す生命体は我々の保護下に入る。クローン親の所有物としてな。我々の文化におけるそういった所有の概念は、私も不快に感じる。対等でない関係のために作られた、古く野蛮な法だ。だが、もし君を繋ぎ止めておけるなら……』
嫌悪が声に滲んでいるのが分かった。
「俺が宿主になれば……」
『……そうだ』
「でもそれは……罰せられるはずだ。お前たちの女王による繁殖規制で」
『正式な許可なしにはな。だが手は打てる。適切な個体であれば』
星々の光がヴェクスの装甲を緩やかに照らし出し、その漆黒の表面に刻まれた精緻な氏族紋章が銀色に浮かび上がる。この銀河で最も古い文明の一つが、世紀を超えて継承してきた権威の証。
……そうか。
「……お前は単なる上級将校じゃない。女王直属親衛隊第一血族。最初に会った時、そう言ったな」
『そうだ。私は他の戦士たちのような既存の遺伝子のクローンではない、女王陛下自らが創造した遺伝子コードを持つ第一個体だ。女王との直接的なつながりが、私に特定の特権を与えている』
「本当に女王は許可するのか?」
『繁殖権は、通常、特別な武勲を立てた者への褒賞として与えられる。陛下は、私の価値を十分に理解しておられる。然るべき論理を示せば、説得は可能だ』
「つまり……」
言葉を最後まで紡げない。
まさに今この瞬間俺たちが行っている行為が、突然とても、とてもリアルになった。その生々しい実感に心臓が激しく鼓動を打つ。
ヴェクスの卵を腹に宿すということ……。
ヴェクスが頷き、4つの目すべてが俺を捉えた。
『君が私と結びつけば。私が行くところなら、君はどこだって行ける。暗黒域にさえも』
その意味するところは途方もなかった。
宿主として彼に帰属するということは、人間としての自律性を完全に手放すことを意味する。ヴェクス個人だけでなく、永遠に甲虫族社会の法制度全体に縛られることになる。もう後戻りはできない。
思考が疾走する。俺のキャリア、地球圏での生活、知っていた全てのものが――消え去る。
俺は目を閉じる。圧倒されて。
50年間離れ離れになるのは耐えられない。でもこれは……取り返しのつかない選択だ。
それなのに……。
『心拍が急激に上がったな。恐ろしいか? それとも……』
答えられない。なぜその考えがこれほど体に熱を送り込むのか、答えられなかった。
「それは……とんでもないプロポーズだな、ヴェクス」
やっとの思いで絞り出しす。
低い振動音――彼流の笑い声だ。
『人間の言葉で言えばそうだ。ただし、人間の婚姻制度は、私が提案しているものほどは永続的かつ不可逆的ではないと思うが』
彼が巨体を動かし、俺は考えていた切り返しの言葉を忘れてしまう。
『まあ、今はこの話を……刺激的な想像として楽しむだけにしておこうか?』
「ん……っ」
ヴェクスが俺の体を軽々と押さえ込んだ。産卵管が慎重に挿入され、奥へと進んでいく。ゆっくりと、だが容赦なく。まだ先ほどの行為で分泌液に濡れた内壁を押し広げて。もはや慣れた感覚。それでも体は本能的に震える。
『約束する、過程は安全だ。卵との共生関係により、宿主の老化は停滞する』
腰を送り込みながら、彼は囁くように続けた。
『出産の過程自体が強い性的快感を引き起こす。……宿主は、恍惚感だけを経験すると保証する』
「ん……く、お前、楽しんでるだろ……っ」
なんとか息を切らして言った。
『そうかもしれないな』
大顎が面白そうに鳴る。
『だが、私の申し出を受け入れることが何を意味するか、理解しておくべきだ。宿主として、君は我々のシステムの一部となる。厳重に保護され、』
深々とした一突きが彼の言葉に句読点を打つ。
『慈しまれる』
最後の言葉に含まれる所有欲のある響きが、肉体的な快感とは無関係な戦慄を背筋に走らせた。
『もちろん』
彼は腰の律動を再開しながら付け加えた。より深く、より強く、まるで俺の中に永遠の痕跡を残そうとするかのように。
『宿主は最大限の敬意を持って扱われる。その庇護欲求は我々の種に組み込まれている。我々には抗えないのだ……』
何を言おうとしていたのか、ヴェクスがまた角度を変えたため分からなくなり、俺にできることは彼の生体装甲にしがみつき、どうやって呼吸するのか思い出そうとすることだけだった。まだ千も万もの質問があったが、再び明確な思考能力が急速に失われていくのを感じた。
やがて二人の体が緩む。倦怠感に包まれる中、横たわる俺の傍らで、ヴェクスの声は珍しく弱々しく響いた。
『繁殖奴隷のための古い法を使って、君を引き留めようとしている。私が君をどう見ているかについて証明しようとしてきた全てに反している。それなのに今、首輪を差し出して、それを選択と呼んでいる。これは……私の弱さの表れだ。君との別れに耐えられない、私の弱さの……』
ヴェクスは俺の髪に爪を通しながら、複眼をそらした。
『答えは今でなくていい。これは重大な決断だ。君の人生を永遠に変えることになる』
時間か。それこそが俺たちに残されていないものだった。
タウロニスAでの任期は後1ヶ月。その後は別のセクター、別のステーションへの配属が待っている。おそらく二度とヴェクスに会えないだろう。
一面の窓は既知宇宙の果てを映し出し、ヴェクスが次の50年を過ごすことになる広大な闇が広がっている。
何か古く、未知のものが待ち受けている場所。
ヴェクスは長い沈黙の後、静かに付け加えた。
『こんな選択を受け入れろと言っているのではない。むしろ、拒否してほしいとさえ思っている。だが、考えておいてくれ――』
俺は考えた。――残りの任期の間、本当に深く考えた。
人間の将校として築いてきた人生のことを。俺たちを支持してくれたチームのことを。完全には賛成できなくても理解してくれるだろうパトリックのことを。
そしてヴェクスのいない50年について。彼がいないまま、俺だけが老いていくことについて。困難を乗り越えて築いたこの絆を失うことについて。
異種族人と法的に結びつくこと。
未踏の宇宙で未知の恐怖に向き合うこと。
自室の舷窓に触れ、揺蕩う星々を見つめながら、あの星雲の向こうの暗闇に思いを巡らせた。暗黒域で何が目覚めようとしているにせよ、古代の恐怖が何であれ――二人で向き合えるなら、それほど恐ろしくはない気がした。
その指揮を執るヴェクスの艦長室は、艦橋デッキの真上に位置していた。
巨大なベッドが180度のパノラマビューに向かって、その宇宙の全景を最大限に活かす位置に設えられている。目の前でゆっくりと星々が移ろい、時折、補給のため出入りする甲虫族巣艦のシルエットが、その光を遮っていく。
だが、そんな息を吞むような眺めも、ほとんど目に入ってこない。
――今の体勢と状態では。
「くっ、ん……っ、はぁっ、ヴェクス……っ」
『話を聞いていないな、ジョン。重要な話をしているのだが』
「こんな状態じゃ――、おっ、ん♡ ……集中できない、っだろ……」
喘ぎの合間に何とか言葉を絞り出す。
彼はいやらしいことに意図的にゆっくりと腰の律動を緩め、俺を責め立てる。
初めての行為の時の痴態は、今でも思い出すと顔から火が出そうになる。ありがたいことに甲虫族の分泌液への耐性が少しずつついて、完全に我を忘れることはなくなった。
『――近々私は出立する』
「はっ……? 何だと……ぉおっ♡」
その言葉に意識を向けようとした瞬間、ヴェクスは角度を変え、俺から情けない悲鳴のような声を引き出した。
「っ、クソ、ヴェクス!」
『実に愛らしい声を出すものだ』
彼は面白がってキシキシと顎を鳴らした。
「クソ野郎……わざとやってるだろ」
『では、もっと会話に集中して……』
声に滲む得意げな調子は明白だった。リズムを崩さずに続ける。泣き所を的確に狙ってきて、俺の体を反らせる。
『……他の活動は、控えめにするべきかな』
「お前っ、このっ、……野郎っ、♡」
揺さぶられながら罵声を上げた。
「くそッ♡ 話をっ、……させろ!」
『フーー……』
「っ……」
しばらくの間、心地よい倦怠感を共有していた。
彼は興奮剤チューブ――人間で言うセックス後の一服に相当するものを深く吸い込み、甘い匂いのする煙が大顎の間から渦を巻いて立ち昇った。
ついに彼は口を開き、大顎がゆっくりと動く。
『連邦評議会が正式に認めたのだ。既知宇宙の向こう、暗黒に何かがいる。何か……古いものがな』
暗黒域――宇宙を航行する者なら誰でも知っている。
長距離センサーが不可解な読み取り値を返し、光さえも奇妙な振る舞いを見せる、連邦宇宙外の彼方に広がる広大な未知領域。時として艦船が痕跡もなく姿を消す。救難信号も残骸もなく。
連邦への加盟を拒否し続ける謎めいた文明種族がそこに潜伏し、宙賊たちの隠れ処となっているのも確かだ。しかし、それは表層の問題に過ぎない。その下には、もっと深い、もっと古い何かが蠢いているというのか。
「古いって、どういう意味だ?」
『連邦よりも古い。おそらく我々のどの文明よりも』
ヴェクスは続けた。
『艦船の消失事例が年々増えている。民間船だけではない、連邦軍の哨戒艦までもが、過去3サイクルで17隻だ。評議会も、もはやこれを偶発的な事故として片付けることはできなくなった』
彼の主眼は俺を凝視し、副眼は窓の外の星々を追っていた。その視線の先には、何か具体的な脅威が見えているのだろうか。
『消失は奇妙な重力異常と一致している。私がこのステーションに着任してから長年追跡してきたそれは、おそらく自然なものではない。艦船は単に消失しているのではなく、何者かに連れ去られている。評議会の科学顧問団は、そこに古代の超知性が働いていると考えている。眠りについていた何かが、今、目覚めつつあるのかもしれない』
観測窓の外では、補給を終えた大型商船団が、暗黒域に向かうワープ航路の入り口へと針路を取っていた。その艦影が次々と安定航路に吸い込まれていく様を見つめながら、ヴェクスは言葉を継いだ。
『評議会が長期探査を承認し、我が軍に委託した。私がその指揮を執る。女王陛下自ら私を指名された――これ以上の栄誉はない。私は既知宇宙の境界を越え、これまでどの連邦艦隊も踏み込んだことのない深度まで、長期間潜航することになる』
ヴェクスがより真剣な口調で言う。
『――地球圏標準サイクルで50年。この遠征には、少なくともそれだけの歳月を要する』
その言葉は、まだ肌に残る快感の余韻を一気に凍らせた。
「は……50……何だって?」
肘をついて上半身を起こす。
窓の外を通過する艦船の光が、俺たちが絡み合う体の上のシーツに揺らめく模様を作り出していた。
「それは……人間の一生の半分だぞ」
自分の声が虚ろに響くのが聞こえた。
『ああ、時として忘れてしまう。君たちの命の火が、いかに短く燃えるかを。我々にとって50年など取るに足らない。私は君たちの尺度でまだ300歳程度だ――我々の基準ではほとんど若輩と言っていい』
「っ、……ヴェ、ヴェクス……」
その「若輩」ぶりを証明するかのように、彼の産卵管が再び硬さを取り戻し、俺の太腿に押しつけられる。
知識としては知っていた。我々の種の寿命の大きな差。甲虫族は何世紀という時の流れを生きるが、対して人間は100年見られれば御の字だ。だが、それを頭で理解しているのと、現実として直面するのとは違った。
「……仮定の話だが、もし俺が連邦艦隊への転属を願い出たら――」
『残念ながら無理だ』
ヴェクスは穏やかだが断固とした声で遮った。その声には、既にこの可能性を検討した痕跡が感じられた。
『連邦の基本法では、要観察新興種族の暗黒域への越境は厳しく禁止されている。人類がそのステータスを再評価されるのは、まだ数世紀先のことだ』
その通りだ。銀河社会における人類は、まだ連邦の保護と監視を要する未熟な種族でしかない。我々人間は自由な航行を許されていない。特に暗黒域への進出は。
また一つ、宇宙の序列における我々の劣位を思い知らされる現実。
ヴェクスは言葉に苦心しているようだった。
『私は......君に今生の別れを告げることに、気が進まない』
「……ああ」
『君をこの冷たい連邦に置いていきたくないのだ、ジョン』
その声に含まれる生々しい感情に、俺は不意を突かれた。これまでの付き合いで、こんなにも全てをさらけ出すような口調を聞いたことはなかった。
俺たちの間には、種の壁を越えた絆が確かに存在していた。だが今や残酷な形でその限界を突きつけられようとしていた。
『方法は、ないわけではない』
彼は声を落として続けた。
『君を甲虫族の管轄下に……こんな言い方は不本意だが、私のものとして留めておく方法が。軽々しく提案できることではない。実際、通常の状況下なら、私たち双方の尊厳を損なうと考えるようなことだ』
「何だ? 言ってくれ、ヴェクス」
一瞬の躊躇い。そして、その言葉が放たれた。
『宿主法だ』
一瞬、俺の心臓が跳ねた。その意味を直感的に理解して。
『甲虫族の卵を宿す生命体は我々の保護下に入る。クローン親の所有物としてな。我々の文化におけるそういった所有の概念は、私も不快に感じる。対等でない関係のために作られた、古く野蛮な法だ。だが、もし君を繋ぎ止めておけるなら……』
嫌悪が声に滲んでいるのが分かった。
「俺が宿主になれば……」
『……そうだ』
「でもそれは……罰せられるはずだ。お前たちの女王による繁殖規制で」
『正式な許可なしにはな。だが手は打てる。適切な個体であれば』
星々の光がヴェクスの装甲を緩やかに照らし出し、その漆黒の表面に刻まれた精緻な氏族紋章が銀色に浮かび上がる。この銀河で最も古い文明の一つが、世紀を超えて継承してきた権威の証。
……そうか。
「……お前は単なる上級将校じゃない。女王直属親衛隊第一血族。最初に会った時、そう言ったな」
『そうだ。私は他の戦士たちのような既存の遺伝子のクローンではない、女王陛下自らが創造した遺伝子コードを持つ第一個体だ。女王との直接的なつながりが、私に特定の特権を与えている』
「本当に女王は許可するのか?」
『繁殖権は、通常、特別な武勲を立てた者への褒賞として与えられる。陛下は、私の価値を十分に理解しておられる。然るべき論理を示せば、説得は可能だ』
「つまり……」
言葉を最後まで紡げない。
まさに今この瞬間俺たちが行っている行為が、突然とても、とてもリアルになった。その生々しい実感に心臓が激しく鼓動を打つ。
ヴェクスの卵を腹に宿すということ……。
ヴェクスが頷き、4つの目すべてが俺を捉えた。
『君が私と結びつけば。私が行くところなら、君はどこだって行ける。暗黒域にさえも』
その意味するところは途方もなかった。
宿主として彼に帰属するということは、人間としての自律性を完全に手放すことを意味する。ヴェクス個人だけでなく、永遠に甲虫族社会の法制度全体に縛られることになる。もう後戻りはできない。
思考が疾走する。俺のキャリア、地球圏での生活、知っていた全てのものが――消え去る。
俺は目を閉じる。圧倒されて。
50年間離れ離れになるのは耐えられない。でもこれは……取り返しのつかない選択だ。
それなのに……。
『心拍が急激に上がったな。恐ろしいか? それとも……』
答えられない。なぜその考えがこれほど体に熱を送り込むのか、答えられなかった。
「それは……とんでもないプロポーズだな、ヴェクス」
やっとの思いで絞り出しす。
低い振動音――彼流の笑い声だ。
『人間の言葉で言えばそうだ。ただし、人間の婚姻制度は、私が提案しているものほどは永続的かつ不可逆的ではないと思うが』
彼が巨体を動かし、俺は考えていた切り返しの言葉を忘れてしまう。
『まあ、今はこの話を……刺激的な想像として楽しむだけにしておこうか?』
「ん……っ」
ヴェクスが俺の体を軽々と押さえ込んだ。産卵管が慎重に挿入され、奥へと進んでいく。ゆっくりと、だが容赦なく。まだ先ほどの行為で分泌液に濡れた内壁を押し広げて。もはや慣れた感覚。それでも体は本能的に震える。
『約束する、過程は安全だ。卵との共生関係により、宿主の老化は停滞する』
腰を送り込みながら、彼は囁くように続けた。
『出産の過程自体が強い性的快感を引き起こす。……宿主は、恍惚感だけを経験すると保証する』
「ん……く、お前、楽しんでるだろ……っ」
なんとか息を切らして言った。
『そうかもしれないな』
大顎が面白そうに鳴る。
『だが、私の申し出を受け入れることが何を意味するか、理解しておくべきだ。宿主として、君は我々のシステムの一部となる。厳重に保護され、』
深々とした一突きが彼の言葉に句読点を打つ。
『慈しまれる』
最後の言葉に含まれる所有欲のある響きが、肉体的な快感とは無関係な戦慄を背筋に走らせた。
『もちろん』
彼は腰の律動を再開しながら付け加えた。より深く、より強く、まるで俺の中に永遠の痕跡を残そうとするかのように。
『宿主は最大限の敬意を持って扱われる。その庇護欲求は我々の種に組み込まれている。我々には抗えないのだ……』
何を言おうとしていたのか、ヴェクスがまた角度を変えたため分からなくなり、俺にできることは彼の生体装甲にしがみつき、どうやって呼吸するのか思い出そうとすることだけだった。まだ千も万もの質問があったが、再び明確な思考能力が急速に失われていくのを感じた。
やがて二人の体が緩む。倦怠感に包まれる中、横たわる俺の傍らで、ヴェクスの声は珍しく弱々しく響いた。
『繁殖奴隷のための古い法を使って、君を引き留めようとしている。私が君をどう見ているかについて証明しようとしてきた全てに反している。それなのに今、首輪を差し出して、それを選択と呼んでいる。これは……私の弱さの表れだ。君との別れに耐えられない、私の弱さの……』
ヴェクスは俺の髪に爪を通しながら、複眼をそらした。
『答えは今でなくていい。これは重大な決断だ。君の人生を永遠に変えることになる』
時間か。それこそが俺たちに残されていないものだった。
タウロニスAでの任期は後1ヶ月。その後は別のセクター、別のステーションへの配属が待っている。おそらく二度とヴェクスに会えないだろう。
一面の窓は既知宇宙の果てを映し出し、ヴェクスが次の50年を過ごすことになる広大な闇が広がっている。
何か古く、未知のものが待ち受けている場所。
ヴェクスは長い沈黙の後、静かに付け加えた。
『こんな選択を受け入れろと言っているのではない。むしろ、拒否してほしいとさえ思っている。だが、考えておいてくれ――』
俺は考えた。――残りの任期の間、本当に深く考えた。
人間の将校として築いてきた人生のことを。俺たちを支持してくれたチームのことを。完全には賛成できなくても理解してくれるだろうパトリックのことを。
そしてヴェクスのいない50年について。彼がいないまま、俺だけが老いていくことについて。困難を乗り越えて築いたこの絆を失うことについて。
異種族人と法的に結びつくこと。
未踏の宇宙で未知の恐怖に向き合うこと。
自室の舷窓に触れ、揺蕩う星々を見つめながら、あの星雲の向こうの暗闇に思いを巡らせた。暗黒域で何が目覚めようとしているにせよ、古代の恐怖が何であれ――二人で向き合えるなら、それほど恐ろしくはない気がした。
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だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
紳士オークの保護的な溺愛
flour7g
BL
■ 世界と舞台の概要
ここはオークの国「トールキン」。
魔法、冒険者、ギルド、ダンジョン、獣人やドラゴンが存在する、いわゆる“典型的な異世界”だが、この国の特徴はオークが長命で、理知的な文明社会を築いていることにある。
トールキンのオークたちは、
灰色がかった緑や青の肌
鋭く澄んだ眼差し
鍛え上げられた筋骨隆々の体躯
を持ち、外見こそ威圧的だが、礼節と合理性を重んじる国民性をしている。
異世界から来る存在は非常に珍しい。
しかしオークは千年を生きる種族ゆえ、**長い歴史の中で「時折起こる出来事」**として、記録にも記憶にも残されてきた。
⸻
■ ガスパールというオーク
ガスパールは、この国でも名の知れた貴族家系の三男として生まれた。
薄く灰を帯びた緑の肌、
赤い虹彩に金色の瞳孔という、どこか神話的な目。
分厚い肩と胸板、鍛え抜かれた腹筋は鎧に覆われずとも堅牢で、
銀色に輝く胸当てと腰当てには、代々受け継がれてきた宝石が嵌め込まれている。
ざらついた低音の声だが、語調は穏やかで、
貴族らしい品と、年齢を重ねた余裕がにじむ話し方をする。
● 彼の性格
• 極めて面倒見がよく、観察力が高い
• 感情を声高に表に出さないが、内側は情に厚い
• 責任を引き受けることを当然のように思っている
• 自分が誰かに寄りかかることだけは、少し苦手
どこか「自分は脇役でいい」と思っている節があり、それが彼の誠実さと同時に、不器用さでもあった。
⸻
■ 過去と喪失 ――愛したオーク
ガスパールはかつて、平民出身のオーク男性と結ばれていた。
家柄も立場も違う相手だったが、
彼はその伴侶の、
不器用な優しさ
朝食を焦がしてしまうところ
眠る前に必ず手を探してくる癖
を、何よりも大切にしていた。
しかし、その伴侶はすでにこの世を去っている。
現在ガスパールが暮らしているのは、
貴族街から少し離れた、二階建ての小さな屋敷。
華美ではないが、掃除が行き届き、静かな温もりのある家だ。
彼は今も毎日のように墓参りを欠かさない。
それは悲嘆というより、対話に近い行為だった。
⸻
■ 現在の生活
ガスパールは現在、
街の流通を取り仕切る代表的な役職に就いている。
多忙な職務の合間にも、
洗濯、掃除、料理
帳簿の整理
屋敷の修繕
をすべて自分でこなす。
仕事、家事、墓参り。
規則正しく、静かな日々。
――あなたが現れるまでは。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
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