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ACT 1:AFTERMATH
[1] 用心棒として工房に居着いたムコと共に、傭兵の世界への第一歩を踏み出そうとする。[ピチスー着衣エロ/セクハラ]
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目の前の施術台に重サイボーグが横たわってる。
強化義肢を肩のマウントから引き抜く。両手で抱えて作業台に置く――ガツンッ! と金属と金属がぶつかる鈍い音が響いて、周りに散らばってるパーツが跳ねた。片腕で重量は優に20キロを超える。
肩口の断面にチタン製ハードポイントと、軍用義体がまさにこういう深度メンテナンスのために体中に散らばらせてる較正用ポートが露出する。そこに天井から垂れ下がってるケーブル類をパチン、パチンと接続していく。これで運動皮質と感覚プロセッサと直接会話できる。
施術台を取り囲むように備え付けられた複数のスクリーンに次々と波形が立ち上がって、ステータスログがリアルタイムで流れていく。
「ったく……どんな無茶な戦い方してきたんだか」
ブツブツ呟きながら、診断コンソールを叩く。
最近じゃ義体の較正が仕事の七割くらいを占めてる。週に何回この作業やってるか数えたくもない。
この辺りじゃ対サイボーグ戦がどんどん一般的化して、火力のインフレが止まらない。大口径銃だの高出力振動刀だのをブン回す傭兵たちは、メーカーが想定する運用限界をはるかに超えて体を酷使する。で、グリッチが出るとか、反応速度がコンマ数秒ズレてるとか文句垂れながらここに来る。
この工房は俺のもんになる前は爺ちゃんのだった。
15の時に死なれて、そのまま継いだ。借金と評判、屋上にちっさい神社があるオンボロビル、何年も騙し騙し使ってる古い機材とか全部ひっくるめて。
死ぬほど散らかってる。
壁はスクラップヤードから引っ張ってきたジャンクで埋め尽くされてる。作業台は工具の山と、俺が趣味で弄ってる軍用テックの残骸で視界が悪い。
天井からは太いケーブルの束が何十本もぶら下がって、蔦みたいに支持梁から垂れ下がってる。正直、半分くらいは何に繋がってるのか俺も把握してない。爺ちゃんが配線図を残さなかったせいで、今となっちゃ調べようもない。触ると何が起こるかわからないから、そのまま放置してる。
……それでも、この作業には最低あと一本必要だ。
施術台の反対側に垂れ下がってるケーブル――手を伸ばすと何か別のもんを引っ掛けそうな位置にある。
「……ムコ、悪いけど」
コンソールから目を離さずに声をかけた。
「そっち側のケーブル、こいつの腰の較正ポートに繋いでくれ」
コッ、とヒールの音が床を打った。
下層地区の汚い修理工房には似つかわしくない長身の女が、周辺視野に入ってくる。
完璧に左右対称な顔、現実離れしたプロポーション。ほとんどプラチナの短髪がオーバーヘッドライトを受けて白飛びし、目元に濃い影を落としてる。瞳は暗い――何を考えてるのか全く読めない。
全身にピッチリ張り付くボディスーツを着てる。足元はスーツと一体型のサイハイ・ブーツ。太ももから踵まで継ぎ目のない長い脚が、ぬらりと黒光りする。
上には年季の入ったODのコンバットジャケットを羽織ってるが、前は閉められない。デカすぎる胸がジャケットを押しのけて、アラミド繊維に圧迫された巨大な双丘がモロに見えてる。
こいつはムコ。
俺の工房に転がり込んできた、トラブルの種。
最高級セクサロイドのボディに閉じ込められた、元・サイボーグ傭兵の「男」だ。
「どれだ」
極上の女体から出てくるのは、感情を削ぎ落としたような低い男声。
その不一致が――俺の性癖に確実に、かなり深刻に、悪さしてる。
クソ。
「……客の上にぶら下がってる、赤いラインが入った太いやつ」
返事の代わりに、施術台を回り込むヒールの硬質な音が、コツ、コツ、コツ、と規則的に響く。割れ目までくっきりあらわになったでっけえケツが、歩くたびにムチッ……ムチッ……と左右に揺れる。
ムコが俺の指示したケーブルに向かって、施術台越しに手を伸ばした。
前かがみになる。つまり――
ボディスーツにミッチリ圧迫されて胸部ハーネスで絞られた、あのバカでけえ乳が――まさに客の顔面に重々しくぶら下がる。
目から10センチも離れてない。
「ぅお゛ッ……!!?」
客が呻いて、ディスプレイの波形がビクンッッ!! と斜めに跳ね上がった。
「…………」
……こいつ……。
「これか?」
前傾姿勢のまま、ムコが言う。
俺はチラリとディスプレイの一つに目をやった。施術台の客の光学系と同期してる視覚フィードだ。こいつの見てるものがリアルタイムで映し出されてる。
……そこに映ってるのは、視界を完全に埋め尽くす圧倒的な質量。谷間の向こうに天井のライトがぼんやり光ってる。
「……あー、違う。その右」
俺が言うと、ムコが別のケーブルに手を伸ばす。
ゆすっ♡ ゆすっ♡ ――ディスプレイではドアップの下乳が暴れている。客がもう一度呻いて波形もさらに暴れる。
そうこうしてる間も、背後から視線がビシバシ突き刺さってくる。
野次馬どもだ。
工房の待合エリア――そう呼べるかも怪しい、入り口と作業場を隔てるカウンターの向こうにたむろしているのは、戦闘MODの塊みたいな重サイボーグどもが5、6人。カウンターに肘をついたり壁に寄りかかったりしながら、ムコに飢えた視線を投げている。
一仕事終えてきた即応PMCの火力チームだ。過去1時間そこにいて、キャリブレーションを交代でやってる。
……俺は今まで散々、定期メンテナンスに来いって口酸っぱく顧客に言い聞かせてきた。こいつら俺の言うこと聞いたか? 全然。リマインドメール、ガン無視しやがって。
ところがムコが居着いて、うちが「ドエロい用心棒の女を雇ったらしい」って話が広まった途端にこれだ。ムコ目当てで、何かと理由をつけて足しげく通いやがる。こちとら飯のタネだから強くも言えないが、正直うっとおしい。
「ブラッド」
ムコが言う。
「繋げたが認識しないぞ。プラグが壊れてるかもしれない」
「マジか」
コンソールを叩いて、すぐに原因がわかった。
「あー、ケーブルは大丈夫だ。ルートコネクタの根本が緩んでるとそうなる。だいぶ年期入ってるからな」
施術台のメインアレイを指差す。問題の接続部は低い位置にある。ほとんど床すれすれ。
「差し直せば直ると思う。そこ、わかるか?」
「ああ、見える」
と、ムコが無造作にしゃがみ込んだ。
――恥じらいもなく大股開きで長い脚を折り畳み、踵に尻がぶつかるまでスクワットの要領でまっすぐ腰を落とす。
どっしり♡ と。
ヒールの踵にあのデカ尻が乗っかる。
ボディスーツのファイバー素材が限界まで引き伸ばされて、張力でうっすら白っぽく色を飛ばす。
――っ、……やばいって。
俺の脳の理性的な部分は、ムコの中身が何なのかってことで、股間が反応するのに必死にブレーキをかけようとする。
男。元サイボーグ傭兵。意思に反してセクサロイドに脳殻を移植された、男。男なんだ。
そんで脳の理性的じゃない部分は、あのスパイダー騎乗位みてーなクッソ卑猥な後ろ姿に完全に食いついてる。
……しっかりしろ俺。あいつは男、あいつは男、あいつは男、あいつは――
「よし」
ムコが流れるような動作で立ち上がる。
「…………サンキュ」
首の後ろを這い上がる熱を無視して、なんとか声を絞り出した。
俺はコンソールに向き直って、診断シーケンスを起動する。画面に「自動解析実行中」の文字が浮かぶ。完了まで大体15分ってとこだ。この間は俺がやることはない。システムが勝手に義体の全サブシステムをスキャンして、問題箇所をリストアップしてくれる。
……カウンターの向こうから、妙に切迫した男たちの声が聞こえてくる。
「……たまんねぇな……」
「一回お手合わせ願いてぇもんだぜ……」
「バカ、聞いてねえのか? ……中身は男だって話だぞ」
「……ハッ、重々承知だよクソッタレ。……俺はノーマルだったのに、クソッ……!! こいつのせいでよ……ッ!!」
傭兵の一人が頭を抱えて、別の一人が肩を叩いて慰めてる。
……うちの客層がだんだんキモくなってる気がする。
一方でムコは、ギトギトの性欲をいくら浴びても全く意に介さない。
セクサロイドOSの影響だろうとは思う。野郎からエロい目を向けられることへの認知がおそらく根本から書き換えられてる。
でも、ムコ自身もかなり天然入ってるっぽいというか、そういう方面にクソ鈍感な節があるから、どこからどこまでがプログラムで、どこからが本人の性質なのか、正直判別がつかない。
ムコのことを説明すると――おそらく、相当場数を踏んだ傭兵だった。それが同業者に恨みを買ってハメられて、脳殻を摘出されてセクサロイドに移植された。それもカグラザカ・ニンギョウの傀儡女っつー、VIP相手の商売しかしない最高峰メーカーの最上位モデル。メガコーポお偉方の腕に収まるコンパニオン。一般人の生涯年収積んでも手が届かない代物だ。俺みたいなしがない下層の人間が直接お目にかかれる機会なんて、普通は絶対にない。
どっかに運ばれてる途中に何か起きたのか、スクラップヤードの輸送コンテナの中で眠ってるところを俺が偶然見つけて起動した。ジャンクパーツ漁りに行って、とんでもないもん引き当てたもんだ。
正直な話、最初はエロいことしか考えてなかった。
セクサロイド拾った男が何考えるかなんて決まってるだろ!? でもフタ開けてみたら、男の脳殻が癒着してた。そこで頭が真っ白になった。
関わり合いになったら負けな、ヤバそうな事情がありありと透けて見える。でも蹴り出すわけにもいかない。結局なし崩し的に今に至る。性欲に負けたとも言う。
運の良いことに俺は義体専門の技師だ。脳や脊椎、深部組織の統合もかじってる。できる範囲で調べた。
ムコの脳殻が旧式のヒシガミ規格で、カグラザカ・ニンギョウがヒシガミ傘下なのが幸いしたのか、換装自体は成功してた。悪趣味極まりないが、技術的には相当に高度な仕事だ。どこのどいつがやったのか、ツラを拝んでみたい。先に一発殴らせてもらうけど。
問題は、仕様外の移植で脳殻に深刻なダメージがあったことだ。記憶領域の大半が破損してた。自分が誰だったのか、何でこんなことになったのか、全部忘れてる。起動した時のムコは、名前すら覚えてなかった。「武庫」って名前は、唯一俺がサルベージできた情報だ。
脳殻のパーソナルデータは破損というより、かなり前から人為的に消去されてた形跡があった。
よりによってあのヒシガミの旧式軍用グレード脳殻に、消された個人データ。
やべー匂いがぷんぷんするよな?
ヒシガミお抱えの企業兵、あるいはその出自の相当やばいものを見てきた傭兵——推測するに、ムコの過去はそんなところだ。
ソフト的な話は、俺の知識レベルじゃお手上げた。
診断ログを見る限り、どうやら脳殻の制御系統とセクサロイドOS両方が同時にアクティブで並走してる。
ありえない。普通に考えればコンフリクトを起こしてシステムがクラッシュする。
でもムコは動いてる。感情の起伏は乏しいが、人間らしく会話する。ただ内部でどういう処理が走ってるのか、俺には全くわからない。完全なブラックボックスだ。
男の意識――兵士、傭兵、重義体化して死線を走り続ける稼業を自分の意思で選んだ人間――と、そのボディを本来の目的のために機能させるよう設計された人工ペルソナが、常にせめぎあってる状態。
どっちが優位なのか? わからない。
セクサロイドOSの人格オーバーレイが、ムコの意識レイヤーを上書きしてるのか? それとも逆で、ムコがシステムをねじ伏せてコントロールしてるのか? あるいは混じり合って第三の何かになってるのか?
確かなのは、同性に性の対象として見られることへのムコの反応は――完全な無関心から時々見せる軽い面白がりまで幅があるんだが、「不快」には絶対に振れないってことだ。
義体技師としちゃ、かなり興味深い現象だ。
同居人の立場からすると……危なっかしくて見てられねーし、無防備すぎて身が持たない。
店主としては……店が変態の集会所になりつつあってマジで困る。
「よ~~~おムコっちゃん♡ 相変わらず凶暴なパイオツぶら下げてんなァ」
クソ。変態がもう一人追加だ。
「ジャーゴン……」
「あン? なんだその反応。得意客に対する態度か?」
戦闘刺激剤漬けの改造中毒の典型例。サイバネ好きで筋金入りのドールマニア。ムコの素体を一目見て、クグツメだと看破した唯一の客だ。
ムコが見知った顔を見て緩慢に反応する。
「またお前か。暇なのか?」
「ひでえなムコっちゃん! せっかくアンタにイイ話持ってきたってのによお」
ジャーゴンがカウンターに肘をついて、ニヤついた笑みを浮かべた。
「いい話って?」
「仕事だよ。前に言ってただろ? 傭兵稼業に興味あるって」
俺は手を止めた。コンソールの上で指が浮く。
――ブッチャーとの騒動から、もう3ヶ月が経ってる。
ブッチャーってのは、ムコをこのザマにした張本人だ。5眼の全頭型サイボーグ。サディストで、ムコに常軌を逸した執着心を持つクソ変態サイコ野郎。
どうやら昔ムコと何かあったらしい。それで究極の復讐として、ムコの脳殻を軍用義体から引き抜き、セクサロイドに強制換装……自分だけの性奴隷にしようと画策した。おえええ、想像するだけで吐き気がする。
3ヶ月前、奴はムコの居場所を突き止めてこの工房に乗り込んできた。子飼いの殺し屋部隊を引き連れて。
俺たちは逃げた。工業地区の廃工場まで追い詰められて、そこで最後の戦いになった。
ムコの戦闘ファームウェアが覚醒したのはその時だ。
俺が見てきた中で、最も暴力が凝縮された10分間が展開された。
ムコはブッチャーの部下たちをスクラップにして、派手にケリをつけた。セクサロイドのボディで。あの華奢に見える腕と脚で、殺しを生業とするサイボーグどもを次々と。
ブッチャー本人は逃げおおせたが、ムコの最後の一発があの5眼の半分を吹き飛ばした。奴が生き延びたかどうかは知らない。でも少なくとも、身をもって学んだはずだ――セクサロイドのボディだろうが何だろうが、ムコという男の本質的な危険性は何一つ変わらないってことを。
問題はそこからだ。
ブッチャーがムコから奪った元のボディ――あれはただの軍用義体じゃなかった。
ムコは2050年代、第一次企業戦争の真っ只中、メガコーポの軍拡競争が最高潮に達した時代にヒシガミが開発した全身義体だった。詳細は不明だが、何十年経った今でもメガコーポ各社が喉から手が出るほど欲しがっているヒシガミの軍事機密だ。
ブッチャーが吐いた情報を信じるなら、その義体はすでに売却されてる。どこかの仲介屋の手に渡って、ブラックマーケットに流れてしまった。
誰が買ったのか。どこに運ばれたのか。今はコーポの研究施設か、コレクターのコレクションルームか――それを突き止めるには、フィクサーのネットワークに食い込むしかない。
だがフィクサーは無名の人間とは取引しない。
連中が相手にするのは実績ある傭兵、企業エージェント、アングラで名の通った人間だけ。下層の義体技師とセクサロイドのコンビなんて、門前払いされるのがオチだ。
だから俺は考えた。
昔ながらのやり方でいく。下から這い上がる。
仕事を請けて、評判を築いて、コネを作る。
それで話はジャーゴンに戻る。
数週間前から、信頼できる常連客の何人かに話を持ちかけてた。何か手頃な仕事があったら回してくれないか、と。PMCやギャングとつながりのある連中に。
ジャーゴンもその一人だった。
「――肩の力抜けよ、大した仕事じゃねえ」
ジャーゴンが手を振った。
「身内でちょっとゴタゴタがあってな、その後始末を手伝ってほしいってだけだ。うまくやれば、うちのボスが管轄のフィクサーに口利きしてやるってよ。ウマい話だろ?」
「お前の身内って……バシリスクの? おいおい、まさか内部抗争の片棒担がせる気じゃねーだろうな」
企業戦争後、メガコーポの軍縮であぶれたサイボーグ兵士がPMCにスライドし、そのPMCも乱立して互いに契約と補給路を奪い合ってる時代だ。今どきの傭兵の世界ってのは高度に組織化してる。ヒシガミ系、アーマテク系、ネイヘイ系……軍属時代のサイバネティクスの系統をくむ派閥があって、縄張りを巡って抗争してる。
民間軍事企業といっても本質的には、コーポが表の看板じゃできない汚い仕事を外注するための便利屋。アンダーグラウンドに根を張って動いてる。実態は犯罪シンジケート、重武装したギャング組織に近い。
バシリスクはこの地区で幅を利かせてる、末端の構成員だけで百は超えるそこそこデカい組だ。幹部の首がすげ変わるような内ゲバには巻き込まれたくない。
「そんな物騒な話じゃねえよ、ただの制裁だ。派手にやらかした馬鹿がいて、今は自分がオーナーのナイトクラブに立て籠もってる。そいつを引きずり出して、引き渡してくれ。できれば五体満足でな」
「いつだ?」
「数日後。でもまず顔合わせが必要だ。ボスが直接会って確かめたいんだと――お前らがズブの素人じゃねーかってな」
「お前のシマで?」
「ああ。明日の夜来い。場所送っとくぜ」
俺はムコと視線を交わした。ムコは無言で頷いた。
「……しっかし、中に男が入ってるなんてな。俺好みのブッ飛んだ話だぜ」
ジャーゴンの光学系が、ムコの胸から腰、そして太ももへとあからさまに這い回る。
「マジな話――いくら中身が手練れっつってもよォ。ドールの体でまともに戦えんのか? 確かに男の首くらいへし折れそうなぶっとい太ももしてっけど」
ジャーゴンがニヤつきながら続けた。半分からかってて、半分は本気で疑ってる。
そりゃそうだろう。ムコの華奢でいて肉感的なボディは、どう見てもゴツイ軍用サイボーグと渡り合えるようには思えない。ベッドに繋がれて夜の奉仕をするために設計された、極上の人形だ。
「……そのドールがブッチャーの殺し屋部隊を全滅させるのを、俺はこの目で見たんだぞ。それに……」
俺は言葉を切って、少しテッキーモードに入った。
「カグラザカのモデルは要人警護も想定して作られてる。フレームの耐久性も相当なもんだし、センサー密度、バランサーの精度、反応速度――どれを取ってもその辺の軍用義体よりよっぽど良いのを積んでる」
……まあ、本来の設計意図は、ヤってるときにあらゆる刺激を感じまくって、どんなアクロバティックな体位でも完璧に維持するためなんだが。
「加えて言うなら、外装の下は俺が戦闘用にフル改造したからな。単純な出力だってお前とタメ張れるぞ」
ブッチャー襲撃の後、俺は何週間もムコのボディのオーバーホールと改造に費やした。今では軍用サイボーグと同じくらい効率的に人を殺せるはずだ。
「改造ねえ……」
ジャーゴンが訝しげにムコを見る。
「カグラザカ純正の人工皮膚に分割線作っちまってよ。勿体ねえ。コレクターがクグツメのミントコンディションにいくら払うと思ってんだ? このビル100回建て直せるぜ」
確かにムコの顔や体には、今やパネルラインが走ってる。目回り、顎のライン、首筋、見えないところにもっと――メンテナンスハッチを増設した痕だ。
仕方ねえだろ。これから本気で荒事をやってくからには、フレーム内部に容易にアクセスできないと話にならない。元々のクグツメは完全密閉型で、整備性より見た目を優先した設計だった。
でも悪いことばかりじゃない。
俺は意図的に生身の人間が義体化した時に残る手術痕に寄せてシームのパターンを作った。
おかげでドールだってバレにくくなったはずだ。少なくとも、ジャーゴンみたいなマニアじゃない限りは。
ジャーゴンが肩をすくめてから、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「……戦闘用にフル改造って言ったが――アソコはしっかり残してんだろ?」
「……ッ、何言って……」
「バレバレなんだよ、どうせあのド変態ドール野郎と毎日パコってんだろ。ガキのくせにいい思いしやがって……」
それからムコににじり寄った。
強化義肢の片腕が背後に回り込む。手がムコの細腰に落ち着き、くびれを確かめるようにやらしい手つきでさすり上げる。それから徐々に下へ――尻の膨らみが始まる、ギリギリの境界線を往復する。あと数センチ下にずらせば完全にアウトなラインを攻めてる。
ジャーゴンがムコの耳元に顔を寄せる。
「……なームコっちゃん、コトがうまく運んだらハメさせてくれよ。一晩だけでいい、後腐れもねえ。どうよ? 俺のセーフハウスでしっぽりと♡ 斡旋料ってことで。いいだろ? な?♡」
こいつ……ッ、性懲りもねえ。
「マジで言ってんだぜ。どうせいつもあのガキとヤる時、アンアン嘘喘ぎしてんだろ。……俺の自慢の改造コック。上反りカリ高25センチだ。奥ブッ叩いて、深ッけえ本気のアクメさせてやっからよお……」
「……俺に盛るな。何度言ったらわかる? 俺は男だぞ」
とんでもねえセクハラをブチかまされながら、ムコが平坦に言う。相変わらず声に感情の色はない。
「わーってんだよンなことは!! ったく散々チンポイラつかせやがって、そんな乳と尻して男もクソあるかよ、このデカパイマンコ野郎ッ」
ジャーゴンがムコの尻をむんずと掴む。
続いてその強化義肢があらぬ方向に捻じ曲げられる音が。
「いでえええっ! わかったわかった! 降参! クソ、容赦ねぇな!」
「お前とはやらん」
「クソッ!! わかってんのか、そのボディはカグラザカのクグツメなんだぞ!? そんなガキの専用チンポケースにしとくなんてあり得ね――あででででっ!!」
ムコが躾の悪い犬を黙らせるような冷淡さで、そのまま腕をさらに捻った。
解放されたジャーゴンが慌てて距離を取り、肩関節を回した。
「……言っとくが、明日の会合でうちのボスの機嫌損ねんなよ? 俺ほど寛容じゃねーからな!!」
捨て台詞を吐いて、ジャーゴンは工房から出て行った。
そこにピピッという電子音が響く。診断完了の合図だ。
俺はため息をついてコンソールに向き直り、結果を確認し始めた。
手を動かしながらも、頭はすでに別のところにある。
いつかムコの過去と体を取り戻す。
それまで俺たちは一蓮托生だ。
しがない技師の俺と、セクサロイドのボディに閉じ込められたサイボーグ傭兵で。
ACT 1:AFTERMATH ―― 了
強化義肢を肩のマウントから引き抜く。両手で抱えて作業台に置く――ガツンッ! と金属と金属がぶつかる鈍い音が響いて、周りに散らばってるパーツが跳ねた。片腕で重量は優に20キロを超える。
肩口の断面にチタン製ハードポイントと、軍用義体がまさにこういう深度メンテナンスのために体中に散らばらせてる較正用ポートが露出する。そこに天井から垂れ下がってるケーブル類をパチン、パチンと接続していく。これで運動皮質と感覚プロセッサと直接会話できる。
施術台を取り囲むように備え付けられた複数のスクリーンに次々と波形が立ち上がって、ステータスログがリアルタイムで流れていく。
「ったく……どんな無茶な戦い方してきたんだか」
ブツブツ呟きながら、診断コンソールを叩く。
最近じゃ義体の較正が仕事の七割くらいを占めてる。週に何回この作業やってるか数えたくもない。
この辺りじゃ対サイボーグ戦がどんどん一般的化して、火力のインフレが止まらない。大口径銃だの高出力振動刀だのをブン回す傭兵たちは、メーカーが想定する運用限界をはるかに超えて体を酷使する。で、グリッチが出るとか、反応速度がコンマ数秒ズレてるとか文句垂れながらここに来る。
この工房は俺のもんになる前は爺ちゃんのだった。
15の時に死なれて、そのまま継いだ。借金と評判、屋上にちっさい神社があるオンボロビル、何年も騙し騙し使ってる古い機材とか全部ひっくるめて。
死ぬほど散らかってる。
壁はスクラップヤードから引っ張ってきたジャンクで埋め尽くされてる。作業台は工具の山と、俺が趣味で弄ってる軍用テックの残骸で視界が悪い。
天井からは太いケーブルの束が何十本もぶら下がって、蔦みたいに支持梁から垂れ下がってる。正直、半分くらいは何に繋がってるのか俺も把握してない。爺ちゃんが配線図を残さなかったせいで、今となっちゃ調べようもない。触ると何が起こるかわからないから、そのまま放置してる。
……それでも、この作業には最低あと一本必要だ。
施術台の反対側に垂れ下がってるケーブル――手を伸ばすと何か別のもんを引っ掛けそうな位置にある。
「……ムコ、悪いけど」
コンソールから目を離さずに声をかけた。
「そっち側のケーブル、こいつの腰の較正ポートに繋いでくれ」
コッ、とヒールの音が床を打った。
下層地区の汚い修理工房には似つかわしくない長身の女が、周辺視野に入ってくる。
完璧に左右対称な顔、現実離れしたプロポーション。ほとんどプラチナの短髪がオーバーヘッドライトを受けて白飛びし、目元に濃い影を落としてる。瞳は暗い――何を考えてるのか全く読めない。
全身にピッチリ張り付くボディスーツを着てる。足元はスーツと一体型のサイハイ・ブーツ。太ももから踵まで継ぎ目のない長い脚が、ぬらりと黒光りする。
上には年季の入ったODのコンバットジャケットを羽織ってるが、前は閉められない。デカすぎる胸がジャケットを押しのけて、アラミド繊維に圧迫された巨大な双丘がモロに見えてる。
こいつはムコ。
俺の工房に転がり込んできた、トラブルの種。
最高級セクサロイドのボディに閉じ込められた、元・サイボーグ傭兵の「男」だ。
「どれだ」
極上の女体から出てくるのは、感情を削ぎ落としたような低い男声。
その不一致が――俺の性癖に確実に、かなり深刻に、悪さしてる。
クソ。
「……客の上にぶら下がってる、赤いラインが入った太いやつ」
返事の代わりに、施術台を回り込むヒールの硬質な音が、コツ、コツ、コツ、と規則的に響く。割れ目までくっきりあらわになったでっけえケツが、歩くたびにムチッ……ムチッ……と左右に揺れる。
ムコが俺の指示したケーブルに向かって、施術台越しに手を伸ばした。
前かがみになる。つまり――
ボディスーツにミッチリ圧迫されて胸部ハーネスで絞られた、あのバカでけえ乳が――まさに客の顔面に重々しくぶら下がる。
目から10センチも離れてない。
「ぅお゛ッ……!!?」
客が呻いて、ディスプレイの波形がビクンッッ!! と斜めに跳ね上がった。
「…………」
……こいつ……。
「これか?」
前傾姿勢のまま、ムコが言う。
俺はチラリとディスプレイの一つに目をやった。施術台の客の光学系と同期してる視覚フィードだ。こいつの見てるものがリアルタイムで映し出されてる。
……そこに映ってるのは、視界を完全に埋め尽くす圧倒的な質量。谷間の向こうに天井のライトがぼんやり光ってる。
「……あー、違う。その右」
俺が言うと、ムコが別のケーブルに手を伸ばす。
ゆすっ♡ ゆすっ♡ ――ディスプレイではドアップの下乳が暴れている。客がもう一度呻いて波形もさらに暴れる。
そうこうしてる間も、背後から視線がビシバシ突き刺さってくる。
野次馬どもだ。
工房の待合エリア――そう呼べるかも怪しい、入り口と作業場を隔てるカウンターの向こうにたむろしているのは、戦闘MODの塊みたいな重サイボーグどもが5、6人。カウンターに肘をついたり壁に寄りかかったりしながら、ムコに飢えた視線を投げている。
一仕事終えてきた即応PMCの火力チームだ。過去1時間そこにいて、キャリブレーションを交代でやってる。
……俺は今まで散々、定期メンテナンスに来いって口酸っぱく顧客に言い聞かせてきた。こいつら俺の言うこと聞いたか? 全然。リマインドメール、ガン無視しやがって。
ところがムコが居着いて、うちが「ドエロい用心棒の女を雇ったらしい」って話が広まった途端にこれだ。ムコ目当てで、何かと理由をつけて足しげく通いやがる。こちとら飯のタネだから強くも言えないが、正直うっとおしい。
「ブラッド」
ムコが言う。
「繋げたが認識しないぞ。プラグが壊れてるかもしれない」
「マジか」
コンソールを叩いて、すぐに原因がわかった。
「あー、ケーブルは大丈夫だ。ルートコネクタの根本が緩んでるとそうなる。だいぶ年期入ってるからな」
施術台のメインアレイを指差す。問題の接続部は低い位置にある。ほとんど床すれすれ。
「差し直せば直ると思う。そこ、わかるか?」
「ああ、見える」
と、ムコが無造作にしゃがみ込んだ。
――恥じらいもなく大股開きで長い脚を折り畳み、踵に尻がぶつかるまでスクワットの要領でまっすぐ腰を落とす。
どっしり♡ と。
ヒールの踵にあのデカ尻が乗っかる。
ボディスーツのファイバー素材が限界まで引き伸ばされて、張力でうっすら白っぽく色を飛ばす。
――っ、……やばいって。
俺の脳の理性的な部分は、ムコの中身が何なのかってことで、股間が反応するのに必死にブレーキをかけようとする。
男。元サイボーグ傭兵。意思に反してセクサロイドに脳殻を移植された、男。男なんだ。
そんで脳の理性的じゃない部分は、あのスパイダー騎乗位みてーなクッソ卑猥な後ろ姿に完全に食いついてる。
……しっかりしろ俺。あいつは男、あいつは男、あいつは男、あいつは――
「よし」
ムコが流れるような動作で立ち上がる。
「…………サンキュ」
首の後ろを這い上がる熱を無視して、なんとか声を絞り出した。
俺はコンソールに向き直って、診断シーケンスを起動する。画面に「自動解析実行中」の文字が浮かぶ。完了まで大体15分ってとこだ。この間は俺がやることはない。システムが勝手に義体の全サブシステムをスキャンして、問題箇所をリストアップしてくれる。
……カウンターの向こうから、妙に切迫した男たちの声が聞こえてくる。
「……たまんねぇな……」
「一回お手合わせ願いてぇもんだぜ……」
「バカ、聞いてねえのか? ……中身は男だって話だぞ」
「……ハッ、重々承知だよクソッタレ。……俺はノーマルだったのに、クソッ……!! こいつのせいでよ……ッ!!」
傭兵の一人が頭を抱えて、別の一人が肩を叩いて慰めてる。
……うちの客層がだんだんキモくなってる気がする。
一方でムコは、ギトギトの性欲をいくら浴びても全く意に介さない。
セクサロイドOSの影響だろうとは思う。野郎からエロい目を向けられることへの認知がおそらく根本から書き換えられてる。
でも、ムコ自身もかなり天然入ってるっぽいというか、そういう方面にクソ鈍感な節があるから、どこからどこまでがプログラムで、どこからが本人の性質なのか、正直判別がつかない。
ムコのことを説明すると――おそらく、相当場数を踏んだ傭兵だった。それが同業者に恨みを買ってハメられて、脳殻を摘出されてセクサロイドに移植された。それもカグラザカ・ニンギョウの傀儡女っつー、VIP相手の商売しかしない最高峰メーカーの最上位モデル。メガコーポお偉方の腕に収まるコンパニオン。一般人の生涯年収積んでも手が届かない代物だ。俺みたいなしがない下層の人間が直接お目にかかれる機会なんて、普通は絶対にない。
どっかに運ばれてる途中に何か起きたのか、スクラップヤードの輸送コンテナの中で眠ってるところを俺が偶然見つけて起動した。ジャンクパーツ漁りに行って、とんでもないもん引き当てたもんだ。
正直な話、最初はエロいことしか考えてなかった。
セクサロイド拾った男が何考えるかなんて決まってるだろ!? でもフタ開けてみたら、男の脳殻が癒着してた。そこで頭が真っ白になった。
関わり合いになったら負けな、ヤバそうな事情がありありと透けて見える。でも蹴り出すわけにもいかない。結局なし崩し的に今に至る。性欲に負けたとも言う。
運の良いことに俺は義体専門の技師だ。脳や脊椎、深部組織の統合もかじってる。できる範囲で調べた。
ムコの脳殻が旧式のヒシガミ規格で、カグラザカ・ニンギョウがヒシガミ傘下なのが幸いしたのか、換装自体は成功してた。悪趣味極まりないが、技術的には相当に高度な仕事だ。どこのどいつがやったのか、ツラを拝んでみたい。先に一発殴らせてもらうけど。
問題は、仕様外の移植で脳殻に深刻なダメージがあったことだ。記憶領域の大半が破損してた。自分が誰だったのか、何でこんなことになったのか、全部忘れてる。起動した時のムコは、名前すら覚えてなかった。「武庫」って名前は、唯一俺がサルベージできた情報だ。
脳殻のパーソナルデータは破損というより、かなり前から人為的に消去されてた形跡があった。
よりによってあのヒシガミの旧式軍用グレード脳殻に、消された個人データ。
やべー匂いがぷんぷんするよな?
ヒシガミお抱えの企業兵、あるいはその出自の相当やばいものを見てきた傭兵——推測するに、ムコの過去はそんなところだ。
ソフト的な話は、俺の知識レベルじゃお手上げた。
診断ログを見る限り、どうやら脳殻の制御系統とセクサロイドOS両方が同時にアクティブで並走してる。
ありえない。普通に考えればコンフリクトを起こしてシステムがクラッシュする。
でもムコは動いてる。感情の起伏は乏しいが、人間らしく会話する。ただ内部でどういう処理が走ってるのか、俺には全くわからない。完全なブラックボックスだ。
男の意識――兵士、傭兵、重義体化して死線を走り続ける稼業を自分の意思で選んだ人間――と、そのボディを本来の目的のために機能させるよう設計された人工ペルソナが、常にせめぎあってる状態。
どっちが優位なのか? わからない。
セクサロイドOSの人格オーバーレイが、ムコの意識レイヤーを上書きしてるのか? それとも逆で、ムコがシステムをねじ伏せてコントロールしてるのか? あるいは混じり合って第三の何かになってるのか?
確かなのは、同性に性の対象として見られることへのムコの反応は――完全な無関心から時々見せる軽い面白がりまで幅があるんだが、「不快」には絶対に振れないってことだ。
義体技師としちゃ、かなり興味深い現象だ。
同居人の立場からすると……危なっかしくて見てられねーし、無防備すぎて身が持たない。
店主としては……店が変態の集会所になりつつあってマジで困る。
「よ~~~おムコっちゃん♡ 相変わらず凶暴なパイオツぶら下げてんなァ」
クソ。変態がもう一人追加だ。
「ジャーゴン……」
「あン? なんだその反応。得意客に対する態度か?」
戦闘刺激剤漬けの改造中毒の典型例。サイバネ好きで筋金入りのドールマニア。ムコの素体を一目見て、クグツメだと看破した唯一の客だ。
ムコが見知った顔を見て緩慢に反応する。
「またお前か。暇なのか?」
「ひでえなムコっちゃん! せっかくアンタにイイ話持ってきたってのによお」
ジャーゴンがカウンターに肘をついて、ニヤついた笑みを浮かべた。
「いい話って?」
「仕事だよ。前に言ってただろ? 傭兵稼業に興味あるって」
俺は手を止めた。コンソールの上で指が浮く。
――ブッチャーとの騒動から、もう3ヶ月が経ってる。
ブッチャーってのは、ムコをこのザマにした張本人だ。5眼の全頭型サイボーグ。サディストで、ムコに常軌を逸した執着心を持つクソ変態サイコ野郎。
どうやら昔ムコと何かあったらしい。それで究極の復讐として、ムコの脳殻を軍用義体から引き抜き、セクサロイドに強制換装……自分だけの性奴隷にしようと画策した。おえええ、想像するだけで吐き気がする。
3ヶ月前、奴はムコの居場所を突き止めてこの工房に乗り込んできた。子飼いの殺し屋部隊を引き連れて。
俺たちは逃げた。工業地区の廃工場まで追い詰められて、そこで最後の戦いになった。
ムコの戦闘ファームウェアが覚醒したのはその時だ。
俺が見てきた中で、最も暴力が凝縮された10分間が展開された。
ムコはブッチャーの部下たちをスクラップにして、派手にケリをつけた。セクサロイドのボディで。あの華奢に見える腕と脚で、殺しを生業とするサイボーグどもを次々と。
ブッチャー本人は逃げおおせたが、ムコの最後の一発があの5眼の半分を吹き飛ばした。奴が生き延びたかどうかは知らない。でも少なくとも、身をもって学んだはずだ――セクサロイドのボディだろうが何だろうが、ムコという男の本質的な危険性は何一つ変わらないってことを。
問題はそこからだ。
ブッチャーがムコから奪った元のボディ――あれはただの軍用義体じゃなかった。
ムコは2050年代、第一次企業戦争の真っ只中、メガコーポの軍拡競争が最高潮に達した時代にヒシガミが開発した全身義体だった。詳細は不明だが、何十年経った今でもメガコーポ各社が喉から手が出るほど欲しがっているヒシガミの軍事機密だ。
ブッチャーが吐いた情報を信じるなら、その義体はすでに売却されてる。どこかの仲介屋の手に渡って、ブラックマーケットに流れてしまった。
誰が買ったのか。どこに運ばれたのか。今はコーポの研究施設か、コレクターのコレクションルームか――それを突き止めるには、フィクサーのネットワークに食い込むしかない。
だがフィクサーは無名の人間とは取引しない。
連中が相手にするのは実績ある傭兵、企業エージェント、アングラで名の通った人間だけ。下層の義体技師とセクサロイドのコンビなんて、門前払いされるのがオチだ。
だから俺は考えた。
昔ながらのやり方でいく。下から這い上がる。
仕事を請けて、評判を築いて、コネを作る。
それで話はジャーゴンに戻る。
数週間前から、信頼できる常連客の何人かに話を持ちかけてた。何か手頃な仕事があったら回してくれないか、と。PMCやギャングとつながりのある連中に。
ジャーゴンもその一人だった。
「――肩の力抜けよ、大した仕事じゃねえ」
ジャーゴンが手を振った。
「身内でちょっとゴタゴタがあってな、その後始末を手伝ってほしいってだけだ。うまくやれば、うちのボスが管轄のフィクサーに口利きしてやるってよ。ウマい話だろ?」
「お前の身内って……バシリスクの? おいおい、まさか内部抗争の片棒担がせる気じゃねーだろうな」
企業戦争後、メガコーポの軍縮であぶれたサイボーグ兵士がPMCにスライドし、そのPMCも乱立して互いに契約と補給路を奪い合ってる時代だ。今どきの傭兵の世界ってのは高度に組織化してる。ヒシガミ系、アーマテク系、ネイヘイ系……軍属時代のサイバネティクスの系統をくむ派閥があって、縄張りを巡って抗争してる。
民間軍事企業といっても本質的には、コーポが表の看板じゃできない汚い仕事を外注するための便利屋。アンダーグラウンドに根を張って動いてる。実態は犯罪シンジケート、重武装したギャング組織に近い。
バシリスクはこの地区で幅を利かせてる、末端の構成員だけで百は超えるそこそこデカい組だ。幹部の首がすげ変わるような内ゲバには巻き込まれたくない。
「そんな物騒な話じゃねえよ、ただの制裁だ。派手にやらかした馬鹿がいて、今は自分がオーナーのナイトクラブに立て籠もってる。そいつを引きずり出して、引き渡してくれ。できれば五体満足でな」
「いつだ?」
「数日後。でもまず顔合わせが必要だ。ボスが直接会って確かめたいんだと――お前らがズブの素人じゃねーかってな」
「お前のシマで?」
「ああ。明日の夜来い。場所送っとくぜ」
俺はムコと視線を交わした。ムコは無言で頷いた。
「……しっかし、中に男が入ってるなんてな。俺好みのブッ飛んだ話だぜ」
ジャーゴンの光学系が、ムコの胸から腰、そして太ももへとあからさまに這い回る。
「マジな話――いくら中身が手練れっつってもよォ。ドールの体でまともに戦えんのか? 確かに男の首くらいへし折れそうなぶっとい太ももしてっけど」
ジャーゴンがニヤつきながら続けた。半分からかってて、半分は本気で疑ってる。
そりゃそうだろう。ムコの華奢でいて肉感的なボディは、どう見てもゴツイ軍用サイボーグと渡り合えるようには思えない。ベッドに繋がれて夜の奉仕をするために設計された、極上の人形だ。
「……そのドールがブッチャーの殺し屋部隊を全滅させるのを、俺はこの目で見たんだぞ。それに……」
俺は言葉を切って、少しテッキーモードに入った。
「カグラザカのモデルは要人警護も想定して作られてる。フレームの耐久性も相当なもんだし、センサー密度、バランサーの精度、反応速度――どれを取ってもその辺の軍用義体よりよっぽど良いのを積んでる」
……まあ、本来の設計意図は、ヤってるときにあらゆる刺激を感じまくって、どんなアクロバティックな体位でも完璧に維持するためなんだが。
「加えて言うなら、外装の下は俺が戦闘用にフル改造したからな。単純な出力だってお前とタメ張れるぞ」
ブッチャー襲撃の後、俺は何週間もムコのボディのオーバーホールと改造に費やした。今では軍用サイボーグと同じくらい効率的に人を殺せるはずだ。
「改造ねえ……」
ジャーゴンが訝しげにムコを見る。
「カグラザカ純正の人工皮膚に分割線作っちまってよ。勿体ねえ。コレクターがクグツメのミントコンディションにいくら払うと思ってんだ? このビル100回建て直せるぜ」
確かにムコの顔や体には、今やパネルラインが走ってる。目回り、顎のライン、首筋、見えないところにもっと――メンテナンスハッチを増設した痕だ。
仕方ねえだろ。これから本気で荒事をやってくからには、フレーム内部に容易にアクセスできないと話にならない。元々のクグツメは完全密閉型で、整備性より見た目を優先した設計だった。
でも悪いことばかりじゃない。
俺は意図的に生身の人間が義体化した時に残る手術痕に寄せてシームのパターンを作った。
おかげでドールだってバレにくくなったはずだ。少なくとも、ジャーゴンみたいなマニアじゃない限りは。
ジャーゴンが肩をすくめてから、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「……戦闘用にフル改造って言ったが――アソコはしっかり残してんだろ?」
「……ッ、何言って……」
「バレバレなんだよ、どうせあのド変態ドール野郎と毎日パコってんだろ。ガキのくせにいい思いしやがって……」
それからムコににじり寄った。
強化義肢の片腕が背後に回り込む。手がムコの細腰に落ち着き、くびれを確かめるようにやらしい手つきでさすり上げる。それから徐々に下へ――尻の膨らみが始まる、ギリギリの境界線を往復する。あと数センチ下にずらせば完全にアウトなラインを攻めてる。
ジャーゴンがムコの耳元に顔を寄せる。
「……なームコっちゃん、コトがうまく運んだらハメさせてくれよ。一晩だけでいい、後腐れもねえ。どうよ? 俺のセーフハウスでしっぽりと♡ 斡旋料ってことで。いいだろ? な?♡」
こいつ……ッ、性懲りもねえ。
「マジで言ってんだぜ。どうせいつもあのガキとヤる時、アンアン嘘喘ぎしてんだろ。……俺の自慢の改造コック。上反りカリ高25センチだ。奥ブッ叩いて、深ッけえ本気のアクメさせてやっからよお……」
「……俺に盛るな。何度言ったらわかる? 俺は男だぞ」
とんでもねえセクハラをブチかまされながら、ムコが平坦に言う。相変わらず声に感情の色はない。
「わーってんだよンなことは!! ったく散々チンポイラつかせやがって、そんな乳と尻して男もクソあるかよ、このデカパイマンコ野郎ッ」
ジャーゴンがムコの尻をむんずと掴む。
続いてその強化義肢があらぬ方向に捻じ曲げられる音が。
「いでえええっ! わかったわかった! 降参! クソ、容赦ねぇな!」
「お前とはやらん」
「クソッ!! わかってんのか、そのボディはカグラザカのクグツメなんだぞ!? そんなガキの専用チンポケースにしとくなんてあり得ね――あででででっ!!」
ムコが躾の悪い犬を黙らせるような冷淡さで、そのまま腕をさらに捻った。
解放されたジャーゴンが慌てて距離を取り、肩関節を回した。
「……言っとくが、明日の会合でうちのボスの機嫌損ねんなよ? 俺ほど寛容じゃねーからな!!」
捨て台詞を吐いて、ジャーゴンは工房から出て行った。
そこにピピッという電子音が響く。診断完了の合図だ。
俺はため息をついてコンソールに向き直り、結果を確認し始めた。
手を動かしながらも、頭はすでに別のところにある。
いつかムコの過去と体を取り戻す。
それまで俺たちは一蓮托生だ。
しがない技師の俺と、セクサロイドのボディに閉じ込められたサイボーグ傭兵で。
ACT 1:AFTERMATH ―― 了
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