きっかけとその先に

天井つむぎ

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優しい人2

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 昔から泣き虫だったと母から聞かされたことがある。
 幼稚園の校門の前で大泣きし、止むを得ず何度か家に連れて帰ったこともあったらしい。
 そんな日々を繰り返していくうちに抱っこすると気分が落ち着くことに気づいたみたいで、入園も通学することも無事叶ったようだ。当時の記憶はなく、笑い話にされる度にいたたまれない気持ちになる。
 記憶がないためどうして落ち着きを取り戻せたのかは思い出せないが、ただ、自分よりも温かい体温と耳を当てると聞こえてくる鼓動、優しく呼びかけてくれる声に安心したのかもしれない。
(正しく今がそうだ)
 体全体が温かい。何かに包み込まれたような安定感もあった。
(お花のいい香りだ)
 ふんわりと甘い花。よく嗅ぐとフルーティーだった。三十超えた日和の布団からは絶対にしない香り。
(もっと嗅いでいたいな……)
 食いしん坊だから食べ物系には鼻が効くけど、それ以外はあまり機能しない。けどこれはそういう類じゃない。本能とは恐ろしいものだ。
(気持ち良い……)
「日和さん、目が覚めた?」
 柔らかな声が降ってくる。頭を動かせば朗らかに笑うサキの顔が近くにあって胸がキュンとした。
(やっぱり綺麗だ)
 外見だけじゃなく、心の在り方も。
「……お、おはようございます」
「おそよう」
 奥に掛けてある時計を見ると三時を指していて、
「僕、そんな長く……」
 そこで疑問に思う。どうして自分はベッドに座ったまま眠っていたのか。そして何故、サキと体を向き合うようにしているのか。
 「うん。顔色も少しはよくなったね」乾いた目元を指でつつーとなぞられた。
「サキの抱き枕、気持ち良かった?」
「もしかして……僕……」
 もう察しはついているが、念のために聞く。
「もうぐっすり腕の中で眠ってたよ」
 サキに抱きつきながら寝ていた事実を肯定される。
「ぼ、ぼ、僕、重たかったはずじゃ……!!」
 数年前に体重計に乗った時、メーターが百を切りそうな時があった。さすがに仕事量を増やしてダイエットはしたが、食生活は変わっていない。
 いくら寝ていたとはいえ、デブが抱きついていたなんて。絶句した。
「ああ、それくらいへーきへーき。私、見た目よりも力あるから心配しないでしないで」
 でも、と視線を迷わせていると、彼の胸元にシミが出来ているのが分かった。桃色がさらに濃いピンクのになっている。
「寝顔、赤ちゃんみたいで可愛かったし」
「ご……めんなさい……っ! 服、弁償します!」
 醜態を晒しただけでなく、サキの服を汚してしまうなんて最悪最低だ。
「そんなこと気にしなくていいよ?」
「でも……!」
「これくらい洗えば落ちるから、大丈夫」
 圧をかけた「大丈夫」が返ってくる。
「分かりま……した」
「うん。良い子、良い子」
 頭に手が乗せられ、右へ左へ。ゆっくり、優しく。
 ああ、なんて気持ち良いんだろうか。
「本当に日和さんは嬉しい反応をしてくれるよね」
「僕が……ですか」
「うん。私ね、褒めるの大好きマンだから、日和さんみたいにすぐに赤面しちゃう子の反応、愛しくて堪らないのよ」
「あか……赤くなってるんですか!?」
 「気付かなかった?」頭から手が離れて、頬に手が添えられる。ひんやりと気持ち良い温度に自分が熱くなってるのが嫌でも分かる。さらに赤くなった気がした。
「全く気付きませんでした……」
 サキは何も言わず、頬に添えた手でさわさわしてくる。気持ち良さを感じながらもう一度彼の顔を見ると……。
(あっ……)
 とても穏やかで、優しい顔をしていた。
 誰かを慈しむようなそんな柔らかな表情。
「……好き」
 心臓の音が大きくなるのが先か、口が先だったかは分からない。気が付いたら口に出していた。
 しかし──、
 サキの手が退いた。意図的ではなく、急に。本人が驚いているのが何よりの証拠だろう。
「セーフワード、まだ効果あったんだね」
 跳ね返ってきた自分の手の平を見ながら笑ってるけど、
(とっても悲しそうだ……)
 無性に胸がきゅううと苦しくなる。もどかしいそれに胸を掻きむしりたくなったけど、そうしたいのは自分ではないと己の拳を強く握ることしか出来なかった。
「さっちゃーん、そろそろだから!」
「あ、はーい! じゃあ、日和さん……あ、どうしよう。今日も下……」
 皆まで言わずも困惑した視線が日和の下半身に向けられる。
「あ、サキさんに預かって貰ったジーンズで帰ります」
 そもそも今日は受け取るつもりで入店した。
「私、免許持っていないから歩いて送るしかないけど大丈夫?」
「大丈夫ですよ! 歩くことには慣れてるので」
 下着は濡れているが、帰り道でコンビニにでも寄って行けばいいだろう。
「帰り道は大体分かるのでサキさんはここにいてください。お仕事、これからですよね」
「でも、一人じゃ危ないよ」
「大丈夫です!」
 ハルが言っていた「夜行性」の真意は知らないけど、とにかく夜に仕事があり、その支度をしなくてはならないはずだ。
 何度も商店街近くまで送っていくよと気を遣って貰えたけど、日和からすれば今日だけで十分過ぎるくらい気遣われた。
 驚くことにサキが洗濯してくれたジーンズは持っているものとサイズも色味も、ブランドまで一緒だった。
(確かタンスにもう一枚あったはずだからそのうちの一枚とかかな)
 毎日ほぼ一緒のスイリングで整理整頓すら出来ないダメダメ男。サキが安眠する日和を置いて帰った後、わざわざ取り出して着替えたことも考えにくいが寝惚けて深夜にアイスを食べる日和だ。やりかねない。
 トートバッグに袋で隠した使用済みズボンを仕舞う。
「仕事の休憩中に長居してすみません。ありがとうございました」
 地下からの階段を上がり、結局外まで見送りに来てくれたサキとハルにお礼を述べると「日和さん」と声をかけられた。サキの視線が揺らいでいる。
「忘れ物でもありましたか?」
「ううん。あ、そうだ!」
 パンツのポケットから出てきたのはスマホだった。カバーはやはりピンク色で大きなリボンが一つ付いてある。ピンク色の可愛いものが好きなんだろう。
「通話アプリで友達になってよ」
「ええ、いいんですか!?」
「もちろん。また、会話しようよ」
 早く早くと促され、バッグからスマホを慌てて出す。ピンク色の片面カバーに大きなラメハートがデザインされていて、趣向がありありと表れていた。
「よし、こうしてこうして……。はい、完了よ!」
 返して貰ったスマホを見ると新しい友達の所にうさぎのアイコンの隣に「サキ」が追加されていた。
(また、会話してもいいんだ……)
 嬉しさに包まれ、黒手帳のスマホでにやけた口元を隠す。
 今度は大きく頭を下げ、帰った。姿が見えなくなるまで振り続けてくれる優しい人達が本当にこの世にいるのだと実感しながら。
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