軍用義体を取り上げられてセクサロイドに脳殻移植されたTS重サイボーグ傭兵(元40代おっさん)が少年の性癖をバキバキに折る話 代表作

ぱふぇ

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ACT 4:MERCENARY

[19] 初仕事を完遂し、セクサロイドと義体技師が傭兵の世界に名乗りを上げる。[NTR妄想]

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 オーメンのアクセスキーで踏み込んだパニックルームは、もぬけの殻だった。

『……まずいな、ハウザーはもう屋上にいる。あいつがブラックドッグに回収されたら全部パーだ!』

 ムコは俺が言い終わる前に動いてた。

 カン、カン、カン、カン――12センチヒールが鋼鉄を蹴るスタッカートが、屋上着陸パットに直通する狭い階段に反響する。
 あのヒールで走れるわけないだろっていつも思うんだけど、あいつは何でもないみたいに階段を3段飛ばしで駆け上がっていく。人間の脚じゃ絶対に再現できない連続動作を、セクサロイドボディのバランサーと人工筋肉が軽々とこなしてる。

 POVフィード越しに階段が高速で流れていくのを見ながら、俺はさっきバーカウンターで起きたことにまだ引っかかっていた。

『……なあ、さっきの男。オーメン、ジャオ? どっちでもいいけど』
「何だ」

 ムコの声が平坦に返ってくる。あの勢いで駆け上がってるくせに、息ひとつ乱れてない。

『あいつ、絶対お前に惚れてたぞ』

 足音は遅くならない。

「俺には関係ない」
『いや、マジで言ってんだけど。最後「もっとよく知り合いたい」とか言ってたの、あれ完ッ全にナンパだったからな。あれどうすんの? 放置? ワンチャンあるって思わせたまま帰しちまったじゃん。また会ったらどうすんだよ……。あいつめちゃくちゃ考えてるって』

 返事なし。ムコが踊り場に出て、速度を落とさずさらに上へ。

『変な勘違いさせたよな……ボイスモジュール、最後まで女のままだっただろ。つーかさ、別に文句言うわけじゃないんだけど……なんで殺さなかったの? お前らしくないっつーか……白づくめ野郎だけ特別扱い? いいよ、お前の判断だし。でもあいつお前の顔見たぞ。戦闘パターンも把握された。後で面倒になるかもしんないのにさぁ……』
「ブラッド」

 ムコの声が俺のだらだらした文句を断ち切った。

『……何』
「後にしろ」

 それで会話終了。
 その一言に、なんか説明しづらいニュアンスが乗ってた。苛立ちってわけでもない。言葉版の頭ポンポンっていうか……「はいはいいい子だから黙ってろ、大人は仕事中だ」みたいな。
 俺は次に言おうとしてた文句を飲み込んだ。

 ……クソッ。
 なんかムカつく……。

 あのスカした野郎。まだペントハウスにいて、折られた肋骨抱えながら、さっきの会話を頭の中で反芻してるに違いない。
 ムコが残していった空のグラスの縁についてるリップマーク見つめて、命を助けてくれた謎の暗殺者美女との出会いに浸ってるわけだ。
 絶対もう策を練ってる。ムコを見つけ出して、どっかで偶然を装って再会して、足元からさらってやるぜ的な。
 で、賭けてもいい。次こそは自分の実力を証明してやる、って考えてるんだろう。
 ただし戦闘のじゃない。そっちはもう負けたって自覚してる。
 あいつが企んでるのは別の種類のリターンマッチだ。ラウンド2、でもルールが違う。今度はナイフなし、光学迷彩なし、殺し合い抜き。

 ああいう連中がオフに何してるのか知らんけど、あいつはムコの素性を調べ上げる。絶対そういうタイプだろ。
 数週間後、あるいは数ヶ月後、居場所を突き止めてコンタクトしてくる。「また会うって言っただろ」とか言うんだ。自分が前ボコられたのを自虐ネタにしながら、でも全然負けた感じ出さない余裕ぶった態度で。
 で、ムコはこの手の社会的な不文律ってもんがまるでわかってないから、たぶんそのまま……流されちまう。あいつに約束してた酒を奢らせる。あいつは様子を見ながら距離を詰めていって、ムコが言い残した「どうかな」が自分の期待通りの意味だったか確かめる。

 ……それから?

 場面転換。いつでも消えなきゃいけない男が持つような使い捨ての殺風景なセーフハウスで。
 あいつがムコの後ろから腰を打ち付けて、大きなケツを波打たせるリズムを刻む。あのKカップの爆乳、重力の一番のお気に入りが、下にぶら下がって、突き入れられるたびに重たい弧を描いて揺れる。
 あいつは勝ち誇ってるだろう。当然だ。あいつにとってこれはウイニングラン。自分を殺しかけた恐ろしい殺し屋が、徹底的に敗北する舞台が一つだけあるって、証明してる真っ最中。

 そういう角度で攻められたら、ムコは「勝てない」。
 真正面からのスキルとパワーの勝負なら、ムコは無敵だ。
 でもこれはそういう戦いじゃない。
 オーメンは強い必要がない。何をすべきかわかってればいいだけ。
 ……ムコの中に入っちまえばいいだけだ。

 普段は休眠状態のセクサロイドOSが、その瞬間に目を覚まし、主導権を奪いにかかる。突然あの戦闘ファームウェアが、セックスの快感を最大化することだけに専念するサブルーチンにリソースを譲る。
 カグラザカのエンジニアが丁寧にマッピングした全ての神経末端は、快感の受容のために最適化されてる。全ての人工筋肉が反応性のために調整されてる。
 だから、武装した男を十人以上バラバラにしたのと同じが、この戦いじゃ組み敷かれて、喘いで、されるがまま。

 ムコの腕がくずおれる。
 前のめりに崩れて、顔がシーツに押し付けられて、背中が反って、尻だけはまだ差し出すように高く上がってる。
 オーメンはその屈服を眺めながら、気持ちよくペースを上げていく。
 事が終わった後、ムコはうつ伏せに崩れ落ちて、荒い息。
 オーメンがその背中に覆いかぶさって、うなじにキスを落とし、白髪をかき上げて、耳になんか耐えられないくらいエロいことを囁く。
 最後に言う。

「来週も、同じ時間でいいか?」

 …………。

 いや。なんで俺、ムコがあいつにハメられてるとこ想像してんの?

 ……ああクソ、認めるよ。俺は嫉妬してる!!
 あいつがムコと何かあるかもしれないって考えただけで、腹の底がグツグツ煮えてる。
 さっきの戦闘。あいつらは数分間、刃と刃を対等に交えて、お互いにしか理解できない言語で会話してたんだ。
 俺が絶対に立ち入れない領域で、俺抜きで、何かが成立しかけてた。
 ……それが気に入らないってだけ。

 でもな。
 このシナリオは実現しない。致命的な欠陥がひとつある。
 だって、オーメンはとんでもなく重大な事実を見落としてるんだ。
 ムコは男だってこと。

 あいつが脳内で描いてる「謎めいたプラチナブロンドの美女」。
 死体の山を背に酒を酌み交わした、危険で魅力的な女。
 その中身が、何十年もフルボーグとして過ごしてきた男の意識だって気づいてない。
 真実を知ったとき、あいつどうなるんだろう。ぶっ壊れるかな?
 かわいそ。ま、俺には関係ねーけどな。

 ……まさか、これで変な性癖に目覚めたりしないよな。うちの客みたいに。

 なんかヤな予感がしてきた……。
 だって実際に見てきたしな……工房に来た客が、ムコと15分同じ部屋にいただけで、今までの価値観ズタボロにされて帰っていくのを。

 「中身が何だろうと外がエロけりゃオッケー」ならまだマシだ。
 もっとヤバいのは、ノーマルを自認してる男が、それでも抗えないって気づいちまうパターン。ムコの何かが性癖に悪さして、中に男の意識が入ってるって事実が、下半身の反応を何一つ変えない。「俺は男には興味ない。絶対にない。じゃあなんでこいつのことが頭から離れな――」ってやつ。

 オーメンがその仲間入りしたら? 想像したくねえ……。
 ムコ絡みの変態はもう十分間に合ってんだよ。これ以上増えてたまるか!
 軍用ステルスサイバネ持ちのストーカーとか、マジでシャレになんねーよ。

 ……なんかおかしな作用があるんだよな、ムコには。
 ブッチャー。ムコのオリジナルボディを奪って、わざわざセクサロイドに脳殻を移植するっていう、手間のかかりすぎる復讐を実行した男。
 恨んでるなら普通に殺せばいいのに、そうしなかった。辱めて、貶めて、それでも手元に置いておきたがった。
 ムコには何かあるんだ。出会った人間を軌道から外していく、引力みたいな何かがな……。

 オーメンも、同じ罠にハマったのかもしれない。
 だとしたら、ご愁傷様だ。
 ムコは誰にも捕まえられない。誰のものにもならない。

 ……俺だってそうだ。

「ブラッド、お前は地上の車で待機しろ。荷物ターゲットは俺が連れて降りる」

 ムコの声がリンクに割り込んできた。

『……了解』

 俺は20分以上陣取ってたキャットウォークから体を起こした。
 一段下のメンテナンス通路との間は2メートルくらい。登るときに使った梯子はショートカット。端にぶら下がって、手を離して着地する。サービスドアをすり抜けると、メインのクラブスペースの端に出た。
 重低音がドンドン響いてる。上で人が死にまくってても、下のパーティーには伝わってないらしい。

 ビルから出るのは、入るより楽だった。
 正面入口は混乱してた。用心棒バウンサーが客を追い返してる。

「――機材トラブルでして、順番にご退場を――」
「――いつ再開するかは私どもでは……返金処理は後日――」

 ふーん、そういうことにしたのか。
 俺は頭を低くして、正面出口へ流れていく客の群れに紛れ込んだ。人混みを抜けていく俺に、誰も注意を払わない。バウンサーたちは、返金がどうとかでスーツの男と揉めるのに忙しそうだ。
 無事にすり抜けて外に出た。
 
 セダンは置いた場所にそのままあった。キーフォブに親指を当てながら小走りになる。
 そのとき聞こえた。
 VTOLエンジン。エアロヴィークルの推力偏向システム特有の唸り。どんどん近づいてくる。見上げた。

 スモッグで霞んだスカイラインを背景に、航空法規に沿った民間機のナビゲーションライトが点滅してる。
 フォルムでわかる、エグゼクティブクラスだ。コーポの重役が係争空域を移動するときに使うやつ。小火器や携行式ミサイル程度じゃびくともしない。

 ハウザーの脱出艇だ。
 クリサリスの屋上に向かって降下してる。

『ムコ! AVが来てる、30秒くらいで着陸するぞ! もうパッドの真上だ!』

 俺はセダンのドアを引き開けて、運転席に飛び込んだ。



 視界をムコのフィードに切り替える。
 ムコは屋上アクセスから飛び出したところだ。走り出す。

 AVがヘリパッドを着陸灯で照らし、円形に風を巻き上げてる。
 対弾道コンポジット装甲で構成された流線形。着陸脚ランディングギアが地面に触れる前に、サイドハッチがスライドして開いた。
 ハウザーはもう走ってた。残りの護衛2人が両脇について、ほとんど放り込むようにあいつをキャビンに押し込んだ。

「出せ出せ出せ!! 離陸しろ!! 今すぐだ!!」

 エンジン音にも負けない金切り声。恐怖が体裁を全部剥ぎ取ってる。
 パイロットは時間を無駄にしなかった。ドアが閉まる前に、もうエンジンが回転数を上げてる。垂直上昇に向けて推力を偏向。

 クソッ……!!
 ここまで来たのに。
 ……逃げられた。

 AVは上昇してる。2メートル、3メートル、着陸脚が格納されて、機首が上を向き――
 ムコはまだ走ってる。

 あの長い脚がいろんなことするのを、この数ヶ月で見てきた。
 俺の腰に巻きつく。男の気管を潰す。訓練された殺し屋を部屋の端まで吹っ飛ばす。でもこれは……見たことなかった。

『ムコ!? 何してる!?』

 ムコの目の前に、屋上の縁が迫ってくる。減速しない。ギリギリで、脚がバネみたいに沈み込んだ。

『ムコ待てって――!!』

 そして、ムコが、跳んだ。
 跳んだっていうか、ミサイルみたいに夜空に射出・・された。

 俺が外してやった出力リミッター、あの脚に積まれた軍用グレードのアクチュエータ。それが完璧なシーケンスで発火して、蓄えた運動エネルギーを全部、垂直推力に変換する。
 POVフィードには遠ざかる屋上、視界いっぱいに膨らむAVの腹。
 ムコの手が船体下部のフレームを、掴んだ。

 衝撃で視聴覚A/Vリンクが同期を失いかけた。視覚にノイズが走って、心臓が止まりそうな一瞬、フィードがまた安定した。

 嘘だろ?
 ムコが

 VTOLのローターウォッシュの中で、ムコの体が振り子みたいに揺れた。その勢いを使ってぐるんっ!! と回転する。
 ヒールスパイクが展開した。
 ムコはそいつを、AVの装甲船体に思いっきり蹴り込んだ。

 ――ドガッッッ!!!

 スパイクブレードが深く食い込んで、対弾道コンポジット装甲を貫通して、下の構造体まで突き刺さった。
 急にムコはぶら下がってるんじゃなくなった。脚が機体側面にされてる。

 俺はフィードを凝視して、口が開きっぱなしになってた。

『……お……おっ……お前なぁああ……!!』

 セダンの中でわなわな叫ぶ。

『ムコ。おいムコ!! 俺は確かにそのスパイクを、戦闘用兼登攀用に設計したけどな。登攀用つっても、せいぜい垂直面に使えるアンカー! 動かない、垂直面だ!!! 飛行中の航空機に使えなんて言ってねえから!!! しかも高度――』

 視界端の座標データを確認した。

『――高度50メートルで上昇中!!?』

 返事なし。ムコはそれどころじゃない。スパイクを使って、飛行中のAVの曲面を蜘蛛みたいに這い上がるのに忙しい。一撃ごとにブレードが複合装甲を貫いていく。

 ――ガッ!! ――ガッ!! ――ガッ!!

 AVがふらついた。というか、回避機動を取ってる。
 パイロットが招かれざる乗客に気づいたらしい。怖くて堪んねえだろあんなの!! でも機体に突き刺さってる奴を振り落とすのは、難しい。

 ムコが客室のビューポートに到達した。
 フィード越しに、強化ガラスの向こうにハウザーの顔が見えた。顔が真っ白。側近たちは武器を探ってる。たぶん与圧キャビン内で撃つべきじゃないやつを。

 ムコは片足を持ち上げて、狙いを定めた。

 装甲ガラスは一撃目で耐えた。
 二撃。三撃。亀裂が広がっていく。
 四撃目で、砕け散った。
 ガシャアアァァン!! と、ビューポートが内側に爆発する。

 ガラスがキャビン内部に飛び散る。突破口から風が吹き込んで、与圧された空間がめちゃくちゃにかき乱される。
 ムコが防御姿勢で中に転がり込んだ。

「うわああああああっ!!?」
「何なんだこいつはッ!?」
「撃て! 撃て!」

 キャビンの狭い内部は阿鼻叫喚だ。
 壁に張り付いたハウザー。側近2人、片方はガラスを浴びた顔を抑えてる。そして前方、コックピットに見えるのは、自分の機体に何が侵入してきたのか確認しようと振り返る、ブラックドッグ所属のパイロット。
 ムコは誰にも処理する時間を与えなかった。

 ムコの手が側近の手首を掴んで捻って、持ってる銃が一発、暴発した。キャビンの天井に当たって跳弾する。

 パイロットはシートの中で体をひねってる。片手はまだコントロールに、もう片方は何かに手を伸ばしてる。たぶんサイドアーム。
 ムコの借り物のG5/9Cが上がって、正確に眉間に1発。パイロットのヘルメットが後ろに跳ねて、ハーネスの中でぐったりした。
 銃口をハウザーに向けながら、片手でハーネスのリリースを見つける。コックピットドアを開けて、一蹴りで死体が虚空に送り出された。

 おいマジかッ!!? 

『おいおいおいおいおい!? ムコ! パイロット! 今お前……っ、パイロット殺したよな!? なんでそうなる!? 飛ばせるやつ殺してどーすんだよ!!?』

 絶対に目が離せない状況のPOVフィードから無理やり意識を引き剥がして、強化視野HUDを直接視覚に切り替える。
 首を伸ばしてセダンのフロントガラス越しに空を見上げた。

 あそこだ。AV、上空100メートルくらいに浮いてる。そしてそこから落ちていく小さな黒い影、くるくる回転しながらクリサリスの屋上に消えた。
 操縦桿を握る手がなくなって、機体は緩い螺旋を描きながら降下を始めてる。オートパイロットが修正しない。修正すべきオートパイロットが存在しない。
 VIP輸送機はハッキング耐性を重視して作られてる、つまり手動操縦オンリー。
 ……あの機体は、慣性だけで飛んでる数トンの棺桶ってことだ。

『やばっ……やばいって、おいムコ!? 何がどうなってんだ!?』

 AVは下層地区の方角に向かって、刻一刻と高度を落としてる。
 俺はアクセルを踏み抜いた。セダンのタイヤが悲鳴を上げて駐車スペースから飛び出す。AVを追う。

 音声リンク越しに、中で何が起きてるか聞こえてきた。
 割れた窓から吹き込む風の咆哮。AVの高度警報が鳴り響いてる。パンパン、と何発か銃声。そして声。ハウザーが叫んでる。

「いくらだ!? アダーにいくら積まれた!? 俺が倍出す! いや3倍だ! 好きな額を言えッ!!」

 視界の左端に最小化したフィードをチラ見する。
 ムコは空になったパイロットシートを跨いで、天井のストラップを掴んでバランスを取っていた。AVは螺旋降下を続けてる。

「お前は雇われだろうが!? お前たちは金で動く! 値段があるはずだ、誰にだって値段が!! それが不変のルールだろう!」

 そしてムコが喋った。
 合成の女声が、エッジみたいに風切り音を切り裂いて。

「これは金のためじゃない」

 一拍。

「俺自身を取り戻すためだ」

 ハウザーの顔が歪んだ。
 困惑と恐怖と、活路を探す男の必死の計算が入り混じる。

「なっ……ど、どういう意味だ!?」

 ムコは答えなかった。代わりにコックピットに向き直って、素早く効率的な視線移動でコントロール類を走査する。

「この機体は要人護送クラス。電子侵入対策のため、オートパイロットは非搭載。それがセールスポイントだったはずだな」

 AVがガクンと揺れて、高度がまた落ちる。

「このまま誰も操縦桿を握らなければ、この機体は墜落する。現在の軌道と高度減衰から計算すると、およそ90秒後に」

 ハウザーが絞め殺されるような音を出した。
 砕けたビューポートの向こうに、街が不安になるくらい近くに迫ってる。
 俺は上空の機影を追って、必死に爆走中。目の前の無人トラックを避けてハンドルを切り、急制動でタイヤが悲鳴を上げる。地上じゃもうチェックポイントを超えて、下層地区に入る。

「……おっ、お前はこれを飛ばせるんだろうな!?」
「ああ」

 安堵がハウザーの顔に広がって――

「問題は、俺がそうすることを選ぶかどうかだ」

 ――そして同じ速度で消えた。

 ムコがハウザーと向き合った。
 完璧なドールフェイス。感情の見えない人工虹彩が、あいつをもっと隅に押し込むような強度で見据えてる。

「選べ。俺にこれを着陸させるか。抵抗して、2人とも墜落死するか。俺はどっちでも構わない」

 AVがまた20メートル落ちた。エンジンのどこかで、不健全な金属の軋む音がした。
 ハウザーの口が数秒間、パクパクと音もなく動いた。

「こっ……このイカれ女がぁ……ッ!!」
「そうだ」

 とムコが同意した。
 そしてふと何かを思い出したみたいに、付け足した。

「いや、部分的に違うな。俺は女じゃない」

 喉に手を伸ばし、皮下の制御ノードを探り当てる。
 かすかなカチッという音が聞こえた。ボイスモジュールが切り替わる音。
 ムコが次に喋ったとき、俺が知ってるあの男声だった。低くて、ざらついてて、出力してるボディには全く似合わない。
 セクサロイドの殻の中にいる、男のもの。

「俺はムコ。傭兵だ」

 音声リンクが、誰かの過呼吸の音で満たされた。
 ハウザーは大人しくなった。
 そして下層地区の上空で、AVが水平を取り戻し始めた。
 新しい手がフライトコントロールを掴んだから。



 AVが空を不規則な進路で進んでいく。
 俺はその下、下層地区の高架道路でセダンをベタ踏みにして限界まで飛ばしてる。目はフラフラ航空ショーやってる機体に釘付けで、周りを気にする余裕がない。
 事故ってないのが奇跡だ。今夜の俺にはツキがあるってことか。

 下層地区の景色が流れていく。この辺は見覚えがあった。
 向かってる先は――スクラップヤード。

 なんつー因果だよ。
 このバカデカい街のあらゆる場所の中で不時着しようとしてるのが、よりによって俺がムコを見つけたのと同じゴミ山だなんてな。
 4ヶ月経って、俺たちは振り出しに戻ってきた。
 俺の人生のイカれた章が始まった、まさにその場所に。

「ムコ! 2時方向に旧処理場がある。着陸するスペースがあるはずだ」
『わかった。見えてる』

 視界の中でAVがふらついた。コースを過剰修正して、また反対方向に揺れる。

「おいおい、速すぎ……」
『わかってる』
「機首上げろ! 機首上げろって!」
『わかってると言ってるだろう』

 なんとか機体が安定する。

「あー……お前、マジでこれ操縦できんの?」

 間。

『できた覚えがある』
「それ全然安心できねえんだけど!!」
『飛ばしてるだろう、現に』

 ……まあ、確かに。
 ブレーキを踏み込んで、ガードレール際でセダンを止めた。エンジンかけっぱなしで飛び出る。手が冷たい金属を握り、身を乗り出す。
 産業廃棄物の荒野が広がってる。その中の比較的開けた場所に向かって、AVが降下してくる。俺が見守る中、最終アプローチに入った。

 着陸は……そうだな、「人為的なクラッシュ」でも大甘採点だ。
 圧縮されたゴミ山の表面に、角度をつけて突っ込んだ。最後の瞬間に機首を上げたのは、たぶんムコなりのフレア操作なんだろうけど……。金属が悲鳴を上げて火花が散る。何トンもある機体が180度スピンしてから、何かの残骸に引っかかってやっとこさ止まった。

 サイドハッチが弾け飛んだ。
 最初に転がり出てきたのはハウザー。生きてる。四つん這いで、ゲロ吐きそうな顔で。……いや、実際に吐いた。
 数秒後、ムコが優雅に降りてきた。ターゲット以外の乗客全員ぶっ殺して、胃がある人間なら中身をぶち撒けるような着陸をキメたばかりだとは思えない。
 収まりつつあるローターウォッシュが、短いプラチナの髪を煽ってる。急がない足取りで、五体満足のまま乗り物酔いだけで無力化したターゲットに向かって、歩いていった。



 その後、俺は同じ高架道路の路肩で、セダンのフェンダーにもたれて通話コールしていた。

 高架下のスクラップヤードは、来た時とは別の場所みたいになってる。
 追跡中にバシリスクの荷受け役に座標を送っといたのが功を奏してか、奴らは驚くほどスピーディに動員された。改造SUVと装甲輸送車が散らばって、着陸したAVを中心に緩い警戒網を張ってる。
 十数人の重サイボーグ傭兵が手慣れた動きで周囲を固めて、ライバルPMCのAVを接収しようと作業してる。そして何より――極めて不機嫌そうなディートリッヒ・ハウザーの身柄を、がっちり確保してくれている。

 俺はというと、今回の仕事ジョブの依頼人にして奴らの頭目ヘッドに、成り行きを報告中。

『――俺の記憶が確かならよ、文明人らしくスマートに車へ詰めて連れてこい、そう言ったはずだよな?』

 アダーの、潰れたような低い声が回線越しに刺さった。
 俺は生唾を飲み込む。

「それなんだけど……えっと、色々あってさ。ターゲットがAVに乗り込んじまって……その場で即興するしかなかった、っつーか……」
『それであのドール野郎は、ブラックドッグのAVをハイジャックして、パイロットを射殺して、丸ごとゴミ捨て場までお届けしてきたってわけか?』
「……まあ……そう、なる」

 空いた手で冷や汗を拭う。
 なんとか話をポジティブな方向に持っていくしかない。

「……大事なのは、あんたの目的が果たされたってことだろ。ハウザーは無傷で荷受け役に引き渡した。俺たちは髪の毛一本傷つけてない」

 スクラップヤードを見下ろす。
 縛り上げられた人影がバシリスクの車両に積み込まれてくのが見えた。

「クラブ・クリサリスはまだ営業してるし、客は何も気づいていない。対外的にはAVが屋上のプライベートエリアからVIPを拾って飛び立った、それだけだ。コーポの連中がしょっちゅうやることだろ」

 回線の向こうで、沈黙。
 そしてアダーが笑った。

『ハッ! まさか初仕事でここまでかましてくれるとはな。お前ら2人、やっぱりイカれてやがる。会った瞬間からわかってたが、これで疑いの余地もなくなった』
「……ってことは、俺ら、大丈夫だよな?」

 恐る恐る聞いてみた。
 アダーが再び口を開いた時、声のトーンが変わってた。さっきよりシリアスな、ビジネスの声だ。

『正直に言うと、今回は助かった。お前がハウザーのログから引っ張り出した情報。あれはいい仕事だったぞ』
「あ……ああ。そうだろうと思ったから、報告した」

 ハウザーがブラックドッグと交わしてた裏取引、バシリスクの内部情報と引き換えに身柄を預かってもらうっていう密約のチャットログは、全部アダーに転送しといた。土産としちゃ悪くなかったはずだ。

『お前には借りができたな、小僧。おかげで後々の面倒を先回りで潰せる。そういうのは忘れねえ』

 アダーが続ける。

『報酬は処理させた。そろそろ口座に入るはずだぜ。標準レートに、ブラックドッグの件のボーナスを乗せてある』

 合図みたいに、強化視野HUDに通知がポップした。
 アカウントに匿名ソースからの入金。
 数字を見た。
 もう一回見た。絶対読み間違えたと思って。

「う……おおおおお――っ!? マジでッ!?」
『おいおい、興奮してパンツ汚すんじゃねえぞ。この業界じゃはした金だ』

 俺はまだ数字を凝視してた。
 俺の口座に大穴開けたムコの改造費用はカバーできないが、当面の店の運転資金は黒字に戻せる。改造費の穴は、地道に稼ぎ直せばいい。いやそれより何より――
 もう飯抜かなくて済む……ッ!!

「こんなにいいのかよ。俺、工房で真っ当に稼いでも月にこの3分の1も……」
『言ったろ、大した額じゃねえ。お前は成果を出した。俺の好みよりゴチャゴチャしたがな。取っとけ』

 ……そうだ。今後はプロっぽく振る舞わねえと。
 傭兵稼業の報酬相場なんて知らねえけど、知らないってことは下手すりゃ買い叩かれるってことだ。経営者の端くれとして、それくらいはわかる。
 下手に騒いで足元見られるのはやめとこう。

『フィクサーには話を通してある。あっちから直接コンタクトが行くはずだ。嗅ぎ回るんじゃねえぞ、大人しく数日待ってろ。そういう仕組みだ』
「了解。あー……ありがとう。チャンスくれて」
『礼を言うのは構わねえがな、小僧。ちゃんとわかってんだろうな?』

 冷たい風が高架を吹き抜けていく。

『……お前らはもうゲームのプレイヤーだ。俺らと同じ盤の上。同じルール、あるいはルールの不在に従う』

 ごくり、と喉がひとりでに鳴った。

 傭兵の世界。
 それは常に工房のカウンター越しのものだった。
 客の武勇伝を聞いて、整備代を請求して、送り出す。連中と取引することはあっても、同じ地平に立ったことはない。

 殺す側、殺される側。
 敵。味方。因縁。義理。面子。報復。名声。
 全部が絡み合う世界のただ中に、俺たちは構成要素として組み込まれた。

「……ああ。肝に銘じとく」
『ならいい』

 また笑いらしき音。

『でも保証する。この世界はろくでもねえことばかりだが、少なくとも退屈はしねえよ』

 回線の向こうで、アダーの声が愉快げな音を帯びる。

『代わり映えしねえ盤面は嫌いでな。新しい駒が加わるのは歓迎だ。……特に、盤面を荒らしそうな駒はな』

 接続にノイズが混じる。

『――じゃあな、ブラッドリー・ウォッチアイ。生き延びろ』

 俺は、強化視界HUDに浮かぶ通話終了の表示を見つめた。
 ……俺の本名、何年も、誰にも言ってないのにな。

 息を吐き出して、ボンネットに背中を預けると、自分がどれだけへたってるか唐突に理解した。アドレナリンが切れたら泥みたいに眠れる。

 高架の下では、バシリスクの車両が引き上げ始めてる。重装甲のバンが何台か、隊列を成して順番に闇に消えていく。
 ムコはまだそこにいた。煙を上げてるAVの近く、ゴリゴリに軍用拡張された重義体ヘヴィ・リグ連中に囲まれて立ってる。
 どいつもこいつもムコの倍くらいの体積があって、普通ならその輪の中心に立つ細い影は、獲物みたいに見えるはずだ。でも……
 重サイボーグの一人が墜落したAVを指さして何か言った。ムコが何か返す――ここからじゃ聞こえないけど――途端、グループ全体がドッと沸いた。誰かが隣の奴の背中を叩いてる。荒っぽくて、気取りのない、戦場帰りの男たちの空気。

 ……へえ。
 なんだよ、馴染んでんじゃん、あいつ。

 俺の視線を感じたのか、プラチナブロンドの頭がふと傾いた。顔が上がる。あの人工の目が、この距離でも、暗闘の中でも、一瞬で俺を見つけた。

 ムコが片手を上げた。
 俺も手を振り返す。やった直後に気づく。なんでこいつがやるとサマになんのに、俺がやるとこんなダセえの。
 急に何か言って誤魔化したくなり、音声リンクを立ち上げた。

「で、あー……フライトどうだった?」

 ムコの声はすぐ返ってきた。

『楽しかった。だが……着陸はもう少し練習が必要だな』

 低い男のバリトンが、今は何とも言えないもので温かい。
 こいつのことだから、たぶん本気で楽しかったんだろうな。……墜落込みで。

「……上がってこいよ。帰ろうぜ」
『ああ。帰ろう』

 下で、ムコが周囲の連中に声をかけるのが見えた。フランクな握手が交わされて、肩を叩かれる。傭兵たちの輪から抜け出して、高架へ続くアクセス路に向かって歩き始める。

 俺は運転席に戻って、ドアを閉めて、待った。

 最初の仕事ジョブをこなして、なんとか生きて反対側に出てきた。
 普通の人間ならPTSDの一つや二つ発症してもおかしくないイベントが、今夜だけで目白押しだ。
 でも「普通」なんて言葉は、ムコの眠ってるコンテナをこじ開けた瞬間から、俺の人生には適用されなくなってる。
 
 これは始まりに過ぎない。
 俺たちは足を踏み入れたんだ。
 傭兵ゲームの世界に。

 下層地区の義体を修理するだけの静かな生活は終わった。もう盤から降りることはできない。
 ブッチャーがムコの意識をセクサロイドに突っ込んだ時に奪っていった、全身義体――あれを取り戻すまでは。

 怖いかって?
 頭の中でその質問を転がして、いろんな角度から考えた。
 答えは自分でも意外だった。
 いや。そうでもない。
 数ヶ月前なら、たぶんイエスだった。でも今は……ムコがいる。

 俺の相棒。
 その言葉が浮かんで、なんかこう……しっくりきた。

 俺たちが互いにとって何であれ、何になっていくにせよ……うん。
 「相棒」ってのは、少なくとも答えの一部。今のところは、それで十分だ。
 人を食い殺す街の中で、17歳の義体技師と、セクサロイドの中に閉じ込められた、俺が生まれるずっと前から戦場を渡り歩いてきた男の意識が、背中合わせでどうにかやってる。

 シートのヘッドレストに頭をもたせかけて、目を閉じた。
 瞼の裏に、いろんなものが浮かんでは消えた。
 今夜この街のどこかで、ハウザーは裏切りの清算をするために運ばれてる。どこかでフィクサーが、俺たちの名前を知ろうとしてる。そしてどこかで、オーメンは傷を舐めながら、殺し合った後に一緒に酒を飲んだ、不思議な女のことを考えてる。

 退屈はしねえよ、とアダーは言った。
 ああ。きっとその通りだ。

 コンクリートにヒールの音が聞こえてきた。近づいてくる。

 退屈しない、そうだろうな。
 こいつと一緒にいる限り、絶対。


 ACT 4:MERCENARY ―― 了
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