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ブルー編

苗床level3:細胞変質

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 怪人バルドが指先でなぞる若い男の体は、どこもかしこも手術の縫合痕と注射痕で覆われている。ヒーローヂカラによる自己再生能力は戦場においてのみの限定的なもので、故意に施される切開手術の傷を癒してはくれない。
 暖かな灯りが照らす人間特有の柔らかな皮膚。体の線が無防備に晒され、その異常さが際だって観察できた。両の手足に穿たれた針状の増設神経はぽつぽつとその周囲を紫に染めている。ビスの上を親指でぐいと押せば、鈍い感覚に青井が呻く。
 あらためてバルドは顔を歪ませた。
 「終わってんな、痛覚もイカレちまってんのか。とっ捕まえた被検体は触っただけで失禁しやがったぞ」
 「ラボにも行ったのか。あんたには面白かったろう」
 「冗談言ってんじゃねえぞ。キチガイ共の玩具が詰まった胸くそ悪いごみ溜めだ。あんなん一銭にもなりゃしねえ」
 「なんだ。魔族のほうがまともな感性してるんだな……」
 青井はもうそれほど辛く感じない。ああいう戦い方もあるのだろう。だって人間は弱いから、自分たちを守るには、それなりの代価が必要なのだ。
 それは生体を用いた肉体改造だったり、スーツに神経を通して怪力を得る無理な手術であったり。捕まえた魔物を切り刻んで移植してみたり、その成果をスポンサーに報告して資金をせびったり……それは飽きがこないほど多岐にわたる。大きな手のひらが青井の胸を撫でた。手術を重ねていくうちに、いつからか青井の体に筋肉はつかなくなった。それでもがたいの良いほうだったから、傷が増えてもスーツを着れば誤魔化せた。
 粘膜接触でだけ未だ人間らしい反応を示すこの体は、表皮を炙られるくらいでは痒みしか感じなくなっている。
 「ここも、こいつも、この傷も……俺様がつけたもんだ。忘れちゃいねえだろ」
 「……っ……、ふ……」
 マーキングのように歯形を立てられる。傷跡に舌を這わされて青井は身を捩った。痛覚が鈍麻しているだけ、どんなことをされているか図りかねて恐ろしい。あからさまな性的接触を受けて、煽られた淫紋が呼応し出した。ゆるく勃起した陰茎を恥じて青年が言い訳を漏らす。
 「ちが、その……!は、はらが熱くて……」
 「今日はまだ抱いてやってねえからな。ちょっと待ってろ……」
 バルドがぐり、と手のはらで軽く淫紋を押し込んだ。青井は半分泣き声をあげて稲妻のような刺激に耐えた。バルドに抱かれているとき、感じるのは熱さと、体重をかけられるゆるい圧力、それから感覚麻痺を免れた粘膜への刺激。淫紋を中心として下腹の感覚ばかりが敏感になってきて、それがどうにも恐ろしい。根っこから作り変えられているような気がして、言い知れぬ不安に大鬼へ手を伸ばした。
 「捕まってろよぉ……!上せるとまじいからな。手短にいくぞ」
 「……っくそ……♡はぁ、は……っ♡!!ぅう、で、けぇ……!!」
 正面から青年を軽々抱き上げると、バルドは青井の腰のみを捕まえて勃ち上がった肉棒の穂先を後孔に収めた。ずぷずぷと重力に従い肉洞を割く熱塊に呼吸が詰まる。太い異形の首を抱きしめて、青井は肺に溜まった空気を少しずつ吐いた。バルドの重い腰が、青年を抱っこした姿勢のまま湯船の淵に降ろされる。
 「ちょっと離してくれよ。動きづれえ」
 しがみついていた腕を剥がすと、大鬼は青年の頬を右手で撫で付け額同士を軽くぶつけた。左の手は青井の腰に回され、オーガの胴を跨いで放り出されたしなやかな腿を撫で付ける。
 「ほら、肩に手ェ回せよ」
 「……んん……」
 逃げる舌を捕らえられ、愛撫されながら吐く息まで呑み込まれる。一度放された唇は目元や鼻先を軽く啄み、鋭い牙で傷つけぬよう柔らかく耳殻を噛む。
 「———俺様のもんだ」
 あんまり満足そうに笑うから、全身の血が沸騰して考えが纏まらない。
 「っふ……♡……くぅ」
 「もうあっちには帰さねえ、お前は死ぬまで魔界で暮らすんだ……!なァ、なぁ……諦めてこっち見ろ。俺様を見ろ……!!」
 「く、んンッ……♡!ぁ、あっ♡あ、ぁアぁ~……っ!!」
 じわじわと下腹が熱くなる。びくびくと血潮の脈さえ刻みつけられ、青年の腕がオーガの肩口へしがみつく力を強くした。湯気で湿気った暖かなバスルーム。揺すぶられるたび、広い室内に押さえきれない喘ぎが反響する。
 「……ッひ、ぁああ……♡!!」
 「ぐぅう……ッ!!」
 深くまで受け入れた肉槍が派手にびくついたかと思うと、大鬼は腰を震わせて捕虜の体内に精を放った。腕の中で獲物が肩をひくつかせる。……自分が精を放つより心地いい。身体の芯から溶かされているような感覚に、青年は蕩然と浅い呼吸を繰り返した。
 ———じわりじわりと、精の熱さが身体を侵す。
 「……ン、んぅ……♡」
 オーガの射精は人間のそれより少し長い。がっちり掴まれた指の後が薄く残る尻を摩られながらキスをした。
 「……はァ、は、ふ……っ♡」
 「風呂も悪かねえよな」
 すっかり骨抜きにされて頭の回らない青井に、大鬼が笑いかける。
 「お前の療養になる。冷てえ手足がちょっとぬくいぜ」
 「は……な、何……」
 「死体みてえな温度だったからなァ。なんとか出来ねえかと思ってはいたのよ」
 投げ出された手を取って、バルドが指先に口付ける。
 「こっから先長いんだ、ブルー君よ。———お前にのされたぶんの補償は、お前自身の人生で支払ってもらうぜ」

 大きな大きなオーガの口が開かれる。薬指を根本まで飲み込んで、恭しく、それでいて野蛮にも歯型の指輪が贈られた。

 「…………色呆け……。」青井は呆然とこぼす。
 「俺はアンタよりずっと早くに死ぬぞ」
 「知ってるよォ。だから半魔ちゃんにしてやるンだろが」
 「は、半……?」
 バルドが下腹を指す。腹筋に似つかわしくない、毒々しい紋様がとぐろを巻いていた。
 「半人半魔。あと100年はよろしくできる、言ってなかったか?」

 ———男だろうが女だろうが怪人だろうが、本当は傍にいてくれるだけで嬉しかった。恋人のように抱いてくれるなら尚更都合がいい。どうせもう死にかけで、自分だって人間と呼べる体ではないのだから。
 ヒーローとしての誇りも何も無い自分に心底吐き気がして、敵であるバルドに不誠実だとさえ感じる見境の無さにも情けなくなった。……舌を噛んで終わりにするべきだと頭の中で誰かが叫ぶ。
 しかしそれでも青井は死ぬのが怖かった。一人ぼっちで死ぬのが、嫌だった。

 「……泣くなよ!傷つくぞ!!」
 「っぇ、ぅぐ……っ!うっぅう……!!」
 めそつきだした青年の顎を掴んで大鬼がその目元にキスを落とす。
 「いつまでも死にそうな顔で後ろ向いてたって仕方ねえだろうが。欲しいものは何だって買ってやる、不自由させたりしねえからよ……一生不労所得が入るんだぞ!?健康な肉体に戻してやるからよう……!!俺が精を注いでりゃ、腹の紋が養分に変える。お前は頭カラにしてあんあんよがってるだけでいい!」
 浮き出た淫紋の皮下では、魔界の寄生植物が根を張っている。なかなかよくできた植物で、宿主がうっかり性行為のし過ぎで死んでしまわないように、精から得た栄養を本体にまわす役割を負う。青井の壊れた心身の療養には、実際とても相性が良い。
 「ふっ……うぅ、この屑野郎……!色惚けぇ……!!こ、こっちはいつくたばるかって……」
 「アァ!?勝手にくたばったらゾンビ化させてもっかいブチ殺すぞ。俺様のスケやるならそれらしくふんぞり返ってろ」
 「知るか馬鹿!言われなきゃわかんないだろ……!!」

 熱いシャワーが冷えてしまった青井の体にかけられる。皮膚を温めていく熱が心地良い。ぐしゅぐしゅみっともなく声を殺して愚図る青井を、バルドは指圧しながら洗っていく。
 一見戦士らしい傷だらけの表皮は、指で押してみるとまるで死肉のように凝り固まっている。血行を整えるのには風呂がいいと調べにもあったが、この体にどれだけ効くだろうか。
 ……バルドは少し冷えてしまった青年を抱え、再び栄養を送り込むべく湯船に戻った。魔族に比べればひ弱な身体。群青に染められた毛質の硬い頭髪。上半身は切り貼りしたような奇妙な傷で埋め尽くされている。

 ———刻まれたその傷に、大鬼はかつての彼を思い出す。
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