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金で解決できるものなら楽
しおりを挟むその日、兄の祥太が帰ってきたのは十時近くだった。小さな弁護士事務所で働いている祥太は、頻繁にとても遅い時間に帰って来る。
「おかえり今日も遅かったね」
「ああ、ちょっと立て込んでてな」
祥太は青く染めた髪をさっとかき分ける。
智紀の10歳年上の祥太は、弁護士のくせに髪を青く染めて白いスーツで働いている。パッと見は弁護士というかホストだ。校則をしっかり守って黒髪短髪の智紀とは偉い違いである。
「俺は女にモテるために弁護士になった」と堂々と言い張る祥太は、変な恰好なのに毎週違う彼女を連れているほどモテる。モテるけど婚活市場では全くモテない。
「おかしい。顔が良くて頭が良くて稼げて。何が問題だ」
憤慨する祥太だが、智紀にはその理由はうっすらとわかっている。
「あのさ、兄貴。ちょっとばあちゃんの事で相談があるんだけど」
智紀が切り出すと、祥太はしっかりと向き合って真面目な顔になった。
「どうした。介護受け入れ体制に不備があったか?」
寝たきりのさち子を家に連れてくると決めた時に、自分がお金を出すからヘルパーは優秀なところを時間を気にせずに頼めと言ったのは祥太だった。介護問題は拗れると家庭崩壊に繋がる、金で解決できるものは金に頼るべきだと主張したのだ。
「何か問題があったらすぐに言うんだぞ。俺はどうしても日中見れないからな」
「ああ、うん。いや、ヘルパーさんは問題無かった。夕食も歯磨きも色々手伝ってくれて帰っていった」
「そうか。じゃあどうした」
「うん、あのさ、兄貴って、俺とキスとか出来る?」
「できん!!」
即答だった。
「お前が別にどんな性的嗜好を持っていようと構わない。ただ、俺の性的嗜好も尊重してほしい。俺は女が好きだ!男とする気にはなれん。いいか、これは性的嗜好の話で、別に偏見を持っているわけではないから、お前が悩んでいるなら相談にのるが、だからといってキスをすることは無理だ。俺は女性が好きで、キスと言うのは好きな女性とするべきであって」
「分かってる、分かってる!!」
智紀が慌てて祥太の演説を止めた。
「違うって、俺がどうこうってわけじゃねえの!ばあちゃんの話!」
智紀は、今日の事を祥太に説明した。
一部始終を聞いた祥太は、難しい案件を抱えているかのような険しい顔をした。
「何だ、その。ちょっとよくわからない。未知の世界の話だな」
「うん、そうだよね」
「ちょっと回答には事前調査が必要な案件だ」
「うん、そうだよね」
「というかお前は、俺がキス出来るって言ったらしたのか?」
祥太が訝しげな顔をして聞いてくる。智紀はバツが悪そうに答えた。
「いやぁ。その、ま、ちょっとくらいなら。これでまあ納得してもらえるなら」
智紀の答えに、祥太は呆れてため息をついた。
「お前は甘すぎる。女性の言うことを何でも聞く男なんて、すぐに捨てられるぞ」
「うるせえなぁ」
智紀は不貞腐れる。
「別に何でも聞くとかじゃねえし。ただほら、あんまりばあちゃんが、こう、弱って見えてさ。ついこう……」
智紀の言葉に、祥太はふむ、と腕を組んだ。
「まあ、気持ちはわからないでも無いけどな」
「だろ?」
「とにかく、お前はその、ばあちゃんがハマっているという漫画を聞き出し、購入しておけ。あと、出来たらばあちゃんに漫画を貸したという、隣の人のお孫さんの正体も知りたい」
テキパキと祥太は指示する。
さすが兄は頼りになる。智紀は祥太の指示をスマホにメモしていった。
「まあ色々調べねばならないが……金で解決できるものなら楽なんだが……」
「お、おう……」
兄らしいっちゃあ兄らしいが、それはちょっとドライ過ぎやしないだろうか。智紀は思ったが、口では祥太に敵わないので黙っておいた。
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