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ブルー編
囲いの内側
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大鬼の住処に、少しずつ人間用の生活用品が増えていく。
青井の憂いをよそに日々は何事もなく過ぎていった。ヤって食って寝て、自堕落に、そして穏やかに時間が流れていく。
群青の頭がぐらぐら揺れる。大鏡を前に、やたら陰気な己の頬をつまんでみて驚いた。
———今、少し痛かったような。
呆然としていると、後ろから声が掛かった。
「おい。もう始まるぞ、いつまで歯なんか磨いてやがる」
「うるさい、アンタは時間かけなさすぎだ!奥歯までちゃんと磨いたか!?」
「酒で殺菌するからいいんだよォ~!!おらすすげ!俺様の勇姿を讃える傑作が始まっちまうだろうが!!」
暇な時、バルドは馬鹿げた魔界映画をかける。全ての映画にバルド役のオーガが悪役として登場するので、青井は一本目を観たとき飲んでいた水を吹き出してしまった。
「また続きがない。この後どうなったんだ?」
「そらもうドンパチよ。オーガが負けるなんてありえねえから公開停止させた。現在進行形で撮り直させてる」
「へ、へえ……お前やっぱり圧政側じゃん……」
「監督はゴネてるが修正版が今秋初公開だ。楽しみだなぁあ」
バルドは先の話をする。
屋敷の中では季節がわからないけれど、三日ごとに送られてくる写真の中、青井の故郷は春を迎えていた。
長い夢をみているのかもしれない。青井は髪やら爪やら構ってくる仇敵の顔をしげしげと眺める。恋人か、親しい友人のようにも思える距離感で男は機嫌良さそうに絡んできた。はしゃいで疲れた子供のよう、大事に抱えられて青年は少し胸が痛い。
「明日は何する、ヒーロー殿」
……バルドは、この大鬼は。先の話をしてくれる。
———風呂に入りたい。
耐えかねた人間がこぼした言葉は、最初怪人には理解しがたかった。魔族は体を洗うときその辺の川で水浴びをするか、皮膚の種別によっては砂浴びをする。少数派だがコアを中心として肉体を機械化させている者はメンテナンスに油を用いるという。水につかろうなんて考えるのは河口周辺に住む爬虫類系の怪人かお高く止まった人型魔族ぐらいだ。
「拭いてやってただろうが」
「水に浸かるのとはやっぱり、違うっていうか……。汚れが取り切れた感じがしなくて……」
ズールに上半身呑まれながら顔色を悪くした人間が呟く。
『人間は不衛生な環境に弱く、病気にかかりやすい。だから風呂に入って衛生管理をする必要がある』
ぶつくさ長々と文句を言っていた青年は、まとめるとそう伝えたかったようだ。長く運動できない状態だったことも要因の一つだろう。青井の体は弱りきっており、筋力トレーニングをするたび腹痛や頭痛、嘔吐の症状に悩まされた。汗腺が詰まって死ぬなどと宣い、ぐったり横に伏せる姿はなかなか哀れだ。
人間の体はどうにも新陳代謝が激しい。ヒトとして若い年齢だろうブルーは、己の体臭を酷く気にし始めている。
「毎日水浴びなんて、自分のニオイもわかんねえじゃねえか」
「獣じゃないんだぞ。クサいのは嫌だ」
「オーガは火口で脂を焼き飛ばすんだが、お前がやったら火達磨だろうしなあ」
感覚の相異ってやつをバルドは面倒くさく思いつつ、初めてものを強請られた事実に少し嬉しくなった。こう見えてもバルドは五大幹部の中で魔界の建築、インフラ整備を担当する男だ。もっぱら巨大な魔王城の修繕と増築が仕事なのだが、新しい設備を増やすのは趣味みたいなものでもある。
やることもなくて窓から荒れ地の監視に徹するブルーを捕まえ、まずは風呂という文化の詳細から説明させることにした。
青井の憂いをよそに日々は何事もなく過ぎていった。ヤって食って寝て、自堕落に、そして穏やかに時間が流れていく。
群青の頭がぐらぐら揺れる。大鏡を前に、やたら陰気な己の頬をつまんでみて驚いた。
———今、少し痛かったような。
呆然としていると、後ろから声が掛かった。
「おい。もう始まるぞ、いつまで歯なんか磨いてやがる」
「うるさい、アンタは時間かけなさすぎだ!奥歯までちゃんと磨いたか!?」
「酒で殺菌するからいいんだよォ~!!おらすすげ!俺様の勇姿を讃える傑作が始まっちまうだろうが!!」
暇な時、バルドは馬鹿げた魔界映画をかける。全ての映画にバルド役のオーガが悪役として登場するので、青井は一本目を観たとき飲んでいた水を吹き出してしまった。
「また続きがない。この後どうなったんだ?」
「そらもうドンパチよ。オーガが負けるなんてありえねえから公開停止させた。現在進行形で撮り直させてる」
「へ、へえ……お前やっぱり圧政側じゃん……」
「監督はゴネてるが修正版が今秋初公開だ。楽しみだなぁあ」
バルドは先の話をする。
屋敷の中では季節がわからないけれど、三日ごとに送られてくる写真の中、青井の故郷は春を迎えていた。
長い夢をみているのかもしれない。青井は髪やら爪やら構ってくる仇敵の顔をしげしげと眺める。恋人か、親しい友人のようにも思える距離感で男は機嫌良さそうに絡んできた。はしゃいで疲れた子供のよう、大事に抱えられて青年は少し胸が痛い。
「明日は何する、ヒーロー殿」
……バルドは、この大鬼は。先の話をしてくれる。
———風呂に入りたい。
耐えかねた人間がこぼした言葉は、最初怪人には理解しがたかった。魔族は体を洗うときその辺の川で水浴びをするか、皮膚の種別によっては砂浴びをする。少数派だがコアを中心として肉体を機械化させている者はメンテナンスに油を用いるという。水につかろうなんて考えるのは河口周辺に住む爬虫類系の怪人かお高く止まった人型魔族ぐらいだ。
「拭いてやってただろうが」
「水に浸かるのとはやっぱり、違うっていうか……。汚れが取り切れた感じがしなくて……」
ズールに上半身呑まれながら顔色を悪くした人間が呟く。
『人間は不衛生な環境に弱く、病気にかかりやすい。だから風呂に入って衛生管理をする必要がある』
ぶつくさ長々と文句を言っていた青年は、まとめるとそう伝えたかったようだ。長く運動できない状態だったことも要因の一つだろう。青井の体は弱りきっており、筋力トレーニングをするたび腹痛や頭痛、嘔吐の症状に悩まされた。汗腺が詰まって死ぬなどと宣い、ぐったり横に伏せる姿はなかなか哀れだ。
人間の体はどうにも新陳代謝が激しい。ヒトとして若い年齢だろうブルーは、己の体臭を酷く気にし始めている。
「毎日水浴びなんて、自分のニオイもわかんねえじゃねえか」
「獣じゃないんだぞ。クサいのは嫌だ」
「オーガは火口で脂を焼き飛ばすんだが、お前がやったら火達磨だろうしなあ」
感覚の相異ってやつをバルドは面倒くさく思いつつ、初めてものを強請られた事実に少し嬉しくなった。こう見えてもバルドは五大幹部の中で魔界の建築、インフラ整備を担当する男だ。もっぱら巨大な魔王城の修繕と増築が仕事なのだが、新しい設備を増やすのは趣味みたいなものでもある。
やることもなくて窓から荒れ地の監視に徹するブルーを捕まえ、まずは風呂という文化の詳細から説明させることにした。
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