さるのゆめ

トマトふぁ之助

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祟りて曰く

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 一座の人間に拾われたとき、座長の爺様だけはそれの異能を聞かされていた。そいつは日照りの子だと、小さな手をひく老いた背中へ周りの乞食が口々に忠告を始める。
 ×××の周りでは草木が枯れる。これが歩く路にはその一日雨が降らない。きっと呪われた生き物だから、拾うのはよしなさい。
 『そりゃ結構!雨が降っては仕事も無くなってしまうからの。ほほ、まことよき拾いものよ』
 この爺様は徹頭徹尾自分の笛しか信じていない奇特な御仁であったから、それは手を引かれたまま気のいい楽師衆へ仲間入りすることができた。腹が減るたびに周りから「吸い上げる」必要もなくなり、日の輪をよぶ特異な性質はむしろ縁起の良いものとして歓迎された。そもそも与太話だと半分信じられていなかったようで、旅を始めてからは嫌悪混じりの呼び方をされることも無く、その名は静かに忘れ去られていく。止まない雨で年中泥濘みやすい土地だ。興行で村をまわれば必ず陽光がさすため、楽師たちは天照大神の加護を受けていると噂されだした。
 それから四十年。長い旅路の果てに忘れ去られていたがために、だから誰も警戒などしていなかった。旱の異能は年を経てなお、消えるどころか勢いを増してそれの体で渦巻いていたのである。
 
 ×××がまず乾かしたのは、目の前の槍兵だった。草履を履いたそのつま先から容赦なく吸い上げ、胃の腑のうちまで干上がらせた。目の前で仲間が皺だらけの干物と化した兵が喚き立てるがそれさえ飲み込んで、白円は大きく屋敷を包む。乾かした。乾かした。荘園にいた者はなべてその命を徴収されていった。
 空になった屋敷をほうぼうの体で逃げる。血眼で屋敷周辺の村を虱潰しに乾かしていった。復讐などしている暇はない、急いで成さねばならぬことがある。件の鍋底を攫うより、切り分けられた可食部以外を塵溜めから探す方が早かった。
 『うぅ、うぅうっ……!!戻ってくれ、間に合ってくれえ……ッ!!』
 破裂ぎりぎりまで溜め込んだ誰かの寿命を、肉の端切れに、髪の残る頭皮に、休む間も無く注ぎ込む。山でいよいよ弱った時にもこうしてやった。幸い樹木の寿命は長い。周りの若木から吸い上げては、体調を崩した仲間へ人知れず供給させていたのだ。四十八人の仲間全員が知らず知らずのうちに彼によって命を繋がれていた。……自分がこう生まれついた理由があるならこのためだ。自分なら皆を生き返らせられる、未来永劫ともに暮らせる。住む場所なら空になった屋敷を使えばいい。乾かしてやると脅せば周りの村から人足も手に入る。愚かだった、すまない、すまない、初めから、こうしていれば———。
 ×××は疑いもせず、腐乱の始まった遺体の欠片に命を吹き込んでいく。
 初めは人形に完成した。全て元通りになるものなどないように、それらはただこちらを見て頭を揺するだけの肉の器に過ぎなかった。それでも皆一様におやかた、と一声ないた。男にとってはそれで十分な理由だ。
 端から腐るので適宜替えを用意する。
 人間はなぜか馴染みが悪かった。雉、山猫、鹿などの鳥獣を捕らえてはあてがうので皆はどんどんと継ぎ接ぎになっていく。
 ……皮肉にも、いっとう馴染むのが猿の皮だった。
 寿命を注ぎ足すたびに仲間の変質は酷くなり、獣じみた行動が目立つようになった。器が完全でないのでいくら注いでも何処からかこぼれてしまう。継ぎ合わせた猿の部分が増す。大まかなかたちは五百年を過ぎたあたりで安定した。しかし、形が定まったせいか気を抜くと彼らの端々がもろもろ崩れていくようになった。悩んだ末に生き餌を設けることにした。贄はいい。精気を絞れる上に欲の捌け口も兼ねる。仲間たちは弱った贄をうっかり食ってしまうから相変わらず監視は必要だったが、一人一体あてがっておけば大人しく従うようになった。
 時を経るにつれ、×××の力は勢いを増していく。
 日照りを起こす。土地を枯らして、服従させた村人の田畑にのみ、その家の者の寿命を注ぐ。その一族は当然短命になるが家は栄えた。誰が言ったか申様と呼ばれるようになり、徐々にその信仰は村全体、地域全体へと波及していく。傀儡となる人間が増えればそれだけ力が増した。土地全体で起こっていることが手に取るようにわかる。念動力を使い土地を介して生物の寿命を操れる。手に入らぬものは既にない。七百年を生きた頃、それは己が神域に至ったという確信を得た。

 お可哀想にと誰かが言う。
 『そこまで変じてしまってはどうしてやることもできぬ。哀れな』
 旅の法師は宴もそこそこに出ていった。顔色の悪い、しかし顔立ちの整った美男。百年ほど前の話だ。信仰への疑問を抱いた者が呼んだ高名な祓い屋だという。久しぶりに出た反乱分子は一族郎党信者どもに対処させたが、この僧に邪魔されて何人か取り逃してしまった。
 『これから戦がくる。世の中は変わる。取り立てた分だけ守ってやりなさい……。せめて、功徳を積まれますよう』
 錫杖をがらがら鳴らして僧侶は去った。思い返せば盲の癖に、話すときは必ず町人に化けた×××の方向を向いていた。
 見えてはいない澄んだ瞳。憐れみを向けられたのは、後にも先にもこの時が初めてだったかもしれない。
 あの僧はきっと全てを見抜いていた。どれほど力をつけようと、信仰を集めようとも、それが神には成りきれなかったこと。一番願ってやまない仲間の中身だけ、どうしても蘇らせてはやれない孤独にいることを。
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