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ブルー編
風呂釜噺
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「どはァ~ッ!!なかなかいいじゃねえか!」
「ヒッ……!!湯が……」
いきなり湯船に突っ込まれた青井は頭を抱えた。
バルドが急拵えで建造した風呂は岩造りの本格派で、オーガ族が肩まで浸かることのできるしっかりしたものだった。風呂に入りたいと訴えて僅か三日しか経っていない。手早く配管工事を行う背中は職人の風格が漂っており、内心青井は感心していたのだ。完成を早めるためモルタルを魔法道具で硬化させていくバルドは完全に職工の顔つきをしていた。湯が張られ、いざ入浴となったその時、この色情狂は言い出した。
「お前も入るだろ?」
「正気か?」
言う端から服を剥がれる青井はもう諦めに凪いだ目をしている。この男は言い出したら聞かない。ニコニコと小脇に抱えられ、体も洗わず湯船に浸かった青年の顔が引き攣り出したのはそれから数秒後のことだ。
……筋肉達磨の浸かった先から、巨大な浴槽の湯がみる間に黒く濁っていく。魔界に充満する黒煙やらの汚れが一気に溶け出していく様は目に刺激が強過ぎた。正直、とても汚い。おそらく怪人生初の風呂であろうバルドの角を引っ掴んで、青井は頭からかけ湯をした。人間界から取り寄せたであろう木製の風呂桶に両手で湯を溜めて家主の頭を濯いだ。……脂で湯が弾かれる。
もう浴槽がどうなろうと知ったことでは無い。まずはこの男の洗浄からだ。丸洗いして綺麗にしてやらねば、風呂の意味が無くなってしまう。
「石けんはどこだ!あるな!使うぞ!この点において俺は遠慮なんかしないぞ!」
「あんだピイピイと。ゆっくり湯にも浸かれねえのか?」
「そのお湯を守るためだ、一旦出ろ。体を洗ってからはいるのがマナーだぞ。うう、いや……やっぱりそのままでいい……。中で洗ったほうがはやい……!」
きつい臭気に目頭が熱くなってきた青井だったが、換気機能つきのバスルームであったため、鬣全体に湯を馴染ませ終えた頃には、耐えがたい匂いはだいぶ失せていた。
「脂は焼き飛ばして無いはずだがなァ」バルドが不満そうに頬をかく。
「髪とか、鬣の内側に溜まるんじゃないか?……なんか絡んで……虫の死骸……?」
まだ試作段階だというバルド手製の風呂自体は設えの良いものだった。サイズは家主であるバルドに合わせてだいぶ大きめに設計されているが、深めの浴槽には段差がつけてあり、青井が座っても十分くつろげるよう浅瀬になっている箇所があった。蛇口とシャワーヘッドは人間界からの輸入品だ。青井にも馴染み深いメーカーのロゴが刻印されている。ホースで犬を洗うような勢いで、青年が大鬼の頭をゆすいでいく。
「……シャンプーなんてよく手に入ったな……」
「お前らの世界じゃ必要だったんだろ、……!?なんだ!?いてえぞ!?目がいてえ!」
「ああもう、だから目を開けるなって!すすぎ終わるまで待ってろ!」
こんな大仕事になるとは、全く考えもつかなかった。長風呂でものぼせずにすむのは湯が少しぬるいせいだが、現状二人には都合が良い。
腰にタオル一枚巻いたまま、青井はバルドのつむじを見下ろした。大人しくあぐらをかいて体を洗われている怪人の髪は、洗ってみれば綺麗な夕日色だった。ご自慢の顎髭までこびりついた血痕だの油脂だのが根元で固まっては絡れていた。一つ一つ指でほぐしていくと、バルドは機嫌良さそうに鼻歌なぞ歌い始める。釈然としない気分で青井は指の腹で大鬼の頭皮を揉んでやる。これではまるでバルド付きの召使いだ。
(それにしても……)
こいつは何の躊躇いもなく全裸なのだが、新旧合わせて戦の勲章がすさまじい。傷跡は切り傷が主だが、この男自慢の大斧をかつぐ際ついただろう皮膚のくろずみも初めて見るものだ。盛り上がった筋肉は日に焼けて逞しく、皮膚には戦士らしい厚みが感じられた。薬剤と大量の食事で肉体を維持していた青井からすれば羨ましいの一言に尽きる。首から背中にかけて、石けんで泡立てた布を擦りつける手が一瞬止まった。
「…………。」
躊躇いを誤魔化すように背を擦ろうとした青井に、男が振り返って意地悪く笑う。
「ああ、それな。覚えてんだろ?あんときお前に斬られた傷だ。」
忘れる筈も無い。青井の戦闘用スーツが新調された初日のことだ。それまで自分のことを歯牙にもかけていなかったバルドに、初めて斬撃をくれてやることができた。
「……今更なんだ。……俺は謝ったりしないからな」
「んなことするかよ。懐かしいなア、確かてめえがブルーになってから三年目じゃなかったか」
今更思い出して何になる。肉が盛り上がって再生した痕から目を逸らし、青井は黙ってバルドの体を洗う。手の中のタオルで垢を擦り落とす。
「あの頃からじゃねえか?ブルー、てめえが単独で俺様の邪魔しに来るようになったのは」
「……俺は、命令に従っただけだ。お前が防衛線を……」
「界境を越えたから?怪人が弱っちい人間の領地を侵しちゃいけねえ法がどこにある。あの頃は良かったなあ。行く先々で暴れ回って、新米のてめえをぶっ倒しては財宝を根こそぎかっ攫った。そのうちお前も腕が立つようにゃなったが……だんまり決め込まれてよう、俺様はお喋り相手がいなくなっちまった」
泡を伸ばしたシャワーヘッドで落としていく。言葉につられてぼんやりと昔を思い出した。
青井はヒーローだった。
しかし、力もスピードも、ヒーローに必要なものは何もかも欠けていた。そういう落ちこぼれであった。
だから遅れを取り戻すために、みんなの足を引っ張らないために『努力』をした。
「……あのおかしなスーツを着始めてからだ。そうだよな」
もう終わったことだ。今青井には何の力も残っていない。スーツの性能を発揮するために調整した体は数年ともたなかった。壊したあとは薬で補った。ラボに通って数えるには指が足りないほど手術をした。
……それでも結局は、自分がいなくても解決する世界だ。
「バルド。その話は……、したくない……」
「……じゃあいい。しみったれた話はここで終いだ」
バルドは湯船から腰を上げた。首を回して、風呂からあがるのかと思った青井は視界を一周させられる。え、と声を出す間もなく、冷たい岩肌のタイルへと仰向けに転がされた。腰布一枚の心許ない格好で、見上げると逆光に顔を陰らせた鬼がいる。
「今度は俺様がお前を洗ってやるよ。……これからの話をしようじゃねえか」
「ヒッ……!!湯が……」
いきなり湯船に突っ込まれた青井は頭を抱えた。
バルドが急拵えで建造した風呂は岩造りの本格派で、オーガ族が肩まで浸かることのできるしっかりしたものだった。風呂に入りたいと訴えて僅か三日しか経っていない。手早く配管工事を行う背中は職人の風格が漂っており、内心青井は感心していたのだ。完成を早めるためモルタルを魔法道具で硬化させていくバルドは完全に職工の顔つきをしていた。湯が張られ、いざ入浴となったその時、この色情狂は言い出した。
「お前も入るだろ?」
「正気か?」
言う端から服を剥がれる青井はもう諦めに凪いだ目をしている。この男は言い出したら聞かない。ニコニコと小脇に抱えられ、体も洗わず湯船に浸かった青年の顔が引き攣り出したのはそれから数秒後のことだ。
……筋肉達磨の浸かった先から、巨大な浴槽の湯がみる間に黒く濁っていく。魔界に充満する黒煙やらの汚れが一気に溶け出していく様は目に刺激が強過ぎた。正直、とても汚い。おそらく怪人生初の風呂であろうバルドの角を引っ掴んで、青井は頭からかけ湯をした。人間界から取り寄せたであろう木製の風呂桶に両手で湯を溜めて家主の頭を濯いだ。……脂で湯が弾かれる。
もう浴槽がどうなろうと知ったことでは無い。まずはこの男の洗浄からだ。丸洗いして綺麗にしてやらねば、風呂の意味が無くなってしまう。
「石けんはどこだ!あるな!使うぞ!この点において俺は遠慮なんかしないぞ!」
「あんだピイピイと。ゆっくり湯にも浸かれねえのか?」
「そのお湯を守るためだ、一旦出ろ。体を洗ってからはいるのがマナーだぞ。うう、いや……やっぱりそのままでいい……。中で洗ったほうがはやい……!」
きつい臭気に目頭が熱くなってきた青井だったが、換気機能つきのバスルームであったため、鬣全体に湯を馴染ませ終えた頃には、耐えがたい匂いはだいぶ失せていた。
「脂は焼き飛ばして無いはずだがなァ」バルドが不満そうに頬をかく。
「髪とか、鬣の内側に溜まるんじゃないか?……なんか絡んで……虫の死骸……?」
まだ試作段階だというバルド手製の風呂自体は設えの良いものだった。サイズは家主であるバルドに合わせてだいぶ大きめに設計されているが、深めの浴槽には段差がつけてあり、青井が座っても十分くつろげるよう浅瀬になっている箇所があった。蛇口とシャワーヘッドは人間界からの輸入品だ。青井にも馴染み深いメーカーのロゴが刻印されている。ホースで犬を洗うような勢いで、青年が大鬼の頭をゆすいでいく。
「……シャンプーなんてよく手に入ったな……」
「お前らの世界じゃ必要だったんだろ、……!?なんだ!?いてえぞ!?目がいてえ!」
「ああもう、だから目を開けるなって!すすぎ終わるまで待ってろ!」
こんな大仕事になるとは、全く考えもつかなかった。長風呂でものぼせずにすむのは湯が少しぬるいせいだが、現状二人には都合が良い。
腰にタオル一枚巻いたまま、青井はバルドのつむじを見下ろした。大人しくあぐらをかいて体を洗われている怪人の髪は、洗ってみれば綺麗な夕日色だった。ご自慢の顎髭までこびりついた血痕だの油脂だのが根元で固まっては絡れていた。一つ一つ指でほぐしていくと、バルドは機嫌良さそうに鼻歌なぞ歌い始める。釈然としない気分で青井は指の腹で大鬼の頭皮を揉んでやる。これではまるでバルド付きの召使いだ。
(それにしても……)
こいつは何の躊躇いもなく全裸なのだが、新旧合わせて戦の勲章がすさまじい。傷跡は切り傷が主だが、この男自慢の大斧をかつぐ際ついただろう皮膚のくろずみも初めて見るものだ。盛り上がった筋肉は日に焼けて逞しく、皮膚には戦士らしい厚みが感じられた。薬剤と大量の食事で肉体を維持していた青井からすれば羨ましいの一言に尽きる。首から背中にかけて、石けんで泡立てた布を擦りつける手が一瞬止まった。
「…………。」
躊躇いを誤魔化すように背を擦ろうとした青井に、男が振り返って意地悪く笑う。
「ああ、それな。覚えてんだろ?あんときお前に斬られた傷だ。」
忘れる筈も無い。青井の戦闘用スーツが新調された初日のことだ。それまで自分のことを歯牙にもかけていなかったバルドに、初めて斬撃をくれてやることができた。
「……今更なんだ。……俺は謝ったりしないからな」
「んなことするかよ。懐かしいなア、確かてめえがブルーになってから三年目じゃなかったか」
今更思い出して何になる。肉が盛り上がって再生した痕から目を逸らし、青井は黙ってバルドの体を洗う。手の中のタオルで垢を擦り落とす。
「あの頃からじゃねえか?ブルー、てめえが単独で俺様の邪魔しに来るようになったのは」
「……俺は、命令に従っただけだ。お前が防衛線を……」
「界境を越えたから?怪人が弱っちい人間の領地を侵しちゃいけねえ法がどこにある。あの頃は良かったなあ。行く先々で暴れ回って、新米のてめえをぶっ倒しては財宝を根こそぎかっ攫った。そのうちお前も腕が立つようにゃなったが……だんまり決め込まれてよう、俺様はお喋り相手がいなくなっちまった」
泡を伸ばしたシャワーヘッドで落としていく。言葉につられてぼんやりと昔を思い出した。
青井はヒーローだった。
しかし、力もスピードも、ヒーローに必要なものは何もかも欠けていた。そういう落ちこぼれであった。
だから遅れを取り戻すために、みんなの足を引っ張らないために『努力』をした。
「……あのおかしなスーツを着始めてからだ。そうだよな」
もう終わったことだ。今青井には何の力も残っていない。スーツの性能を発揮するために調整した体は数年ともたなかった。壊したあとは薬で補った。ラボに通って数えるには指が足りないほど手術をした。
……それでも結局は、自分がいなくても解決する世界だ。
「バルド。その話は……、したくない……」
「……じゃあいい。しみったれた話はここで終いだ」
バルドは湯船から腰を上げた。首を回して、風呂からあがるのかと思った青井は視界を一周させられる。え、と声を出す間もなく、冷たい岩肌のタイルへと仰向けに転がされた。腰布一枚の心許ない格好で、見上げると逆光に顔を陰らせた鬼がいる。
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