媚薬魔法の優しい使い方

りりぃこ

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立候補している者

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「こんにちは。配管工事の者です」

 可愛らしい声が玄関から聞こえた。

 その声を聞いた瞬間、クロウの顔がこわばった。

「え、君なの?リンドー」

 玄関のドアが開いて入ってきたのは、可愛らしい、でもがっしりとした体付きの女性だった。リンドーと呼ばれたその女性は、クスクスと笑ってみせた。

「偶然ですね。でも運命かもしれませんね」

「アウルは人嫌いだから、出来るだけ一人で作業出来る優秀な技師を頼んだはずなんだけど」

「ええ、それで私が選ばれたんですよ。ご存知無かったかもしれませんが、私はとても優秀なんです」

 リンドーはニッコリとクロウに微笑んでみせた。

「ご心配にはお呼びませんわ、クロウ様。仕事はきっちりさせていただきます。クロウ様へのお慕いの気持ちは、仕事が終わるまではしっかりとしまって」

「そ、そうか」

 クロウは困ったような顔を浮かべた。


「おい、クロウどうした」

 玄関でクロウの困惑した声が聞こえたので、アウルが顔を出した。

 リンドーは、アウルに向かって丁寧にお辞儀をした。

「はじめましてアウル様。今回工事をさせていただきます、リンドーと申します」

「ああ、そうか」

「そして、クロウ様の花嫁に立候補している者でございます」

「ちょっと!何言ってるの?」

 クロウは慌ててリンドーを引っ張った。

 ポカンとしているアウルをよそに、リンドーは飄々として言った。

「申し上げたじゃありませんか。私はどんな手を使ってもクロウ様の花嫁の座を手に入れたいと。まずは仲のよろしいアウル様に一言申しておかなければ」

「ほーう」

 アウルは面白そうにニヤリとした。

「心配しないでください。決して公私混同は致しません。仕事はキッチリさせていただきます」

 リンドーは丁寧な所作でそう言った。

「アウルに変な事言った時点で公私混同してるよね」

 クロウは心底嫌そうな顔をした。

「別な技師を頼むことにしよう」

「いや、コイツでいいぞ」

 アウルはクロウに向かってニヤリと笑ってみせた。

「クロウを手に入れるために、俺に許可取りか。なかなか気に入った。仕事も優秀なんだろ」

「ええ。保証致します」

「ならいいじゃねえか。仕事キッチリしてくれんなら、いくらでも公私混同すりゃあいい」

「ちょっと、アウル!勝手に……」

 クロウは怒ったように叫ぶが、アウルはそれを無視してリンドーを家に招き入れた。


 仕事はちゃんとする、と言ったリンドーは、宣言通り家を詳しく調べていった。

 ところどころ、クロウに話を聞きに行っているが、公私混同しないと言っていた通り、終始一貫工事の話しかしていないようだった。

「アウルの家なのに、何でクロウが打ち合わせしてるの?」

 リンドーの様子を見ながらジャスがたずねた。アウルは部屋隅で本を読んでゆっくりしている。

「ま、一応病み上がりだから大人しくしとけってクロウがうるせえからな。それに、この家のことは、俺よりクロウの方が詳しい」

「そんな偉そうに答えることじゃないよ」

 ジャスは苦笑しながらクロウの様子を見る。クロウはムスッとした顔のまま、リンドーと打ち合わせしている。

「クロウ機嫌悪そうだけど。あの子の事、苦手なのかな?」

「良いじゃねえか、リンドー」

「何でそんなにアウルの方はご機嫌なんだよ」

 不機嫌なクロウとは対照的に、アウルは面白いものを見るかの様に上機嫌だった。

「人のモンに手を付けようとするのに、ちゃんと許可取りしてくるのが気に入った」

「人のモン?」

 ジャスは首を傾げる。

「クロウは、俺のモンだからな」

「うわぁ……」

 ジャスはドン引きした。この人傍若無人を通り越してる!

 ジャスのドン引きの顔を見たアウルは、何を勘違いしたのかジャスの体を引き寄せた。

「嫉妬すんなよ。テメェも俺のモンだからな」

「一切、嫉妬してねえよ」

 ジャスは冷たく言って体をよじってアウルの手から逃れた。


「何話してんの?」

 二人の間にクロウが入ってきた。

 リンドーはまだ家の調査を続けている。

「ああ、クロウが俺のモンだって話をしてただけだ」

 クロウにそれを言ってしまうのか、と、またジャスはドン引きした。

「何それ。全く、アウルは本当に自分勝手だもんな」

 クロウは呆れたように言うと、またリンドーの所に、案内に行ってしまった。

 その足取りは軽そうで、軽く鼻歌なんか歌っている。

「え、今ので喜んじゃったんだ……」

 ジャスは、あ然としながらクロウの背中を見送った。



 昼を少し過ぎた頃に、リンドーは一通り調査を終えてアウルに報告に来た。

「一応、こちらの家の構造を確認しました。あと、森の奥地ですので電気や水道管を引っ張って来るのは大変ですので地下水や発電機を利用する方向で……」

「わからねえ。任せる」

 アウルは短く答えた。

 リンドーは頷き、計画書を一応テーブルに置いて、丁寧にお辞儀をして帰っていった。


「随分と丁寧に書いてくれてるね」

 ジャスは、リンドーの置いていった、分かりやすく丁寧な計画書を見て唸った。

「基本的にテメェが使うもんだからテメェが目を通しとけ」

 アウルはジャスに放り投げた。面倒臭いだけじゃん、とジャスは呟いて計画書を受け取った。

「そういえば、クロウなんか疲れてるみたいだけど、大丈夫かな」

 ジャスは、部屋の隅でぐったりしているクロウに近づいてたずねた。

「クロウは、リンドーが嫌いなの?」

「嫌いだよ。あの子は苦手だ」

 あっさりとクロウは答えた。

 ジャスは首を傾げる。

「それにしても、古い知り合いとか何か?随分と好かれてる感じだけど」

 クロウは苦い顔をして一瞬言い淀んだが、渋々口を開いた。

「……会ったのは何年か前。リンドーは昔、貴族の娘だった。リンドーが十歳のときに、家同士の業務提携みたいな感じで結婚することが決まっていた」

「十歳!若いな」

 ジャスは驚く。自分には未知の世界だ。

「そうだね。その結婚をされると困る別な貴族の依頼で、僕は彼女の結婚を破談に追い込んだ」

「なかなかテメェもひでえことしてんな」

 アウルは少し眠そうにしながら相槌をうつ。

「うん、そうだね。ま、リンドーの相手って、50歳のおっさんだったけど」

「じゃあいい事だな」

 アウルは適当に相槌をうつ。

「破談になった後にリンドーに会ってね。彼女の家はその破談の後にすぐ没落しちゃったみたいで。拾ったパン食べてたリンドー見たらちょっとだけ罪悪感感じちゃってね、言っちゃったんだ。『大きくなったら結婚してあげる。魔法使いはお金持ちだからね』」

「その言葉を、もしかしてリンドーはずっと信じて?」

「かもしれない」

「クロウの自業自得だろ……」

 ジャスは思わず呟いた。

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