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それはおかしいよ!!
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その日、また智紀はさち子の部屋で幸田に勉強を教えていた。今度は化学の再テストが控えているらしい。
熟睡しているさち子の横で、二人はテキストを開いていた。
「これは難しそうに見えて実はただの単純なモル計算をするだけだから」
「私、モル計算できないけど」
「まじかよ。モル計算できなくてどうやって化学のテスト受けてんだよ」
「気合い」
「じゃあ気合いでモル計算覚えようぜ」
智紀の言葉に幸田は顔をしかめながら、勉強を進めていく。
「そう言えば、今週末打ち合わせしようって茉莉花さんから連絡あったんだけどさ、幸田さん来る?」
休憩タイムで、智紀はカレンダーを見ながらたずねた。幸田もカレンダーを見てがっくりとうなだれた。
「あー、ごめん、今週末は用事入ってるわ」
「あ、そう」
智紀は素っ気なく言いながらも少し不安げな顔をしてみせる。
「なんだよお、そんな捨てられた子犬みたいな顔して」
「そんな顔してねえよ」
智紀はブスッと答える。
「ただ、今回は兄貴も仕事で欠席なんだ」
「一人だと寂しい?」
「違うって。何か最近、兄貴の様子がおかしくてさ」
茉莉花から、次の打ち合わせについての連絡が来た時、祥太は気のせいかホッとしたような顔を浮かべていた気がするのだ。
そして、次の打ち合わせには自分は行かないと言い出したのだ。
「ちょっと早めに解決したい案件があるんだ。あと、前に茉莉花さんの事でちょっと失敗してしまったので少し距離を置きたい」
「失敗?」
祥太が女のコの事で失敗するようなことなど、少なくとも智紀は聞いたことがなかった。
「一体何しでかしたんだよ」
「まあ、俺もまだ若いってことだ」
フッとあさっての方を見る祥太は、それ以上何も話すつもりは無さそうだった。
「なんか、もしかして茉莉花さんと喧嘩とかしたのかなって思ってさ。それだったらなんか俺まで気まずくなりそうじゃん」
「お兄さんと竹中くんは別人格なんだから気にしなくてもいいんじゃない?ってか、喧嘩してても別にいいでしょ」
「兄貴は女のコと喧嘩したことなんてない」
「そんなバカな」
幸田は呆れて言った。
「まあ、どっちにしろ普通に打ち合わせがあるんだから、喧嘩してたとしても大したことじゃないって。大丈夫大丈夫。一人で頑張っておいで」
そう言って、幸田は煎餅をバリバリ食べる。
「次の打ち合わせは何かなー。衣装かな。あ、その前にどのシーンを撮るかだよね。いや、それよりまだ配役が決まってなかったか」
能天気に話す幸田に、智紀はムスッとして煎餅を取り上げた。
「あ、まだ食べてるのに」
「さっさと早く続きの問題解くぞ」
「ちえっ、鬼軍曹再び」
ぶつくさ言いながら、幸田はまたテキストに向かった。
智紀は勉強を教えながら考えていた。
――絶対に兄貴と茉莉花は何かあったと思う。だいたい、あの急な耳齧り事件だって、茉莉花を送っていった後だった。あんな事をするなんて、よっぽどなんかあったに違いない。
祥太に聞いても答えてくれないだろうから、次に会った時に茉莉花に直接聞いてみようと決めていた。
ただ、正直一人だと不安だったから、幸田も来てくれればいいなと思っていたが仕方が無い。
「ま、お兄さんだってあんなしっかりしてても色々悩んだりすることだってあるでしょ。そりゃいつもはしないことだってするよ」
何も知らない幸田が、テキストを解きながら能天気に言ってくれる。何だかそう言われると智紀も少し気が楽になってきた。
「そういうもん?」
「そうだよ。だからしたことない喧嘩するのだっておかしくないよ」
「そうか」
「そうだよ」
「じゃあ、兄貴が急にばあちゃんの目の前で俺の耳齧ってくるのもおかしいことじゃねえよな」
「それはおかしいよ!!」
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