媚薬魔法の優しい使い方

りりぃこ

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パン粥

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 パイソンの蛇はあっという間にアウルの家の前についた。仕事を終えた蛇は、すぐにサッと消えた。

「あ、ありがと…」

 ジャスは何も居なくなった空間にお礼を言うと、急いで家の中に入った。


 アウルの寝室に行くと、アウルは雑に布団を掛けられてベットに寝ていた。

 ジャスはアウルに近づいてしゃがみ込んだ。まだ熱があるようだ。治療魔法薬はまだ使っていないのだろうか。

 氷でも作ってこようかと立ち上がった時だった。

「テメェ……」

 アウルが弱々しい声を出してきた。

「今まで……どこ行ってやがった……。気づいたら、いねぇから、逃げたのかと」

「前から逃げねぇって言ってるだろ」

 ジャスはそう言いながらアウルの顔を覗き込む。

「まだ調子悪い?治療魔法薬取ってくるけど、どこに保管してるの?」

「あの、テメェに掃除しなくていいって言ってる部屋。あそこに入ってるんだが……」

「……あー」

 ジャスはうめいた。前にチラッと見たときに、あまりの汚さにドン引きした部屋だ。あの部屋を探すとなると、確実にドミノ倒しになる。

「いつもは魔法で簡単に取れるんだが、今は無理だ。魔法使えねぇこと忘れててな。家に帰りさえすりゃあこんな風邪すぐに治せるはずだったんだが」

 アウルは忌々しげに言う。

「一応、探してはみるよ……」

「やめておけ。魔法なしじゃあ確実に崩れて大惨事だ。こんなもん、寝てりゃあすぐ治る。治療魔法薬の無い人間ならそうして治すんだろうが」

 アウルはそう言うと、大きなため息をついてまた目を閉じた。

「氷、作ってくる」

 ジャスが小さな声で言って立ち上がると、アウルはジャスの裾をぐっと強く掴んだ。

「何?」

「ここにいろ」

「は?」

「逃げるんじゃねぇ」

「逃げてないって。氷作ってくるって」

「いらねぇ。とにかくここにいろ」

 アウルはさらに強く裾を掴む。

 ジャスは、これ以上病人と言い合いをするのもなんだ、と思い、「わかった」とだけ言ってまたアウルの近くにしゃがみ込んだ。

「ここにいるから。さっさと寝てくれよ」

 ジャスの言葉を聞くと、アウルは安心したような顔になった。


 しばらくすると、スーっと静かな寝息が聞こえてきた。

「面倒な奴」

 ジャスはそう呟くと、アウルがしっかり寝たのを確認して部屋を出た。



 次の日の朝になってもアウルの体調は回復しなかった。

「なんか面倒な病気じゃないよな」

 ジャスはアウルの顔色を見ながら呟く。

 ただ、人間なら、小さな頃から何度も風邪をいて免疫がつくものを、すぐに魔法薬で治してしまう魔法使いには、風邪への免疫があまりないのかもしれないな、ともジャスは思っていた。

「食べるもの…どうしようか」

 アウルが何も食べていないのを知っている。

 いつもの飲んでいるコーヒーのポットは空っぽだ。もちろんジャスには完全栄養食コーヒーなど作れない。

「僕にできることをするしかないよな」

 ジャスはそう呟いて台所に立った。



 暫くした頃、強い頭痛を感じたのかアウルはうめきながら目を覚ました。

「アウル?起きた?」

 ジャスは優しく声をかけた。

「無理しなくてもいいけど。食べれたら食べて」

 そう言って、ジャスはドロドロのものが入った食器を差し出す。

 アウルは渋い顔をした。

「何だこれは」

「パン粥だよ。薬草入ってるからちょっと独特な匂いするかもだけど、体にいいよ」

「こんなもん、食ったことねぇぞ」

「食べてみなよ」

「別に食わねぇでも死なねぇ」

 アウルは冷たく言う。

 あまりにも想定内の答えに、ジャスは思わず苦笑いした。

「わかっているよ。でもやっぱり食べなきゃ調子出ないだろ?お腹も空いてない?」

「別に」

 答えた瞬間に、アウルのお腹が鳴った。

「ほーらね」

 少し勝ち誇ったようなジャスの顔に、明らかにアウルは不機嫌になった。

 ここで意地を張られるのも困る、と少し慌てて言った。

「何も食べないより回復も早いはずだって。今すぐじゃなくていいから」

 そういって粥をベッドの側に置く。

「食べたら、この薬飲んで」

 そう言って粉薬を一袋粥の横に置く。

 アウルはボーッとしたままその袋を見つめた。

「なんだその薬」

「痛み止めと熱さまし。まあ、魔法薬ほどじゃないけど楽になると思うよ」

「そうじゃねぇ。それはテメェがマリカに調合してもらったやつじゃねぇのか」

「そうだけど?」

「そんなもん、俺が飲むわけにはいかねぇだろ」

 真剣な顔で言うアウルに、ジャスは困惑してしまった。

「いや、別にいいよ。体調悪い奴が飲むべきだろ。ちゃんと僕の方で、分量をお前の体格に合わせておいたから心配すんな」

「テメェのために調合されたもんだ。俺は飲まねぇ」

 そう言ってアウルはそっぽを向いてしまった。

「めんどくさいな」

 ジャスは思わずそう吐き捨てた。

 ジャスの言いように、アウルはカチンときたようでまたこちらを向いた。

 ジャスはまた言ってやる。

「とっとと回復してくんないとこっちが困るんだって。ちゃんと寝付けないから何度も夜中に起きて、その度に『近くにいろ』だの『行くな』だの……子供かよ。めんどくさいんだよ」

「それは……」

「何度も言うけど、僕は逃げないってば。そんな不安なら早く治してちゃんと監視してろよ」

 にらみつけるようにベッドの上のアウルを見下ろす。

 アウルは起き上がった。

「随分な事、言ってくれるじゃねぇか」

 そう言ってパン粥を一匙口に入れた。

「マズっ」

 顔をしかめるアウルに、ジャスは少し笑った。

「薬草入りだからな。治ったらもっと美味しいもの作ってやるよ」

 それを聞いて、アウルはふとたずねた。

「おい、テメェこれ一体どうやって作った?この家は今火使えねぇはずだ」

「ああ、前に家に帰ったときに 燐寸箱持ってきたんだ。魔法でしか火が使えないっていうのも、僕にとっては不便でね。使われてない古い釜戸があったから、そこで作ったよ。水も、川から汲んでくるだけで大丈夫だし」

 ジャスの答えに、アウルはポカンとしていた。

「なんだ?なんか駄目だったか?釜戸使っちゃ駄目だったとか……?」

 急に不安そうになるジャスに、アウルは首を振った。

「いや、問題ねぇ。テメェは、魔法がなくてもちゃんと出来るんだな」

「まあ、魔法なんて使わずに生きてきたしね」

 当たり前の事を言われて、ジャスは困惑する。

 アウルは顔をしかめてもう一匙粥を食べると、ポツリと呟いた。

「なんで、魔法使いは人間から花嫁を選ばねぇといけないのか、分かった気がするな」

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