イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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群青出奔:ブルー編

罅割れ

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 息子のダゴンはおそらく人間寄りのオーガだ。弁は立つし頭も悪くないのだが、荒事を嫌う傾向にあった。それだけではない。一言で言うと運動音痴。腕っ節で序列をつけるというオーガ族では、希有な性質を持っていた。まして族長であるバルドの跡目に適性がないことは親の目から見ても明らかだ。
 とにかく受け身がとれない。攻撃の前触れを読めない、反撃するまで意識がもたない。側仕えのオーガ達がいざ取っ組み合いの基礎を教えようとするが、状況はうまくなかった。

 オーガ族首領であるバルドは息子の打たれ弱さについてとやかく言ったりはしない。しかし逆に鍛え上げようと対処することもなかった。それよりも適性のあるほうへ望みをかけたかったらしい。息子ダゴンの日々は、もっぱら魔界における帝王学教育に費やされた。最近では家庭教師である魔女のルイゼの紹介を貰い、大妖魔リリスの下でも魔術教育、薬草学などの基礎を学んでいる。
 
 「僕が喧嘩弱くて、がっかりした?」
 一歳の誕生日を迎える数日前、中庭で息子が問うてきた。夫と同じ金の目が清一を見る。下からこちらを見上げる視線は、いつの間にか頭一つ分高みから見下ろすものに成長していた。
 「そんなことあるわけないだろ」
 不安そうな視線が揺れる。父親の前では強がって虚勢を張っているけれど、この子は酷く泣き虫だ。
 「ダグは頭が良い。俺は誇らしいよ」
 事実、ダゴンは平均的なオーガよりも賢かった。屋敷から出ることの許されていない清一は伝え聞くことしかできないが、同い年のオーガは勿論のこと、記憶力と発想力だけならばバルドの側近さえ凌ぐ。家庭教師である魔女のルイゼも、時折感嘆混じりにこの教え子を褒めていた。
 しかし本人の顔は晴れない。
 「……父上も……そう言ってくれるかな」
 「当たり前だ!!なんでそう思う?」
 「父上はオーガの中で一番強いんでしょ。母上も強いの知ってるよ、ギレオに教えてもらったから」
 この時ばかりは人の良い彼を恨んだ。できるだけ現役の頃の話は伏せてくれと言ったのに。
 「ひ、ヒーローはな。オーガ族みたいに生身で戦うわけじゃ……」
 「でも父上に勝ったでしょ」
 「勝ったって言っても色々ハンデがあって……」
 「父上の左目を潰したのは母上だって、父上も言ってた。剣術が得意で、父上以外敵うオーガがいなかったって。……僕、どっちにも似てないね」
 ダゴンの肩が一層落ち込む。あいつそんなこと子供に言って聞かせてたのか。清一の首筋に嫌な汗が伝う。ダゴンに誤解されたらどうしてくれる。
 「いいか。ダグ、誰だって得手不得手はあるんだ。俺だって死ぬほど修行したんだぞ。元々それほど強くはなかったんだ」
 幼さの残るオーガの表情が些かばかり明るくなった。
 「……ほんと?」
 「そうさ。だから、本当に強くなりたければ身体を鍛えればいい。剣のことなら、……良ければ俺が教えられるから」
 「ほんと!?」
 夕陽色の鬣が喜びに逆立った。邪気の無い笑顔が眩しい。悪党笑いしかできないバルドも、昔はこんな笑い方をしたのだろうか。
 「嘘なもんか!稽古をつけてやるから、練習が厳しくても泣くんじゃないぞ!!」
 やったあと喜色満面、ダゴンが清一を抱え上げて振り回す。はしゃぐな息子よ。初めてしてやれることができて清一は舞い上がっていた。

 結論を言えば、稽古の許可は降りなかった。誰あろうバルドがそれを禁止したのである。
 夕飯の後、寝室で話を切り出した青年妻は焦りにどもる。今までこんなふうにはっきり何かを禁止されるのは初めてだったからだ。バルドは二つ返事で了承してくれるだろうと高をくくっていた。
 「ど、どうして……」
 練習用の剣を用意してくれないか相談するや否や、大鬼は渋面でその要望をはね除けた。よほどショックだったらしい清一が赤鬼の腕をふらふらと掴む。信じられないという表情だ。バルドは巨体を番いのほうへ向けた。
 「どうしても何も。お前の身体、回復しきってねえだろう」
 「俺のどこが悪いっていうんだ!」
 「左脚」
 ぎろぎろした瞳が青年を射る。薄い藍染めの寝間着姿である清一の瞳が動揺に揺れた。医者にも言っていないのにという顔だが、どうして把握できていないと思えるのかが不思議なものだ。
 「たまに重心がぶれる。大腿部の回復が完全じゃねえ証拠だ。右肘から小指にかけて軽度の麻痺、視野の右端に欠け、マシになったが味覚不全。増設神経管ぶっこ抜いた痕がたまに痛む筈だ」
 瞳が丸い。完全に虚を突かれた元ヒーローだったが、すぐ最もらしく表情を引き締めた。尚もごねるらしい。バルドは人間の番いの頭髪を撫でた。全く小さい頭だった。短く整えられた黒髪に少しずつ艶が出てきている。人間界からまた整髪料でも仕入れてみるか。
 この話は終わりだとばかり、気もそぞろになっているバルドに清一が噛みつく。
 「もう十分動ける!痛いところだって無い!少し剣技を教えるだけだ、かまわないだろ?」
 「駄ァ目。ダゴンの図体とぶつかったりしてみろ、ここまでの治療がパアじゃねえか」
 「受け身くらいとれる!!」
 「全快するまで駄目だ」
 「じゃ、じゃあいつになったら?あと何年大人しくしてりゃいいんだ」
 「ああ?そうだなァ……10年くらいが妥当だろうな」
 「じゅ……っ」
 ようやく黙った。視線を彷徨わせ、やがて無の表情に落ち着く。
 そんなに焦る必要がどこにある。回復魔法が効かなくなるほど消耗した兵士には、平均的に10年の休養期間が与えられる。オーガ族では普通のことだ。半淫魔化して回復させた細胞が元の素体と癒合しきっているかさえ定かでないのに、刃物を握らせるなんてさせたくない。
 「虫みてえな寿命の人間にとっちゃ長いかもわからねえが、お前も半魔族になったわけだ。少なく見積もっても寿命は200年」
 「にひゃ、……にひゃく」
 「長い生涯のうち二十分の一だ。そんくらい落ち着いていられるだろ、清一よ」
 円形のベッドに番いを転がして、誤魔化すようなキスを降らす。寝間着の下に手を滑らせて衣服を緩めれば、珍しくその指先に待ったがかけられた。
 顔を背けた清一が低く呟く。
 「……セックスはする癖に。何が安静にだ、この変態」
 「アア~?何拗ねてんだよォ」
 「拗ねてない!糞、十年もこんなヒモみたいな生活してられるか!!だいたいそんなに待ったらダグは成人もいいとこだろうが駄目親父!!許可なんかいるか、息子と外出くらいさせてもらうからな!」
 バルドの腕の檻からするりと抜け出して非難がましく喚く。乱れた寝間着を片手で整えながら寝台を降りようとしていた。その手首を赤鬼が掴む。鬼の周りの空気がひやりと凍るのに、清一は気づくことができなかった。言ってはいけない言葉を発してしまったことに。
 「離せっ!今日は居間で寝る!!」
 「おうおう激しいな。たまにゃそういうのも悪くねえが」
 力でかなうと思っているわけではあるまい。呆気なく寝台へ引き摺り戻される細い身体。人間にしては鍛えてある肉体でも、オーガの巨体を前にしては為す術が無い。
 仰向けにシーツの上へと転がり、頭上で両腕を固定されてしまう。清一の抵抗もやんわり抑え込まれた。馬乗りになった大鬼が大きく舌舐めずりをして、笑った顔は思い切り悪党のそれ。
 「忘れてるようだからよ、ここでの決まりを思い出させてやるよ。お前がこの屋敷から出たいなんて思わねえようにな」
 下腹を押す手が熱い。熱を孕んで濁った金目が見下ろしている。ぞくぞく嫌な甘さが清一の背筋を舐め上げた。
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