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ACT 3:BEGINNING
[8] PMCボスとの対面、そして「偶然の出会い」の真相が明かされる。
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エレベーターのドアが開いた瞬間、空気が一変した。
さっきまでのギラギラしたネオンとドンチャン騒ぎがまるで別世界みたいに遠のいて、目の前に広がってるのは落ち着いた高級ラウンジだった。
中央には立派なバーカウンターがどんと鎮座して、ボトルが宝石みたいに輝いてる。その周囲にブースが点在してて、それぞれがホロスクリーンと低照度の間接照明が生み出す影のプールで仕切られてる。
何より違うのは客層だ。
下じゃ美容系インプラントとブランドスーツで着飾ったコーポ連中が大半だったが、ここは見渡す限り、軍用義体の重サイボーグオンリー。
PMCメンバー専用ラウンジってわけだ。ここにいる全員が、オフタイムにくつろいでるバシリスクのオペレーター。
俺はゆっくりフロアを見渡した。
客はまばらだ。近くのテーブルではカードゲームが進行中。軍用規格品満載の傭兵4人が手札に覆い被さってる。別のテーブルじゃ一人がドールに膝立ちでフェラさせてて、周りの仲間は気にもせずに雑談してる。
会合場所は、すぐに見つかった。
フロア奥の壁際。エレベーターと部屋全体を見渡せる一等地を占拠してる、一番デカいやつ。12人くらいの重サイボーグが半円形のシートにギッチギチに詰め込まれて、緩い防御陣形を組んでる。
ここにはパーティーしに来たんじゃない、ビジネスに来たんだ――的なオーラがムンムン。
うわ……。
絶対あいつらだ。
やだ。
やだやだやだ。
マジで行きたくねえええ!
ムコがブースを見て、俺を見た。
「あれか」
「……ああ。たぶんな。どんだけあそこに行きたくないか、お前には想像もつかないと思うわ」
「ボスと面識はないのか?」
「あたりめーだろ!?」
小声でキレ気味に言い返す。
「俺は下層のクソみてーな弱小工房のテッキーだぞ。あいつの名前は知ってるよ、この辺で仕事してりゃ嫌でも耳に入る。でもPMCヘッドと知り合いなんて万に一もねえよ!!」
ブースの外周にいる見張りが俺たちに気づいた。仲間に何か言って、頭が次々と振り向き始める。
「逃げるにはもう遅いな」
ムコが言って、ツカツカ歩き始めた。
俺はその腕を掴んで「ちょっと待ってくれマジで心の準備させてくれ」って言いたかったが、ムコはもう先を行ってて、俺は慌ててついていくしかなかった。
バシリスクは、企業戦争が終わった後にワラワラ湧いて出た何十ものPMCの一つだ。
大抵のPMCには血統がある。
軍縮で放り出された元コーポ兵士が民間に流れて、昔の仲間と寄り集まって傭兵組織を作った。仕事も補給も旧知のネットワークで回す。だから自然と、メンバーの義体は出身母体のメーカーで統一される。
元ヒシガミの連中は支給されたヒシガミ製軍用義体を更新しながら使い続け、アーマテク出身者はアーマテクで固める。ネイヘイ系も同様だ。
これは理にかなってる。メンテが楽だし、パーツに互換性があるから組織全体で在庫を融通できる。
バシリスクはその不文律から外れた異端集団だ。
奴らは軍閥で結束してるわけじゃない。出自はバラバラ、共通項はただ一つ、人間辞めたがってる改造中毒者ってこと。
義体で稼いで、稼いだ金を義体に突っ込む。メーカーにこだわらない。訳のわからん無名メーカーやブラックマーケットから掘り出してきたプロトタイプの軍用テックまで、スペックが良けりゃ何でも体にぶち込む。
俺からすりゃ、金払いのいい上客だ。色んなサイバネティクスを持ち込んでくるから、特定の専門技師じゃ一生見ないような珍しいテックにも触れられる。
でも同時に技師泣かせでもある。技術的な要求は地獄だ。想定されてない無茶苦茶な組み合わせの義体を調整させられて、何度も泣きを見た。
近づくにつれて、奴らの細部が解像していく。
ブースの全員が最低でも換装率80%オーバー、メーカーごちゃ混ぜの重改造だ。
そして真ん中の、全員を見渡せて全員から見られる位置に、王座の王みたいに座ってるのがその男本人。
アダー。
この街のこの辺りに住んでる奴なら誰でも知ってる名前だ。
傭兵ビジネスで10年以上トップやって生き延びてる。対立PMCの刺客とポジションを奪おうとする身内を全員殺すっていうシンプルな方法で権力を固めてきた。あいつのライバルは姿を消す傾向があった。あるいは街の目立つ場所に、サイバネを剝ぎ取られた状態で見つかる。
顔は生身だった。このメンツの中じゃ、それがむしろ威圧的だ。見た目は50代半ばくらいか? 赤い髪をオールバックに撫でつけてる。
首から下はクロームと複合装甲。オーガニックな皮膚が顎のラインで終わって、黒い防弾皮膚に切り替わる。
ブースの前で立ち止まった。見張りが一瞥して、無言で俺たちを中に通す。
アダーが顔を上げる。
12人分の拡張された目(明らかに24個じゃねえ)が、四方八方から俺たちを値踏みする。
俺は突然自分がとても、とてもちっぽけに感じた。
体重60キロそこそこで、クロームといえば腕に組み込まれた精密工具だけの、この部屋で唯一のプニプニした生身だってことを、激しく自覚する。
……クソ、ビビんな……。
アダーの口の端がゆっくりと持ち上がる。
「おいおい……ジャーゴンが使ってる技師が、髭も生え揃わねえガキだってのは初耳だぞ」
企業戦争で何年とドロップポッドの再循環空気を吸ってきた奴特有のしゃがれ声だ。
それから持ってるグラスでムコに向かってジェスチャーして、縁から高そうな琥珀の液体がチャプチャプこぼれる。
「で、そっちが、あのバカがシコりまくってるドールだな」
「俺はドールじゃない」
ムコが平然と答えた。そのボディから出てくるはずのない低い男の声で。
反応は瞬時だった。ブース内の全員の頭が一斉にムコに向く。フロア全体の環境音すら数デシベル下がった気がする。
アダーの目がわずかに見開かれた。口が裂けるように開いて、歯を見せる。笑みとは呼びたくない、笑みってのはもっと友好的なはずだ。
「……ハッ! たまげた。あいつの話はホラじゃなかったってわけか」
前かがみになって、拡張義肢の肘をテーブルにドンと突く。
「カグラザカ・ニンギョウのクグツメに、運転席に野郎の意識が同乗してるって? クソッタレ、俺も長いこと色んなイカれた物を見てきたが、こいつはそうそう拝めるもんじゃねえ」
俺は喉がカラカラに干上がってるのを感じながら、なんとか口を開いた。
「……俺はブラッド。一応、自分の店やってる認定技師だ。こっちがムコ」
「座れ」
俺は座った。速攻で。ローテーブル挟んだアダーの真向いに。
一方ムコは従わなかった。
「俺はいい」
サラッと言って、代わりに俺が座ってるソファの背もたれに腰を下ろした。
脚をもう片方にすらりとクロスさせて、手を振動刀の柄の近くに何気なく置く。
いやらしく挑発的に伸びた長い脚に、傭兵どもの視線がまとめて吸い寄せられる。タクティカルスーツに圧着された細い足首からぶっとい太ももまで、ねっとり舐め上げるように。
わざわざ挑発すんなって……!! 頼むからムコ、今だけは、今この瞬間だけは余計な真似すんなよ……。
内心で叫ぶが、アダーは気にしてない感じで、楽しげにクツクツ低く笑った。
「おい、誰かこいつに一杯くれてやれ。処女みてえにピリついてやがる」
部下の一人がボトルから注いで、ショットグラスを俺の方に滑らせてくる。
「飲め」
琥珀色の液面に、こわばった俺の顔が歪んで映ってる。……イエスかイエスの二択だ。
手に取って、一気に煽った。
味なんてわかりゃしねえ。喉を焼きながら落ちていって、落ちた後も胃を焼く。
「で、聞いたぜ小僧。仕事を探してるんだってな」
「……あんたのために仕事すれば、フィクサーに口利きしてくれる。そういう取引だろ?」
「そう先走んなって。まずお前に直接会いたかったんだよ。一体どこのバカが、スクラップの山から高級ファックトイ拾って、売り払って楽に稼ぐ代わりに手元にキープするって決めたのか、この目で確かめたくてな」
心臓が嫌な跳ね方をした。
一拍スキップして、次の鼓動がドクンと異様に強く打つ。
「…………、何だって?」
「数ヶ月前だろ? 工業地区のスクラップヤードで、お前は一生モノの大当たりを引いた。コンテナの中で眠ってる最高級ドール。傷一つない新品で。……とんでもねえツキだよあ?」
ジワッと冷や汗が噴き出す。
……こいつ、どこまで知ってる……?
アダーが俺たちについてある程度知ってるのは、まあ想定内だった。でも所詮、ソースはジャーゴンの与太話だろ。「下層のガキが、男の声で喋って妙に強い高級セクサロイド引き連れてる」、なんて嘘みたいな話だ。
だから今日呼ばれたのも、そのバカげた噂が本物かどうか、実物見て判断したいだけだと踏んでた。
でも、そうじゃない。
あの断定的な口調。アダーは知ってる。
俺が開示してない情報を持ってる。たぶんジャーゴンを経由しないルートで、ムコについて何か掴んでる。
そんな直感が、鉛の塊みたいに胃の底に重く沈む。
アダーが背もたれに片腕を投げ出して、さらにシートに深く沈み込んだ。
「ちょっと雑談でもしようじゃねえか」
こっちは冷や汗ダラダラだってのに、気軽な口調で切り出してくる。
「ほら、俺の組織はいくつかの副業を運営してるんだがな? 知っての通り、この地区は幹線道路が3本交差してる。南北に移動する全ての輸送が俺たちのテリトリーを通る。一日何千もの積み荷だ。でな、時々、純粋に不運なことに――商品が荷台から落ちちまう」
言い方で、ただの輸送事故について話してるんじゃないってことは誰でもわかる。
「輸送車両を襲ってるのか」
ムコが端的に言った。
「そりゃずいぶん下品な表現だな。サルベージ業って呼んでくれ。シマに落ちたものを回収して何が悪い? ただな、うちには専門チームがある。価値のある積み荷を特定して、落ちやすくなるよう手配する、そういう連中がな」
酒をひと口啜る。
「ドールは特に美味しい。高く売れる、保険金が下りて企業は追ってこない、それに賢く使えば――」
周りのクラブを示す。
「金の生る木だ」
俺は黙ったまま。話がどこに向かってるかわからない。
アダーがもう一口飲んで続ける。
「……ところでよ、ブッチャーって傭兵がいるんだが、聞いたことあるか?」
血の気が引いた。
ブッチャー。
なんでこのタイミングで、あいつの名前が出てくる?
なんとか頷いた。知らないわけがない。ムコがこうなったすべての元凶だ。
「ヒシガミの息がかかったPMCヘッドでな。完全にイカれちまってるが、恐ろしく有能だ。高級合成マンコの趣味があって、特にカグラザカ製品には金に糸目をつけねえドールフェチでもある」
グラスを揺らす。
「だから数か月前、ブッチャーのクルーが俺たちの縄張りを通って、何か重要な物資を動かすって情報を掴んだ時――見てみる価値があると踏んだ」
待て。待て待て待て。
パズルのピースが、嫌な形で繋がり始めてる。
首筋に汗が浮く。
出来上がる絵が、マジで、マジで最悪だ。
「最精鋭の強襲部隊を組んだ。23人のオペレーター、全員ベテラン。工業地区の高架道路で車列を待ち伏せした」
アダーがなんてことない雑談みたいに続ける。
「ところがあの積荷の守りは狂ってた。ブッチャーはAチームを投入してやがった。メガコーポ相手に一契約5桁請求するオペレーター連中が、たった一つの輸送コンテナをベビーシッターだぞ? 中に何が入ってるのか、マジで気になったぜ」
アダーの語り口は軽い。
でも俺は、テーブルの下で手が震えてる。太ももに平らに押し付けて、震えがバレないように必死だ。
なぜなら分かったから。この話の行き先が。
「両陣営とも大損害だ。市警のAVが喚きながら飛んでくる頃には、うちは6人失ってた。あっちはもっと多い。俺たちが撤退してるまさにその時、輸送車に流れ弾のロケットが当たった」
指をパチンと鳴らす。
「コンテナが高架から真っ逆さま――10メートル落下して、どうやら真下を走ってた無人トラックの荷台に落ちた。トラックは積み荷ブチ撒けながらそのまま突っ走る。最終的にどっかでコースアウトして、スクラップヤードに突っ込んだ。地上に人員をやって探させる頃には、スカベンジャーどもが食い荒らしてやがった。あのカグラザカ印のコンテナに何が入ってたか、結局わからずじまいってわけだ」
グラスをカチンと置き、身を乗り出す。
「で、ここからがキモなんだが……」
アダーの目が俺に固定された。顔に獰猛な笑みが戻ってくる。
「ジャーゴンのバカがメンテから戻ってきて、こんな話をしてくる。なんでも下層のテック屋が、カグラザカの最上位モデルを用心棒として働かせてるって言うじゃねえか。最初はいつもの戯言だと思ったんだが、そのうち他の連中からも同じ話が聞こえてきた。それで俺は思ったね――へえ、こいつは面白い。ぜひとも会って話をしてみようじゃねえかって」
俺の頭の中で、パズルの最後のピースがカチリとはまる。
銃がコッキングされる音みたいな終局性で。
間を置いて、アダーが低く静かに言う。
「……だからそうだ、小僧。お前のその用心棒がどこから来たか、俺は正確に知ってる」
……クソ。
クソクソクソ……ッ!!
スクラップヤードで俺が見つけたコンテナ。
めちゃくちゃ歪んだおとぎ話のお姫様みたいに、中で眠ってたムコ。
あの時の俺は知る由もなかったが、ブッチャーが街中引っ掻き回して探してた。そしてバシリスクも、同じように。
俺は2つの傭兵グループの抗争にうっかり顔突っ込んで、奴らが奪い合ってたまさにそのものを、偶然横取りしちまったんだ。
これは最初から仕事の話なんかじゃなかった。
答え合わせだ。
俺への尋問……いや、たぶん、処刑。
「しっかしガキ、お前そいつに相当手を加えたな。スキンはもう純正じゃねえだろ。それに髪に何しやがった? モナ・リザにチンコをスプレーするような芸当だぜ、そりゃ」
口を開いた。何も出てこない。閉じた。
考えろ。何か、何でもいいから思いつけ。
脳が猛スピードで無数のシナリオを回す。俺たちが生きてここから出られるルートを探す。
ない。
どう転んでも、全部のパターンで俺は冷たくなって終わる。ゴミ箱に詰められるか、湾に沈められるか、その違いしかない。
そしてムコは……
「ま、お前の素人改造込みでも、クグツメは闇市場じゃ高値がつく。相乗りしてる男は、脳殻を引っこ抜いてオサラバしちまえばいい」
アダーがグラスから長い一口を飲んで、琥珀越しに俺を冷たく観察した。
「……それで、小僧。俺はお前をどうすりゃいい?」
横っ腹に硬い何かが押し当てられて、眼球だけ動かして見下ろした。
銃身。肝臓と脊椎を一発でブチ抜く角度で、ハンドガンが肋骨に押し当てられてる。隣の傭兵は表情一つ変えてないが、指はしっかりトリガーにかかってる。
詰みだ。
俺たちは、終わった。
さっきまでのギラギラしたネオンとドンチャン騒ぎがまるで別世界みたいに遠のいて、目の前に広がってるのは落ち着いた高級ラウンジだった。
中央には立派なバーカウンターがどんと鎮座して、ボトルが宝石みたいに輝いてる。その周囲にブースが点在してて、それぞれがホロスクリーンと低照度の間接照明が生み出す影のプールで仕切られてる。
何より違うのは客層だ。
下じゃ美容系インプラントとブランドスーツで着飾ったコーポ連中が大半だったが、ここは見渡す限り、軍用義体の重サイボーグオンリー。
PMCメンバー専用ラウンジってわけだ。ここにいる全員が、オフタイムにくつろいでるバシリスクのオペレーター。
俺はゆっくりフロアを見渡した。
客はまばらだ。近くのテーブルではカードゲームが進行中。軍用規格品満載の傭兵4人が手札に覆い被さってる。別のテーブルじゃ一人がドールに膝立ちでフェラさせてて、周りの仲間は気にもせずに雑談してる。
会合場所は、すぐに見つかった。
フロア奥の壁際。エレベーターと部屋全体を見渡せる一等地を占拠してる、一番デカいやつ。12人くらいの重サイボーグが半円形のシートにギッチギチに詰め込まれて、緩い防御陣形を組んでる。
ここにはパーティーしに来たんじゃない、ビジネスに来たんだ――的なオーラがムンムン。
うわ……。
絶対あいつらだ。
やだ。
やだやだやだ。
マジで行きたくねえええ!
ムコがブースを見て、俺を見た。
「あれか」
「……ああ。たぶんな。どんだけあそこに行きたくないか、お前には想像もつかないと思うわ」
「ボスと面識はないのか?」
「あたりめーだろ!?」
小声でキレ気味に言い返す。
「俺は下層のクソみてーな弱小工房のテッキーだぞ。あいつの名前は知ってるよ、この辺で仕事してりゃ嫌でも耳に入る。でもPMCヘッドと知り合いなんて万に一もねえよ!!」
ブースの外周にいる見張りが俺たちに気づいた。仲間に何か言って、頭が次々と振り向き始める。
「逃げるにはもう遅いな」
ムコが言って、ツカツカ歩き始めた。
俺はその腕を掴んで「ちょっと待ってくれマジで心の準備させてくれ」って言いたかったが、ムコはもう先を行ってて、俺は慌ててついていくしかなかった。
バシリスクは、企業戦争が終わった後にワラワラ湧いて出た何十ものPMCの一つだ。
大抵のPMCには血統がある。
軍縮で放り出された元コーポ兵士が民間に流れて、昔の仲間と寄り集まって傭兵組織を作った。仕事も補給も旧知のネットワークで回す。だから自然と、メンバーの義体は出身母体のメーカーで統一される。
元ヒシガミの連中は支給されたヒシガミ製軍用義体を更新しながら使い続け、アーマテク出身者はアーマテクで固める。ネイヘイ系も同様だ。
これは理にかなってる。メンテが楽だし、パーツに互換性があるから組織全体で在庫を融通できる。
バシリスクはその不文律から外れた異端集団だ。
奴らは軍閥で結束してるわけじゃない。出自はバラバラ、共通項はただ一つ、人間辞めたがってる改造中毒者ってこと。
義体で稼いで、稼いだ金を義体に突っ込む。メーカーにこだわらない。訳のわからん無名メーカーやブラックマーケットから掘り出してきたプロトタイプの軍用テックまで、スペックが良けりゃ何でも体にぶち込む。
俺からすりゃ、金払いのいい上客だ。色んなサイバネティクスを持ち込んでくるから、特定の専門技師じゃ一生見ないような珍しいテックにも触れられる。
でも同時に技師泣かせでもある。技術的な要求は地獄だ。想定されてない無茶苦茶な組み合わせの義体を調整させられて、何度も泣きを見た。
近づくにつれて、奴らの細部が解像していく。
ブースの全員が最低でも換装率80%オーバー、メーカーごちゃ混ぜの重改造だ。
そして真ん中の、全員を見渡せて全員から見られる位置に、王座の王みたいに座ってるのがその男本人。
アダー。
この街のこの辺りに住んでる奴なら誰でも知ってる名前だ。
傭兵ビジネスで10年以上トップやって生き延びてる。対立PMCの刺客とポジションを奪おうとする身内を全員殺すっていうシンプルな方法で権力を固めてきた。あいつのライバルは姿を消す傾向があった。あるいは街の目立つ場所に、サイバネを剝ぎ取られた状態で見つかる。
顔は生身だった。このメンツの中じゃ、それがむしろ威圧的だ。見た目は50代半ばくらいか? 赤い髪をオールバックに撫でつけてる。
首から下はクロームと複合装甲。オーガニックな皮膚が顎のラインで終わって、黒い防弾皮膚に切り替わる。
ブースの前で立ち止まった。見張りが一瞥して、無言で俺たちを中に通す。
アダーが顔を上げる。
12人分の拡張された目(明らかに24個じゃねえ)が、四方八方から俺たちを値踏みする。
俺は突然自分がとても、とてもちっぽけに感じた。
体重60キロそこそこで、クロームといえば腕に組み込まれた精密工具だけの、この部屋で唯一のプニプニした生身だってことを、激しく自覚する。
……クソ、ビビんな……。
アダーの口の端がゆっくりと持ち上がる。
「おいおい……ジャーゴンが使ってる技師が、髭も生え揃わねえガキだってのは初耳だぞ」
企業戦争で何年とドロップポッドの再循環空気を吸ってきた奴特有のしゃがれ声だ。
それから持ってるグラスでムコに向かってジェスチャーして、縁から高そうな琥珀の液体がチャプチャプこぼれる。
「で、そっちが、あのバカがシコりまくってるドールだな」
「俺はドールじゃない」
ムコが平然と答えた。そのボディから出てくるはずのない低い男の声で。
反応は瞬時だった。ブース内の全員の頭が一斉にムコに向く。フロア全体の環境音すら数デシベル下がった気がする。
アダーの目がわずかに見開かれた。口が裂けるように開いて、歯を見せる。笑みとは呼びたくない、笑みってのはもっと友好的なはずだ。
「……ハッ! たまげた。あいつの話はホラじゃなかったってわけか」
前かがみになって、拡張義肢の肘をテーブルにドンと突く。
「カグラザカ・ニンギョウのクグツメに、運転席に野郎の意識が同乗してるって? クソッタレ、俺も長いこと色んなイカれた物を見てきたが、こいつはそうそう拝めるもんじゃねえ」
俺は喉がカラカラに干上がってるのを感じながら、なんとか口を開いた。
「……俺はブラッド。一応、自分の店やってる認定技師だ。こっちがムコ」
「座れ」
俺は座った。速攻で。ローテーブル挟んだアダーの真向いに。
一方ムコは従わなかった。
「俺はいい」
サラッと言って、代わりに俺が座ってるソファの背もたれに腰を下ろした。
脚をもう片方にすらりとクロスさせて、手を振動刀の柄の近くに何気なく置く。
いやらしく挑発的に伸びた長い脚に、傭兵どもの視線がまとめて吸い寄せられる。タクティカルスーツに圧着された細い足首からぶっとい太ももまで、ねっとり舐め上げるように。
わざわざ挑発すんなって……!! 頼むからムコ、今だけは、今この瞬間だけは余計な真似すんなよ……。
内心で叫ぶが、アダーは気にしてない感じで、楽しげにクツクツ低く笑った。
「おい、誰かこいつに一杯くれてやれ。処女みてえにピリついてやがる」
部下の一人がボトルから注いで、ショットグラスを俺の方に滑らせてくる。
「飲め」
琥珀色の液面に、こわばった俺の顔が歪んで映ってる。……イエスかイエスの二択だ。
手に取って、一気に煽った。
味なんてわかりゃしねえ。喉を焼きながら落ちていって、落ちた後も胃を焼く。
「で、聞いたぜ小僧。仕事を探してるんだってな」
「……あんたのために仕事すれば、フィクサーに口利きしてくれる。そういう取引だろ?」
「そう先走んなって。まずお前に直接会いたかったんだよ。一体どこのバカが、スクラップの山から高級ファックトイ拾って、売り払って楽に稼ぐ代わりに手元にキープするって決めたのか、この目で確かめたくてな」
心臓が嫌な跳ね方をした。
一拍スキップして、次の鼓動がドクンと異様に強く打つ。
「…………、何だって?」
「数ヶ月前だろ? 工業地区のスクラップヤードで、お前は一生モノの大当たりを引いた。コンテナの中で眠ってる最高級ドール。傷一つない新品で。……とんでもねえツキだよあ?」
ジワッと冷や汗が噴き出す。
……こいつ、どこまで知ってる……?
アダーが俺たちについてある程度知ってるのは、まあ想定内だった。でも所詮、ソースはジャーゴンの与太話だろ。「下層のガキが、男の声で喋って妙に強い高級セクサロイド引き連れてる」、なんて嘘みたいな話だ。
だから今日呼ばれたのも、そのバカげた噂が本物かどうか、実物見て判断したいだけだと踏んでた。
でも、そうじゃない。
あの断定的な口調。アダーは知ってる。
俺が開示してない情報を持ってる。たぶんジャーゴンを経由しないルートで、ムコについて何か掴んでる。
そんな直感が、鉛の塊みたいに胃の底に重く沈む。
アダーが背もたれに片腕を投げ出して、さらにシートに深く沈み込んだ。
「ちょっと雑談でもしようじゃねえか」
こっちは冷や汗ダラダラだってのに、気軽な口調で切り出してくる。
「ほら、俺の組織はいくつかの副業を運営してるんだがな? 知っての通り、この地区は幹線道路が3本交差してる。南北に移動する全ての輸送が俺たちのテリトリーを通る。一日何千もの積み荷だ。でな、時々、純粋に不運なことに――商品が荷台から落ちちまう」
言い方で、ただの輸送事故について話してるんじゃないってことは誰でもわかる。
「輸送車両を襲ってるのか」
ムコが端的に言った。
「そりゃずいぶん下品な表現だな。サルベージ業って呼んでくれ。シマに落ちたものを回収して何が悪い? ただな、うちには専門チームがある。価値のある積み荷を特定して、落ちやすくなるよう手配する、そういう連中がな」
酒をひと口啜る。
「ドールは特に美味しい。高く売れる、保険金が下りて企業は追ってこない、それに賢く使えば――」
周りのクラブを示す。
「金の生る木だ」
俺は黙ったまま。話がどこに向かってるかわからない。
アダーがもう一口飲んで続ける。
「……ところでよ、ブッチャーって傭兵がいるんだが、聞いたことあるか?」
血の気が引いた。
ブッチャー。
なんでこのタイミングで、あいつの名前が出てくる?
なんとか頷いた。知らないわけがない。ムコがこうなったすべての元凶だ。
「ヒシガミの息がかかったPMCヘッドでな。完全にイカれちまってるが、恐ろしく有能だ。高級合成マンコの趣味があって、特にカグラザカ製品には金に糸目をつけねえドールフェチでもある」
グラスを揺らす。
「だから数か月前、ブッチャーのクルーが俺たちの縄張りを通って、何か重要な物資を動かすって情報を掴んだ時――見てみる価値があると踏んだ」
待て。待て待て待て。
パズルのピースが、嫌な形で繋がり始めてる。
首筋に汗が浮く。
出来上がる絵が、マジで、マジで最悪だ。
「最精鋭の強襲部隊を組んだ。23人のオペレーター、全員ベテラン。工業地区の高架道路で車列を待ち伏せした」
アダーがなんてことない雑談みたいに続ける。
「ところがあの積荷の守りは狂ってた。ブッチャーはAチームを投入してやがった。メガコーポ相手に一契約5桁請求するオペレーター連中が、たった一つの輸送コンテナをベビーシッターだぞ? 中に何が入ってるのか、マジで気になったぜ」
アダーの語り口は軽い。
でも俺は、テーブルの下で手が震えてる。太ももに平らに押し付けて、震えがバレないように必死だ。
なぜなら分かったから。この話の行き先が。
「両陣営とも大損害だ。市警のAVが喚きながら飛んでくる頃には、うちは6人失ってた。あっちはもっと多い。俺たちが撤退してるまさにその時、輸送車に流れ弾のロケットが当たった」
指をパチンと鳴らす。
「コンテナが高架から真っ逆さま――10メートル落下して、どうやら真下を走ってた無人トラックの荷台に落ちた。トラックは積み荷ブチ撒けながらそのまま突っ走る。最終的にどっかでコースアウトして、スクラップヤードに突っ込んだ。地上に人員をやって探させる頃には、スカベンジャーどもが食い荒らしてやがった。あのカグラザカ印のコンテナに何が入ってたか、結局わからずじまいってわけだ」
グラスをカチンと置き、身を乗り出す。
「で、ここからがキモなんだが……」
アダーの目が俺に固定された。顔に獰猛な笑みが戻ってくる。
「ジャーゴンのバカがメンテから戻ってきて、こんな話をしてくる。なんでも下層のテック屋が、カグラザカの最上位モデルを用心棒として働かせてるって言うじゃねえか。最初はいつもの戯言だと思ったんだが、そのうち他の連中からも同じ話が聞こえてきた。それで俺は思ったね――へえ、こいつは面白い。ぜひとも会って話をしてみようじゃねえかって」
俺の頭の中で、パズルの最後のピースがカチリとはまる。
銃がコッキングされる音みたいな終局性で。
間を置いて、アダーが低く静かに言う。
「……だからそうだ、小僧。お前のその用心棒がどこから来たか、俺は正確に知ってる」
……クソ。
クソクソクソ……ッ!!
スクラップヤードで俺が見つけたコンテナ。
めちゃくちゃ歪んだおとぎ話のお姫様みたいに、中で眠ってたムコ。
あの時の俺は知る由もなかったが、ブッチャーが街中引っ掻き回して探してた。そしてバシリスクも、同じように。
俺は2つの傭兵グループの抗争にうっかり顔突っ込んで、奴らが奪い合ってたまさにそのものを、偶然横取りしちまったんだ。
これは最初から仕事の話なんかじゃなかった。
答え合わせだ。
俺への尋問……いや、たぶん、処刑。
「しっかしガキ、お前そいつに相当手を加えたな。スキンはもう純正じゃねえだろ。それに髪に何しやがった? モナ・リザにチンコをスプレーするような芸当だぜ、そりゃ」
口を開いた。何も出てこない。閉じた。
考えろ。何か、何でもいいから思いつけ。
脳が猛スピードで無数のシナリオを回す。俺たちが生きてここから出られるルートを探す。
ない。
どう転んでも、全部のパターンで俺は冷たくなって終わる。ゴミ箱に詰められるか、湾に沈められるか、その違いしかない。
そしてムコは……
「ま、お前の素人改造込みでも、クグツメは闇市場じゃ高値がつく。相乗りしてる男は、脳殻を引っこ抜いてオサラバしちまえばいい」
アダーがグラスから長い一口を飲んで、琥珀越しに俺を冷たく観察した。
「……それで、小僧。俺はお前をどうすりゃいい?」
横っ腹に硬い何かが押し当てられて、眼球だけ動かして見下ろした。
銃身。肝臓と脊椎を一発でブチ抜く角度で、ハンドガンが肋骨に押し当てられてる。隣の傭兵は表情一つ変えてないが、指はしっかりトリガーにかかってる。
詰みだ。
俺たちは、終わった。
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「ま、まってくださ……!」
「誰が待つかよバーーーーーカ!」
「そっちは危な……っあ」
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
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