媚薬魔法の優しい使い方

りりぃこ

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「そんな事を言われたって……僕には関係が無い」

 ジャスは自分に言い聞かせるように呟いた。

 アウルがどう思おうと、自分のやることはただ一つ。マリカの誘惑を解いて帰ることだ。


 ジャスは部屋をそっと出た。

 まずは冷たい水で顔を洗い、アウルのキスを欲している自分を落ち着かせることにした。

 何度か冷たい水に頭ごとつっこみ、とりあえずは理性をとりもどす。


 家の中には誰もいないらしい。

 ジャスは自分の荷物を探し始めた。しかしどこにも見つからない。

 魔法薬の入っている棚も、鍵が掛かっているのか開かなくなっていた。これでは解呪薬もくすねることが出来ない。

「クソ。でもそりゃそうか」

 逃げようとしたヤツの荷物をわかるところに放置するわけはないだろう。

 でも、とりあえず今は自分の荷物に入っている気づけ薬が欲しい。

 いつまたアウルのキスを欲する発作がおきるかわからない。そうなると、逃げる意欲に影響が確実に出てくる。


 ジャスは必死で家中を探したが、どこにも見当たらない。

 魔法で隠されていたら無理だろうな、ジャスはため息をついた。


 次に玄関や窓も調べてみた。

 窓から手は出せるし、玄関ドアも開けることが出来るが、出ようとしても見えない壁に遮られているようで外に出ることは出来ない。

「逃げるのも結界張って出られない、か」

 ジャスはガックリと肩を落とした。

「どうすればいいんだ」

 逃げるのを諦めるしかないのか。しかしアウルが帰ってきたら、更に囲い込みが強化されそうだ。

 衝動的に逃げたのは失敗だったかもしれない、とジャスは唇を噛んだ。


 結局、何もできずに一日が過ぎていった。


 そして次の日になった。次の日も荷物を探したり、出口を探したが何も出来なかった。

「ああー、もう」

 ジャスはイライラしながら頭をかく。家中をウロウロしている際にふとアウルの匂いを感じるたびに、軽い酩酊状態になるのもイライラの原因だ。

 何度も水で顔を洗って正気を保つ。


 夕方近くになった時、玄関のドアが開く音がした。

 アウルかクロウが帰ってきたと思ったジャスは身構えた。しかし入ってきたのは普通のおじさんだった。

 誰だったっけ、見たことあるけど。ジャスはぽかんとしてそのおじさんを見つめた。

 ああ、そうだ思い出した。商店街の、いつもアウルが食料を買う高級食料店の店主だ。

 店主は、少し戸惑ったような様子をしていた。

「えっと……アウル様のご注文では、奥の部屋にいる花嫁様にこちらの食料を届けるように、との事でしたが……こちらにいましたか。じゃあここに置いても大丈夫ですかね」

「アウルが?なんのつもりだよ……」

 ジャスは思わず舌打ちをした。

 しかし店主は気にせずに、ジャスの目の前に次々と飲み物と料理を置いていく。

「こんな物……」

 アウルが自分の為に食事を用意していたことに気づくと、苦々しげに呟いた。

 店主は怪訝そうな顔をした。

「こんな物?」

 店主の気を悪くしたと思ったジャスは、慌てた。

「あ、いえ違います。そういう意味じゃ無いです。えっと、あー、配達とかもしてるんですね」

 ジャスは話をそらした。

「普段はやっておりませんが、アウル様はお得意様でございますし、料金の3倍の支払いをしていただきましたので」

 店主は涼しい顔でそう言いながら料理のセッティングを終えた。

 美味しそうな匂いが部屋中を漂う。

「料理もしてくれるんですね」

「普段はやっておりませんが、アウル様はお得意様でございますし、料金の3倍の支払いをしていただきましたので」

 さっきと全く同じセリフを言いながら、店主は帰る支度をする。

「では、ぜひ冷めないうちにお食べください」

 そう言って店主はさっさと玄関を出て帰ろうとした。

「ま、まって!」

 ジャスは慌てて店主の腕を掴んで引き止めた。店主は迷惑そうな顔を向けた。

「何でございましょう」

「あ、ごめん急に。あの、出れるんですか?」

 ジャスは玄関を指差す。

 ジャスが何度もチャレンジしても玄関から出ることは出来なかったのに、店主は普通に出ようとしている。

「出れますよ、入ってきたんですから」

「ちょっと、一緒に出てみてもいいですか?」

 ジャスは店主と一緒に玄関から外に出ようとした。しかし、店主は出られるのにジャスは見えない壁に遮られて出られない。

 ジャスは、慌てて店主を引っ張ってまた家の中に入れた。店主はまた迷惑そうな顔をした。

「何ですか、私は帰りたいのですが」

「何であなたは出られるのに、僕は出られないんでしょうか」

 ジャスは、必死で店主に尋ねたが店主は首を傾げた。

「さてねぇ。私も魔法には詳しくありませんから」

「そ、そうですよね」

 ジャスは、しょんぼりして店主から腕を離す。確かに、ただの食料店の店主が、結界の破り方を知っているわけは無いだろう。

「単に、花嫁様を守りたいだけではありませんか?勝手に出て危険な目に合わないように」

「逃さないように閉じ込めてるだけだよ」

 ジャスは自虐的に言った。

「それなら、逃げようとする者は出れないようになっているのでしょう。私は別に逃げたいわけではなくて帰りたいだけでございますから。お金を払っていただくのであれば何度でもこの家にまたくるつもりですから」

 店主の言葉に、ナルホド、とジャスは頷いた。

「では、私はそろそろいいですかね?」

 納得したようなジャスの様子を見て、店主はまた玄関に向かった。

「ああ、ごめん、引き止めてしまって」

「いえ。しかし早めに帰らなければ、この森の少し行ったところには狼の群れが住んでおりますから、暗くなる前に帰らせていただきたい」

「狼の群れ?」

 思わずジャスは聞き返す。

「どの辺?」

「おや、ご存知ありませんでした?」

 店主の説明した場所は、先日逃げたときに、ジャスがひと休みした場所だった。

 ジャスは血の気が引いた。

 もしあのとき、アウルに捕まらなければ……。


 そそくさと立ち去る店主を見つめながら、ジャスはゾッとして寒くなってしまった体をさすった。

「結果的に助けられてたってわけか」

 ジャスは忌々しげに呟く。

 そして店主の持ってきた料理を見つめた。

 アウルが、花嫁に届けろと3倍の支払いをした食料。

「自分で閉じ込めた癖に、僕のこと大事にするんじゃねえよ!!」

 ジャスはテーブルを拳で叩いた。

 テーブルの上のスープが溢れる。

 料理を全部メチャクチャにしてやりたかったが体が動かなかった。

 ――単に、花嫁様を守りたいだけではありませんか?

 店主の言葉が頭に響く。

 やめろ。僕はアウルが嫌いなんだ。魔法使いなんて、価値観のおかしい奴らなんか大嫌いだ。

 だからこれ以上流されたくない。

 ジャスは食事が冷めていくのを黙って見つめていた。


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