きっかけとその先に

天井つむぎ

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絆創膏

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「……はっ!」
 目を覚ますと白い天井が真上に広がる。ソファから見た慣れた光景に安心するも、眩しさに目を細める。どうやら電気を点けたまま寝落ちしたようだ。
 重い身体を起こし、数回深呼吸をする。心臓はドクドクと音を立て、背中にべったり汗をかいていた。気持ち悪い。
(やっぱり、シャワー浴びよう)
 湯で汗を流せば、スッキリと眠れるだろう。
「……はぁ」
(大丈夫。今日は泣いていない)
 目の端に指が触れても濡れてなかった。そうだ、大丈夫。
 あれはゆめだ。割り切ってソファから足を下ろし、バスルームに行こうとするとゴミ箱に躓き、前に転倒した。
「いたた……。あー……」
 先に打った腹をさすりながら体を起こすと、花柄の小さなゴミ箱から丸めたティッシュやら破いた茶封筒が散乱していた。抜けた毛の多さも目立ち、ため息が出る。
「明日、少しは掃除するか」
 脱ぎ捨てたままの服や、畳んで積んだタオルが倒れていたりと一人暮らしとはいえ、汚い。母がいかに偉大だったか苦笑いしつつ、ゴミ箱から散らかったものを片付けていくと、あるものに気づいた。
「絆創膏……?」
 折り畳んであり、何か数字が書かれている。それを広げるとマジックで書かれた携帯番号があった。丸めの可愛らしい字体だ。
「誰のだろう?」
 連絡先欄の番号と照らしてみても同じ番号はなく、字体も知らないものだ。
 ふと、店長の言葉が脳内を過ぎる。
『樫クン、遅刻はダメだけど連絡無しはもっとダメだよ?』
 坂下が帰った後、今朝の失態について注意を受けた。中村の顔には「迷惑」より「心配」の二文字が濃く浮き出ており、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。すぐさま謝ろうとしたもの、飲み仲間の田中が来てしまい、即解散になって謝罪もし損ねたに近い。
 中村書店の正社員である日和の出勤時間は朝九時。アパートから徒歩二十分圏内にある書店へは余裕を持って七時半入り。開店までの間、中村と一緒に新刊の荷出しや掃除を行なっている。
 今朝目覚めたのは九時二十五分。完全な遅刻だったがお漏らしの後始末に追われ、全速力で走って店に着いた頃には十時頃。店長に謝罪をし、すぐさま仕事に取りかかった。
「確か……」
 まだ目がしょぼしょぼし、眠気は完全に取れていない。妙に頭と腰が重い。
 胡座に座り直すとソファのスプリングが揺れる。目覚まし時計を見て一気に目が冴えた。
 今朝起きた場所もソファの上。一枚しかない羽毛布団を掛けて眠っていたが、
「何にも着てなかった……よな?」
『寒いなぁ……今なん、って、ああっーー!? 遅刻だああっ!! 服、服!!』
 惨状を思い出せば身震いが起こる。恐る恐るジーパンの中に手を突っ込み、前へ移動させた。じんわりと汗をかいているが、穿いている。よし、大丈夫だ。
「と、なると……」
 もう一度過去へ意識を戻す。
(それから慌てて起き上がって、タンスからパーカーを引っ張りとりあえず着替えた。それから洗濯して……)
『なに、これ? 絆創膏?』
 家を出る直前、肉弾になった腹とシャツ生地の間に違和感があった。しかし、急ぐことが最優先だったため、適当に折ってゴミ箱に投げ捨てた。
「そうだ。あの時だ……。でも、なんで腹に絆創膏なんか……」
 何があったのか必死で頭を働かせる。だが、それ以上は頑張っても記憶がな──
『お兄さん、大丈夫?』
 電灯が色めく繁華街。暗闇で泣き崩れた日和に声をかけてくれた金髪の女性。
 ひんやり柔らかい大きな手が、汚れた手を包み込んでくれた。
 朧気なのに、感触と姿形と胸の奥が温かくなったのはハッキリと覚えている。
「……ゆめだよね?」
 きっと新しい恋が早々に終わりを告げたせいで都合が良い幻覚を見ていたに違いない。意識も朦朧としていた。
 初対面の人物がデブのSubに声をかけるはずなんかないんだから。
(ゆめじゃなかったらどんなに良かったか)
 胸がきゅぅうっと苦しくなり、視界が涙で滲む。
「……っ、ぅう……っ」
 今年で三十路。デブで自己評価の低い、過去を未だに引き摺る自分に彼女がいた事もなければ、人口的にも少ない男のSubを恋愛対象として好きになって貰えるはずもなかった。報われるのはほんのひと握り。
 昨夜も食事をしただけなのにそそくさと帰られてしまった。最初のデートだから仕方ないと自分で自分を慰めていた矢先、『今夜はありがとうございました。また』のメッセに既読はつかなかった。
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