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番外編

【エイプリルフール編(六)】元気になる魔法をかけられて。(二)(水樹視点)

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「ただい……」
「バパぁああ!!」
 玄関で思考を巡らせること数分、深呼吸をすること五回。手汗で滑りかけたドアノブを捻ると、目を真っ赤にさせた歩美が飛び込んできた。
 涙や鼻水を服で拭うように顔を擦り付け、泣き声を上げている。
「やだああ、とーさまとパパけんかするのやだあ!! あゆみがわるいならごめんなさいするから、なかよくしてくれなきゃやだああ!!」
 どうして歩美が気まずい雰囲気なのを知っているのか、なぜ歩美が原因になるのか。
 状況がわからず視線をキョロキョロさせると、奥から彼方がやってきた。心臓がバクンバクンするが、旦那の腕は娘へ伸びる。
「歩美、別に父様達は喧嘩していないよ。それから歩美は絶対悪くない、いいね?」
 彼方は水樹から引き剥がすと、歩美の視線まで姿勢を落として両手をしっかり握る。
「ひっぐ……ううっ!」
「でも、心配してくれてありがとう。ばあば達も話してたよ。『あゆちゃんは本当に父様やパパが大好きなのね』って」
「あたりまえ……だもん。とーさまたちだけじゃないよ。まなとおにーちゃんも、はるとおにーちゃんも、もちろんばあばたちも。あゆみはみんな、みーんなだいすきなんだよ」
 未だ状態は掴めない。けれど、歩美の想いに胸や目頭が熱くなってくる。それは彼方も同じだったようで、二人揃って愛娘を大事に抱き締める。
「ありがとう、歩美」
「歩美のこと、パパ達も大好きだよ」
「うっ……ひ、ううっ」
「あ、また父さんが歩美を……、パパまで泣かせてる!?」
「父さーん?」
 指を指して驚く愛翔と、笑いながら怒る陽翔が階段から降りてくる。友人宅から帰ってきたのだろう。
「パパ、おかえりなさい。大丈夫?」
 駆け寄ってきた息子達に頭を撫でられ、水樹は大丈夫なことと「おかえり」を涙ながらに笑顔を作って伝えた。
「いくらエイプリルフールだからって歩美を泣かしたらダメなの、わかってるよね? どんな嘘ついたの」
「あー……。えっと……」
 彼方は難しい顔をして眉間の寄せた挙句、陽翔の方に寄って耳打ちした。内容を聞き、陽翔の顔はみるみる赤くなっていく。
「ばっ……! 子供の気持ちを汲み取ってくれてありがたいけど、結果的に歩美とパパ泣かせたらダメじゃん!」
「はは……反省してます」
 陽翔と彼方の間にも何かあったのだろう。歩美は首を傾げ、水樹がハンカチで目を拭いてあげると嬉しそうににっこり笑う。
「……父さん。エイプリルフールは、午前中しか嘘ついたらダメなんだって。でも相手を傷つけるような嘘をついたら、絶対ダメなんだぞ。あとですっごく悲しくなるから」
 状況を見守っていた愛翔が真剣な顔で話し出した。
「おれさ、エイプリルフールならなんでも嘘ついていいと思ってた。だから友達に大好きの反対で『大嫌い』って言ってしまった」
 愛翔はしばし唇を噛み、水樹と彼方を真っ直ぐ見据える。
「ものすごく優しいから、怒ったり泣いたりせずに『じゃあ、オレはまなとが大好き』って笑って返された。そのあと陽翔に『大好きの反対は無関心』なことも『午前中しかついちゃダメ』ってことも聞いて……」
「まなとおにーちゃん……」
「歩美、お兄ちゃんは大丈夫だよ。……すう。悪いのはおれなのに、謝るときめちゃくちゃ怖かったし泣いた。もう大切な友達じゃないって絶交されたらどうしようって。そうしたら」
 どれほど怖い思いをしたのだろうか。一度ついた嘘が現実になってしまう恐怖を愛翔は六歳にして味わった。
 それは大人の水樹にも当てはまり、まだ彼方に昼前のことを謝れていないので余計に刺さる。
 家族が固唾を飲んで見守る中、愛翔は涙を浮かべて笑う。
「『嫌われていなくて良かった』。おれ、仲直りできて心からほっとした。二度とあんな悲しいことしない。父さんのことだから『嫌い』までは言わってないと思うけど、あんまりパパを悲しませたらダメだぞ」
 これから、双子の次男と小学校に入学する長男。その表情は穏やかな柔らかいもので、実年齢よりもっと大人びて見える。
「あー、あれはマジでビビったよ」
「ごめんってば。助けてくれてありがとうな」
「助ける? 自分で解決したんだからお礼を言われる筋合いなんてない」
「はるとおにーちゃん、すなおじゃない。かおがにまにましてる」
「なっ!?」
「ほら、歩美にまで気付かれてるぞ。おれのこと、大好きなんだな」
「……くぅっ。わ、悪い!? 愛翔も歩美も大切なんだから好きに決まってるでしょ」
 相手のことを考えて後悔したり悲しんだり、自分事とのように相手の幸せを喜ぶ。
『遊佐君を守りたかった……。なのに上手く守れなかったああっ!』
『……遊佐君は僕の大切な人なんだから、当たり前だよ』
(ああ、やっぱりこの子達は彼方の子だ)
 あの青い春の日、まだ恋を自覚する前の友人だった頃。
 彼方は自分の無力さに嘆き、水樹から無音で伝えられた感謝に気付いた。
 それなのに、自分は。
「ね。まなとおにーちゃんはともだちとふたりでなかなおりしたんでしょ?」
「え。あ……うん。一応ね」
「なら! おにーちゃんたちといっしょにばあばのところいくから、パパたちもふたりでなかなおりして?」
 突然提案されたことに、水樹たけでなく彼方も目を丸める。
「ばあば達、もう帰ったんじゃないの?」
「ううん。とーさまとパパがしんぱいだったから、いっかいかえってきただけ」
「ぼく達もいいの?」
「うん! あゆみね、きょうはおにーちゃんたちをひとりじめしたいな! それに、いっぱい、いーっぱいききたいことあるから」
 溺愛する妹からの無垢な笑顔に、双子の兄達は揃って目をキラキラさせていた。
「父さん」
「パパ、いいよね?」
 こうして、四月一日の夜は水樹と彼方だけで過ごすことになった。
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