媚薬魔法の優しい使い方

りりぃこ

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リンドー

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 迷いの森は、アウルの言う通り一本道で迷わなかった。

 しかし、少し休憩しようと木陰に座ったとき、妙な気配を感じた。


 誰かにつけられている。

 ジャスは、それが誰なのか何となく察しがついていた。


「リンドー?」

 ジャスが呼びかけると、リンドーがバツが悪そうな顔で出てきた。

「ずっとつけてた?」

「ええ……」

 リンドーは恐る恐る、といった様子でジャスに近寄ってきた。

「ごめんなさい」

 リンドーは急に頭を下げた。

「色々、騙すみたいな真似して」

「いいよ。クロウに言われたら断れなかったんでしょ」

 ジャスはそう言って、リンドーに隣に座るように促した。

 リンドーは素直に隣に座った。


「私は、結局クロウ様の計画がちゃんと成功したのかどうかわかりませんでした。でも、花嫁様がこうして村に帰ろうとしていると言う事は、クロウ様の計画は大成功だったんですね」

「あー……大成功ってことではないかな。結局、人間になったのはアウルじゃなくてクロウだったし。まあクロウ本人が受け入れてるからいいんだろうけど」

「大成功です」

 リンドーは、ジャスの方を向かずに遠くを見ながらキッパリと言った。

「初めから、クロウ様は、アウル様を人間にするつもりなんてなかったんですから」

「え?」

 ジャスは目を丸くして聞き返した。

「何それ。クロウがそう言ってたの?」

「いいえ。でもずっと見ていたので分かります」

 リンドーは、ジャスの方を見ることなく微笑んでいた。

「まず、水道とかの工事だって、どちらかが魔法が使えるならする必要がないです。人間のように魔法の家の設備に不慣れなわけじゃないんですから。あれは、ふたりとも魔法が使えなくなることを見越して工事を仕向けたんです。
 あと、ここ数年、クロウ様はとても働いてお金を稼いで貯めておりました。アウル様のお仕事の分も、仲介料搾取しているふりして貯め込んでおります。それはそれは、150年以上は働かなくても生活できるほどに。
 他にも色々ありますが……」

 リンドーはそこで言葉を途切れさせて、ジャスを見つめて静かに、そして丁寧に言った。

「何より、クロウ様はアウル様の全てが好きなのです。強大な魔力も含めて、アウル様の全てを手に入れたいのです」

「そ、その為に?その為にまさかあんな事を?アウルのすることは、全部お見通しだったってこと?自分が人間になることも?」

 ジャスはゾッとして言った。

 ゾッとしているジャスをよそに、リンドーは今度は顔を合わせずに言った。

「私は、クロウ様を魔法使いのまま、アウル様の側にいさせてあげたかった。でもそれはクロウ様の望みでは無かったようなんです」

 そう言って、リンドーはポケットから小さな枯れた何かを取り出した。それは、あのアウルの家に生えた呪いのキノコの枯れたものだった。

「クロウ様から、初めて【お願い】をされた時、とても嬉しかったのです。詳しいことは教えてもらえなかったし、利用されているだけなのもわかってました。でも、初めてクロウ様に必要とされたのです」

 リンドーは、情けなく干からびたキノコを大事そうに握りながら、フルフルと震えだした。ジャスは慌ててリンドーの顔を覗き込むと、リンドーは大粒の涙を流していた。

「リン、」

 ジャスは声をかけようとしたが、何を言えばいいのか分からず、口をつぐんでしまった。

「やだ、泣くのは可笑しいですね。これで良かったんです。私もこれが望みだったんです。クロウ様がアウル様の幸せになってくれるのが……。あ、いっそ、振られた者同士、花嫁様と私が結婚しますか?」

「違うよ。もうやめようよ?」

 ジャスは、思わずリンドーを抱き締めた。

「もうやめようよ。無理にそんな事言わなくていいと思う。もう終わってしまったんだから」

「でもっ、だってっ」

「好きだったんだから、泣くのは当たり前だよ」

 ジャスの言葉を皮切りに、リンドーは声を上げて泣き出した。


「私が、隣にいたかった!ずっとずっと好きだったのに!どんなに人生が辛くても嫌な人に囲まれて生きてきても、クロウ様がいたからずっと生きてこられたのに!クロウ様とずっと一緒にいることを目標に生きてこれたのに!!結婚してくれるって言ったのに嘘つき!」


 リンドーはジャスの胸の中でわあわあと喚くように暫く泣き続けた。


「スッキリした?」

 暫く泣いたあと、我に返ったようにハッとジャスから体を離したリンドーは、恥ずかしそうに頷いた。

「すみません、お見苦しい所を」

「全然、そんな事ないよ」

「ジャス様、ありがとうございました。何だかスッキリしました」

 リンドーが言うと、ジャスは目を丸くした。

「初めて、名前呼んでくれたね。今まで頑なに【花嫁様】だったのに」

「あ、あの……ええ」

 リンドーはバツが悪そうな顔になった。

「ずっと、ジャス様が羨ましかったんです。花嫁様と呼び続けてたのは、私が呼ばれたかった呼び名なだけなんです。
 でももう吹っ切れました。ごめんなさい、さっきは私達で結婚しますかなんて失礼な事言って」

「いや、いいんだ」

 ジャスはぶんぶんと首を振った。

「でもほら、もう誰かの代わりは、やめておこうと思うんだ。リンドーも、そうしよう」

「そうですね」

 晴れやかな顔になったリンドーは、枯れたキノコをくしゃくしゃに握りつぶすと、遠くへ放り投げた。

「これからは、別な人生の目標を探さなきゃ。仕事も独り立ちしたんだし。ありがとうございます、ジャス様」

「応援してる」

 そう言って、ジャスとリンドーは別れた。



 ジャスはリンドーの姿が見えなくなるまで見送ると、パンっと両手で自分の両頬を叩いた。

「僕も、切り替えていこう。終わってしまったんだから」

 さっきリンドーに言い聞かせた言葉を、自分にも言い聞かせ、ジャスは自分の村へ急ぐのだった。



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