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ACT 3:BEGINNING
[7] 初仕事の顔合わせに向かう二人は、高級セクサロイド風俗で様々なセクサロイドに遭遇する。[娼婦扱い/痴女コス/公開セックス]
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ヤマザキのエンジンが股下で唸りを上げる。
ブロックを進むごとにどんどん綺麗に、明るく、金の匂いが濃くなる街並みを抜けていく。
縁石沿いにポツポツと、流線型で車高の低い高級車が現れ始める。もれなく近くにタクティカルベストを着た運転手兼護衛が突っ立ってやがるから、夜明けに酔っ払った持ち主がよろめいて店から出てきても、無傷でちゃんとそこに停まってるんだろう。
この辺りまで来るのは、正直言って気が進まない。俺みたいな下層のテック屋がウロつく場所じゃない。
でも今俺たちには目的がある。全てはムコの元の体を取り戻すためだ。
あのヒシガミ製全身義体は、ブッチャーが脳殻を引っこ抜いた後、どこかに売却されたらしい。今頃コーポの研究施設か、あるいはコレクターの個人コレクションか。
問題は、どこにあるかわからないってことだ。
あの義体は小国家のGDPに匹敵する価値があるヒシガミの軍事機密だ。そんなものの流通経路を追うには、それ相応の情報網が要る。
でも俺たちはただの下層の義体技師と、記憶を失ったセクサロイドボディの元サイボーグ。大物仲介屋が相手にするレベルじゃない。
だから地道に這い上がる。末端から少しずつ、アンダーグラウンドでの信頼を積み重ねて、より上位の仲介屋に繋いでもらう。そうやって最終的に、メガコーポの軍事機密級テックの行方を追える、そのレベルの情報ブローカーに辿り着く。
ジャーゴンの持ってきた話を信じるなら、今夜の会合がその第一歩になる。
この地区で幅を利かせてる中堅PMC――バシリスクのボスに顔を売って、試しに仕事を一つこなす。うまくやれば、バシリスクを管轄してるフィクサーに紹介してもらえる。
そこから芋づる式に上に登っていくってわけだ。
途方もなく遠回りで、途方もなく危険。でも他に道はない。
だから俺たちは、場違いな場所に向かって走ってる。
ジャーゴンが送ってきた住所が示すのは、俺が原則として避けてるエリアだった。
コーポ・プラザそのものじゃない。でも十分近い。頭上じゃコーポタワー群が放つ青白い光が、真夜中の空を人工的な群青色に染め上げている。
ここは俺らの世界と奴らの世界の、ちょうどその境界線上にある歓楽街。2つの世界が夜の間だけ混ざり合う。コーポ連中が週末にストレス発散でスラムツーリズムに来て、ストリートの危険を安全に消費する。一方で下層のゴロツキどもは、一晩だけのし上がった気分に浸れる。
バイクを停めて、乱れた前髪を手でかき上げて、建物を見上げる。
投影広告がビルの高さを超えてそびえ立ち、3Dの女を視覚野に直接投影してくる。回転しながら、この街の警察が実際に法執行してたら確実に公然わいせつで捕まるようなポーズを延々とループしてる。
その女の唇が動いて、数ヶ国語で同時に囁く。
『無限の快楽、恥知らずな堕落――あなたの最も暗い欲望に、プレミアムドールがお応えします』
俺は座標を2回確認した。なぜなら、絶対に何か間違ってるはずだからだ。
でもピンが指すのは、まさにここ。
「……よりによって、セクサロイド風俗かよ……」
この街に腐るほどある選択肢の中で、ジャーゴンてめえわざとだろ。
背後のムコはいつも通りの無表情。
「何か問題か?」
「いや……そういうわけじゃねえけど」
俺は文句の続きを飲み込んだ。
そりゃジャーゴンならムコが同席する「ビジネスミーティング」にこういう場所を指定するよな。あのクソ野郎、絶対この状況を面白がってる。
「一般客がいる商業施設に見えるな」
「ああ、バシリスクが経営してる店の一つだ。たぶん中立地帯とかそんな感じだろ。外部の人間とビジネスするための」
俺は数ブロック離れたところでヤマザキのエンジンを切って、そっから歩いて接近することにした。このポンコツバイクで乗りつけたら、宝石店の真ん前に放置された犬の糞並みに浮くからな。
ムコの長い脚が優雅にシートを跨ぎ、ブーツの12センチヒールがコッ、と舗装を打つ。
頭をわずかに傾けて、あの変わらない無表情で看板を眺める。人形、偶、 DOLL――ネオンサインがチカチカ多言語に切り替わっていく。
「売春宿か?」
「厳密に言うと、ドールハウスは別の業態だ。一応な」
俺は反射的に訂正しながら、バイクのスタンドを立てた。
「有意な違いは見出せないが」
「まあ、法的には区別があんだよ。ドールは人間じゃねーから売春にならない。建前上はただの……機材レンタルっつーのかな」
結局やってることは同じだけどな。男が金払って穴を借りる。
ドールハウスにもピンキリがある。俺が週末に通ってた下層の店なんて、一発5クレジット15分。突き出されたケツの列から1つ選んで、立ったままコトを済ませる。公衆トイレと同じくらいロマンチック。
ここはグレードでいえば完全に別格だ。クラブ形式、それも平日の夜なのに建物をぐるりと囲むように列ができてる。並んでるのは高層から降りてきたコーポの社畜風情がほとんどで、何人かはギアに企業警備のパッチをつけてる。軽~中度の換装率がここでは標準だ。
深呼吸して、あのドアをくぐる気合いを入れてたところで、背後から聞こえた。
ヒュウ、と露骨に下品な低い口笛が。
ムコが足を止めて、俺より先に発信源を捉える。
振り返ると、4ドアクーペがアイドリングしてた。窓は全部スモークだが、助手席だけ開いてる。そこから半身乗り出してるのは俺と同じか、1、2歳年上くらいの若い男。こめかみに高そうなクロームがキラついてる。
どう見てもパパの金で夜遊びに出てきたコーポのボンボンだ。
そいつが叫んだ。
「そこの美人! 今夜客取ってんの~!?」
……マジか。勘弁しろよ……。
後部座席の窓がスーッと下りて、さらに2つの顔が現れる。
「マジでイイ女じゃん。アイツ二穴同時やると思う?」
「もちろんやるだろ、金積めば。みんなで回そうぜ」
「なあ! 俺たち、ここから数ブロックのとこにペントハウス持ってんだけどさ! 出張してくんね? 通常料金の5倍出すからさー!」
「それにパーティーの余興もあるぜ。アセンション、シンクロ、ニルヴァーナ、そういうの好きなら――」
「バカ、表で興奮剤の話すんなって」
……こいつら。
ムコを娼婦だと思ってやがる。
高級店の周辺で客引いてる立ちんぼだと。クソガキのヤク漬け乱交パーティーにノコノコ付いてって、アナルも二穴も何でもやらせる商売女だと。
正直、今いるエリアとムコの格好を考えれば、無理のない判断ではある。
ジャケット羽織ってても、あの110センチ爆乳と尻は隠しようがない。ボディスーツでケツの割れ目までくっきり出した美女が、12センチヒール履いて、クラブの外をウロついてたら……ああ、そういう推測をされる。
首筋に熱が這い上がってくる。怒りか? いや……まあそれもあるけど。
俺の脳の一部は、この状況に若干興奮してやがる。
マヌケどもが、俺が過去3ヶ月ほぼ毎日中出ししまくってきた相手に言い寄ってる。その事実が、俺の脳みその非常によくない領域を妙に刺激してる。
ヤる算段立ててるとこ申し訳ねえんだけど――こいつ、俺のなんだわ。
まあ、厳密に言えば、ムコとそういう独占的な関係結んだわけじゃない。ただ一緒に住んでて、俺がボディの面倒見てやって、定期的にセックスしてるだけで。
……うん、やっぱ結構俺のだわ。
だよな?
助手席の奴がさらに身を乗り出した。ムコのフルシカトに勢いづいて声を上げる。
「おい! 耳聞こえねーのか!? お前に話しかけてんだよ、バカ乳売女!」
俺はズカズカ前に出て、ムコとそのクソ野郎の視線の間に体をねじ込んだ。
コーポのボンボンどもの目が、ようやく俺の存在を認識した。上から下まで値踏みするように眺めてくる。
オイルとグリース染みだらけのジャケット。産業用拡張義肢がむき出しの両腕。こいつらが普段視界にも入れない下層のネズミ。
「……もういいだろ、ムコ。さっさと行くぞ」
俺はムコにだけ聞こえる程度に低く言って――手を腰に置いた。
カジュアルを装ったボディタッチ。ケツの膨らみのすぐ上、ボディスーツの六角形パターンがピチピチに張ってる場所に。さりげない所有権の主張。このケツは取られてんだよ、他当たれボケ――甘やかされて育ったコーポのガキでも理解できる、男同士の普遍言語で。
踵を返して歩き出す。
でも我慢できなくて、数歩進んだところで肩越しにチラッと振り返った。
ボンボンたちはまだそこで俺たちを見てた。口をぽかんと開けて。ニヤけ面は消えて、下層の貧乏人が絶対に手に入れられないはずの女を連れてることへの困惑と、プライドを傷つけられた苛立ちが混ざった表情に変わってる。
ああそうだよこれ見えるか? お前らがヨダレ垂らしてるこの激エロ女は毎日俺にタダマンさせてんだよ。
あ、それとな? ついでに教えてやるけど、3時間前にヤったばっかなんだわ。
ここ来る前になんか無性にムラついて、時間なかったから服も脱がさず、ムコを作業台に手つかせて、吐息交じりに小声で「……早くイけ……っ」って急かされながら、あのケツにパンパンパンパン打ち込んだ。
超気持ちよかったぜバーーーーカ!!!
俺は今、自分の頭の中にしか存在しない何らかのアホな競争に、勝った。
ああクソ、これ最高に気持ちいい……っ。優越感で脳がトロける……っ。
「もういいか?」
ムコの声が、俺の内的勝利パレードに冷水をぶっかけた。
ハッとして我に返る。俺の手のひらはまだムコの腰にあって、無意識にギュッと力が入ってて、ムコを自分の方に引き寄せてる。
火傷したみたいに手を引っ込めた。さっきまでの強気と独占欲が一瞬で蒸発する。
「ごめ……ッ! わ、わりい、これはその……あいつらがクソだったから、ハッキリさせようかなって、お前が商売女じゃないって示すっていうか……その……」
「今夜はやけにテストステロン値が高いな。会合のストレスか?」
「……っ、俺のバイタル監視してんじゃねーよ……」
「ふむ」
それだけ。
ムコが面白がってるのか、呆れてるのか、それともこの一部始終全部どうでもいいと思ってるのか……全く読めなかった。
「と、とにかく」
建物の方を親指で示す。
「……中入ろうぜ、な? 遅れたらマズい」
ムコは数秒俺を見つめてから、入り口に向かって歩き出した。
俺は慌てて後を追う。
ムコが俺のバイタルサインを24時間365日モニタリングしてて、さっきのやり取り全体で俺がどんだけ興奮してたか正確に把握してるって事実を、必死に頭から追い出しながら。
クソ。今夜は最高のスタートだわ。
背後で4ドアクーペの窓が上がって、乱暴なハンドリングで縁石から離れていった。
◇
俺たちは、入場待ちしてる長蛇の列を完全無視してドアに直行した。
ムコが隣に並んで歩き、ヒールがコツコツと、あの機械的な正確さでアスファルトを打つ。
列の何人かがイラついた視線を投げてきたが、ムコの横顔とあの尻を一目見て黙り込んだ。
入り口を守ってる用心棒は、筋肉とクロームで構成された生ける壁だった。身長は軽く2メートル半、肩幅は俺の倍ある。
その図体で俺たちの進路を物理的に塞いだ。
「殴られてえのか、ガキ。列の最後尾はあっちだ」
俺は黙ってジャーゴンから送られてきたアクセストークンを転送した。奴の網膜に直接データが飛ぶ。
バウンサーの表情は変わらなかったが、光学系がチラついた。コードを処理して、ローカルネットで接続したバシリスクのデータベースと照合してる。
数秒後、脇に寄った。
「……奥のエレベーターで最上階に行け。トラブル起こすんじゃねえぞ」
俺たちは中に入った。
◇
メインフロアは圧巻だった。
高級ストリップクラブとドールのショールームを混ぜて、そこにネオンを1トン追加して、さらに男の性欲を液化してぶちまけたような空間が広がっていた。
天井は高い、10メートルくらいか。上の方にキャットウォークが縦横に走ってて、ライトリグとホロ投影機材が吊り下がってる。
中央に円形ステージ。そこから放射状に、段々になったブースが並ぶ。客たちがボトルを散らかして飲んで笑って、通りかかる「商品」を腰で掴んで膝に引き寄せてる。
そしてその商品ってのが半端ない。
ダンサー。給仕。ネオンの海を泳ぐように動く全ての存在が――全部ドールだ。しかも安物じゃない。
ドールに焦点を合わせると、俺の拡張視覚が自動フォーカスして識別子を読み取る。
ケツを催眠術みたいに左右に揺らしながらトレイを運んでるのは、少仿重工・朱融モデル。
中華メーカー。「誇張された女性的美学」で東アジア市場を席巻してる。まあ翻訳すると、爆乳・極太太もも・デカ尻の3点セットで男の脳みそ溶かしにくる、頭の悪いエロドールばっか作ってるとこだ。高価に見えて実際の価格帯はミドルレンジ。コーポの接待用に人気の定番商品。
でもってその朱融は、本体価格から考えるとあり得ないクソみたいな格好させられてる。
上半身は乳首にハートのニプレスだけ。デカ乳がフルオープンで、一歩進むたびにゆっさゆっさ暴れまくってる。下はマイクロミニのスカート……いや、もうスカートって呼ぶのも失礼なレベルの布切れ。太ももの半分も隠せてない。ちょっと前かがみになっただけで後ろから中見えそう。足元はピンヒール。
……高級ドールにこんな格好させるか普通?
でもそれがこの店の売りなんだろう。最高品質のドールにド下品風俗衣装着せて、最低のオナホ扱いで提供するってのが。
見た感じ、フロアにいる全員が同じような痴女コスで統一されてる。
別のドールが滑るように俺の横を通り過ぎる。タグが読み取れた。
旧シュペルナー・クンストヴェルケ社のレガシーシリーズ。
マジかよ……あれ、ネオユーロ産業複合体に吸収される前の、独立企業時代のシュペルナーだぞ。マニアが血眼で探してるコレクターズアイテム。それがあんな格好で酒運んでる。
歩きながら次々スキャンする。
小柄でロリっぽいあれは、躯体技研のオーパスゼロ。カグラザカと競合してる日本のハイエンドメーカー。
あの触ったら砕けそうに見える陶磁器みたいな人工皮膚は、クロストラム・セラミクスの白磁肌シリーズ。
「……すっげ~……」
思わず呟く。ほとんど純粋な感動で。
クソみてーな服装はさておき、こんなハイエンドモデルの集合体を生で見たことがない。
近くにいたシャオフェンモデルの一体が、客のテーブルにグラスを置くために身を乗り出した。
真っ白でムッチムチの巨尻がぐいっとこっちに突き出されて、脳の全機能が0.5秒フリーズする。
マイクロミニスカートの裾から完全にはみ出してて、Tバックの紐が食い込んでる。あの尻たぶに思いっきり平手打ちかましたくなる衝動が湧く。スパァンッて。
……ダメだ、集中しろ俺。ビジネスで来てるんだぞ……。
近くのブースから、男たちの声が流れてくる。
「シャオフェンの新型が入ってるって話だぜ」
「おっ、マジ? 指名すっかな」
「出たよ、シャオフェン信者。おめー大陸系メーカー好きだよなぁ」
「何言ってんだ、あいつらはドールの作り方わかってんだよ。長い乳、デカい尻、タッパもあって……最高だろ」
「両手で掴めるくらいのちっこい尻が至高なんだよ。キッツいのに本気でねじ込むのが――」
クラブを進むにつれて、ロクでもない会話が遠ざかっていく。
ブースはそれぞれ、いろんな段階の淫蕩に占領されてる。
まだ飲んで話してるだけのもある。ドールを膝に乗せて、スキンの上を手が這い回ってるのもある。
そして……
『ぁあっ♡ あんっ♡ ンんっ♡ ぁあんっ♡♡』
チラッと見ちまった。見るつもりなかったのに。
コーポ野郎がネクタイ緩めてズボン足首まで下ろして、人生最後のファックみたいにヤってる。
ドールは両手を後ろに引かれて、長い髪を振り乱して、完全に生オナホだ。
その真向かいのシートでは別の男がふんぞり返って座ってて、ドールが脚の間に膝ついて、頭を鷲摑みされながらチュポチュポ音立ててる。
「――積み荷はクリーンだって言っただろうがッ!!」
「税関が通さねえならテメーの準備不足だろ――」
2ブース離れたところでは怒号が炸裂した。
何かの取引が決裂したらしい。コーポ男2人が殴り合い寸前。双方のボディーガードが緊張して、手が腰のホルスターに忍び寄る。一触即発だ。
「随分と……いかがわしい店だな」
ムコがブースを横目に言った。客、ドール、目の前で繰り広げられてる公開セックスを、まるでエイリアンの交尾儀式でも観察するような目で見てる。
「……見ただろ? このラインナップ。高級ドールばっか」
俺は誰とも目を合わせないように努めながら、声を落として囁き返した。
「全部密輸されてる。バシリスクの供給ルートがなきゃ、こんな在庫は揃えられない。この店の運営は完全に非合法だ」
「なるほど」
「ドールハウスはバシリスクの主要なシノギの一つなんだよ。ドンパチ稼業の次にデカい稼ぎ頭だ」
元来サイボーグとセクサロイド性産業ってのは、切っても切り離せない。共生関係と言ってもいい。
2040年代、企業戦争が激化して、メガコーポが私兵を数ヶ月単位で前線に送り込み始めた。サイボーグ兵士は肉体的疲労を感じにくい。けど性欲は消えない。むしろ強化される。ホルモンバランスが崩れて、攻撃性と性衝動が跳ね上がる。
その慰安装置として始まったのがセクサロイドってわけだ。
軍の支給モデルに搭載されてるのは最低限の機能だけ。オートバランサーで体位を維持して、穴締めて、タイミングよく喘ぐ。文字通りのセックス人形。それ以上でも以下でもない。
でも民生市場が解禁された途端、爆発的に進化した。
富裕層向けのハイエンドモデルは年々先鋭化してて、今や価格もステータスも高級車並み。純資産計算に影響するから金融開示で報告義務がある類の買い物だ。グレードごとに税率も違う。人格エミュレート搭載ともなると欧州管区じゃ禁制品だ。本物の人身売買に近すぎるって理由で。
そしてそのトップティアに君臨するのが、ムコのボディ、カグラザカ・ニンギョウの傀儡女ラインだ。
給仕の一人がこっちに向かって歩いてくる。片手でトレイを完璧にバランスさせて。
俺の拡張視野が自動でブランドタグを読み取った。カグラザカ・ニンギョウと。
二度見した。
ムコも隣で足を止めた。
このドール、ムコと同じ顔をしてる。
カグラザカのデザイナーが何十年もかけて洗練してきた、あの微妙に伏せ目がちな瞳の角度。
ムコがバッサリ切り落とした白金の髪が、あいつはカグラザカのシグネチャースタイルのまま、肩で揺れてる。
ドールが気づいた。ムコが見てることに。
一瞬、目が合った。
同じ顔の2人が、混雑したクラブの1メートルの空間を隔てて、互いを見つめる。
鏡を見てるみたいだった。ただし反射像が、全く違う世界線を生きてる。
一方はセックス衣装を着て、プログラムされた機能を実行してる。もう一方は戦闘ギアを着て、自分がかつて誰だったか忘れた男の意識を宿してる。
ドールの唇が微笑みのカーブを描いた。カグラザカOSの人格エミュレートが生成する、温かくて誘うような表情。
それから何事もなかったように進んでいく。どっかの客に飲み物を届けに、群衆の中に消えた。
ムコの視線が、見えなくなるまでその背中を追った。
「……俺の同型か?」
ムコが聞く。
「カグラザカ製だけど、クシナダシリーズだ。お前よりひとつ下位のライン。流石にここでもクグツメはいねーな」
ムコは何も言わなかったが、何かを感じてるのは分かった。自分のボディが、本来どういう存在であるべきだったかを見てる。
今のムコの自意識、自己同一性? がどうなってるのか、俺にはサッパリ分かんねえが……自分が唯一無二だって頭で理解してても、同じ顔の別個体を見るのはヘンな感じだったはずだ。
ともあれ、メインフロアの奥に向かって進み続けた。
会合場所の最上階に直結するエレベーターは奥の壁に埋め込まれてた。すりガラスとホログラフィックで散る桜の花びらにさりげなく隠されてる。
ジャーゴンが送ったアクセストークンをセンサーパネルに送信すると、ドアが滑るように開いた。
◇
エレベーターが上昇を始めた。滑らかで静かで、動いてることすら気づかないくらい。
内部は四方全部が磨かれたブラッククローム。小さな空間を広く見せつつ、複数の角度から自分の姿を強制的に見せつけてくる。
俺の顔が映ってる。ひでえ顔だ。
ここまで勢いで来た。ジャーゴンのオファーが本物だと信じて。「いい仕事がある」って言葉を額面通りに受け取って。
でもこの箱に密閉されて、PMCのボスとの会合に向かって急上昇してる今、現実が追いついてきた。
俺、何やってんだ?
ジャーゴンは、技師として評価するならまあ、信頼できる奴だ。
支払い期日に遅れたことはない。装備品は常にメンテされてるし、急ぎの仕事にはいいチップをくれる。でも、興奮剤漬けのMODジャンキーでもある。チンコで考えてから、脳で考える。あいつの意思決定プロセスに、本当に脳が関与してればの話だが。
……よくよく考えると、マジであいつに命預けてんのか? ムコの命も?
これはビジネスミーティングというより、虎の口に真っ直ぐ歩いて入って、機嫌がいいことを祈るって感じだ。
「緊張してるのか?」
ムコが聞く。
「発汗と心拍数が上昇してる」
「……実況ありがとよ」
呟いて、手のひらをジーンズに擦りつける。湿ってる。
「今からPMCのボスに会いに行くんだぞ。気まぐれで俺たちを殺して湾に捨てられる奴に。ちょっとビビってて悪いか?」
「俺がいる」
視線を上げた。ムコはエレベーターのドアをまっすぐ見てるが、手が太ももにさりげなく置かれてるのが見えた。ちょうど腰の振動刀、カタバミ33-03がストラップされてる場所に。
「……わかってる。それが今、Uターンして逃げ出さない唯一の理由だ」
エレベーターが減速する。ふわりと浮遊感。停止。
柔らかいチャイムが鳴った。
ブロックを進むごとにどんどん綺麗に、明るく、金の匂いが濃くなる街並みを抜けていく。
縁石沿いにポツポツと、流線型で車高の低い高級車が現れ始める。もれなく近くにタクティカルベストを着た運転手兼護衛が突っ立ってやがるから、夜明けに酔っ払った持ち主がよろめいて店から出てきても、無傷でちゃんとそこに停まってるんだろう。
この辺りまで来るのは、正直言って気が進まない。俺みたいな下層のテック屋がウロつく場所じゃない。
でも今俺たちには目的がある。全てはムコの元の体を取り戻すためだ。
あのヒシガミ製全身義体は、ブッチャーが脳殻を引っこ抜いた後、どこかに売却されたらしい。今頃コーポの研究施設か、あるいはコレクターの個人コレクションか。
問題は、どこにあるかわからないってことだ。
あの義体は小国家のGDPに匹敵する価値があるヒシガミの軍事機密だ。そんなものの流通経路を追うには、それ相応の情報網が要る。
でも俺たちはただの下層の義体技師と、記憶を失ったセクサロイドボディの元サイボーグ。大物仲介屋が相手にするレベルじゃない。
だから地道に這い上がる。末端から少しずつ、アンダーグラウンドでの信頼を積み重ねて、より上位の仲介屋に繋いでもらう。そうやって最終的に、メガコーポの軍事機密級テックの行方を追える、そのレベルの情報ブローカーに辿り着く。
ジャーゴンの持ってきた話を信じるなら、今夜の会合がその第一歩になる。
この地区で幅を利かせてる中堅PMC――バシリスクのボスに顔を売って、試しに仕事を一つこなす。うまくやれば、バシリスクを管轄してるフィクサーに紹介してもらえる。
そこから芋づる式に上に登っていくってわけだ。
途方もなく遠回りで、途方もなく危険。でも他に道はない。
だから俺たちは、場違いな場所に向かって走ってる。
ジャーゴンが送ってきた住所が示すのは、俺が原則として避けてるエリアだった。
コーポ・プラザそのものじゃない。でも十分近い。頭上じゃコーポタワー群が放つ青白い光が、真夜中の空を人工的な群青色に染め上げている。
ここは俺らの世界と奴らの世界の、ちょうどその境界線上にある歓楽街。2つの世界が夜の間だけ混ざり合う。コーポ連中が週末にストレス発散でスラムツーリズムに来て、ストリートの危険を安全に消費する。一方で下層のゴロツキどもは、一晩だけのし上がった気分に浸れる。
バイクを停めて、乱れた前髪を手でかき上げて、建物を見上げる。
投影広告がビルの高さを超えてそびえ立ち、3Dの女を視覚野に直接投影してくる。回転しながら、この街の警察が実際に法執行してたら確実に公然わいせつで捕まるようなポーズを延々とループしてる。
その女の唇が動いて、数ヶ国語で同時に囁く。
『無限の快楽、恥知らずな堕落――あなたの最も暗い欲望に、プレミアムドールがお応えします』
俺は座標を2回確認した。なぜなら、絶対に何か間違ってるはずだからだ。
でもピンが指すのは、まさにここ。
「……よりによって、セクサロイド風俗かよ……」
この街に腐るほどある選択肢の中で、ジャーゴンてめえわざとだろ。
背後のムコはいつも通りの無表情。
「何か問題か?」
「いや……そういうわけじゃねえけど」
俺は文句の続きを飲み込んだ。
そりゃジャーゴンならムコが同席する「ビジネスミーティング」にこういう場所を指定するよな。あのクソ野郎、絶対この状況を面白がってる。
「一般客がいる商業施設に見えるな」
「ああ、バシリスクが経営してる店の一つだ。たぶん中立地帯とかそんな感じだろ。外部の人間とビジネスするための」
俺は数ブロック離れたところでヤマザキのエンジンを切って、そっから歩いて接近することにした。このポンコツバイクで乗りつけたら、宝石店の真ん前に放置された犬の糞並みに浮くからな。
ムコの長い脚が優雅にシートを跨ぎ、ブーツの12センチヒールがコッ、と舗装を打つ。
頭をわずかに傾けて、あの変わらない無表情で看板を眺める。人形、偶、 DOLL――ネオンサインがチカチカ多言語に切り替わっていく。
「売春宿か?」
「厳密に言うと、ドールハウスは別の業態だ。一応な」
俺は反射的に訂正しながら、バイクのスタンドを立てた。
「有意な違いは見出せないが」
「まあ、法的には区別があんだよ。ドールは人間じゃねーから売春にならない。建前上はただの……機材レンタルっつーのかな」
結局やってることは同じだけどな。男が金払って穴を借りる。
ドールハウスにもピンキリがある。俺が週末に通ってた下層の店なんて、一発5クレジット15分。突き出されたケツの列から1つ選んで、立ったままコトを済ませる。公衆トイレと同じくらいロマンチック。
ここはグレードでいえば完全に別格だ。クラブ形式、それも平日の夜なのに建物をぐるりと囲むように列ができてる。並んでるのは高層から降りてきたコーポの社畜風情がほとんどで、何人かはギアに企業警備のパッチをつけてる。軽~中度の換装率がここでは標準だ。
深呼吸して、あのドアをくぐる気合いを入れてたところで、背後から聞こえた。
ヒュウ、と露骨に下品な低い口笛が。
ムコが足を止めて、俺より先に発信源を捉える。
振り返ると、4ドアクーペがアイドリングしてた。窓は全部スモークだが、助手席だけ開いてる。そこから半身乗り出してるのは俺と同じか、1、2歳年上くらいの若い男。こめかみに高そうなクロームがキラついてる。
どう見てもパパの金で夜遊びに出てきたコーポのボンボンだ。
そいつが叫んだ。
「そこの美人! 今夜客取ってんの~!?」
……マジか。勘弁しろよ……。
後部座席の窓がスーッと下りて、さらに2つの顔が現れる。
「マジでイイ女じゃん。アイツ二穴同時やると思う?」
「もちろんやるだろ、金積めば。みんなで回そうぜ」
「なあ! 俺たち、ここから数ブロックのとこにペントハウス持ってんだけどさ! 出張してくんね? 通常料金の5倍出すからさー!」
「それにパーティーの余興もあるぜ。アセンション、シンクロ、ニルヴァーナ、そういうの好きなら――」
「バカ、表で興奮剤の話すんなって」
……こいつら。
ムコを娼婦だと思ってやがる。
高級店の周辺で客引いてる立ちんぼだと。クソガキのヤク漬け乱交パーティーにノコノコ付いてって、アナルも二穴も何でもやらせる商売女だと。
正直、今いるエリアとムコの格好を考えれば、無理のない判断ではある。
ジャケット羽織ってても、あの110センチ爆乳と尻は隠しようがない。ボディスーツでケツの割れ目までくっきり出した美女が、12センチヒール履いて、クラブの外をウロついてたら……ああ、そういう推測をされる。
首筋に熱が這い上がってくる。怒りか? いや……まあそれもあるけど。
俺の脳の一部は、この状況に若干興奮してやがる。
マヌケどもが、俺が過去3ヶ月ほぼ毎日中出ししまくってきた相手に言い寄ってる。その事実が、俺の脳みその非常によくない領域を妙に刺激してる。
ヤる算段立ててるとこ申し訳ねえんだけど――こいつ、俺のなんだわ。
まあ、厳密に言えば、ムコとそういう独占的な関係結んだわけじゃない。ただ一緒に住んでて、俺がボディの面倒見てやって、定期的にセックスしてるだけで。
……うん、やっぱ結構俺のだわ。
だよな?
助手席の奴がさらに身を乗り出した。ムコのフルシカトに勢いづいて声を上げる。
「おい! 耳聞こえねーのか!? お前に話しかけてんだよ、バカ乳売女!」
俺はズカズカ前に出て、ムコとそのクソ野郎の視線の間に体をねじ込んだ。
コーポのボンボンどもの目が、ようやく俺の存在を認識した。上から下まで値踏みするように眺めてくる。
オイルとグリース染みだらけのジャケット。産業用拡張義肢がむき出しの両腕。こいつらが普段視界にも入れない下層のネズミ。
「……もういいだろ、ムコ。さっさと行くぞ」
俺はムコにだけ聞こえる程度に低く言って――手を腰に置いた。
カジュアルを装ったボディタッチ。ケツの膨らみのすぐ上、ボディスーツの六角形パターンがピチピチに張ってる場所に。さりげない所有権の主張。このケツは取られてんだよ、他当たれボケ――甘やかされて育ったコーポのガキでも理解できる、男同士の普遍言語で。
踵を返して歩き出す。
でも我慢できなくて、数歩進んだところで肩越しにチラッと振り返った。
ボンボンたちはまだそこで俺たちを見てた。口をぽかんと開けて。ニヤけ面は消えて、下層の貧乏人が絶対に手に入れられないはずの女を連れてることへの困惑と、プライドを傷つけられた苛立ちが混ざった表情に変わってる。
ああそうだよこれ見えるか? お前らがヨダレ垂らしてるこの激エロ女は毎日俺にタダマンさせてんだよ。
あ、それとな? ついでに教えてやるけど、3時間前にヤったばっかなんだわ。
ここ来る前になんか無性にムラついて、時間なかったから服も脱がさず、ムコを作業台に手つかせて、吐息交じりに小声で「……早くイけ……っ」って急かされながら、あのケツにパンパンパンパン打ち込んだ。
超気持ちよかったぜバーーーーカ!!!
俺は今、自分の頭の中にしか存在しない何らかのアホな競争に、勝った。
ああクソ、これ最高に気持ちいい……っ。優越感で脳がトロける……っ。
「もういいか?」
ムコの声が、俺の内的勝利パレードに冷水をぶっかけた。
ハッとして我に返る。俺の手のひらはまだムコの腰にあって、無意識にギュッと力が入ってて、ムコを自分の方に引き寄せてる。
火傷したみたいに手を引っ込めた。さっきまでの強気と独占欲が一瞬で蒸発する。
「ごめ……ッ! わ、わりい、これはその……あいつらがクソだったから、ハッキリさせようかなって、お前が商売女じゃないって示すっていうか……その……」
「今夜はやけにテストステロン値が高いな。会合のストレスか?」
「……っ、俺のバイタル監視してんじゃねーよ……」
「ふむ」
それだけ。
ムコが面白がってるのか、呆れてるのか、それともこの一部始終全部どうでもいいと思ってるのか……全く読めなかった。
「と、とにかく」
建物の方を親指で示す。
「……中入ろうぜ、な? 遅れたらマズい」
ムコは数秒俺を見つめてから、入り口に向かって歩き出した。
俺は慌てて後を追う。
ムコが俺のバイタルサインを24時間365日モニタリングしてて、さっきのやり取り全体で俺がどんだけ興奮してたか正確に把握してるって事実を、必死に頭から追い出しながら。
クソ。今夜は最高のスタートだわ。
背後で4ドアクーペの窓が上がって、乱暴なハンドリングで縁石から離れていった。
◇
俺たちは、入場待ちしてる長蛇の列を完全無視してドアに直行した。
ムコが隣に並んで歩き、ヒールがコツコツと、あの機械的な正確さでアスファルトを打つ。
列の何人かがイラついた視線を投げてきたが、ムコの横顔とあの尻を一目見て黙り込んだ。
入り口を守ってる用心棒は、筋肉とクロームで構成された生ける壁だった。身長は軽く2メートル半、肩幅は俺の倍ある。
その図体で俺たちの進路を物理的に塞いだ。
「殴られてえのか、ガキ。列の最後尾はあっちだ」
俺は黙ってジャーゴンから送られてきたアクセストークンを転送した。奴の網膜に直接データが飛ぶ。
バウンサーの表情は変わらなかったが、光学系がチラついた。コードを処理して、ローカルネットで接続したバシリスクのデータベースと照合してる。
数秒後、脇に寄った。
「……奥のエレベーターで最上階に行け。トラブル起こすんじゃねえぞ」
俺たちは中に入った。
◇
メインフロアは圧巻だった。
高級ストリップクラブとドールのショールームを混ぜて、そこにネオンを1トン追加して、さらに男の性欲を液化してぶちまけたような空間が広がっていた。
天井は高い、10メートルくらいか。上の方にキャットウォークが縦横に走ってて、ライトリグとホロ投影機材が吊り下がってる。
中央に円形ステージ。そこから放射状に、段々になったブースが並ぶ。客たちがボトルを散らかして飲んで笑って、通りかかる「商品」を腰で掴んで膝に引き寄せてる。
そしてその商品ってのが半端ない。
ダンサー。給仕。ネオンの海を泳ぐように動く全ての存在が――全部ドールだ。しかも安物じゃない。
ドールに焦点を合わせると、俺の拡張視覚が自動フォーカスして識別子を読み取る。
ケツを催眠術みたいに左右に揺らしながらトレイを運んでるのは、少仿重工・朱融モデル。
中華メーカー。「誇張された女性的美学」で東アジア市場を席巻してる。まあ翻訳すると、爆乳・極太太もも・デカ尻の3点セットで男の脳みそ溶かしにくる、頭の悪いエロドールばっか作ってるとこだ。高価に見えて実際の価格帯はミドルレンジ。コーポの接待用に人気の定番商品。
でもってその朱融は、本体価格から考えるとあり得ないクソみたいな格好させられてる。
上半身は乳首にハートのニプレスだけ。デカ乳がフルオープンで、一歩進むたびにゆっさゆっさ暴れまくってる。下はマイクロミニのスカート……いや、もうスカートって呼ぶのも失礼なレベルの布切れ。太ももの半分も隠せてない。ちょっと前かがみになっただけで後ろから中見えそう。足元はピンヒール。
……高級ドールにこんな格好させるか普通?
でもそれがこの店の売りなんだろう。最高品質のドールにド下品風俗衣装着せて、最低のオナホ扱いで提供するってのが。
見た感じ、フロアにいる全員が同じような痴女コスで統一されてる。
別のドールが滑るように俺の横を通り過ぎる。タグが読み取れた。
旧シュペルナー・クンストヴェルケ社のレガシーシリーズ。
マジかよ……あれ、ネオユーロ産業複合体に吸収される前の、独立企業時代のシュペルナーだぞ。マニアが血眼で探してるコレクターズアイテム。それがあんな格好で酒運んでる。
歩きながら次々スキャンする。
小柄でロリっぽいあれは、躯体技研のオーパスゼロ。カグラザカと競合してる日本のハイエンドメーカー。
あの触ったら砕けそうに見える陶磁器みたいな人工皮膚は、クロストラム・セラミクスの白磁肌シリーズ。
「……すっげ~……」
思わず呟く。ほとんど純粋な感動で。
クソみてーな服装はさておき、こんなハイエンドモデルの集合体を生で見たことがない。
近くにいたシャオフェンモデルの一体が、客のテーブルにグラスを置くために身を乗り出した。
真っ白でムッチムチの巨尻がぐいっとこっちに突き出されて、脳の全機能が0.5秒フリーズする。
マイクロミニスカートの裾から完全にはみ出してて、Tバックの紐が食い込んでる。あの尻たぶに思いっきり平手打ちかましたくなる衝動が湧く。スパァンッて。
……ダメだ、集中しろ俺。ビジネスで来てるんだぞ……。
近くのブースから、男たちの声が流れてくる。
「シャオフェンの新型が入ってるって話だぜ」
「おっ、マジ? 指名すっかな」
「出たよ、シャオフェン信者。おめー大陸系メーカー好きだよなぁ」
「何言ってんだ、あいつらはドールの作り方わかってんだよ。長い乳、デカい尻、タッパもあって……最高だろ」
「両手で掴めるくらいのちっこい尻が至高なんだよ。キッツいのに本気でねじ込むのが――」
クラブを進むにつれて、ロクでもない会話が遠ざかっていく。
ブースはそれぞれ、いろんな段階の淫蕩に占領されてる。
まだ飲んで話してるだけのもある。ドールを膝に乗せて、スキンの上を手が這い回ってるのもある。
そして……
『ぁあっ♡ あんっ♡ ンんっ♡ ぁあんっ♡♡』
チラッと見ちまった。見るつもりなかったのに。
コーポ野郎がネクタイ緩めてズボン足首まで下ろして、人生最後のファックみたいにヤってる。
ドールは両手を後ろに引かれて、長い髪を振り乱して、完全に生オナホだ。
その真向かいのシートでは別の男がふんぞり返って座ってて、ドールが脚の間に膝ついて、頭を鷲摑みされながらチュポチュポ音立ててる。
「――積み荷はクリーンだって言っただろうがッ!!」
「税関が通さねえならテメーの準備不足だろ――」
2ブース離れたところでは怒号が炸裂した。
何かの取引が決裂したらしい。コーポ男2人が殴り合い寸前。双方のボディーガードが緊張して、手が腰のホルスターに忍び寄る。一触即発だ。
「随分と……いかがわしい店だな」
ムコがブースを横目に言った。客、ドール、目の前で繰り広げられてる公開セックスを、まるでエイリアンの交尾儀式でも観察するような目で見てる。
「……見ただろ? このラインナップ。高級ドールばっか」
俺は誰とも目を合わせないように努めながら、声を落として囁き返した。
「全部密輸されてる。バシリスクの供給ルートがなきゃ、こんな在庫は揃えられない。この店の運営は完全に非合法だ」
「なるほど」
「ドールハウスはバシリスクの主要なシノギの一つなんだよ。ドンパチ稼業の次にデカい稼ぎ頭だ」
元来サイボーグとセクサロイド性産業ってのは、切っても切り離せない。共生関係と言ってもいい。
2040年代、企業戦争が激化して、メガコーポが私兵を数ヶ月単位で前線に送り込み始めた。サイボーグ兵士は肉体的疲労を感じにくい。けど性欲は消えない。むしろ強化される。ホルモンバランスが崩れて、攻撃性と性衝動が跳ね上がる。
その慰安装置として始まったのがセクサロイドってわけだ。
軍の支給モデルに搭載されてるのは最低限の機能だけ。オートバランサーで体位を維持して、穴締めて、タイミングよく喘ぐ。文字通りのセックス人形。それ以上でも以下でもない。
でも民生市場が解禁された途端、爆発的に進化した。
富裕層向けのハイエンドモデルは年々先鋭化してて、今や価格もステータスも高級車並み。純資産計算に影響するから金融開示で報告義務がある類の買い物だ。グレードごとに税率も違う。人格エミュレート搭載ともなると欧州管区じゃ禁制品だ。本物の人身売買に近すぎるって理由で。
そしてそのトップティアに君臨するのが、ムコのボディ、カグラザカ・ニンギョウの傀儡女ラインだ。
給仕の一人がこっちに向かって歩いてくる。片手でトレイを完璧にバランスさせて。
俺の拡張視野が自動でブランドタグを読み取った。カグラザカ・ニンギョウと。
二度見した。
ムコも隣で足を止めた。
このドール、ムコと同じ顔をしてる。
カグラザカのデザイナーが何十年もかけて洗練してきた、あの微妙に伏せ目がちな瞳の角度。
ムコがバッサリ切り落とした白金の髪が、あいつはカグラザカのシグネチャースタイルのまま、肩で揺れてる。
ドールが気づいた。ムコが見てることに。
一瞬、目が合った。
同じ顔の2人が、混雑したクラブの1メートルの空間を隔てて、互いを見つめる。
鏡を見てるみたいだった。ただし反射像が、全く違う世界線を生きてる。
一方はセックス衣装を着て、プログラムされた機能を実行してる。もう一方は戦闘ギアを着て、自分がかつて誰だったか忘れた男の意識を宿してる。
ドールの唇が微笑みのカーブを描いた。カグラザカOSの人格エミュレートが生成する、温かくて誘うような表情。
それから何事もなかったように進んでいく。どっかの客に飲み物を届けに、群衆の中に消えた。
ムコの視線が、見えなくなるまでその背中を追った。
「……俺の同型か?」
ムコが聞く。
「カグラザカ製だけど、クシナダシリーズだ。お前よりひとつ下位のライン。流石にここでもクグツメはいねーな」
ムコは何も言わなかったが、何かを感じてるのは分かった。自分のボディが、本来どういう存在であるべきだったかを見てる。
今のムコの自意識、自己同一性? がどうなってるのか、俺にはサッパリ分かんねえが……自分が唯一無二だって頭で理解してても、同じ顔の別個体を見るのはヘンな感じだったはずだ。
ともあれ、メインフロアの奥に向かって進み続けた。
会合場所の最上階に直結するエレベーターは奥の壁に埋め込まれてた。すりガラスとホログラフィックで散る桜の花びらにさりげなく隠されてる。
ジャーゴンが送ったアクセストークンをセンサーパネルに送信すると、ドアが滑るように開いた。
◇
エレベーターが上昇を始めた。滑らかで静かで、動いてることすら気づかないくらい。
内部は四方全部が磨かれたブラッククローム。小さな空間を広く見せつつ、複数の角度から自分の姿を強制的に見せつけてくる。
俺の顔が映ってる。ひでえ顔だ。
ここまで勢いで来た。ジャーゴンのオファーが本物だと信じて。「いい仕事がある」って言葉を額面通りに受け取って。
でもこの箱に密閉されて、PMCのボスとの会合に向かって急上昇してる今、現実が追いついてきた。
俺、何やってんだ?
ジャーゴンは、技師として評価するならまあ、信頼できる奴だ。
支払い期日に遅れたことはない。装備品は常にメンテされてるし、急ぎの仕事にはいいチップをくれる。でも、興奮剤漬けのMODジャンキーでもある。チンコで考えてから、脳で考える。あいつの意思決定プロセスに、本当に脳が関与してればの話だが。
……よくよく考えると、マジであいつに命預けてんのか? ムコの命も?
これはビジネスミーティングというより、虎の口に真っ直ぐ歩いて入って、機嫌がいいことを祈るって感じだ。
「緊張してるのか?」
ムコが聞く。
「発汗と心拍数が上昇してる」
「……実況ありがとよ」
呟いて、手のひらをジーンズに擦りつける。湿ってる。
「今からPMCのボスに会いに行くんだぞ。気まぐれで俺たちを殺して湾に捨てられる奴に。ちょっとビビってて悪いか?」
「俺がいる」
視線を上げた。ムコはエレベーターのドアをまっすぐ見てるが、手が太ももにさりげなく置かれてるのが見えた。ちょうど腰の振動刀、カタバミ33-03がストラップされてる場所に。
「……わかってる。それが今、Uターンして逃げ出さない唯一の理由だ」
エレベーターが減速する。ふわりと浮遊感。停止。
柔らかいチャイムが鳴った。
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